第5話 悶絶の回想録
ゲームの中にあった宿屋『踊る子羊亭』。
あの頃はただのテキスト文字で、『泊まりますか?』で『はい』、『いいえ』を選ぶだけだった。
それが何とも……想像していたよりも立派なその宿。すぐ隣には酒場も併設しているみたいだ。
とりあえずその『踊る子羊亭』の重い扉を開けると、弾けるような元気な声が飛んできた。
「いらっしゃいませーっ! 冒険者さん、お泊まりですかっ?」
そこにいたのは、ポニーテールを揺らす看板娘。
生き生きとした表情で笑う彼女の姿に、ここが無機質なテキストではない、現実であることを改めて突きつけられる。
「ああ、一晩頼みたいんだが……」
「はいっ、一泊銀貨三枚になります!」
……銀貨?。
俺は硬直した。
そういえば、この世界の貨幣価値も、自分が金を持っているのかさえ分からない。
四十一歳の誕生日に異世界転生して数時間。
俺、もう路頭に迷うの?
キョドる俺を見かねて、看板娘が俺の顔を覗き込む。
「……あの、お客さん? もしかして、その腰のマジックポーチに入ってたりしません?」
彼女が指差したのは、俺の腰にぶら下がった古びた革袋だ。
言われるがままに中を弄ってみると、内側が無限に広がっているような奇妙な手応えと共に、ジャラリと重厚な感触があった。
「――っ!?」
中を覗き込むと、見たこともない意匠の金貨や銀貨が、文字通り山のように詰まっていた。
そうか、これはゲーム時代の俺の所持金だ。
当時はただの数字だったものが、実体化してポーチに収まっているらしい。
「あ、ああ、これか。……これでいいか?」
俺は震える手で銀貨を差し出し、無事に部屋を確保する事が出来たのだった。
◇◇
案内された部屋のベッドに倒れ込み、俺は天井を見上げた。
静寂の中で一人になると、今日見た「彼ら」の姿が鮮明に蘇る。
俺が中学生の頃、自由帳を真っ黒にして書き殴った、俺だけの最強パーティ。
「……思い返すと、本当に痛い……いや、真っ直ぐな設定だったな」
俺は記憶の深淵をそっと覗き込んだ。
アルヴィン(剣士)
真面目で優しく、誰にでも手を差し伸べる『ザ・主人公』。俺が憧れた理想のリーダー像。
ナツメ(侍)
快活でいつも笑っているサムライ娘。一人称は『ボク』。俺の性癖……じゃなくて、パーティーに一人は欲しい元気印。
カイト(僧侶)
パーティ最年長の兄貴分。社交的で気が利き、誰からも頼られる。理想の先輩、あるいは上司のような存在。
ルナリア(魔術師)
クールビューティーなエルフ。人見知りでツンとしているが、本当は甘えん坊で寂しがり屋。……当時の俺にとっての『理想の彼女』。
「…………あああああああああああっ!!」
俺は枕に顔を埋めて激しくのたうち回った。
恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。
四十路の男が、自分が子供の頃に妄想した「ボクっ娘」や「理想の彼女」を目の当たりにして、平常心でいられるはずがない。痛いっ!痛すぎるっ!
なんか昔の古傷(黒歴史)を全開に広げられて、公開処刑されている気分だ。
だが、それと同時に、言いようのない愛おしさが胸に溢れた。
彼らはアオハル真っ只中の頃の、俺の空想が生み出した輝きそのものでもある。
「……あんな鬼畜な迷宮で、あいつらを死なせてたまるか」
今いるこの『ダンガン』の世界にリセットボタンはない。もちろんセーブ機能もないだろう。
だから彼らがもし命を落として……『消滅』すれば、ゲームと同じく永遠に蘇らないだろう。
ゲーム『ダンガン』だったら、ただのキャラクターデータだ。
失われればショックなんだけど……。
彼らは生きている。力を合わせて迷宮に立ち向かい、泣いたり笑ったりして、生きている。
そんな彼らを絶対に死なせるわけにはいかない。
どんなに理不尽な罠が、初見殺しのモンスターが待ち構えていようとも、この俺がレベル99の力を使って、すべて陰から粉砕してやる。
「明日は第六層だ。俺の記憶が正しければ、あそこは『回転床』や『ダークゾーン』……一発大ダメージの『落とし穴』が重なる最悪のエリアだったはず。
まずは、そこが俺の記憶通りか確認する必要があるな」
俺は大いなる決意を胸に、深い眠りに落ちた。
◇◇◇
翌朝、俺は意気揚々と迷宮の入り口へと向かった。
しかし、そこには昨日は気づかなかった厳めしい顔つきの衛兵が二人、立っていた。
はて? 昨日迷宮から出て来た時にいたっけ?
そう思いながら、迷宮の入り口に向かうと、その二人が槍を交錯させて俺の行く手を阻む。
「止まれ。ここから先は立入禁止だ」
「……え?」
聞き間違いかと思い、俺はもう一度聞き返した。
「いや、昨日は普通に入れたんだが……?」
「何? そんなはずはない。迷宮の入り口は我々が管理しているんだ。冒険者証を持たない素人は、一歩も入れん。それが規則だ」
「え、えぇ〜!? マジかよ……!」
そういえば俺は昨日、目覚めた時はもう迷宮の中だった。だからか……。
どうやら正式に冒険者にならない限り、俺の推し活はスタートラインにすら立てないようだ。
仕方ない……。迷宮に入らないと何も出来ないからな。
無理やり迷宮に入って目立つ事は出来ない。ならここは大人しく冒険者登録をして、堂々と迷宮に入るしかないな。
俺は踵を返し、昨日訪れたあのギルドへと再び足を向けるのであった。
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