第百話
「カァンッ!」
「カァンッ!」
足音よりも先に、剣と剣がぶつかる音が響いた。
カエラのアストラ・ヴォレアが横薙ぎの一撃を受け止める。ランはそのまま手首をひねり、鍔迫り合いの最中に刃の軌道を変えた。
カエラは身を低くする。
剣先が、頭上をわずか数センチのところで通り過ぎていった。
勢いを失わぬまま、カエラは身体をひねり、アストラ・ヴォレアをランの腰へと振り抜く。
ランは後方へ跳んだ。
剣先は衣服の裾をかすかに裂いただけだった。
道の反対側へ着地した瞬間、ランは再び踏み込む。
真っ直ぐな斬撃が胸元へ迫る。
カエラは身体を傾け、刃を脇へ通過させると、そのままアストラ・ヴォレアでランの腕を絡め取った。強い押し込みによってランの身体が流される。だが、彼女はその勢いさえ利用し、距離を保った。
カエラはそれを許さない。
追いすがり、下から斬り上げる。
「カァンッ!」
ランは間一髪で受け流した。
二人の間で金属の火花が弾け、続く衝突が重なった。互いに数歩ずつ、石造りの路面を滑るように後退する。
二人は止まった。
ほんの一瞬だけ。
そして、再び動く。
ほとんどひと呼吸の間に、三度の衝突が起こった。
「カァンッ!」
「カァンッ!」
「カァンッ!」
カエラが真っ直ぐに突きを放つ。
ランは身体を横へずらし、短い斬撃を返した。カエラはそれを受け止め、続けざまにアストラ・ヴォレアを下から旋回させる。
剣がランの刃を打ち、そのまま数センチほど弾き上げた。
ランは即座に体勢を立て直す。
視線が交わる。
二人の目に、迷いはなかった。
再び、互いに踏み込む。
次の激突が、路面を大きく揺るがした。砂埃が一気に舞い上がり、煙とともに戦場を覆い尽くす。
二つの影が、その煙幕を突き破って飛び出した。
カエラは後方へ滑るように下がり、足元を踏みしめる。
その一方で、ランは一度身体を回転させてから停止した。
二人の間に、再び距離が開く。
だが、どちらかが動くよりも先に――
大きな影が、道の上空を横切った。
カエラは反射的に顔を上げる。
赤く染まったアストラヴェルの空が、視界いっぱいに広がった。
何かが、高所から落下してきている。
「……なんだ?」
その影は、弾丸のように真っ直ぐ降下してきた。
レオン・アグレストが、二人のちょうど間へと叩きつけられる。
「ドォォンッ!」
爆発が、通り全体を揺さぶった。
砕けた石が四方へ飛び散り、砂埃と煙が瞬く間に戦場を飲み込んでいく。
カエラは数メートル弾き飛ばされた。だが、その勢いを利用して後方へ跳び、片膝が地面につきそうになる寸前で着地する。
反対側では、ランが軽やかに二度跳び、煙の中から姿を現した。
剣はすでに構えられている。
「援軍?」
その言葉は、途中で喉の奥に消えた。
煙がゆっくりと晴れていく。
ひび割れた地面の中央に、一人の男が立っていた。
レオンが顔を上げる。
肩からは、まだ細かな埃がぱらぱらと落ちている。
彼は片方の肩をぐるりと動かした。
まるで、たった今叩き落とされたことなど、大したことではなかったかのように。
「よっ」
ランの眉が寄る。
「お前……誰だ?」
レオンは、まっすぐに彼女を見据えた。
「これからは、俺がお前の相手だ」
ランは一瞬、言葉を失った。
「……は?」
レオンが一歩前へ出る。
その足元で、小石が靴の下からかすかに滑った。
「お前と彼女の戦いは、ひとまずここまでだ」
「おい!」
すぐ後ろからカエラが声を上げる。
レオンは少しだけ振り返った。
「俺が代わる。今はそれでいいだろ」
アストラ・ヴォレアを握るカエラの手に、力がこもる。
「余計なことをするな」
レオンが返事をするより先に、カエラのすぐ隣から静かな声が響いた。
「すまない」
カエラの身体が強張る。
声は右手から聞こえた。
すぐさま振り向く。
そこには、すでにサイラスが立っていた。
あまりにも近い。いつの間にそこまで近づかれたのか、カエラには気づくことすらできなかった。
