第23話 美しき騎士の誘い
迷宮第七層での隠密サポート――いわゆる『推し活』を終えた俺とパニエッタは、心地よい疲労感とともに帰路についていた。
今日のアルヴィンたちは、ヴァネッサ経由で渡した俺のアドバイスを忠実に実践していた。
索敵の仕方や、連携の隙……それらが目に見えて改善されていく様を特等席で眺めるのは、何物にも代えがたい悦楽だった。
「今日はいつもより早いんですね、ムクロウさん」
隣を歩くパニエッタが不思議そうに首を傾げる。
「ああ。過剰なサポートはかえって彼らの成長を妨げるからな。あいつらはもう、自分たちで正解を見つけられる段階に来ている。今日はこれで十分だ」
俺の言葉に、パニエッタは「さっすがムクロウさん、深いですね!」と満面の笑みを浮かべた。
だが、そんな穏やかな気分は、冒険者ギルドの扉を潜った瞬間に霧散した。
受付カウンターで、ヴァネッサがこれ以上ないほど眉間に深いシワを寄せて俺を睨んでいたからだ。
「お帰りなさい、ムクロウ。……客人が来ているわよ。奥の応接室へ行きなさい」
「客? 誰だよ」
「行けば分かるわよ。……せいぜい、粗相のないようにね」
ヴァネッサの刺々しい態度に、俺の直感が警報を鳴らす。
たぶん例の魔道具事件か、それともステータス不表示絡みか……。
いずれにせよ、ロクな用件ではないだろう。俺はパニを引き連れ、重い足取りで応接室の扉を開いた。
室内にいたのは、凛とした佇まいの王国騎士アリゼミラと、その傍らに控える一人の女性だった。
アリゼミラが立ち上がり、同伴の女性を紹介する。
「待っていたわ、ムクロウ殿。こちらは王国騎士団の大神官、リリアよ。私の古くからの友人でもあるわ」
そこにいたのは、おっとりとした雰囲気を纏った聖職者の女性だった。
彼女は柔和な笑みを浮かべ、「はじめまして、ムクロウさん。リリアと申します~」と、おっとりとした口調で挨拶をしてくる。
その言動はどこか抜けているようにも見えるが、彼女が背負った杖とそこから漏れ出る清らかな魔力は、間違いなく高位の術者のそれだった。
挨拶もそこそこに、アリゼミラは本題を切り出した。
「単刀直入に聞くわ。ムクロウ殿、貴方の現在のレベルはいくつかしら?」
「さあ、自分でも分からないんですよ。ほら、石版に映らないから」
俺がとぼけると、リリアが鞄から真新しい、清らかな光を放つ石版を丁寧に取り出した。
「そう仰ると思って、再調整した最新型の魔導石版を用意しましたのですよ~。一度、これに触れてみてくださいな」
リリアのふんわりとした、しかし断りづらい促し。観念した俺は、溜息を吐きながらその石版に手を触れた。
まあ、レベルがバレると面倒なことになりそうだけど、意固地になって断っても余計怪しまれるしな。
だが結果は、同じだった。
石版の表面には『ムクロウ』という名前だけが虚しく浮かび上がり、それ以外の項目は沈黙したままだ。
「あらら~? 怪しい魔力反応もありませんねぇ」
リリアが首を傾げながら告げる。
「この石版は、ステータス以外に呪いや禁忌の魔法履歴、特別な隠蔽の形跡なども見える特別製なんですけど……。ムクロウさんからは、何も見えませんねぇ~」
俺は心の中で小さくガッツポーズをした。レベルカンストによるシステム外の存在というのは、王国最高峰の大神官が持ち出した鑑定技術ですら測定不能らしい。
だが俺だけに終わらず、同じくステータス不表示冒険者のパニエッタにも石版に触れるよう促される。
が、やはり名前以外は表示されないが、リリアの瞳がわずかに見開かれた。
「……おやぁ? 特殊な魔力反応が出ていますね。なんとも不思議な力です~」
「ええっ!? ワ、ワタシ何も悪いことしてませんよ!?」
パニエッタが涙目で必死に訴えるが、アリゼミラは優しく微笑んで彼女をなだめた。
「落ち着いてください、パニエッタ殿。貴女が特殊な魔力を持っているというだけで、それが直ちに例の魔道具と関連しているわけではありませんわ。ただ、貴女の出自にはまだ謎が多い……それだけのことよ」
「ホ、ホントですか? 大丈夫ですか?」
「ええ。大丈夫ですよ」
アリゼミラとリリアは苦笑いを浮かべながら顔を見合わせた。
検査が終わり、ようやく帰れると思ったその時、アリゼミラが意外な提案を口にした。
「レベルが分からないというのは、冒険者として何かと不便でしょう?」
「いや、そんなことは……」
「遠慮はいらないわ。石版がダメなら、私が貴方の力量を直接量ってあげますわ」
「……へ?」
呆気にとられる俺に、アリゼミラは不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「私は、かつて迷宮制覇を達成した元冒険者なのですよ? ムクロウ殿、明日迷宮内で手合わせをいたしましょう。貴方の本当の力、私がこの目で確かめさせてもらうわ」
「いや、間に合ってます……」
力無い俺の返事はアリゼミラには届かず結局明日、迷宮の第一層でアリゼミラと手合わせをする事になってしまった。
応接室を出た俺を待っていたのは、ヴァネッサの意地悪そうなニヤけ顔だった。
アリゼミラとリリアがギルドから出るのを見送って、俺は無言で頭を抱えた。
(め、めんどくせええええー!)
騎士団の有力者、しかも元迷宮制覇者とのデュエル。
勝っても負けても面倒なことになりそうだ。
俺は夕暮れのギルドで、大いに頭を抱えるのだった。
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