巻き込まれた令嬢②
「セナペ嬢、少しお時間よろしいでしょうか」
ある日の放課後、バッカ様の婚約者であるセーガレ公爵令嬢専属の侍女に声をかけられた。この学園では、高位貴族は専属の侍女を1名連れてくることができる。
侍女は私の返事を待たずに、私を学園にあるサロン(予約必須。暗黙の了解で上位貴族しか使えない)へ引きずるように連れて行く。
これでも、私は(極貧)子爵令嬢だぞ!もっと丁寧に扱え……あ、確かセーガレ公爵家の侍女は全員貴族令嬢。婚約者のいない未婚の令嬢を行儀見習いとして預かっているんだった。そして、セーガレ公爵令嬢専属の侍女は名門伯爵家の令嬢。今は侍女でも社交界に出たら立派な伯爵令嬢。「侍女ごときが許可なく子爵令嬢に触れるとは、この無礼者!!」と言ったら最後、社交界に出たら確実に虐められるね。
ああ、ついに私の平穏(とは言えないけど)な学園生活が終わった。
きっと、サロンについた途端に、セーガレ公爵令嬢に「下級貴族の分際で!!」とか「王子に色目を使うなんて、はしたないメス猫」と言われるに違いない(妄想)。
初めて足を踏み入れたサロンはとても豪華だった。私が今まで読んできた物語に登場する、王宮の一室のような豪華さ。これが学園のサロンなら、我が国の王宮はどれほど豪華なのだろう(現実逃避)。
「ようこそ、セナペ嬢」
サロンで待っていたのは、バッカ様の婚約者であるセーガレ公爵令嬢だけでなく、四方の国境を守る辺境伯の御令息・御令嬢。そして、バッカ様の側近である宰相の御令息と騎士団長の御令息。
さすが、セーガレ公爵令嬢と上位貴族の皆さま、光り輝いていらっしゃる。
唯一の救いは、幼馴染である北の辺境伯の令息であるセダーノがいることだ。もう、彼がいなかったら卒倒しているね。
「ペペ、私の隣に座って」
セダーノの言葉に現実に戻った私は、自分がサロンに一歩しか踏み入れていないことに気づいた。部屋の中の調度品に触れないように、汚さないように、傷つけないように慎重に歩いた。
セダーノの隣に腰を下ろすと、私をここまで案内してきた侍女が私にお茶を出してくれた。さすが、公爵家の侍女が出すお茶だ。私がいつも飲んでいるお茶と、味と香りが全然違う。上品な甘い香りが私の鼻をくすぐる。
「セナペ嬢、率直に聞きます。バッカ様は平民になるための特訓を貴女から受けている……そうですよね?」
「ぶはっ……」
言葉通りに率直に聞いてくるため、飲んでいた紅茶を吹き出してしまった。
ああ、勿体ないことをした。
「セナペ嬢、貴女を責めているわけじゃないの。王宮にバッカ様に差し入れを持っていった時に、バッカ様の執務室の机の上に『主婦の裏技百選』や『料理のコツ集』とかのタイトルの本が置いてあったの。それに『セナペ嬢への報酬の小切手準備』と書かれたメモが置いてあったわ。それに、付箋がびっしり付いている『カンスク』も置いてあったから、きっとバッカ様のことだから私のために打倒カンスク一週目を目指していることだと思うの」
バッカ様―――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!
執務室で何を読んでいるのですか!!
執務室は仕事をする場所!!!
『主婦の裏技百選』を読む場所ではないですよ!!!!
『カンスク』も自室で熟読してください!!!!!
