第六十二話
微かな駆動音が、広大な石造りの回廊に静かに響いていた。
カイデンの両脇に控える二基のオートノマス・コンバット・タレットが、ゆっくりと旋回を始める。砲身は次第に高速回転し、その内部コアに宿る青い光が一瞬だけ明滅すると、周囲一帯の標的を示す細い光のラインが次々と浮かび上がった。
それとほぼ同時に――
数百もの黒い影が動き出す。
先ほどまで瓦礫の陰に身を潜めていたカニバルたちが、もはや姿を隠すことなく一斉に飛び出した。ある者は目で追うことすら難しい速度で石壁を這い、ある者は天井から襲いかかり、残る者たちは石床を低く駆け抜け、その鋭い爪が床を引っ掻いて細かな破片を散らす。
低いうなり声が幾重にも重なり合う。
四方八方から迫ってきていた。
「Target acquired.」
二基のタレットがほぼ同時に動く。
ズズッ――! ズズッ――! ズズッ――!
青い閃光が、ほとんど間断なく撃ち放たれた。
壁から飛びかかったばかりの一体のカニバルは、口を開く暇すらなく、青白いエネルギーの一撃に頭部を撃ち抜かれる。
その身体は砕け散った。
血ではない。
肉でもない。
怪物の全身は拳ほどの大きさをした半透明の青いキューブへと分解され、レゾナンスの粒子とともに静かに霧散していく。
一基目のタレットは即座に次の標的へ照準を移した。
ズズッ――!
床を駆けていた一体のカニバルの胸を、青い光線が正確に貫く。
その身体もまた、無数の半透明なキューブとなって崩れ去った。
次の標的。
ズズッ――!
消滅。
ズズッ――!
また一体。
二基のタレットは一定のリズムで掃射を続ける。一体を排除するたび、砲身は間髪入れず次の獲物へと向きを変えていった。
だが、押し寄せるカニバルの数があまりにも多い。
時折、何体かは射線をすり抜けてくる。瓦礫の石壁を一瞬だけ盾として利用する者もいれば、照準システムが再ロックする前に死角から飛び込んでくる者もいた。
カイデンは歩みを止めない。
右側から一体のカニバルが襲いかかってきても、その表情はほとんど変わらなかった。
怪物は両の爪を振りかざし、真っ直ぐ首元を狙う。
カイデンはわずかに身体を傾けるだけ。
鋭い一撃は紙一重で空を切った。
その瞬間、右脚が低く弧を描く。
ドッ!
蹴りがカニバルの側頭部を打ち抜く。
青い亀裂のような光が全身へと走り、怪物の姿はそのまま半透明のキューブへと分解されて消えていった。
その残滓が消え切るより早く、さらに二体のカニバルが正面から同時に飛びかかる。
カイデンは左手を上げた。
パシッ!
一体目の首が、その掌にぴたりと掴み止められる。
宙に浮いたまま動きを封じられた。
余分な力を感じさせない動きでその身体を横へ振り回し、飛びかかってきたもう一体へ叩きつける。
二体が激突した。
ガンッ!
そこへ短い一撃が重なる。
カイデンの拳が、なお立ち上がろうとしていたカニバルの胸を打ち抜いた。
瞬く間に怪物の身体は青いデータの欠片となって砕け散り、宙へと舞い上がる。
背後では二基のタレットが休むことなく火線を張り続けていた。
ズズッ――!
ズズッ――!
ズズッ――!
青い閃光が次々とカイデンの脇を駆け抜け、中距離から接近しようとするカニバルを一体ずつ消し去っていく。
それでも、怪物の奔流はまるで衰えなかった。
左側の石壁では、四体のカニバルが壁面を駆け上がり、その勢いのままほぼ同時に飛びかかってくる。
カイデンは短く息を吐いた。
「……少し密になってきたな」
右手に青いデータの光が集まり始める。
半透明のキューブが幾重にも積み重なり、細長く伸びていき、やがて一般的な拳銃より一回り大きな白銀の拳銃を形作った。その金属質な白い外装には、青い光のラインが骨格に沿って静かに流れている。
歩みを止めることなく――
その銃を持ち上げる。
ツッ――!
青いエネルギー弾が迸り、まだ空中にいた一体目のカニバルを撃ち抜く。
怪物はその場で半透明のキューブへと分解された。
ツッ――! ツッ――!
右腕がそのまま左へと流れるように振られた。
続く二発の閃光が、数メートル先に着地したばかりの二体のカニバルを消し去る。
カイデンは振り向きもしない。
手首をそのまま後ろへ返す。
ツッ――!
背後まで迫っていた一体のカニバルは、爪を振り下ろす暇すらなく消滅した。
遠距離の標的は再びタレットが引き受ける。
ズズッ――!
ズズッ――!
カイデンは落ち着いた足取りのまま歩み続ける。
姿勢は少しも崩れない。
動くのは、迫る脅威に合わせて向きを変える右腕だけ。
ツッ――!
右へ。
ツッ――! ツッ――!
