第9話 想定外
迷宮の重い門を抜け、俺は背中の「荷物」が誰にも見られないよう、裏通りを縫うようにして歩いた。
向かった先は、街の北側に威厳を持って鎮座する『バリス教会』。
ここは『ダンガン』プレイヤーにとって、最もお世話になり、かつ最も憎まれた場所だ。
蘇生成功率は高い。だが、要求される寄付金は目が飛び出るほど高額で、しかも失敗しても一切戻ってこない。
まさに地獄の沙汰も金次第を地で行く場所だった。
◇◇
「……蘇生は可能ですな。ですが、施すには寄付金の方は……」
胡散臭い笑みを浮かべる司祭が、俺の手元をじっと見て、寄付金を要求してくる。
なかなかの金額だ。
俺は舌打ちしたいのを堪え、腰のポーチから手持ちの金を差し出した。
「これでいいか?」
「おやおや、話のわかるお方だ。では、早速始めましょう」
儀式が始まると、教会の祭壇が淡い光に包まれる。
俺は正直、迷っていた。
通常、亡くなった冒険者の蘇生を依頼するのは仲間のパーティーメンバーだ。
縁もゆかりもない俺が、見ず知らずの女の子のために大金を叩く必要がどこにある?
だが、祭壇に横たわるボロボロの少女を見ていると、どうしてもお節介な自分が顔を出してしまう。
思わず溜め息が漏れる。
「……ま、これも推し活のための善行だ。徳を積めばアルヴィンたちにも良いことがあるだろ」
そう自分に言い聞かせた瞬間、光が弾けた。
少女の胸が大きく上下し、ひゅっと空気が喉を通る音がした。
横たわる少女の目が開き、横にいた俺と目が合う。
「……気がついたか? ここがどこか分かるか。あと、自分の名前は?」
俺の問いかけに、少女はゆっくりと上体を起こし、不思議そうに周囲を見回した。
そして再び俺の顔をじっと見つめると、小刻みに首を横に振った。
その様子を見ていた司祭が口を開く。
「長く迷宮の魔力に当てられていたようですな。言葉を思い出すには少々時間がかかるでしょうな」
「なるほど」
「冒険者ギルドへ行けば、魔導石版で名前などが分かるでしょうな」
「……そうだな」
ふと司祭を見ると、手の平を差し出している。どうやらアドバイス料を要求しているようだ。
「……取っとけ」
「ありがとうございます。貴方に神のご加護があらんことを……」
何がご加護だ。守銭奴司祭めっ!
さらに金を毟り取られたが、俺は司祭のアドバイスに従って彼女を冒険者ギルドへと連れて行くことにした。
◇◇
ギルドに入ると、俺は真っ先に周囲を索敵した。よし、アルヴィンたちの姿はない。
俺はフードを深く被った少女を連れてカウンターへ向かった。
そこにいたのは、もはやお馴染みとなったヴァネッサだ。
「あら、ムクロウ? 貴方もう女の子引っ掛けてきたの?」
「……言い方。第六層で死んでた。とりあえず連れて来て蘇生は成功したが、何も話さなくてな。身元を調べてほしいんだ」
「あなた……見ず知らずの女の子を蘇生したの?」
「ああ」
「何が目的?」
「違うわっ! ただの善意だよ!」
ヴァネッサは胡散臭そうに俺を、そして怯えるように俺の服の裾を掴む少女を見た。
「分かったわ。……とりあえず、お嬢さん、この石版に手を置いてみて」
言われた通り、少女が恐る恐る石版に触れる。
すると、俺の時と同じように石版が明滅し、文字が浮かび上がった。
【氏名:パニエッタ】
【年齢:――】
【職業:――】
【レベル:――】
「また?……それだけ? 年齢も、職業も、レベルもなし?」
ヴァネッサが驚きに目を見開く。
さらに彼女がギルドの過去名簿を魔法で検索し始めたが、数分後、彼女は溜息と共に首を横に振った。
「……おかしいわね。パニエッタという名前の冒険者登録記録は、過去十年に遡っても存在しないわ。つまり、彼女は冒険者じゃない。じゃあ、なんで第六層なんて所にいたのよ?」
「……それを俺が聞きたいんだよ」
俺とヴァネッサが頭を抱えていると、それまで沈黙を守っていた少女が、消え入りそうな声で呟いた。
「……ぱに、えった……。パニ、エッタ」
自分の名前を確かめるように繰り返す彼女に、ヴァネッサが優しく問いかける。
「そうよ、パニエッタ。貴女、どこから来たの? なんであんな場所にいたか思い出せる?」
パニエッタは、しばし視線を彷徨わせた後、悲しげに首を振った。
「……わからない。……なにも、思い出せないんです」
何も思い出せない……。
俺は厄介なことになったと思いつつ、ヴァネッサに切り出した。
「身元不明って事で、ギルドの保護施設とかで預かってくれないか? 俺はただ、見捨てられなかっただけで……」
その時だった。
パニエッタが、ガシッ!と、俺の腕にしがみついたのだ。
「……パニエッタは、ムクロウについていくから大丈夫!」
「「……はあ!?」」
俺とヴァネッサの声が重なった。
無機質だったパニエッタの瞳に、確かな熱が宿っている。
それはまるで刷り込みを受けた雛鳥のような純粋で、かつ逃げ場のない視線だった。
「いや、大丈夫って何がだ! 俺はただのおじさんで、これから推し活……いや、忙しいんだ!」
「ムクロウ、あったかい。パニエッタ、ここが好き」
俺の腕に頬を寄せて幸せそうにするパニエッタと、それを「あんた、まさか怪しい術でもかけた?」という冷ややかな目で見つめるヴァネッサ。
アルヴィンたちを影から支えるはずの俺の隠密生活に、最大級の想定外が割り込んできた瞬間だった。




