第6話 沈黙の石版
重い足取りで、その建物の前にやって来た。
昨日、推しに認知されるのを恐れて、逃げ出した冒険者ギルド。
「……結局、ここに戻ってくるのか」
愛する四人の冒険を影から支えるためには、冒険者登録をして迷宮への通行許可証『冒険者証』を手に入れなければならない。
カウンターに向かうと、運が良いのか悪いのか、昨日声をかけてきた例のセクシーな受付嬢がそこにいた。
「あら? 昨日のお客さんじゃない。……どうしたの、その怪しい動き」
「いや……別に、怪しいことなんて……。その、冒険者登録をお願いしたくてな」
彼女は豊満な胸元を揺らしながら、俺をまじまじと見つめる。
「ふーん……。昨日登録しておけばよかったのに……。まあいいわ。すぐに済むからそこに手を置いて」
差し出されたのは、昨日も見た魔導石版だ。ここに手を触れれば、個人の資質や能力が自動的に読み取られ、登録が完了する仕組みらしい。
俺は緊張で湿った掌を、冷たい石の表面に乗せた。
――沈黙。
石版は淡く光り、石版に文字が表示される。
【氏名:ムクロウ】
【年齢:――】
【職業:――】
【レベル:――】
「……あら? 名前以外、真っ白ね」
「えっ、故障?」
俺は冷や汗を流した。
レベル99のデータがカンストしすぎていて、石版の計測範囲を突き抜けているのか、あるいは旧世代のデータが現代のOSに非対応なのか。
「……まあ、魔力回路の相性が悪いと、たまにあることよ。名前さえ確認できれば登録自体はできるから。ほら、これで仮登録完了」
彼女は手慣れた様子で手続きを済ませ、俺に視線を戻した。
「じゃあ次は、あっちの【訓練場】に行って職業適性判定を受けてきて。職業が決まらないと、正式なプレートは発行できないからね」
職業適性……。ああ、キャラメイクの流れか。
俺はかつてのゲームのキャラメイクで、「聖騎士」や「暗殺者」とか選べるようになるまで、リセマラしまくった時間を思い出し、どこか懐かしい気分で訓練場へと向かった。
【訓練場:適性検査室】
訓練場の奥にある一室では、筋骨隆々のスタッフが待ち構えていた。
「おう、新入りか。ここでもう一度、適性専用の石版に触れてもらう。今のお前の能力で選べる、適した生き方がズラリと並ぶはずだ」
促されるまま、俺は再び石版に触れた。
今度は先ほどと違い、石版が激しく明滅し、見たこともないような複雑な紋様が浮かび上がる。
「……おいおい、なんだこれ……?」
スタッフの声が震えていた。
俺が石版を覗き込むと、そこには驚愕の文字が並んでいた。
【選択可能な職業】
[下級職]:戦士、武闘家、魔術師、僧侶、斥候、弓使い……
[上級職]:騎士、賢者、暗殺者、侍、魔法剣士、僧兵、大神官、魔導術師……
[特殊・最上位職]:聖上騎士、魔槍皇、竜騎士、死霊王、時空魔導師、聖域守護者……
石版の表面を埋め尽くし、さらにスクロールが必要なほど、この世界に存在するあらゆる職業が選択可能として表示されていたのだ。
【ダンガン】にあった職業もあるが、初めて見る職業も並んでいる。このあたりも現代風に寄せているみたいだけど……。
「全、全職業適性だと……!? しかも最上位職まで……! お前、一体何者――」
「あああぁぁぁ! ちょ、ちょっと待ってください! 静かに! 隠密に、隠密にお願いしますっ!」
俺はそのスタッフの口を塞がんばかりの勢いで詰め寄った。
ここで『とんでもない逸材発見!』なんて噂が広まれば、即座にギルド中の注目を浴びる。
そうなれば、アルヴィンたちにバレないよう推し活をする事が困難になる。
「隠密……? いや、だがこれは歴史的な……」
「お願いします! 俺、ただ静かに、コソッとした生活を望むおっさんなんです! 誰にも言わないでください!」
俺の必死すぎる形相と言葉に、スタッフはたじろぎながらも頷いた。
「ま、まあ……個人のプライバシーだしな。ギルドに報告する義務は別にねえが……」
「ありがとうございます! ええと……このリストにある【魔槍皇】、これは系統で言えば何職ですか?」
「魔槍……? ああ、槍を使うなら『戦士職』の最上位だろうな」
「じゃあ、それで。登録はただの『戦士』ということでお願いします!」
土下座する俺に若干引き気味のそのスタッフは、頭を掻きながら書類に書き込むと、後ろに引っ込んで行った。
数分後。俺の手元には、真新しい冒険者証のプレートが握られていた。
【登録名:ムクロウ】
【職業:戦士】
「ふぅ……。なんとか、最低限の偽装で済んだな」
訓練場を離れ、ギルドのカウンターに戻り、例のセクシー受付嬢にプレートを見せると、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「ふぅん、戦士ね……。分かったわ。じゃあ、頑張りなさいよ」
「ああ、お世話になった」
俺は早足でギルドを後にした。
これでようやく、スタートラインに立てた。
「さて……。アルヴィンたちが第六層へ向かう前に、俺は一足先にあの『落とし穴地獄』の安全点検に行くとしようか」
俺は頭の中で中学生の頃、方眼紙に何度も書き込んだ【ダンガン】の迷宮マップ。その第六層のマップを思い出しながら、夕闇に溶け込むように迷宮への道を急いだ。




