第四十五話
シルヴィアはすでに通りの端にある停留所へとたどり着いていた。
「早く、早く!」
そう言いながら、なおもケイルの腕を掴んだまま、先ほど到着したばかりのトラムから降りてきた歩行者たちの間を縫うように、半ば駆け足で進んでいく。
「そんなに急ぐ必要はないだろう」
「これに乗らなきゃ!」
「次の便がいつ来るかも知らないのに」
「そんなの気にしないもん」
「説得力のある答えじゃないな」
そんな返しを受けても、シルヴィアはまったく気にした様子を見せなかった。
むしろ、自分の理屈は完璧だと言わんばかりに、満足げな笑みを浮かべている。
その後ろでは、カエラがいつも通り落ち着いた足取りで二人の後を追っていた。
その頃、停留所の脇へ停車したばかりのヴォルタリス・トラムは、アストラヴェル港湾地区を貫く艶やかな青銅色のレールの上に長く車体を連ねていた。
深いマルーンに塗られた車体は、鈍い真鍮の骨組みに縁取られ、外装の各所には控えめな金色の装飾があしらわれている。華美さを感じさせることなく、街並みの建築と自然に調和した気品を漂わせていた。
ガラスのない開放式の窓からは海風が客室を心地よく吹き抜け、車内の隅では小さなエーテル灯が柔らかな青い光を灯している。緩やかに弧を描く象牙色の屋根は昼の陽光を温かく反射し、その姿は単なる交通機関というよりも、アストラヴェルという街そのものの一部であるかのようだった。
――チリン。
先頭車両から小さなベルの音が響く。
車両脇の引き戸がゆっくりと開き、先に何人かの乗客が降りると、そのあとを追うように人々が整然と乗り込み始めた。
「行こ!」
シルヴィアが再びケイルの腕を引く。
「席ならなくならないよ」
「でも、窓際の席ならもっといいでしょ?」
「それなら納得できる理由だ」
三人はほかの乗客たちと一緒に車内へ乗り込んだ。
一歩足を踏み入れると、そこには外とはまた違う空気が広がっていた。
丁寧に磨き上げられた濃い色の木床は車両の奥まで続き、天井から吊るされた小さなエーテル灯の温かな明かりを穏やかに映し出している。
真鍮製の背もたれを備えた木製の座席は左右で向かい合うように並び、その中央には細い通路が伸びていた。乗客たちの頭上では金属製の手すりが屋根の骨組みに沿って渡され、開け放たれた窓からは海風と街の賑わいが時折流れ込んでくる。
決して豪華ではない。
だが、その飾らない造りだからこそ、この内装にはアストラヴェルらしさが色濃く息づいていた。居心地がよく、整然としていて、絶えず動き続ける街の暮らしに寄り添うために造られた空間だった。
「ここ!」
シルヴィアは空いている席を見つけると、誰の返事も待たずに窓際へ腰を下ろした。
ケイルは小さく息をついてから、その隣の席に座る。
一方、カエラは向かい側の席を選んだ。その位置なら二人の様子を、必要以上に視線を動かすことなく見守ることができる。
やがて扉が静かに閉まる。
――チリン。
――チリン。
金属のベルが再び鳴り響いた。
開いた窓の向こうには、隊商のそばに立つラインマーとエレノアの姿がまだ見えている。
「お母さまぁー!」
シルヴィアは両手を高く掲げると、大きく腕を振った。
それを見たエレノアは、くすりと微笑みながら小さく首を横に振る。
隣ではラインマーも片手を上げて応えた。
ケイルも席に座ったまま、小さく手を上げる。
高く掲げるわけでもなく、
長く振るわけでもない。
それでも、自分が二人を見送っていることは十分伝わる程度には。
向かいに座るカエラもまた、小さく微笑み、二人へ丁寧に一礼してから静かに視線を戻した。
次の瞬間――
車両の床下から、低く穏やかな駆動音が響き始める。
まるで遥か下で機械が静かに動き出したかのような音だった。
