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300時間のシンデレラ  作者: 小塚彩霧
7/50

第7話 謝罪

 トイレで顔を洗ったあと、休憩室でコーヒーを飲む。

 夜九時を過ぎ、社内には私達くらいしか残っていないはずだ。そろそろさっき流したバッチ処理は終わっているはずで、データの確認をすれば、フェーズ2のテストは終わる。だから、誰かが呼びに来てもおかしくないが、おそらくはみんな気を遣って私を放っておいてくれているのだろう。


(かなり疲れてるんだな、私。あんなことくらいで取り乱してしまって。)


 この半年、いや、特にこの一ヶ月はずっと気が休まらなかった。ぶっちゃけ、前原さんや副島さんは責任を取ってない分、心情的に許せていないが、少し前まで一緒に苦労してきた浜野さんには申し訳なく思っていて、彼のためにもこのプロジェクトは納期通りにリリースしたかった。


(それを、私が、私達が何も出来ていないように思われるのは心外だ。)


 少し温くなったコーヒーの水面を眺める。コツコツと誰かが階段を降りてくる音がした。


「アスカ。」


 声を掛けられて顔を上げると申し訳なさそうな顔をしたワタナベがこちらに向かっていた。


「なによ。」

「いや、悪かったと思って。ごめん。」

「別に謝ることでもないし。」

「部外者が余計なことを聞くんじゃなかった。」

「部外者に手伝わせてるのはこっちだもの。申し訳ない。」

「上でもコッテリ怒られてさ。ストレスMaxで限界ギリギリで仕事してるヤツの堰切ってどうするって。」

「ほんとだよ。気まずくって戻りにくいわ!」

「つーか、俺も悪かったけど、どっちかって言うと徳永先輩だろ?」

「あはは。それな。」

「あともうちょっとで今日の分は終わるんだろ?」

「うん。」

「じゃ、上がろっか。」

「うん。」


 コーヒーを飲み干し、カップを捨てた。


◆◇◆


 システム開発部に戻ると、三浦さんが出迎えてくれた。


「すみません。お待たせしました。」

「いいよ。フェーズ2のデータ検証はほぼ終わってるからね。」

「ありがとうございます。じゃあ、私の分の検証します。三浦さんは不具合票の確認とエビデンスの整理をしてもらえますか?」

「わかった。」


 近くの席にいる徳永さんと、自席でコーヒーを飲んでる山野辺さんにそれぞれ、取り乱してすみませんでしたと声を掛け、三浦さんの不具合票とエビデンス整理が終わったら今日は解散する旨を伝えた。

 しばらくして、私の検証が終わった頃に三浦さんから報告が上がってきた。それを聞きに私の席の周りにみんなが集まる。


 「今日の不具合は、大小合わせて十六だ。そのうち重大は一つ。明日、修正と再検証をする。うまくいけば、明日の定時後はフェーズ3ができる。」

「ありがとうございます。順調ですね。」

「そうだな。今日は解散しよう。」

「皆さん、ありがとうございました。申し訳ないのですが、明日からも引き続き、定時後、お手伝いをお願いします。」


 三浦さんの報告を聞き、解散となった。

 帰り支度をしていると、徳永さんがやって来た。


「まだ電車ある時間だけど、家まで送らせて。」

「え?でも、そんな、悪いですよ。」

「いや、まあ。笹本ん家、俺ん家に帰るまでの途中にあるから、気にしなくてもいいよ。」

「でも……。」

「今日のお詫びだよ。」

「……じゃあ、お言葉に甘えて。」


 普通だったら、好きな人と二人きりになれるし、喜ぶところだ。でも、今日の失態もあり、とんでもなく気まずい。それに、向こうはお詫びだと言っているし、私に対して恋愛感情なんかないんだから、心配する必要はないとしても、やっぱり異性と深夜に二人きりというのに恐怖心がないわけではない。

 帰り支度をして、三浦さんと山野辺さんより先に会社を出た。ワタナベは自転車なので、また会社の前で別れた。


「どうぞ、乗って。」

「お邪魔します……。」


 気まず過ぎて、ぎこちなくなる。助手席に座って、シートベルトを締め、鞄を膝の上に載せて抱える。目線は前を向いたままだ。


「いや、あの、そんなに萎縮しないで。今日はホント、俺が100%悪いから。ごめん。」

「……。」

「笹本がいつも残業してたのは知ってたのに。まさか、そんな酷い状況とは思ってなかったんだよ。ほんとに申し訳ない。」


 徳永さんが必死に謝っている。その声を聞けば聞くほど、申し訳なくなって、自分の至らなさも思い出されて辛くなる。


「……ふぇ。ぐずっ。すみません。ごめんなさい。」

「あぁぁ。あの、泣かないで。」


 徳永さんは車を出そうとしていたところを止めて、何処かからクシャクシャのハンドタオルを取り出して、私に差し出してきた。


「あああっ、ごめん。こんな汚いのしか持ってないんだけど、とりあえず、涙拭いて。」


 涙目で運転席の方を見ると、徳永さんがめちゃくちゃ困った顔をして、私を見ていた。しかも、結構、至近距離で。


「徳永さんっ。あんまり泣き顔見ないでください。恥ずかしいからっ。」


 徳永さんの手から、そのクシャクシャのハンドタオルを引ったくって、涙を拭いた。なんなら鼻水も。


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