しかも、バッカ様の詰めが甘いせいで私がバッカ様に平民技術を教えていることがバレてしまったじゃないですか……
もう、終わりだ……
この国の貴族四天王と言っても過言ではない家柄の子息・令嬢に知られてしまっては、私の平穏(とは言えない)な生活は。
お父様……申し訳ありません。きっとすぐにでも私の行動は社交界に広がり、家名に泥を塗ることになるでしょう。
やけになった私は、洗いざらいセーガレ公爵令嬢たちに今までのことを全て話した。『主婦の裏技百選』『料理のコツ集』を読んでも、掃除以外いまだに上達していないことも話した。
「まあ……やっぱり、私の愛するバッカ様だわ」
私の話を聞き終えたセーガレ公爵令嬢は、頬をほんのり赤く染め恋する乙女そのものと言った様子で、「どんなに自分に向いてなくても努力する姿が素敵」や「多くの人の話を素直に聞く姿が素敵」など、堰を切ったようにのろけ話を始めた。
セーガレ公爵令嬢の話は、チョコレートケーキに泡立てた生クリームとカスタードクリームを絞って、その上に蜂蜜をたっぷりとかけて、たくさんのフルーツを飾り、フルーツにたっぷり粉砂糖を振りかけた特製極甘ケーキのように甘かった。話を聞いているだけで胸やけがしそうなほどの極甘のろけ話だった。
その極甘の話に、強く頷き時にはバッカ様の人の良さを強調するような話を、隙あらば挟もうとする宰相の子息と騎士団長の子息。
「さすがバッカ様!!」「バッカ様素敵!!」「バッカ様カッコいい!!」と合いの手を入れるセダーノ以外の辺境伯の子息・令嬢。合いの手を入れる3人は、休日に見に行った舞台の看板俳優を熱狂的に応援する女性たちと同じ目をしていた。
いつの間には、私に出される紅茶はすっきりとした香りの物に変わり、お茶菓子が胡椒や塩の味がするものに変わっていた。
さすが、セーガレ公爵家の侍女。状況判断がすばらしい。
「皆様がバッカ様のことが大好……」
「違うわよ。大好きではないわ
大大大大大大大大大大大大大大好きなのよ―――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!
バッカ様が平民になろうと、どこに行こうとも
私は
ず――――――――――――――――――――――っと、バッカ様を愛し続けるわ―――――――――――――――――――――――――!!!!!」
セーガレ公爵令嬢は私の話を遮ると、淑女らしからぬ大声でバッカ様への愛を生徒会室の中心で叫んだ。
「バッカ様が掃除以外苦手なら、私がそれ以外を得意になればいいだけの話なのよ。カンナ、早速帰りに本屋に寄って『主婦の裏技百選』『料理のコツ集』を買って帰るわよ」
「かしこまりました、お嬢様。その二冊に加えて、『北部郷土史』と『洗濯百知識』も購入しましょう。それと、セナペ領は香辛料の効いた食事をするとの事です。『香辛料のススメ』と言う本も購入しましょう」
「王都からセナペ領へ行くには、我が領地を経由するのが一番速いです」
「そうなのか。北部辺境伯領へ続く道の整備と、そこからセナペ領へ続く道の整備を父に進言しよう」
「一昨年は西部・昨年は我が家の領地へ続く東部の道が整備されたから、北部へ続く道の整備の嘆願があってもおかしくないわね」
「そうだな。南部は今年、ダムの工事に対する補助金を国に申請いているからな。順番的に北部でも問題ないな。でも、今からの整備で間に合うのか?」
サロンでは、バッカ様の願いを叶えるための熱い議論が行われた。セダーノはその議論の中で、ちゃっかり北部へ続く道の整備を要求しているし。
セーガレ公爵令嬢に招待されてサロンにいる私は勝手に帰るわけにもいかず、ただ侍女が出してくれる紅茶とお菓子・軽食を食べることしかできない。
「そういう訳だから、これから私にも料理と洗濯を教えてくださいね」
私が6回目の軽食のお代わりを侍女にお願いしていると、セーガレ公爵令嬢は私に声を掛けた。
途中から、話を聞くこと・理解すること放棄していたため、急に話しかけられたことに目を白黒している私にセーガレ公爵令嬢は小切手(昨年のセナペ領の税収10年分)を私に渡してきた。
「はい!かしこまりました!」
ああ……
小切手の金額につられて、つい受け取ってしまった……
だって、このお金があれば自然災害が起こったときの備えができるんだもん。
さようなら、私の平穏(すでに平穏では無いが)な学園生活。
オルゾの性格が最初と違うように感じますが、こっちが素の性格です。卒業パーティーでは公的な場所だったため、完璧淑女を演じていました。




