第十三話
イザベルはわずかに首を傾げた。さらりと髪がその動きに合わせて揺れる。それでも視線は青川蓮司から離れず、まだ解けきっていない疑問を映したままだった。
「蓮司は?」
軽い調子で尋ねる。その声色は自然だったが、もっと具体的な答えを待っていることは明らかだった。
「マイアミに何しに行くの?」
隣に立つ葉山悠希もちらりと視線を向ける。
普段と変わらない落ち着いた目だったが、その奥には相手の反応を一つたりとも見逃すまいとするような鋭さがあった。
「ああ」
短く相槌を打つ。
「何しに行くんだ? まさかお前まで旅行に便乗しただけってわけじゃないだろ」
蓮司はすぐには答えなかった。
肩を少し持ち上げ、それから力を抜く。
次の瞬間、小さな笑い声が漏れた。
「ははは……」
どこかぎこちない笑いだった。
自分でもなぜ笑っているのかわからないような、そんな曖昧な笑い。
手が後頭部へ伸びる。
指先でぽりぽりと掻きながら目を細め、やがて一度ゆっくりと閉じた。
答えを考えれば考えるほど、面倒になっていく気がした。
(……これ、正直に言わなきゃダメか?)
眉がわずかに寄る。
胸の奥で息が一瞬止まった。
子供たちの世話役。
しかも頼んだのは自分の叔母。
そのうえ報酬付き。
(……口にするだけで変だろ)
唇がわずかに動く。
言葉を出そうとしたものの、思った以上に長い間が空いた。
「俺は……マイアミに――」
そこまで言いかけて、言葉が途切れる。
閉じていた目をゆっくりと開く。
だが視線はイザベルたちへ戻らなかった。
代わりに横へ流れ、人々が絶えず行き交う空間の向こうへと向けられる。
まるで続きを話さなくて済む理由を探しているように。
あるいは意図的に意識を逸らしているように。
「……ちょっと用事があってさ」
結局そう続けた。
頭の中とは裏腹に、声だけは軽く聞こえる。
ほとんどわからないほどの間を挟みながら、無理やり自然を装った口調だった。
詳しく説明したわけではない。
かといって完全な嘘でもない。
ただ、その場に曖昧さだけを残す答えだった。
イザベルが目を細める。
不満そうな表情は隠しようもない。
「怪しいわね……」
一方で悠希は何も言わなかった。
ただ先ほどより少しだけ深い視線で蓮司を見つめている。
だが――
蓮司の意識はすでに別の場所へ向いていた。
再び視線が同じ方向へ流れる。
行き交う人々の肩越しに。
人混みの隙間を追うようにして、その先へ。
そして出発ロビーの反対側にある一点で止まった。
体がわずかに強張る。
ほとんど誰にも気づかれないほどの変化だった。
息が一瞬だけ詰まる。
それだけで胸の奥が理由もなく重くなった。
五人。
そこから少し離れた場所に立っている。
足元にはスーツケース。
何気ない会話を交わし、ときおり普通の笑い声が混じる。
出発を待つだけの、どこにでもいるグループにしか見えない。
だが蓮司にとっては違った。
その光景は見覚えがありすぎた。
そして、あまりにも懐かしかった。
目がゆっくりと細められる。
気づかぬうちに顎へ力が入る。
本来ならとっくに埋もれているはずの記憶が、一つずつ浮かび上がってきた。
鮮明に。
容赦なく。
(……あいつら)
何も変わっていない。
(こんなところにもいるのかよ)
顔。
立ち方。
笑うときの肩の揺れ方。
昔から見慣れていた何気ない仕草までが、今は妙に鮮明だった。
まるであの部分だけ時間が止まっていたかのように。
耳をつんざく歓声。
まぶしい大型スクリーンの光。
そして、その反対側には――
あの五人が立っていた。
決して忘れることのない表情を浮かべながら。
蓮司はゆっくりと息を吐く。
だが胸の重さは増していくばかりだった。
