第2話 【ダンガン】の世界
グランビーツ迷宮、第五階層。
アルヴィン達の後を尾け、ここがやはり『ダンガン』の世界の迷宮だということを確信した。
ここまでの道のりが、俺の頭の中にあるマップと全く同じだったからだ。
巨大な石扉の前で、四人の若者たちが最後の確認を行っている。
松明の炎がパチパチと爆ぜ、四人の影が迷宮の壁に揺れている。
俺は天井にしがみつき、広間の影に溶け込みながら、その光景を静かに見下ろしていた。
「……さて。あいつらが扉を開ける前に、この世界を再確認しておくか」
俺は脳内にある、かつての記憶の断片を一つずつ繋ぎ合わせる。
この世界の基となったと思われるゲーム、『ダンジョンアンドガーディアンズ』――通称『ダンガン』。
それは今から三十年以上前、まだ「RPG」という概念が日本に馴染んでいなかった頃に海外から持ち込まれた、あまりにも無慈悲な超高難易度DRPGだ。
「……思えば、俺の青春はこの暗い迷宮の中にあったんだな」
小学校の高学年でこのゲームに出会ってから、高校を卒業するまでの約八年間。俺は文字通り、人生の貴重な時間をこの「地獄」に捧げた。
世間はまさにRPGの黄金時代。周りの友人たちは、美麗なイラストの美男美女がドラマチックな物語を繰り広げる、いわゆる「キラキラした」王道RPGに夢中になっていた。
勇者が伝説の剣を抜き、仲間との絆で魔王を倒す――そんな華やかな物語を彼らが語り合っている横で、俺は一人、薄暗い部屋で延々と『ダンガン』のレベル上げとアイテム集めに没頭していた。
当時の『ダンガン』には、今のゲームにあるような演出なんてほぼ一切なかった。
画面に映るのは、シンプルなグラフィックの石壁と、味気ないドット絵のモンスター、そして無機質な数字の羅列だけ。
だが、その「余白」こそが、少年ムクロウの想像力を狂わせるには十分だった。
ダンガンの無慈悲な死のルール。
キャラクターのHPがゼロになれば、そのキャラクターは死亡となる。けど他のゲームのように「死んでしまうとは情けない」とか言って、すぐに生き返るわけじゃない。
蘇生魔法や、教会での蘇生でないとキャラクターを生き返らせる事は出来ない。しかもどちらの蘇生方法も成功率は百パーセントじゃない。
死亡からの蘇生に失敗すればキャラクターは灰になってしまう。その灰の状態からも蘇生魔法は使えるが、これも失敗がある。
灰の状態から失敗すれば最後。
丹精込めて育てたキャラクターのデータそのものが消滅する。
しかも迷宮の中には死亡も灰もすっ飛ばして一発でキャラクターが消滅してしまう罠が存在する。
それが回避不可避の転移罠「石の中にいる!(消滅)」の恐怖。
文字通り、罠で転移されて迷宮の石の中に実体化するという、一発消滅罠が存在する。
終わりのない研鑽。
最強の武器『魔槍・ゲイボルグ』を手に入れるためだけに、俺は同じ階層を数千回往復した。
確率0.1%以下のドロップ率を相手に、友人たちが部活や恋に勤しんでいる間も、俺はただ無心でコントローラーを握り続けていた。
手書きのマッピング。
マップ表示機能なんてものは存在しない。俺は方眼紙と鉛筆を片手に、一歩進んでは壁を叩き、一歩進んでは書き込む作業を繰り返した。
今も俺の脳内には、全二十階層の複雑怪奇なマップが完璧に刻み込まれている。
「……あのノート、当時は誰にも見せられなかったけどな」
俺は苦笑する。ゲーム画面上ではただの「戦士」や「僧侶」という記号でしかない彼らに命を吹き込むため、俺は一冊の大学ノートを丸ごと「設定資料集」として書き潰した。
アルヴィン、ナツメ、カイト、ルナリア。
俺の脳内では、彼らはただの数字や文字の塊ではなく、共に地獄を生き抜く「戦友」だった。
ゲーム上には一切反映されない、彼らの性格、生い立ち、そして弱点や好物に至るまで……ノートに書き込んでいった。
思いつく限りの設定をぶち込み、感情移入して、彼らを消滅しない為に、最強の冒険者に育てる為に、膨大な時間を費やした。
俺の孤独な青春は、この四人と共にあったと言っても過言ではない。
「……だからこそ、だ」
今の俺には、彼らが直面しようとしている絶望が手に取るようにわかる。
五階層ごとに君臨する守護者たちは、当時のプレイヤーを阿鼻叫喚の地獄へ突き落としてきた初見殺しの象徴だ。
これから挑む第五層の守護者は、こちらの防御力を完全無視してくる特殊攻撃を放つ。
今のレベル10程度の彼らでは、運が悪ければ一ターンで全滅――すなわち「死」を迎える。
「――準備はいい? ボクたちの名前を歴史に刻みに行こう!」
ナツメの、あの頃俺が想像した通りの明るい声が響く。
アルヴィンが緊張した面持ちで扉に手をかけた。
彼らはまだ知らない。
この世界が、どれほど無慈悲で、どれほど残酷であるかを。
俺がやらなければ……いや、俺にしか出来ない事だ……。
「……第五層の守護者……。お前の行動パターンは、俺が高校時代の試験勉強をサボってまで解析し尽くしたんだ」
俺は梁から音もなく飛び降りた。
そして彼らが扉を開け、目の前の巨大な敵に意識を集中させる、そのわずかな隙を突いて、その守護者の玄室に滑り込んだ。
この圧倒的なレベル99の力をもって、理不尽な死を陰から「粉砕」させてもらう。
誰にも気づかれず。
誰にも称賛されず。
ただ、俺が愛した「彼らの物語」を、幸せな結末へと導くために……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
お気づきの方も多いと思いますが、『ダンガン』の元ネタはあの有名なダンジョンRPGです。
筆者はあのゲームの大ファンなのです。