左へ。
ツッ――!
後方へ。
時折、数体のカニバルが至近距離まで踏み込んでくる。
そんな時は迷うことなく前蹴りや鋭い拳打で迎え撃ち、次の瞬間には再び銃口を別の怪物へ向けていた。
その一連の動作には一切の淀みがない。
無駄な一振りはなく、
焦った一歩もない。
まるであらゆる攻撃の軌道が、最初から頭の中で描かれているかのようだった。
一方、回廊の反対側では――
エレナが右手に白銀の剣を携え、静かに前へ踏み出す。
刀身の切っ先には、洞窟を満たす青い鉱石の光が淡く映り込んでいた。
一体のカニバルが頭上から襲いかかる。
エレナは半歩だけ身体をずらす。
シュッ。
剣閃が右下から左上へと斜めに走る。
怪物は地面へ届くより先に両断された。
続いて別のカニバルが左側から飛び込む。
姿勢を崩すことなく、水平に一閃。
黒い影は腰から真っ二つに断ち切られ、分かれた身体はエレナの横を滑るように通り過ぎると、重々しい音を立てて石床へ転がった。
さらに三体のカニバルが、ほぼ同時に襲いかかる。
エレナは静かに身体を回転させる。
白いマントがその動きに合わせてふわりと翻る。
放たれた横薙ぎの一閃が、三体すべてを寸分違わぬ軌道で薙ぎ払った。
それで終わりではない。
背後から一体が忍び寄る。
エレナはわずかに首を傾け、怪物の顎を頬先すれすれでやり過ごした。
そのまま剣を返す。
鋭い突きが胸を貫き、カニバルの身体は刀身の先でぴたりと止まる。
軽く剣を振るうと、
怪物の身体は刃先から弾き飛ばされ、空中で何度か回転してから石床へ激しく叩きつけられた。
それでもなお、怪物は絶え間なく押し寄せる。
壁を駆けて飛びかかる者。
石床すれすれを這うように突進してくる者。
左右から同時に包囲しようとする者。
だが、そのどれもが剣の間合いへ踏み込んだ瞬間――
すでにそこには、一振りが待っていた。
横薙ぎ。
縦斬り。
袈裟斬り。
そして、無駄のない一突き。
時には一歩身を引くだけで攻撃をかわし、その流れのまま放たれた一太刀が、次の怪物の命を静かに断ち切る。
エレナの足運びが乱れることはない。
呼吸も終始一定のまま。
その表情には焦りの欠片すら浮かばず、回廊を埋め尽くす怪物の群れも、目的地へ辿り着くまでに越えるべき小さな障害でしかないかのようだった。
半透明のバリアの内側では、外から響く武器の激突音や光の炸裂も、どこか遠くの反響のようにくぐもって聞こえる。
ヴィナはその場で息を呑んだまま動けなかった。
視線は、リズムを乱すことなくカニバルを次々と斬り伏せていくエレナの剣筋に釘付けになる。
「す、すごい……!」
「ど、どうしてあんなことが……?」
「……本当に、人間なの?」
ロッキーはごくりと唾を飲み込む。
「いや……あの剣の振り方を見ろ」
その時、一体のカニバルがエレナの右側から飛びかかった。
小さく一歩。
そして、一閃。
怪物の身体は、服の裾にかすり傷一つ付けることもできないまま、真っ二つに両断された。
「……まったく無駄がない」
ロッキーが小さく呟く。
「一太刀ごとに、それだけで勝負が終わってる」
ヴィナはゆっくりと首を横に振った。
「なのに……あれだけの数のモンスターを相手にしてるのに……」
その視線は、やがてカイデンへと向けられる。
両脇に浮かぶ二基のタレットからは、なおも青い閃光が絶え間なく走っていた。
エネルギー弾が放たれるたび――
一体のカニバルが、その場で半透明のキューブへと分解されて消えていく。
「あのタレット……」
ロッキーは瞬きすることさえ忘れていた。
「……あんなアルテ、見たことがない」
「それだけじゃないよ」
ヴィナは、攻撃の雨の中をなおも落ち着いて歩き続けるカイデンを指差す。
「ほとんど立ち止まりもしない……」
ツッ――!
青いエネルギー弾が左側のカニバルを消し飛ばす。
直後、カイデンは半歩だけ身体をひねり、左肘を叩き込む。
打ち据えられたカニバルは吹き飛び、そのまま光の欠片となって霧散した。
そして再び、拳銃が持ち上がる。
ツッ――!
また一体、カニバルが消える。
ロッキーは静かに息を吐いた。
「……あの二人は、本当に別格だ」
その言葉は、思わず口をついて出たものだった。
これでようやく理解した。
なぜ最初から、カイデンとエレナは少しも慌てる様子を見せなかったのか。
恐れる理由など、最初からなかったのだ。
数十メートル先――
カイデンはゆっくりと視線を上げる。
そびえ立つ岩塊の上空に、四体の黒い翼を持つ影が、間隔を空けた隊形で浮かんでいた。
膜状の翼を大きく広げ、
頭部に走る赤い紋様が脈打つように明滅する。
同時に、深紅の火種が両翼の先端へ集まり始めた。
「……ウィングド・カニバルか」
カイデンは淡々と呟く。
「遠距離型だな」
四体がほぼ同時に翼を羽ばたかせた。
バサァッ!