内側から何かに押し潰されているようで、それを外へ追い出すこともできない。
(……まさか)
(こんな場所で、また会うなんてな)
視線は動かない。
人混みの隙間を見つめたまま、その先にいる五人へ釘付けになっていた。
長く瞬きをすれば、すべて幻のように消えてしまう気がした。
指先がゆっくりと力を帯びる。
気づかないうちに拳が握られ、爪が掌へ食い込んでいた。
胸の奥で何かが蠢いている。
それは単なる苛立ちではなかった。
もっと深く。
もっと暗く。
決して終わることのなかった感情の残滓。
(……ここで俺を見られるわけにはいかない)
眉がわずかに下がる。
鼻から静かに息を吐き出しながら、勝手に込み上げてこようとする何かを押さえ込もうとした。
今じゃない。
ここでもない。
その場から動かずに立ち続ける。
肩の力を抜いたままにして。
表情も変えずに。
ついさっきまでイザベルや悠希の前で軽く笑っていた自分を保つように。
だが胸の奥では、長い間眠っていた何かがゆっくりと目を覚まし始めていた。
数秒が過ぎる。
やがて五人は動き出した。
スーツケースを引き、ほかの乗客の流れに紛れるように歩いていく。
その間、一度たりとも蓮司の方を振り返ることはなかった。
気づいていない。
そしてたぶん――それでいい。
蓮司は静かに息を吐いた。
短く。
ずっと胸に溜め込んでいたものを少しだけ手放すように。
「蓮司?」
不意に悠希の声が飛んできた。
大きな声ではない。
だが、意識を引き戻すには十分だった。
蓮司が軽く瞬きをする。
途切れていた焦点が戻る。
振り向くと、悠希がまっすぐこちらを見ていた。
眉がわずかに寄っている。
表情そのものはほとんど変わらない。
それでも、見逃していなかったことは伝わってきた。
「どうした?」
落ち着いた声だった。
問い詰めるような響きはない。
けれど、ただ何となく聞いているわけでもなかった。
「……さっき、顔つきが変わった」
蓮司は少し黙り込む。
隣ではイザベルもこちらを見ていた。
その瞳はどこか柔らかく、隠しきれない心配が滲んでいる。
気づけば少し距離も縮まっていた。
「蓮司くん……?」
呼びかけは優しかった。
まるで触れないままそっと手を伸ばしてくるような声だった。
蓮司は深く息を吸う。
張り詰めていた肩の力がゆっくりと抜けていく。
一度だけ視線を落とし、それから前を向いた。
表情はすでに元通りだった。
さっきまでの出来事など、ほんの一瞬の錯覚だったかのように。
「何でもないよ」
短い返事。
あまりにも整いすぎた答えだった。
だが声は安定している。
軽く片手を上げ、首の後ろを掻く。
薄い笑みが浮かんだ。
決して自然そのものではない。
それでも相手を安心させるには十分だった。
「ちょっと考え事してただけ」
イザベルはなおも数秒ほど見つめていた。
まだ少しだけ疑いは残っている。
だが、それ以上は追及しなかった。
「……本当に?」
その声は柔らかい。
自分を抑えるような、小さな囁きに近かった。
蓮司は小さく頷く。
「ああ」
そして今度はまっすぐイザベルを見た。
安心させるように。
確かめるように。
「大丈夫だよ」
数秒の沈黙が流れる。
今度こそ、本当に穏やかな静けさだった。
だが――
そのとき。
空港のアナウンスが再び響いた。
天井のスピーカーから流れる、先ほどと変わらない事務的な声。
『ご搭乗のお客様にご案内いたします。成田国際空港発、ロサンゼルス行きJL728便は、まもなく12番ゲートにて搭乗を開始いたします。ご搭乗のお客様はお早めに搭乗口までお越しください』
その声はロビー全体へ均等に広がっていく。
周囲の空気がわずかに変わった。