――チリン。
――チリン。
出発を告げるベルが最後に鳴る。
そしてヴォルタリス・トラムは、ゆっくりと停留所を離れ始めた。
窓の外では商業地区の景色が少しずつ流れていく。
立ち並ぶ倉庫。
幾台もの馬車。
港へ続く輸送路。
そして、ラインマーとエレノアの姿も次第に遠ざかっていった。
その一方で、車内ではシルヴィアが向かい合う座席の間にある小さなテーブルへ両手をつき、椅子の下では足を小さく揺らしている。
胸に満ちた期待を隠そうとする様子はまったくなかった。
この旅でいちばん楽しみにしていた時間が、今まさに始まったのだと、その姿が何より雄弁に物語っていた。
ヴォルタリス・トラムは街中を走るレールに沿って滑るように進み、床下からはかすかな振動が伝わってくる。
速度は決して速くない。
それでも驚くほど滑らかな走りで、動いている乗り物の中にいることさえ忘れてしまいそうだった。
ケイルは背もたれに軽く身体を預けた。
視線を隣の窓へ向ける。
商業地区に立ち並ぶ石造りの建物が、ゆっくりと後ろへ流れていく。
巨大な倉庫や小さな商店を次々と通り過ぎながら、トラムはアストラヴェルの中心地区へ向かって進んでいた。
(……本当に久しぶりだな)
そんな思いが、ふと胸をよぎる。
開け放たれた窓の向こうを眺めながら、静かに目を細めた。
こうしてレールの上を走る乗り物に乗るのは、ずいぶん久しぶりだった。
もちろん、ヴォルタリス・トラムのことではない。
前世で何度も利用していた、あの電車のことだ。
スーツ姿の乗客で埋まった車内。
自動で開閉するドア。
何度も繰り返される駅のアナウンス。
そして学校や仕事の帰り道、窓の外を流れていく街並み。
(……これって、電車って呼んでいいのかな)
車両の前方へ目を向ける。
電線は見当たらない。
エンジン音も聞こえない。
頭上に架線もない。
それどころか、先頭には運転士らしき姿すら見えなかった。
それでもトラムは、ほとんど揺れることもなく滑らかに走り続けている。
(いや、本当に……)
(これ、何で動いてるんだ?)
(エーテルの力か?)
(……たぶん)
(それとも何かのアーティファクト?)
(さっぱり分からないな)
再び窓の外へ目を向ける。
淡い色合いの石造りの建物が、レール沿いをゆっくりと流れていく。
街中を巡る運河には小さな橋が架かり、人々は買い物袋や荷箱を抱えながら、歩道を思い思いに歩いていた。
どこまでも、ごく普通の街並みだ。
だからこそ、不思議だった。
(……ここ、ファンタジー世界なんだよな)
(なのに、妙に現代の街みたいに感じる)
(いや)
(現代っていうのとも少し違うか)
(どちらかと言えば……)
(誰かが技術だけ持ってきて)
(途中で開発をやめて)
(足りない部分を全部魔法で埋め合わせたような感じだ)
(……この世界だと魔法じゃなくて)
(エーテル、か)
天井から吊るされた小さな青い灯りへ視線を移す。
(……正直、こういう仕組みはまだ全然理解できてない)
(でも、この世界の公共交通機関が全部こんな感じなら……)
(まあ、別に悪くない)
(少なくとも、仕事帰りの満員電車で押し潰されるよりはずっと快適だ)
……
(待てよ)
(日本にも路面電車ってあったよな)
(聞いたことくらいはある)
(でも、こんなのは絶対にない)
(もしあったら、有名な観光名所になってるはずだ)
(……いや)
(単に俺が家から出なさすぎただけかもしれない)
(……それも十分あり得るな)
(だって昔の俺は――)
「それはおかしいわ」
不意にシルヴィアの声が思考を遮った。
ケイルはそちらへ顔を向ける。
シルヴィアは二人の間にある小さなテーブルへ頬杖をつきながら、じっと車両の前方を見つめていた。
その表情は妙に真剣だ。