両手を穏やかに身体の前で組みながら、その視線は道の中央にいるレオンとランへ向けられている。
まるで、自分がカエラのすぐ隣にいることなど、わざわざ問う必要もないとでもいうように。
「いつから……?」
「かなり前から、上で君たちを見ていた」
サイラスは視線を逸らさない。
「だから、何が起きているのかを把握するのは難しくなかった」
そこで一度、言葉を切る。
「だからこそ、これがただの戦いではないことも分かる」
カエラは再び道の中央へ目を向けた。
レオンはまだランと向かい合っている。対するランにも、戦いを止めるつもりは見えない。
「レオンは、ただ一時的に彼女を足止めするために来たんだ」
サイラスは淡々と続けた。
「君の戦いを奪うつもりはない」
カエラが彼を見る。
「なら、どうして彼が代わった?」
そこでようやく、サイラスがカエラへ顔を向けた。
「敵があまりにも早く敗れれば、それはもう俺の知ったことではなくなるからだ」
カエラの眉が下がる。
その言葉が自尊心に触れたのか、眼差しが一瞬で鋭くなった。
サイラスはその変化を見ていたが、何も言わなかった。
代わりにカエラは一度だけ目を閉じ、短く息を吐く。
道の中央から、レオンが二人へちらりと視線を向けた。
「俺は、しばらくこいつの相手をしてればいいんだろ?」
「ああ」
サイラスの答えは短かった。
レオンはにやりと笑う。
「よし。任せろ」
ランは剣を肩へ担ぐように構えた。
「剣を相手に、素手でやるつもりか?」
レオンの顔に、自信に満ちた笑みが浮かぶ。
「問題ない」
両手を上げ、簡素な構えを取る。
「こういうのには、もう慣れてるんでね」
ランの目が、さらに冷たくなる。
剣を握る手に、いっそう力がこもった。
目の前で見せつけられるレオンの余裕に、かえって怒りが込み上げてくる。
しばらくの間、二人はただ互いを見据えていた。
そして――
次の瞬間、ランの身体が弾けるように飛び出した。
カエラはサイラスへ向き直る。
「じゃあ、あなたたちは本当にハイ・サンクタムから来たの?」
「そうだ」
サイラスは答えながら、道の先で動き出した二つの姿を視界の端で追う。
カエラはしばし黙り込んだ。
「それなら、あなたがこうした理由も分かった気がする」
サイラスは小さく頷いた。
「それはよかった」
カエラはわずかに頭を下げる。
「すまなかった。さっきは、何か別の思惑があるのかと思っていた」
「気にするな」
サイラスは再び道へ意識を戻す。
「それじゃあ、本題に入ろう」
カエラが顔を上げる。
サイラスは前置きなく口を開いた。
「君の立ち振る舞いを見れば、君がラインマー様のメイドだと知るのは難しくない」
カエラの表情がわずかに変わった。
「そして、彼の身近にいる君なら、今のラインマー隊長の状況も知っているはずだ」
「はい」
カエラの返事には迷いがなかった。
アストラ・ヴォレアを握る手に、再びわずかに力が入る。
「それどころか、ラインマー様はあなたたちが私のところへ来る前から、すでにこのことを考えていました」
その瞬間、サイラスの表情がほんのわずかに変わった。
「……そういうことか」
視線を再び真っ直ぐ前へ戻す。
「つまり、隊長はこうなる可能性まで予測していた?」
その声音に、感嘆の色はなかった。
ただ、ラインマーが彼らの到着を最初から見越していたらしいことに、今になって気づいたのである。
「それなら……」
サイラスはカエラへ視線を向けた。
「ラインマー隊長は、君に何と言っていた?」
カエラは一瞬、言葉を失った。
ラインマーが去る前に交わした会話が、脳裏に蘇る。
「アストラヴェルは今、私の責任下にあると言っていました」
サイラスが頷く。
「街全体を?」
「はい」
カエラは迷いなく答えた。
「すべての防衛線を守れと。街へ入り込むために利用できる隙は、ひとつたりとも作るな、と言われました」
視線が、いまだに煙に覆われている建物へ向けられる。
「大通り、北部地区、東部地区、西部地区、南部地区……全部です」