ロサンゼルスは最終目的地ではない。
そこでは乗り継ぎを行い、その後マイアミへ向かう予定だった。
蓮司が顔を上げる。
「どうやら俺たちの便みたいだな」
悠希は案内表示へ視線を向け、それから軽く頷いた。
「ああ。時間もちょうどだ」
イザベルはバッグの持ち手を少し握り直した。
小さく息を吸い、同じように頷く。
「それじゃあ……行きましょう」
三人はほぼ同時に歩き出した。
搭乗口へ向かう乗客たちの流れに自然と溶け込む。
キャリーケースの車輪が転がる音が、次第に増えていく足音と重なった。
搭乗手続きは順調に進んだ。
列は滞ることなく流れ、一人ずつ搭乗券が確認されていく。
そしてやがて、三人は機体脇の屋外エリアへと出た。
外の空気はロビーとは違っていた。
少し冷たい。
そして、どこか開放的だ。
目の前には金属製のタラップが伸びている。
その先には機体のドア。
遠くでは低く唸るようなエンジン音が途切れることなく響いていた。
蓮司が先に足を踏み出す。
その隣をイザベルが歩き、少し後ろから悠希が続く。
階段を上るたび、時折キャリーケースの持ち手に手を添えながら、三人はゆっくりと機内へ向かっていった。
機内へ入ると――
そこには、少しだけ窮屈な空間が広がっていた。
左右にはエコノミークラスの座席が整然と並び、柔らかなキャビンライトが天井から降り注いでいる。
すでに席に着いている乗客もいれば、頭上の収納棚へ荷物を入れている最中の者もいた。
蓮司は中央の通路をゆっくりと進む。
視線は座席番号を探して動いていた。
その隣ではイザベルが歩いている。
時折振り返るように視線を向け、はぐれていないか確認するのがどこか彼女らしかった。
悠希は通路を挟んだ反対側。
片手をジャケットのポケットに入れたまま、気楽な足取りでついてきている。
そして――
そのときだった。
蓮司の視線が再び引き寄せられる。
前方。
数列先。
そこにいたのは――
あの五人だった。
それぞれの席に座りながらも、変わらず同じグループの空気を纏っている。
話し声は小さい。
それでも、一時期あまりにも近い場所にいた人間なら十分に気づける声だった。
蓮司の足がわずかに遅くなる。
ほんの一瞬だけ。
目が鋭く細められた。
だが先ほどのように長くは続かない。
確認するだけで十分だった。
(……マジかよ)
それでも足は止めない。
声もかけない。
反応もしない。
ただ視線を逸らした。
せっかく閉じたはずの何かを、再び蓋するように。
「ここだな」
小さくそう言う。
目的の列で立ち止まり、先にイザベルが窓側の席へ入れるよう身体をずらした。
自分はその隣へ腰を下ろす。
悠希も通路を挟んですぐ近くの席へ座った。
気楽な動作でバッグを置き、そのまま背もたれへ身体を預ける。
蓮司もゆっくりとシートに身を沈めた。
息を吐く。
一度だけ目を閉じる。
そして再び開いた。
表情は穏やかだった。
だがその奥では――
まだ何一つ終わっていなかった。
さらに深く背もたれへ体重を預ける。
肩が少しずつ下がっていく。
ようやく息を我慢せずに済むようになった。
さっきまでの空港の喧騒を思えば、この狭い機内のほうがむしろ落ち着く。
頭を少し傾ける。
半分ほど閉じた目のまま、ただ座っていられることの心地よさを味わった。
(……やっとか)
通路の向こうでは、悠希がすでに自分の世界へ入り込んでいた。
足を少し前へ伸ばしながらくつろいだ姿勢で座り、スマートフォンを手にしている。
親指がゆっくりと画面をなぞり、ときおり止まる。
何かを真剣に選んでいるようだった。
音楽か。
あるいは暇つぶしの何かか。
気まずさのない静かな時間が流れる。
数秒ほど。