たった一度の羽ばたきで、
それぞれの前方に三本ずつ、深紅の炎の矢が形成される。
合計十二本。
燃え盛る矢は真紅の軌跡を描きながら、一斉にカイデンへ向かって飛来した。
だが、最初の一本が届くよりも早く――
何もない空間に、細い亀裂が走る。
その正面に、二本の細長い次元の裂け目が並んで開いた。
そして、その内側から――
青い光のキューブで構成された巨大な両手が、ゆっくりと姿を現す。
ドォン! ドォン! ドォン!
深紅の炎の矢が、ことごとくその掌へ激突した。
赤い火花が四方へ飛び散る。
矢じりは激しく震えた末、レゾナンスのキューブを貫くことなく、そのまま火を失って消滅した。
数秒後――
巨大な両手は静かに裂け目の中へと引き戻される。
次元の裂け目も閉じ、まるで最初から存在しなかったかのように跡形もなく消え去った。
カイデンは、ゆっくりと消えていく深紅の残り火を見つめる。
「……悪くない」
わずかな間を置き、
「だが、その程度じゃ足りない」
視線を一基のタレットへ向ける。
「航空目標を優先しろ」
タレットの砲身が即座に洞窟の天井へ向きを変えた。
《New target acquired.》
無機質な音声が響く。
四つの赤い照準点が一瞬で固定された。
青い閃光が、ほとんど間を置かずに迸る。
ズズッ――!
ズズッ――!
ズズッ――!
ズズッ――!
四体のウィングド・カニバルは、飛行方向を変える暇すらなかった。
四体の身体は一瞬にして半透明の青い光のキューブへと分解され、洞窟の天井下へ四散した。
残されたレゾナンスの粒子は、光の雨のようにゆっくりと舞い落ちていく。
カイデンは再び視線を地上へ戻した。
通常のカニバルは、なおも途切れることなく押し寄せてくる。
一体が右側から飛びかかった。
カイデンは肩をわずかに傾けるだけ。
振るわれた爪は紙一重で空を切った。
そのまま左拳が顎を下から打ち抜く。
カニバルの身体は宙へ浮き上がり、次の瞬間にはデータの欠片となって砕け散った。
ツッ――!
右手の拳銃から放たれた青いエネルギー弾が、瓦礫の陰から飛び出してきた別のカニバルを消し飛ばす。
さらに一体が背後から襲いかかる。
カイデンは左肘を軽く払った。
たった一度の衝撃だけで怪物の身体は粉砕され、そのまま半透明のキューブへと分解された。
ツッ――!
ツッ――!
続く二発が再び前方に道を切り開く。
だが――
戦闘の喧騒に紛れて、
それまでとは異なる音が響いた。
ゴォォォォン……
まるで巨大な何かが空気を切り裂きながら回転しているような音。
カイデンの眉がわずかに動く。
視線は真っ直ぐ前方へ向けられた。
カニバルの群れの向こう側から――
通常種とは比べものにならないほど巨大なカニバル・ブルートが、身体を縦に高速回転させながら突進してくる。
全身を覆う分厚い鱗は互いに噛み合い、巨大なドリルのような形状を作り上げ、その進路上にある岩石を次々と粉砕していた。
一瞬で――
怪物はカイデンの眼前へ到達する。
だが――
カイデンは左拳を持ち上げるだけだった。
拳の甲を真っ直ぐ前へ向ける。
その瞬間、青い光が収束し、拳から前腕を覆う盾を形成する。
ドォォォン!!
カニバル・ブルートが全力でその盾へ激突した。
激しい摩擦によって火花が飛び散る。
轟音が石造りの回廊全体を震わせた。
それほどの衝撃を受けながらも――
カイデンの身体は微動だにしない。
両足は最初の位置に静かに根を下ろしたまま。
その眼差しも変わらず、なおも力任せに押し込もうとする怪物を静かに見据えていた。
「……隙がない」
激しい衝突音の中でも、その声はどこまでも落ち着いている。
「こんな不意打ち程度で、俺を傷つけられることはない」
口元にかすかな笑みが浮かんだ。
「お前たちのレベルじゃ――」
なおも眼前で高速回転を続けるブルートを見据えたまま、
「……俺がこれまで潜り抜けてきたものには、到底及ばない」
その言葉が終わると同時に、左腕が前へ押し出される。
盾から青いレゾナンスが爆発的に噴き上がった。
なおも回転を続けていたカニバル・ブルートは、凄まじい勢いで弾き返される。
その巨体はカニバルの群れを次々となぎ倒しながら一直線に吹き飛び、遥か彼方の石壁へ激突した。
轟音が再び回廊全体を激しく揺るがした。