真剣すぎる。
嫌な予感しかしない。
「……どうした、シルヴィア?」
問いかけても、すぐには答えない。
前方を見つめたまま、何か重大な謎に挑んでいるかのように黙り込み――
やがて、一本だけ指を立てた。
「ケイル」
「ん?」
「このトラムって馬がいないでしょう?」
一瞬の沈黙。
「……じゃあ、誰が『こっちへ進め』って教えてるの?」
「……」
「……」
ケイルは一度だけ瞬きをした。
それから前方へ視線を向け、
もう一度シルヴィアを見る。
「いい疑問だな」
「でしょーー!?」
シルヴィアは勢いよく小さなテーブルを叩いた。
「さっきからずっと考えてたの!」
「それで、まだ答えは出てないのか?」
「うん!」
「それはちょっと怖いな」
「そう思うでしょ!?」
「レールの下に小さなドラゴンがいるのかと思ったの」
「それは推理として成立してない」
「私は可能性を広く考えてるだけよ」
「広げすぎだ」
「なんで!?」
「本当にドラゴンがいるなら、とっくに鳴き声くらい聞こえてるだろ」
シルヴィアはぴたりと口をつぐんだ。
そして少し考え込むように頷く。
「……たしかに」
「だろ?」
向かいに座っていたカエラは、ようやく小さく息をついた。
「シルヴィア様。レールの下にドラゴンはおりません」
「じゃあ、本当に誰も引っ張ってないの?」
「はい」
「じゃあ、どうして動くの?」
「それは俺も気になる」
ケイルも素直に口を挟む。
実際、その仕組みには興味があった。
カエラは二人を数秒見比べてから、静かに答えた。
「ヴォルタリス・トラムは、『ヴォルタリス・コア』を動力源としております」
「ヴォルタリス?」
ケイルがその名前をゆっくりと繰り返す。
「はい、若様。
ヴォルタリスは、アストラヴェルで最も広く利用されているエネルギー鉱物の一つです。
トラムに搭載されたコアが動力を生み出し、それを車両全体の駆動機構へ供給しております」
シルヴィアがすっと手を挙げた。
「つまり、本当は馬がいるってこと?」
「違います」
「じゃあ、その馬がトラムを押してるの?」
「それも違います」
シルヴィアは懲りずにもう一度手を挙げる。
「じゃあ、どうして動力源っていうの?」
カエラは目を閉じたまま、しばらく沈黙した。
「……エレノア様がよくこめかみを揉んでおられる理由が、少し分かった気がいたします」
「それとは関係ないもん!」
「あります」
カエラは穏やかな口調で言い切った。
そのやり取りに、ケイルは思わず笑みをこらえる。
一方のシルヴィアは、自分が悪いとは少しも思っていないようだった。
トラムは静かに走り続ける。
通りの向こうには花屋が流れていき、店先には色とりどりの植木鉢がずらりと並んでいた。
少し先では、オープンテラスのカフェで新聞を広げながらくつろぐ人々の姿も見える。
ケイルはしばらくその街並みを眺めていたが、やがて別のものへ目を留めた。
大通りには金属製の街灯が等間隔に並び、その先端には丸いクリスタルランプが吊り下げられている。
昼間にもかかわらず、クリスタルの内側では淡い光が静かに灯っていた。
「……ということは」
「ヴォルタリスって、トラムだけに使われてるわけじゃないのか?」
「いいえ」
カエラはゆるやかに首を振る。
「むしろ逆です。
ヴォルタリスは、アストラヴェルの近代技術の多くを支える主要なエネルギー源の一つです」
「近代技術?」
「例えば、若様が外でご覧になっている街灯です」
そう言って窓の外を示す。
「あれらの多くにも、小型のヴォルタリス・コアが用いられています」
ケイルは再び街灯へ視線を向けた。
淡い光を灯したランプが、次々と窓の外を流れていく。
「それだけではありません。
通信設備や都市の管理システム、さまざまな自動装置にも、同じ鉱物が利用されています」
