第22話 無償、それこそが推し活
ガストンをギルドへ突き出し、騎士団による連行を見届けてから数日が経過した。
あの日ギルド長レバルクと騎士アリゼミラから向けられた鋭い視線は今も背中にこびりついているような気がするが、俺の日常――もとい推し活を止める理由にはならない。
俺とパニエッタは、いつものように冒険者ギルドの喧騒の中にいた。
今日の目的は、アルヴィンたちの動向の情報を仕入れるためだ。
「……で、アルヴィンたちの様子はどうよ? ヴァネッサ」
俺がカウンターに身を乗り出して小声で尋ねると、ヴァネッサは山積みの書類から顔を上げ、心底呆れたような溜息を吐き出した。
「相変わらずね、貴方も。……あの子たちなら、当面は第七層と第八層を拠点にするみたいよ。無闇に下層へは降りず、そこで徹底的にレベル上げをして基礎を固めるんですって」
その言葉を聞いた瞬間、俺の胸の中に熱いものが込み上げた。
(……素晴らしい。なんという堅実さだ。普通、あいつらぐらいの才能があれば、功名心に駆られてどんどん下の階層へ挑みたがるもんだが……。己の能力を自覚し、一歩一歩着実に地力を蓄えるその姿勢。やはり俺の目に狂いはなかった。君たちは最高だよ!)
俺が遠い目をして、心の中でスタンディングオベーションを送っていると、ヴァネッサが冷ややかな声を被せてくる。
「……ねえ、顔がニヤけてて気持ち悪いわよ。それと騎士団のアリゼミラが貴方たちのこと、かなり熱心に調べてるわよ。あんまり目立つ真似はしないでよね。私の立場も悪くなるんだから」
「分かってるって。……行くぞ、パニ」
「はい! ムクロウさん!」
俺はヴァネッサの忠告を背中で聞き流しながら、パニを連れてギルドを後にした。
◇◇◇
翌日。俺たちはアルヴィンたちの後を追い、迷宮第七層へと足を踏み入れていた。
第七層は、鬱蒼とした巨大なキノコや発光植物が自生する、視界の悪い階層だ。
物陰が多く、不意打ちを得意とするモンスターも多くいる。
俺は『神速』を極限まで抑制し、気配を完全に遮断しながら、前を行くアルヴィンたちのパーティーを追走していた。
もちろん、パニにも高位の隠蔽魔法を重ねがけさせている。
◇◇
「アルヴィン、左後方から三体来るぞ!」
「分かっている、カイト! 受けて立つ!」
前方の広場では、アルヴィンたちが中型のモンスター数体と交戦していた。
彼らの連携は見事だが数に押され、わずかな隙が生まれる。
その隙を窺うやらしいモンスターに対しても、俺が直接手を出すことはしない。
「パニ、あそこの影に潜んでいるハイエナ型を幻影で少しだけ外側に誘導しろ。アルヴィンの盾の死角に入らせるな」
「了解です!」
パニが指先で魔法を編んで、ハイエナ型モンスターの前に魔法の幻影が現れる。
アルヴィンの背後へ忍び寄ろうとしたハイエナ型はパニが作り出した偽の光に惑わされ、アルヴィンが最も対処しやすい正面へと誘い出され、アルヴィンとナツメが難なく撃破する。
更に俺は、彼らに気づかれない速度で小石を弾いて、アルヴィンの足元へ迫っていた毒蛇の頭部を撃ち、ふらついたところをルナリアの氷槍が撃ち抜く。
これならば彼らは「運良く攻撃を回避できた」とか、「たまたま魔物が隙を見せた」としか思わないだろう。
数時間に及ぶ戦闘サポート。
俺は直接手を貸すのではなく、あくまで「彼らが自力で勝利した」と思える範囲で環境を整え、危機を未然に摘み取っていった。
◇◇
アルヴィンたちが無事に探索を終えて、帰還し始めたので、一足先にギルドへ戻ることにする。
先にギルドに到着した俺は、受付の隅で一枚のメモを書き殴っていた。
そこには今日の戦闘を見て気付いた連携の隙や索敵のポイントなど、具体的かつ的確なアドバイスが記されている。
俺はそれをちょうど手が空いたヴァネッサの前に置いた。
「……これ、アルヴィンたちに渡しておいてくれ」
ヴァネッサが眉をひそめてメモを覗き込む。
「何よこれ……ずいぶん細かいアドバイスね。貴方が直接言えばいいじゃない」
「言えるわけないだろ。……いいか、ヴァネッサ。これはあくまで『受付嬢のヴァネッサが、若い有望な冒険者たちの成長を願って記したメモ』という形にして渡すんだ。俺の名前は絶対に出すなよ。分かったな?」
ヴァネッサはメモと俺の顔を交互に見て、盛大に、溜息を吐いた。
「……貴方ねぇ。そんな回りくどいことして、何が楽しいのよ? 感謝されることもない、名前も売れない。ただの不審者じゃない」
「それでいいんだ。彼らが強く、健やかに育ってくれれば、俺はそれだけで満足なんだよ」
俺はそれだけ言い残すと、そそくさとギルドを立ち去った。
隣を歩くパニが、俺の横顔をじっと見つめていた。
「……ムクロウさん。やっぱり、凄いです」
「あ? 何がだよ」
「自分の手柄にしないで、ずっと影で見守るなんて。ワタシ、そんなムクロウさんのこと、本当にかっこいいと思います! 尊敬しちゃいます!」
パニの純粋すぎる賞賛の言葉に、俺は少しだけ気恥ずかしくなり、そっぽを向いた。
「……これが『推し活』なんだよ。見返りを求めるものじゃない」
さて……しばらくアルヴィンたちはレベル上げに専念するだろうからそれほど危険はないだろうけど、明日も『推し活』頑張るか。
夕日に染まる迷宮都市の通りを、二人の影が長く伸びていく。
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