そして――
「すみません……」
柔らかな声が悠希の隣から聞こえた。
一人の女性が通路に立っていた。
搭乗券を手に持ち、長い茶色の髪を肩へ綺麗に流している。
穏やかな顔立ちに、控えめで礼儀正しい微笑み。
「こちら、私の席なので……通ってもよろしいですか?」
悠希は顔を上げた。
視線が一瞬だけ彼女の顔で止まる。
それから軽く頷いた。
「ああ、どうぞ」
身体を少し横へずらし、通り道を作る。
女性は慎重な足取りで中へ入り、悠希の隣の空席へ腰を下ろした。
動作は丁寧で、無駄がない。
「ありがとうございます」
小さく礼を言う。
悠希は軽く頷いただけで、再びスマートフォンへ視線を戻した。
それ以上の会話はない。
ごく自然な沈黙だった。
だが。
完全に自分の時間へ戻る前に、その女性はふと視線を向けた。
通路の反対側。
蓮司の方へ。
ほんの一瞬。
癖のような何気ない視線だった。
蓮司も無意識に顔を上げる。
その瞬間。
二人の目が合った。
ほんの刹那だけ。
蓮司は薄く微笑む。
短い笑みだった。
何かを始めようとする意図もない。
ただ目が合った相手への自然な反応。
女性もまた同じような穏やい表情を返し、それ以上何も言わず前へ視線を戻した。
それだけだった。
お互い、再びそれぞれの時間へ戻っていく。
蓮司は静かに息を吐く。
そして少しだけ首を傾けた。
視線は隣の席へ向かう。
イザベルの方へ。
そして――
そこで蓮司は眉をひそめた。
イザベルは窓の外を眺めているわけでもなかった。
何かに集中している様子もない。
両手はバッグの上で止まったまま。
指先はわずかに絡まり合い、肩には力が入っている。
その瞳はどこか虚ろで、吐き出せない何かを抱え込んでいるように見えた。
「イザベル?」
蓮司は慎重に声をかける。
イザベルは小さく肩を震わせた。
まるで今ようやく思考の海から浮かび上がってきたかのように。
「ん?」
振り向く。
「どうした?」
蓮司は少しだけ真剣な目で彼女を見た。
声は軽いままだったが、その中にははっきりとした気遣いがあった。
「さっきから……なんか落ち着いてないだろ」
イザベルはしばらく黙り込む。
視線が下がった。
静かに息を吸い込んでから、ようやく口を開く。
「……お母さん」
その一言はとても小さかった。
「私……お母さんのことが心配なの」
蓮司は少しだけ姿勢を正した。
「お母さん、具合悪いのか?」
声も自然と柔らかくなる。
「それとも――」
「何度も病院に行こうって言ったの」
イザベルが言葉を重ねた。
声を荒げたわけではない。
ただ、その話題を曖昧なままにしたくなかったのだろう。
「何回も……何回も言ったのに、いつも断られて」
再び視線が落ちる。
「家には弟がいるし……ちゃんと説明もしてきたわ。薬のことも、飲む時間も、それに食事だって準備してあるから温めるだけでいいし……」
そこで言葉が途切れる。
唇がわずかに引き結ばれた。
「それでも……」
声がさらに小さくなる。
「悪くなったらどうしようって……怖くて」
蓮司はすぐには口を挟まなかった。
最後まで聞く。
それが今必要だと思った。
「本当は……」
イザベルは迷うように続ける。
「マイアミに行くの、やめようかとも思ったの」
バッグの上で指先に力が入る。
「でも家に残ったところで、何をしたらいいのかもわからなくて……」
乾いた笑みが漏れた。
「考えてみれば……私も、何かに頼らないとやっていけなかったのかもしれない」
息が詰まる。
そして――
「お父さんがいてくれたら……こんなに大変じゃなかったのかな」
最後の言葉は囁きのようだった。
機内のざわめきに紛れて消えてしまいそうなほどに。