シルヴィアはまた勢いよく手を挙げた。
「じゃあ、ヴォルタリスがあれば空飛ぶ船も作れる?」
カエラは言葉を失った。
ケイルも黙る。
数席後ろに座っていた年配の男性でさえ、思わずこちらをちらりと見た。
「理論上は……」
カエラは数秒考え込み、
「……可能かもしれません」
と答える。
その瞬間、シルヴィアの目がぱっと輝いた。
「ほら見なさい!」
「そこは自信を持つところじゃない」
「でも否定はされなかったもん」
「問題はそこなんだよ」
シルヴィアはすっかり満足げな表情を浮かべている。
ケイルは小さく肩をすくめると、再び窓の外へ視線を戻した。
ちょうどそのとき、トラムはレールの緩やかなカーブに沿って左へ曲がり始める。
街並みがゆっくりと流れ、建物の列に隠れていた新たな景色が少しずつ姿を現した。
遠くに見える建物は、それまでよりもさらに高く、
さらに壮麗になっていく。
いつの間にか、ほかの地区をはるかに見下ろすようにそびえ立つ白亜の塔の頂まで見えるようになっていた。
ケイルは黙ったまま、その光景を見つめる。
(……ここが、中心地区か)
車窓の外では、アストラヴェルが少しずつ新たな表情を見せ始めていた。
開いた窓から吹き込む涼しい風は、景色が移り変わるたびに違う香りを運んでくる。
花の香りがふわりと漂ったかと思えば、
ほどなくして磨きたての木材の匂いへ変わり、
やがて焼きたてのパンの温かな香りが鼻をくすぐった。
ケイルはその移りゆく街の景色を、ただ静かに眺め続けていた。
通りの一角では、一軒のパン屋がちょうど店先の窓を開けていた。
すでに何人もの客が列を作っている。
その隣では果物屋が行き交う人々へ威勢よく声をかけながら、忙しそうに商品を勧めていた。
値段を交渉する声。
道行く人々の何気ない会話。
そんな音が歩道を満たしている。
それなのに、不思議とうるさくは感じない。
街全体の音が自然に溶け合い、どこか心地よいリズムを奏でていた。
――チリン。
――チリン。
遠くから別のベルの音が響く。
数ブロック先の分岐点では、別路線のヴォルタリス・トラムが交差するレールをゆっくりと横切っていた。
深いマルーン色の車体は反対方向へ走り去り、やがて建物の向こうへ姿を消していく。
「ねえ」
シルヴィアは突然、窓際へ身を乗り出した。
「あっちはどこへ行くの?」
カエラもその先へ目を向ける。
「西部方面の路線です」
「向こうには何があるの?」
「骨董品街がございます」
「へぇー……」
シルヴィアは感心したように頷いた。
そして二秒後。
「じゃあ、高い物ばっかりってこと?」
「ええ。そのようなお店が大半です」
「だったら行かない」
ケイルは一度だけ目を閉じる。
「決断が早いな」
「自分のことはよく分かってるもの」
「……そんなことを誇らしげに言う人は初めて見た」
トラムは変わらぬ速度で走り続ける。
レールは緩やかな上り坂へ入り、周囲の景色も再び少しずつ姿を変えていった。
道幅は広くなり、
歩道はより整然と整備され、
それまでの質素な街灯も、金の装飾が施された背の高い金属柱へと変わり、その頂には淡く輝くクリスタルが据えられている。
やがて――
前方に巨大な白い城壁が姿を現した。
高く。
壮麗で。
左右へ果てしなく続き、その終わりが見えないほどだった。
中央には巨大なアーチ門がそびえ立ち、世界樹を思わせる彫刻と、金で縁取られたクリスタル模様が美しく刻まれている。
その上では幾本もの大きな旗が風を受け、ゆったりとはためいていた。
そして門のアーチ中央には、大きな文字が刻まれている。
**WELCOME TO POLARIS**
――アストラヴェル行政・文化中枢。
ケイルはわずかに眉を上げた。
