第8話 かわいい
泣かせてしまったことを謝りたくて車に乗せたのに、また泣かせてしまった。
さっきは渡辺に様子を見させたからどれくらい泣いていたのかわからないけど、今度もかなり泣いている。涙が止まらないらしく差し出したハンカチでずっと顔を押さえている。グズグズと鼻をすする音と、嗚咽が車内に響く。
(女性SEって、おマミと笹本しかいないからわからんけど、もっとドライなのを想像してたんだけどな。)
あんまり構われても嫌だろうから何も話しかけず、車を出した。笹本の家までは三十分くらい。きっと、家に付く頃には泣き止んでいるだろう。……そうであって欲しい。
無言のまま三十分。笹本の家の前に着いた。
車を停めて、笹本を見る。
(静かになったと思ったら。)
泣き疲れたのか、笹本が寝息を立てて眠っていた。
ハンカチは握り締めたままで。街灯に照らされた顔は白く、目と鼻が少し赤くなっていた。唇の色が少々青い気がする。元々化粧をあまりしないからかもしれないが。
(かなり体調悪かったんじゃないか?)
無防備に眠っている寝顔はあどけない。
全く俺の気配を感じないらしい。身を乗り出して笹本の顔を覗き込む。睫毛まで見える距離だ。
(よく見ると、かわいらしい……かも。)
ずっと、元気で男勝りなヤツだと思っていたけど、あんなに怒ったり泣いたりするとは思ってなかった。
笹本はまだ身じろぎせずに眠り続けている。いい加減起こさないと、このままでは風邪を引いてしまいそうだ。
「笹本……。」
そっと肩を揺すり、囁くように呼び掛けた。
「う、ううん……。」
小さな声で唸って、眉間に皺を寄せた。ハンカチを握っていた手は解かれ、抱えていた鞄も手放し、その手の甲で目をこする。
(まるで小さな子供だな、動作が。)
目を擦った手が顔の前から離れ、つぶっていた目がうっすらと開く。
「おはよ、笹本。」
「!?」
「着いたよ、家に。」
「わ、私、めっちゃ寝てました。すみません。ありがとうございました。」
膝の上の鞄を持ち直し、手放したハンカチを拾い、シートベルトを解いた。
「あ、あの、ハンカチ、洗って返します。ちょっと時間かかるかもですけど。」
「え、いいよ、わざわざ。」
「いえ。色々拭いたんで、洗わせてください。」
「俺、全然そのままでもいい。」
「え!?いや、汚いですよ。」
「笹本なら、全然構わん。」
「……徳永さん、そういう趣味なんですか?」
「そうだよ。」
物凄く汚い物を見る目で見つめられたが、その顔が面白くて笑いそうになる。
「うそうそ。そんな趣味ないよ。……笹本ならってのはまあ、あながち間違いでもないが。」
一瞬緩んだ顔がまた、汚物を見る目に変わる。
「ぶふっ。おもしろ。お前、俺よりいじられキャラかもしれないな。」
「わ、私はいじられキャラなんかじゃないですよ!」
「笹本はかわいいな。おやすみ、お疲れさん。また明日も頑張ろうな。」
「はい。ありがとうございました。おやすみなさい。」
笹本は俺のハンカチを持って車から降りていった。
微かに匂うコーヒーの香りを残して。
「笹本、あいつ、あんなにかわいかったかな。」
怒った顔や泣き顔、寝顔まで見た。
特に無防備な寝顔は反則だ。
完全にやられたかもしれない。
つい最近までほとんど接点もなかったのに。
(あのまま起きなかったら………理性が保てなかったかもしれない。)
ドキドキする胸を抑えつつ、車を出した。
◆◇◆
パタンとドアを閉め、鍵を掛けた。
玄関その場でへたりこんだ。
「徳永さんが私を覗きこんでた。」
あのまま私が目覚めなかったら、キスされたり!?
「……んなわけないか。そこまで見境ないことないよね。」
ああ、でも、徳永さんとキスしたかったな。
徳永さんともっと仲良くなりたいな。
今日は色々カッコ悪いところばかり見られちゃったから、どこかで挽回できるといいのだけど。
「よし!ちゃんとお風呂入って、ぐっすり寝よう!」
冷たい玄関から立ち上がって、服を脱いだ。
前回長めでしたが、今回は短めになりました。




