第4話 美しい地獄
迷宮都市、グランビーツ。
迷宮から出て来た俺を待っていたのは、かつてのゲーム画面のような一枚絵ではない。
石畳を打つ無数の足音と雑踏、屋台から流れる煮込み料理の脂っこい匂い、そして強烈な「生」の熱気だった。
「……ここが、グランビーツか」
俺はキョロキョロと街を見回しながら、胸の震えを抑えられなかった。
目に映るすべての建物が、俺にとっては伝説の聖地巡礼に近い。
かつてはコマンド一つで済ませていた【訓練場】は、荒々しい掛け声と木剣の打ち合う音が響く巨大な武道場となっていた。そこには未来の英雄を夢見る若者たちが、泥にまみれて汗を流している。
【教会】は、高くそびえるステンドグラスから神々しい光を落とし、かつて蘇生費用に泣かされた場所とは思えないほど静謐で、慈愛に満ちた空気が流れていた。
【商店】の軒先には、粗末な薬草から、希少な魔素材までが所狭しと並べられ、商人たちの威勢のいい声が飛び交っている。
「みんな、生きているんだな……」
ただの文字情報だけだった住民たちが、笑い、怒り、生活している。
その事実に、俺の目頭は熱くなった。
ふと、自分の肩に担いだ漆黒の長槍ゲイボルグが、通りすがる人々の視線を集めていることに気づく。
「……流石にこのデカい槍を持って歩き回るのは目立ちすぎるか」
何か隠す術はないかと考えた瞬間、脳内にスッと使い方が浮かんできた。
ステータスウィンドウを開くと、収納の文字が見える。
「……これかな?」
収納を押さえると、装備品のウィンドウが重なるように開く。迷わずゲイボルグを選ぶと、ゲイボルグが霧のように霧散し、虚空へと吸い込まれていく。
「【空間収納】か。便利だな……。これまた、最近のRPGっぽい便利な仕様だ」
レトロな『ダンガン』にはなかった現代風の親切設計に感心しながら、俺は本来の目的地である【冒険者ギルド】へと足を向けた。
目的は一つ。アルヴィンたちが今、この街でどう評価されているのかを知ることだ。
第五層の守護者を倒したということはレベルは10前後だろう。まだまだ迷宮の序盤だ。
けど【ダンガン】は、この最初の守護者に辿り着くまでに三分の一のプレイヤーが脱落していた記憶がある。
それほどこのゲームは鬼畜難易度だった。
ギルドの重厚な扉を開けると、そこには酒場を兼ねた広大な空間が広がっていた。
そこで俺が真っ先に驚いたのは、受付カウンターだった。
「……なんだここは、楽園……いや、コンカフェか?」
そこに並んでいたのは、モデル顔負けの美女や、可憐な美少女たち。
これまた「最近のファンタジー作品」でよく見る、受付嬢のレベルが異常に高いタイプの設定だ。
「あら、見ない顔ね? 登録希望かしら?」
声をかけてきたのは、カウンターの一番端にいる、一際セクシーな雰囲気を纏った受付嬢だった。
大きく開いた胸元と、挑発的な微笑み。
正直、四十路の独身男には刺激が強すぎる。
「いや、登録じゃない。……少し、話を聞きたくてな」
「話? ……ふーん。別にいいけど仕事と関係ない話したら、つまみ出してもらうからね?」
あ、ナンパと思われたか。
とりあえず俺は苦笑いしながら、本題を切り出した。
「この街にいる四人組のパーティ……アルヴィンたちが、今どんな評価を受けているか知りたくてな」
受付嬢は少し意外そうに眉を上げた。
「アルヴィンくんたちのこと? 一応知ってるけど……貴方、彼らの身内? それとも、借金の取り立てか何か?」
「いや、ただの……ファンだ。彼らの活躍に期待している、ただの男だよ」
「ファン?」と彼女は訝しげに俺を見たが、すぐに艶然と笑った。
「まあ、いいわ。彼らは、かなりの『有望株』よ。パーティーのバランスがいいし、何より雰囲気がいいわ。今日あたり、第五層の守護者に挑むって言ってたけど……もし成功して帰ってきたら、一気にレベルも上がるでしょうね」
その言葉に、俺は胸の内で小さくガッツポーズをした。
よかった。俺の推したちは、ちゃんとこの世界でも正当に評価されている。
その時だ。
ギルドの入り口が大きく開き、聞き慣れた賑やかな声がなだれ込んできた。
「――っ、疲れたぁぁ! でも勝った! 勝ちました――!」
ナツメの明るい声。
その後ろには、満身創痍ながらも誇らしげな顔をしたアルヴィン、カイト、そして相変わらず涼しげな顔のルナリアの姿があった。
「お、噂をすれば。……って、あら? お客さん?」
受付嬢が俺の方を振り返るが、そこに俺の姿はなかった。
俺は彼らが一歩足を踏み入れた瞬間に、全神経を集中させて気配を断ち切り、逆側の出口から音もなく脱出していたのだ。
ギルドの外、雑踏に紛れながら、俺は深くフードを被り直す。
危なかった。もう少しで、「認知」されるところだった。
「……推しに、認知されてはいけない」
それが、俺の掲げる推し活の鉄則だ。
彼らにとって俺は、存在しない風であるべきだ。
もし俺という「最強のバックアップ」を知ってしまえば、彼らの成長は止まり、物語は歪んでしまうかもしれない。
「さて……じゃあ明日は第六層の殺人的な落とし穴の場所とか、先に確認しておくか」
俺は夕暮れに染まるグランビーツの街並みに背を向け、再びこの「美しい地獄」へと歩き出した。