門の周辺は、それまで以上に多くの人々で賑わっている。
別路線のヴォルタリス・トラムも、いくつもの線路から絶え間なく出入りしていた。
「わあああっ!!」
シルヴィアは勢いよく席から半分立ち上がる。
「すっごく素敵!」
「走行中は立ち上がらないでください」
「はーい」
返事と同時に素直に座り直す。
……が、一秒もしないうちにまた半分立ち上がった。
「それでもやっぱりすっごく素敵!」
「……」
ケイルは何も言わず、そのまま放っておくことにした。
やがてトラムが巨大な門をくぐると、窓の外の景色は再び一変する。
しかも今度の変化は、それまでとは比べものにならないほど大きかった。
目の前には広大な広場が広がり、その中央には幾層にも重なる大噴水が堂々とそびえている。
無数の水流が決まった軌跡を描きながら踊るように舞い上がり、やがて大理石の水盤へときらめきを散らして降り注いでいた。
その周囲では、小さな子どもたちが楽しそうに駆け回っている。
「私、あそこに行きたい!」
「今はトラムの中だからな」
噴水の近くでは、水しぶきを捕まえようと懸命に手を伸ばす子どもたちの姿も見える。
少し離れた場所では、ロングコートに丸い帽子を身につけた男性が、ケイルの見たこともない弦楽器を静かに奏でていた。
穏やかな旋律が人々の賑わいの中へ溶け込んでいく。
温かく、
どこか心を落ち着かせる音色。
決して周囲を支配するほど大きくはない。
それでも、その音楽は道行く人々の歩調を自然と緩めてしまうほどの存在感を持っていた。
その音楽家のすぐ前では、三体の生きたピエロ人形が音楽に合わせて踊っている。
二体は子どもほどの背丈しかない。
一体は濃紺のジャケットと少し大きめのシルクハットを被ったウサギ。
もう一体は赤いベストに金色の蝶ネクタイを締めたキツネだった。
そして中央に立つ一番大きなピエロは、大人に近い背丈がある。
丸みを帯びた身体は古い置き時計のような形をしており、いつも笑顔を浮かべた顔の胸元には、大きな時計が埋め込まれていた。
三体はわざと大げさな動きで踊り、
時には転んだふりをし、
時には互いにぶつかり合い、
それでも何事もなかったかのように再びくるくると踊り始める。
そのたびに子どもたちから笑い声が弾けた。
「わはははっ!」
そして当然――
シルヴィアも一緒になって笑っていた。
「真ん中の子、すっごく面白い!」
時計の人形を指差してはしゃぐ。
「若様」
「あれはオートマトン・パフォーマーです」
「大道芸人みたいなものか?」
カエラは静かに首を横へ振った。
「いいえ。
あの者たちは、アストラヴェルの主要な広場へ常設されております」
「娯楽のために?」
「はい」
カエラは小さく頷く。
「中心地区の多くには、このようなパフォーマーたちがおります」
ケイルは三体の人形をしばらく眺めていた。
その動きは、ただの機械仕掛けの人形とは思えないほど滑らかだった。
時折、駆け寄ってきた子どもたちへ反応しているようにさえ見える。
「……面白いな」
「実物を見るのは初めてだ」
シルヴィアが勢いよく振り向いた。
「えっ?」
「生きてるピエロを見たことなかったの?」
「なかった」
「じゃあ、ケイルの人生ってちょっと寂しかったのね」
ケイルは無表情のまま彼女を見る。
「胸に染みる同情をありがとう」
「どういたしまして」
「その返し、最近よく使うようになったな」
やがて車窓の外では、先ほどの広場とパフォーマンスが少しずつ後方へ流れていく。
だが、その先に広がる新たな街並みは、それ以上に活気に満ちていた。
ヴォルタリス・トラムがさらに奥へ進むにつれ、ケイルははっきりと実感する。
これまで自分が見てきたアストラヴェルは、ほんの外縁にすぎなかったのだと。