「境界の外側の防衛については、すでにアストラヴェルの部隊が配置されています。私はただ、街の内部へ通じる隙が生じないように確認していればいい」
サイラスは口を挟まず、彼女の話を聞いていた。
「そして、ひとつだけ特に強調された場所があります」
「アッパー・ディストリクト」
カエラの答えは即座だった。
「あそこだけは、絶対に落とすなと」
サイラスの目が、わずかに細くなる。
「レプリカ・ツリー」
カエラが頷く。
「はい」
しばし、二人の会話が途切れた。
崩れた建物の合間から、中心地区の奥で紫がかった光がかすかに見えている。
「理由は説明されたのか?」
「いいえ」
カエラは首を横に振った。
「ただ、ひとつだけ繰り返し言われました」
「何があっても、アッパー・ディストリクトを安全な状態に保て、と」
サイラスは小さく頷いた。
「では、俺たちは?」
カエラが彼を見る。
「あなたたちが来ることも、すでに予測していました」
サイラスは黙り込む。
「ハイ・サンクタムの人間が自分を捜して来たら、あなたたちにアストラヴェルの状況を説明しろ、と言われています」
カエラの声音は変わらない。
「今、何が起きているのか。そして、あなたたちが何をすべきなのかも含めて」
サイラスは静かに息を吐いた。
「つまり、あいつは最初からすべて用意していたわけか」
「そうみたいです」
カエラは一瞬、視線を落とした。
「でも、もうひとつ命令があります」
サイラスが再び彼女を見る。
「何だ?」
「誰もアストラヴェルを離れてはいけないと」
サイラスの眉がわずかに上がる。
「俺たちも?」
「はい」
カエラは頷いた。
「街の中に留まるよう、あなたたちにも命じていました」
サイラスは黙った。
視線が、目の前の通りへと移る。
先ほど、そこに立っていたラインマーの姿が脳裏に蘇った。
そして、その傍らにいた人物のことも。
「では、隊長自身は?」
その問いに、カエラは一瞬だけ言葉を止めた。
「出ていきました」
「どこへ?」
「分かりません」
カエラは小さく首を振る。
「場所については、何も説明されませんでした」
サイラスはすぐには答えなかった。
上から見ていた彼には、ラインマーが誰かとともに街を離れていくところが見えていた。だが、その方向も、その先に何があるのかも、はっきりとは分からなかった。
「誰と?」
「アインという人とです」
サイラスの表情が、わずかに変わる。
「アイン……?」
カエラが頷く。
「ラインマー様本人から聞きました」
「知っているのか?」
「いいえ」
カエラの答えはすぐに返ってきた。
「以前に会ったことはありません」
少しだけ間を置いてから、続ける。
「ただ、隊長がその人について話していた様子からすると、普通の人ではないことだけは明らかでした」
サイラスの眼差しが鋭くなる。
「何と言っていた?」
カエラはすぐには答えなかった。
その名を口にしたときの、ラインマーの声が今もはっきりと残っている。
いつもよりも、ずっと重かった。
「その人は、とても危険だと言っていました」
「どれほど危険なんだ?」
カエラは顔を上げた。
「隊長が自分で相手をすることを選ぶほどには、危険な相手です」
サイラスは黙ったままだった。
「それに、出ていく前から、誰にも後を追わせるなと言っていました」
カエラは街の外縁へ視線を向ける。
「アインがまだアストラヴェルにいる限り、この戦いは制御できなくなる、と」
サイラスの目がわずかに細くなる。
「だから、わざと外へ連れ出したのか」
「はい」
カエラは静かに頷いた。
「二人の戦いを、街の中で起こしたくなかったのでしょう」
サイラスにも、その意図は理解できた。
もし本当にアインのような存在が、アストラヴェルの真ん中で一切の手加減なく戦えば、その被害は今まさに続いている戦争さえ上回るかもしれない。
「もうひとつ、言われたことがあります」
カエラはそこで言葉を切った。
「もしアインが本気で戦うようなら、アストラヴェルの安全を最優先に考えろ、と」
