第3話 動き出した世界
第五層、守護者の玄室。
重厚な石の扉が、凄まじい音を立てて閉じられた。
立ち込める冷気と共に現れたのは、巨躯を誇る青銀色の守護者『ニードルドラゴン』だ。
全身が鋭利な針状の鱗で覆われ、その一つ一つが鋼鉄以上の硬度を持つ。
DRPG『ダンガン』において、数多のプレイヤーを葬り、迷宮から追い出した最初の絶望の象徴。
「――来るぞ! 全員、散開!」
アルヴィンの号令と共に、四人が一斉に動く。
だが、ニードルドラゴンの動きはそれを上回った。
巨体を震わせたかと思うと、その全身から無数の「針」が爆音と共に射出されたのだ。
「っ、回避が間に合わな……」
ルナリアの悲痛な声。
広範囲、かつ全方位への無慈悲な一撃。
天井の梁からそれを見ていた俺は、即座に思考を加速させた。
「……させるかよ」
スキル【神速】を発動。
俺にとって、この場に流れる時間は止まっているに等しい。
俺は懐から取り出した小石を、指先で弾いた。
弾丸以上の速度で放たれた石つぶてが、カイトとルナリアの頭上へ降り注ごうとしていた針の数々に正確に命中し、その軌道をわずかに逸らしていく。
「え……? 助かった……?」
呆然とする彼たちの横を、針が地面に突き刺さり火花を散らす。
左右から挟み込んだアルヴィンとナツメが、ニードルドラゴンの両側から攻撃を仕掛ける。
ニードルドラゴンはその硬い鱗に守られた【防御障壁】を展開し、アルヴィンとナツメの斬撃を弾き返した。
アルヴィンとナツメはそのまま後方へ下がってニードルドラゴンとの距離を取った。
「くっ、なんて硬さだ! 刃が通らない!」
「あはは……笑っちゃうくらいカッチカチだねぇ!」
ナツメが強がって笑うが、その手は衝撃で痺れている。
コイツには生半可な直接攻撃は通らない。更にあの【防御障壁】は魔法のダメージも大幅に軽減する。まさに鉄壁の守護者。
このままだと消耗した時に、また針攻撃で一気に壊滅寸前まで追い込まれてしまう。
俺は一度天井から飛び降り、彼らの死角――ニードルドラゴンの背後へと回り込む。
「……まだあいつらのレベルじゃ、あの【防御障壁】はなかなか割れねえんだよな」
俺は魔槍の石突きで、ボスの障壁を「コンマ数ミリ」だけ小突いた。
スキル【空間断裂】
あらゆる防御を無効化する俺の力は、触れるだけで障壁の構造を根本から破壊する。
パキン、と。
戦場の喧騒にかき消されるほどの小さな音を立てて、ニードルドラゴンの背後に目に見えない亀裂が走った。
そして俺は真上に跳んで、再び天井に張り付いた。
気付けよ……。
「ナツメ、今よ! 背中の鱗に隙間があるわ!」
気付いたっ!
ルナリアが鋭く叫んだ。流石は俺のルナリア(推し)、視力がいい!
任せろ!と、ナツメが素早く回り込み、俺の作った亀裂へ刀を突き立てる。
半壊したニードルドラゴンの【防御障壁】をすり抜け、アルヴィンがニードルドラゴンの胴体に何度も斬りつける。
巨体をよじりながら、脚で反撃を繰り出すニードルドラゴン。だが、その反撃は素早く動き回るアルヴィンたち前衛の体を掠めるのが精一杯だ。
カイトの回復魔法が、前衛のアルヴィン達の体を何度も包みこむ。
よしよし……いいぞ。皆上手く立ち回れてる。
突如、ニードルドラゴンが吼えた。
そして激痛に狂ったニードルドラゴンが、その顎を開いた。
アレは……火炎ブレスの予備動作だ。
「……あ、ダメ。それは誰か死ぬから」
俺は再び小石を手に取る。
狙うはニードルドラゴンの鼻先だ。
発射直前のブレスを無理やり「くしゃみ」で不発にさせるべく、天井に張り付いたまま、精密射撃を叩き込む。
「ゴハッ……!?」
盛大に火を噴きこぼし、自爆気味に怯むニードルドラゴン。
その隙を、アルヴィンとルナリアは見逃さなかった。
「おおおおおっ! これで、終わりだ――!!」
「冷雪嵐!」
アルヴィンの渾身の一撃がドラゴンの喉元を貫き、ルナリアの氷系魔法が半壊していた【防御障壁】を壊しながら、ニードルドラゴンに直撃した。
青銀色の巨躯が崩れ落ち、光の粒子となって消滅していく。
そしてその跡に残されたのは、眩い光を放つ『守護者の紋章』。
これこそが第六層以降へ降りる為の「鍵」であり、彼らが英雄として一歩を踏み出した証だ。
「やった……。やったぞ、みんな……!」
肩で息をしながら、互いの無事を確認し合う四人。
だがその消耗は激しい。アルヴィンとナツメは肩で息をして、カイトの魔力も底を尽きかけている。
「……よし、今日は帰還だ。無理は禁物だからね」
カイトの判断は正しい。
俺は彼らが安堵の溜息を吐くのを見届け、一足先に「掃除」へと向かった。
帰還路となる第四層から第一層まで。
消耗した彼らが不運なエンカウントで全滅しないよう、道中の魔物を片っ端から【神速】で蹴散らしていく。
文字通り、彼らの歩く先には「塵一つ残さない」勢いで。
「よし。ここまで来れば、もう安心だな」
第一層の出口付近。
地上からの光が差し込む場所で、俺は彼らの足音が近づくのを確認し、音もなく迷宮の外へと躍り出た。
「――っ……」
迷宮を出た瞬間、俺は足が止まった。
目の前に広がっていたのは、かつてのゲーム画面では「宿屋」「武器屋」といった看板だけで処理されていただけだった街……『迷宮都市グランビーツ』の真実の姿だった。
「……広い……。なんて、デカいんだ……」
想像を絶するスケールだった。
中世のヨーロッパ、王道のファンタジー舞台のような石造りの家々が整然と並び、その間を無数の人々が行き交っている。
革の匂い、馬の落とし物、屋台から漂うスパイスの香り、そして冒険者たちの荒々しい怒号と笑い声。
ドットの羅列ではない。そこには、数万人が呼吸し、生活し、欲望を渦巻かせる「本物の街」があった。
「……そうか。ここはもう、俺の自由帳の中じゃないんだ」
俺が愛した四人の英雄。
彼らがこれからここに生き、伝説を創り、そして愛していく世界。
それは俺が思っていたよりもずっと広く、深く、そして――残酷なほどに美しい。
「……いい。最高だ。これこそが、俺の『推し』にふさわしい舞台だ」
俺はフードを深く被り、賑わう人混みの中へと紛れ込んだ。