蓮司はしばらく彼女を見つめていた。
何も言わず。
静かに。
やがて小さく息を吐く。
肩の力を抜きながら、頭の中で言葉を整理するように。
そして口を開いた。
「……お前、十分すぎるくらいやってるよ」
穏やかな声だった。
急がず、押しつけず。
「一人で背負うには多すぎるくらいにな」
イザベルはまだ顔を上げない。
蓮司は続ける。
「薬のことも考えた。食事も用意した。ちゃんと見てくれる人も残してきた」
少しだけ首を傾ける。
「それってさ、『置いてきた』んじゃないだろ」
言葉は静かだった。
「自分にできる形で守ろうとしてるってことじゃないか」
短い沈黙。
そして。
「たとえ家に残ってたとしても」
蓮司はゆっくりと言った。
「全部がすぐ良くなるとは限らない」
その目が少しだけ柔らかくなる。
「少なくとも今のお前は、やれることをちゃんとやった」
イザベルがゆっくりと顔を上げた。
蓮司は薄く微笑む。
「だから、自分のための時間があったっていいんだよ」
声は軽い。
けれど嘘はなかった。
「それで悪い娘になるわけじゃない」
数秒が過ぎる。
そして少しずつ。
強張っていたイザベルの肩から力が抜けていった。
吐き出された息も先ほどより軽い。
「……そう、かもね」
小さな笑みが浮かぶ。
まだ控えめだ。
それでも確かに本物だった。
「わかった」
先ほどよりも落ち着いた声で言う。
「弟にもう少し詳しく伝えておこうかな」
自分自身に言い聞かせるように小さく頷く。
「そうすれば、少しは気にならなくなるかもしれないし」
バッグからスマートフォンを取り出した。
画面が灯る。
さっきまで表情を埋め尽くしていた不安の針は、少しずつ姿を薄めていた。
代わりに戻ってきたのは、何をするべきかという明確な意識だった。
蓮司はその様子をしばらく見守る。
そして安心したように背もたれへ身体を預けた。
静かに息を吐く。
(……よかった)
視線が天井へ向く。
数秒。
何も考えない時間が流れた。
だが――
気づけば。
思考はまた勝手に動き始めていた。
(……そういえば)
眉がわずかに寄る。
(俺自身は……何を心配するべきなんだろうな)
その疑問は唐突に浮かんできた。
あまりにも自然に。
そして――
驚くほど何もなかった。
変だ。
両親は、彼が五歳のときにもういない。
家で待っている人もいない。
連絡しなければならない相手もいない。
本来なら、気楽なはずだった。
むしろ、そのはずだった。
なのに、それが逆に彼を一瞬立ち止まらせた。
(……じゃあ俺って――)
思考が途中で途切れる。
目がわずかに見開かれた。
(……え?)
背もたれに預けていた頭が、ほんの少しだけ浮く。
待て。
眉がさらに深く寄る。
(……家の電気)
数秒、蓮司は動かなかった。
(……消したっけ)
記憶が曖昧だった。
はっきりしない。
「……あー……」
小さく息を吐く。
(また忘れた)
肩の力がわずかに抜ける。
だが、そこで終わらなかった。
さらに、もう一つ。
もっと具体的で。
もっと嫌な確信が。
(……あ)
目が少しだけ見開かれる。
(やば)
頭がゆっくりと背もたれに落ちる。
(……パソコンのコンセント)
表情がわずかに変わった。
ほんの少しだけ、今さら気づいたような違和感。
(……たぶん、挿しっぱなしだな)
虚ろな視線のまま前を見る。
数秒。
(……まあ、大丈夫だろ……多分)
答えはない。
機内のエンジン音だけが一定に響いている。
「はぁ……」
長く息を吐いた。
肩が再びゆるむ。
完全ではないが、それでも少し落ち着いた。
しばらくの沈黙。
そして、ゆっくりと目を閉じる。
(……まぁいいか)
諦めにも似た声。
ただのコンセントだし。