サイラスは何も言わなかった。
「だから、隊長は彼を連れて行ったんです」
カエラは真っ直ぐ前を見つめる。
「そして、この街を私に託しました」
サイラスは、しばらく彼女を見つめていた。
これで、すべてが繋がり始めた。
ラインマーは戦争から離れるために、アストラヴェルを去ったわけではない。
もっと危険な何かを、この街の中で戦わせないために出ていったのだ。
「そこまでの警告を残すということは……」
サイラスは、ラインマーとアインが最後に姿を消した方角へ視線を移した。
「隊長は、あの人について何か知っているはずだ」
カエラの返答は静かだった。
「隊長が私に言ったのは、ひとつだけです」
サイラスが振り向く。
「何だ?」
「追いかけようとするな、と」
カエラは身体の前で両手を重ねる。
「たとえ、ハイ・サンクタムから来た者であっても」
そのとき、ランが再び動いた。
会話を遮られたことへの苛立ちを露わにしながら、ストーカーが剣を振り上げ、一気に駆け出す。
「この戦いが終わったと思うな!」
剣がレオンの頭目がけて真っ直ぐ振り下ろされた。
レオンは、ただ身体をわずかに傾ける。
刃が顔のすぐ横を通り過ぎた。
ランは即座に軌道を変え、手首を返しながら横薙ぎに払う。
レオンは身をかがめる。
またも刃が頭上を通り過ぎた。
三撃目が間髪入れずに迫る。
そして四撃目。
五撃目。
ランの斬撃は次第に速度を増し、あらゆる方向からレオンの周囲を切り裂いていく。
それでも、レオンには焦る様子がない。
半歩だけ横へずれる。
頭を低くする。
身体をひねり、刃先をかわす。
その一つ一つの動きはあまりにも小さく、まるでランの剣が勝手に彼を避けて通っているかのようだった。
「いつまで避けている!」
ランが次の一撃を繰り出す。
レオンは眉を上げた。
「なんで?」
「俺と戦え!」
「もう攻撃してるだろ」
その淡々とした返答に、ランの表情がさらに険しくなる。
再び踏み込む。
今度は一直線の突きが胸元を狙った。
レオンは肩をずらす。
刃先が身体の脇を通り抜ける。
そのまま手を伸ばし、剣の側面を軽く叩いた。
突きの軌道が逸れる。
ランの身体も、その狂った軌道へ引っ張られるように流れた。
だが、無理やり足を踏み直すと、すぐさま身体を回転させる。
水平の斬撃が続いた。
レオンがその手首を掴む。
動きは軽かった。
ランの攻撃が、一瞬で止まる。
「なっ……」
レオンはそのまま手首をわずかにひねった。
ランの均衡が崩れる。
彼女は無理やり振りほどき、数歩後方へ下がった。石畳から薄い砂埃が舞い上がる。
「俺を舐めるな!」
ランが再び突っ込む。
今度は、ただ遊んでいるような余裕をレオンに与えない。
下からの斬り上げ。
続けざまに横薙ぎ。
さらに上からの振り下ろし。
レオンも、近づきすぎた刃をいくつか払い始める。
一撃が、顔のすぐ前を横切った。
レオンは首を傾ける。
刃は標的を捉えられなかった。
だが、ランはすでに身体を回している。次の瞬間には、別の角度から刃が振り抜かれた。
「ビッ!」
剣先がレオンの肩の布地を浅く切り裂く。
レオンは、その小さな切り傷へ視線を落とした。
ランの動きが、ほんの一瞬だけ止まる。
それで十分だった。
レオンは、すでに目の前にいた。
その手が、刃の中央を掴む。
ランは反射的に剣を引いた。
動かない。
さらに力を込める。
それでも、動かない。
レオンは半歩たりとも動かなかった。
「なん……だと……?」
もう片方の手が、刃をしっかりと握る。
ランの表情が変わった。
「待て――」
「バキッ!」
剣が真っ二つに折れた。
砕けた刃の欠片が、甲高い音を立てながら路面へ落ちる。
ランは凍りついた。
「……私の剣」
レオンは手の中の金属片を放した。
「言っただろ」
一歩、前へ出る。
二歩。
そして、レオンは突然ランへ向かって駆け出した。
数メートル手前で地面を強く踏み込み、そのまま跳躍する。
身体が宙へ舞い上がる。
