Ⅺ
あの日からずっと、アオイのことを思い出すたび、昔教えてくれた「謳う理由」の話を思い出すんだ。
前、アオイの家で作業をしていたときの合間に、
ふと、話してくれたんだけどね。
「ユキって、なんで踊り始めたの?」
最初は、そんなアオイの質問だった。
「昔、師匠に勧められたんだ。
そのころは感情がぐちゃぐちゃで、精神が危うい方にいっちゃってたから。
それで近所に稽古場を持ってた師匠が心配してくれたというか、
ぼくの状況を見かねて声をかけてくれたというか。
きっかけはそれだけだけど、どうしたの? 急に。」
「いや、ふと気になって。
だって、ユキは踊りに関して言えば、この世界の誰よりも長くやってるわけじゃん。
それだけ長くやってるものを始めるきっかけって、何だったんだろうと思って。」
「まぁ、そうだけど、
長くやってるとはいえ、ぼくより上手な人なんてごまんといるからね。
それに、ぼくが踊りを始めたとき、踊りはぼくにとって薬みたいなものだったし。
もう踊りなしで過ごすなんて無理、みたいな。
それこそアオイはどうして活動はじめたの?」
「私が活動はじめた理由?
簡単に言えば誰かを救いたい、って思ったからかな。
なんか、すごく厨二病っぽいけど。
私の家、お父さんとお母さんが仲悪くて、ずっとピリピリしてたからさ。
習い事が一番の居場所で、
先生と先輩がすごく可愛がってくれてたから、第二の家みたいになってたんだよね。
そのとき本当に救われたから、私もそういうこと出来ないかなって思ってさ。
その習い事が歌の教室だったから、歌で活動を始めようって思ったの。
ちょうどその頃、ネットの活動に火が付き始めてたしね。」
「そうだったんだ。
初めに気持ちがしっかりあるのすごいなぁ。
ぼくは声かけてもらってから始めることばっかりだから。
その話、もっと聞いてもいい?
活動を何で続けてるかとか、活動を通じて思うこととか。
まだアオイのことあんまり知らないし。活動について色々知りたい。」
「いいけど面白くないよ?
まぁ、ユキが聞いてくれるなら話すけど。
どっから話そうかな。
んー、ユキも、もうしばらく活動してるからわかると思うんだけどさ、
この活動をしてると、色々な考えを持ったひとに会うんだよ。
中にはこの世界なんて無価値だ、とか
生きることは苦しいことだ、とかいう人もいる。
否定したいけど、それも事実なのかもしれないって思っちゃうこともあるんだよね。
辛いこと、沢山あるし。
でも、そんな泥まみれの世界にも、ほんのわずかでも輝くものがあると思うんだ。
愛とか、希望とか。
月並みなくさい言葉だけどさ。
ひとそれぞれに、泥まみれの世界を生きる上でのある種の救いがあるとおもうんだよ。
それは、生まれたときに神様に与えられるものかもしれないし、
生きている途中で見つけるものかもしれない、
道端に転がった空き缶みたいに現れるものかもしれないし、
誰かと創り上げていくものかもしれない。
でも、世の中にはそれに気づけない人も、
取り上げられてしまう人もいる。
そうなると、ひとって駄目になっちゃうんだよね。
生きることが嫌になって、最後には生きる力を失くしてしまう。
そうやって、ひとが駄目になっていっちゃうのを親を含めて何回か見てきたから、
できることなら、私はそのひとたちに救いを見せたいって思ったの。
救いになりたいと思ったの。
昔、私を可愛がってくれた先生たちみたいに。
でも、私には権力も財力もないからさ、
できることは本当に少ないし、限られてる。
その限られた私にできることで、どうしたらそのひとたちの救いになれるのか、
どうしたら救えるのか。
それを考えたとき、浮かんだのが音楽だったんだ。
それに、ネットでの活動を知って、それを覗いたとき、
沢山の音楽があって、すごく自由で、自分もこんな風になりたいって思ったの。
だからこの活動を始めた。
私が謳ったところで誰かの人生に劇的な何かを与えることはないかもしれないけれど、
その人の人生に色を加えられるかもしれない。
私一人が奏でる音楽に輝きはないかもしれないけれど、
誰かと奏でれば輝けるかもしれない。
そうおもって、信じて、謳い続けてる。
まだまだ未熟だし、
誰かを救えているのか、自信なんてないけどね。
だから、時々自分は何もできない人間なんじゃないかって、
不安と劣等感で押しつぶされそうになることもある。
まぁそれは、ユキがよく知ってるか。
それに、誰が何と言おうと、この世界がどれだけ馬鹿げていようと、
この命がたとえ罪だろうと、罰だろうと、
私にはこの世界が美しいものに見えて仕方がないんだ。
平和ボケしてるって、能天気だって、言われるかもしれないけど。
だから、この世界に生続けられる君が心の底からうらやましいし、
これから生きる人に、その美しさを伝えたい。
だから止まってる暇なんてないんだよ。
私は命が短いからさ。
これが、私が活動を始めた理由と、続ける理由。
…ユキに救いはある?
もしないなら、私のために謳ってよ。
それを救いに、生きがいにして。
いつか、空からでも君を見つけられるように。」
そう言ってアオイは笑ってた。
その笑顔は、いつもより凛として哀しげだった。
残された彼女の音楽は色々な人に届いて、誰かを救った。