右脚を後方へ引き、次の瞬間、全身の力を込めて真っ直ぐ伸ばした。
「ドゴォン!」
強烈な蹴りが、ランの胸元を正面から捉える。
ストーカーの身体が吹き飛び、背後の建物の壁へ叩きつけられた。
「ガシャァン!」
建物の上部から石や木片が崩れ落ちる。
ランの姿が、その瓦礫の中へ消えた。
しばらくの間、動きはなかった。
カエラは、ランが叩きつけられたばかりの建物を見つめる。
それから、レオンへ視線を移した。
サイラスはその場から動いていない。
静かなままだ。
まるで、今の短い戦いなど、ちょっとした邪魔が入った程度にしか思っていないようだった。
「……ふむ」
サイラスが彼へ目を向ける。
「そういうことだ」
やがて、通りを覆っていた砂埃がゆっくりと沈んでいく。
レオンが瓦礫の向こうから姿を現し、服に付着した埃をぱんぱんと払い落とした。
サイラスは再びカエラへ向き直る。
「これで話を進められる」
カエラは次の言葉を待った。
「やるべきことは、もう分かった」
「アッパー・ディストリクト」
「そうだ」
サイラスが頷く。
「隊長は、この街の防衛を君に託した。俺がそこから手を出すつもりはない」
カエラは少し驚いたように目を見開く。
「では?」
「今のアストラヴェルで、部隊の動きを整理するのを手伝わせてくれ」
サイラスは、瓦礫の散らばる通りを見渡した。
「君一人ですべての場所を監視するのは無理がある。役割を分担した方が合理的だ」
カエラは黙り込む。
ラインマーの言葉が、再び脳裏をよぎった。
(アッパー・ディストリクトには、絶対に手を出させるな)
やがて、カエラは頷いた。
「分かりました」
「助かる」
カエラはすぐに付け加えた。
「ただし、最終的な判断は私に任せてもらいます」
「もちろんだ」
サイラスは何の異論もなく答えた。
「目的が同じなら、俺にとっては何の問題もない」
そこへ、瓦礫の方からレオンが歩いてくる。
「それで、次はどうするんだ?」
「レプリカ・ツリーだ」
「じゃあ、この道は?」
「ここはお前に任せる。お前は俺たちと一緒にアッパー・ディストリクトへは行かない」
サイラスはレオンを一瞥する。
「引き受けられるか?」
レオンは眉を上げた。
「もちろん。この場所くらい、一人で守れるさ」
「よし」
サイラスは軽く頷いた。
レオンは大きく笑った。
その表情には、まるで一人でこの一帯を守ることなど、心配する必要すらないとでも言いたげな自信が満ちている。
「安心しろ。俺なら大丈夫だ」
サイラスは背後の通りへ目を向ける。
「それに、ここから動ける人間はまだ多い。そいつらが部隊の動きを邪魔しないよう、俺はそっちも気にしておく必要がある」
レオンが頷く。
「分かった。次の指示が来るまで、ここを守って待ってる」
「ああ。ひとまず、お前に任せる」
サイラスが彼へ視線を戻す。
「上層区へ抜けようとする者がいたら、止めろ」
レオンの口元に薄い笑みが浮かぶ。
「了解」
カエラは少しの間、サイラスを見つめた。
「それじゃあ、私たちはアッパー・ディストリクトへ向かわないと」
「ああ」
サイラスが頷く。
「向こうの防衛線が維持されているか、確認する必要がある」
カエラは手にしていたアストラ・ヴォレアを一度消す。
「行きましょう」
彼女が歩き出す。
サイラスもその隣を歩き始めた。
数歩進んだところで、レオンが通りの中央で足を止める。
「後で俺が追いかける羽目にならないようにな」
カエラは振り返らない。
「そうならないように、ちゃんとここを守って」
レオンが小さく笑う。
サイラスはただ、薄く笑みを浮かべた。
二人は分かれ道で別れた。
レオンはその場に残って道を守り、カエラとサイラスはアッパー・ディストリクトへ向かって進んでいく。
遠くでは、レプリカ・ツリーの紫がかった光が、アストラヴェルの建物の隙間から今も差し込んでいた。
カエラは歩調を速める。
サイラスも何も言わず、その後を追う。
向かう先は、もう決まっていた。




