第20話 疑惑の証明
冒険者ギルドのカウンター前。
俺とヴァネッサの押し問答を切り裂くように現れたのは、このギルドの頂点に立つ男、レバルクだった。
白髪混じりの髪を整え、厳格そうな口髭を蓄えたその姿は、いかにも一筋縄ではいかない組織の長としての威厳に満ちている。
「やあ、賑やかだね。どうやら、例の件に進展があったようだ」
レバルクの落ち着いた声が響くと、それまで噛み付くような勢いだったヴァネッサも、スッと背筋を伸ばして「レバルク室長!」と声を上げた。
だが俺の態度は変わらない。
むしろ、さらに面倒なことになりそうな気配を感じて、顔をしかめた。
「ギルド長か。ちょうどいい。ヴァネッサに言ってくれ。この受付嬢は明日、怪しい冒険者と接触して魔道具を貰って来いと言ってんだ。俺の囮としての契約は、不審な接触者を引きずり出した時点で完遂されたはずだと思うんだが?」
俺の拒絶に対し、レバルクは気を悪くした様子もなく、むしろ楽しむように目を細めた。
彼は俺とパニをじっくりと見定め、それから本題を切り出した。
「ムクロウ殿、我儘を承知でお願いします。ぜひ明日、ガストンと接触してその魔道具を『貰って』きていただきたい。現場の証拠を確実に押さえることが出来るのはあなた方だけだと、私は思っているのだが」
「……断る。俺の仕事はここまでだ。あとはギルドの誰かを行かせてガストンの持ち物検査でもすれば済む話だろ。これ以上、俺の大事な時間を奪わないでくれ」
俺が心底嫌そうに首を振ると、レバルクはフッと微笑を消し、冷徹な顔を覗かせる。
「ムクロウ殿、そしてパニエッタ殿。貴殿らは魔導石版にステータスが表示されなかった『不表示』の冒険者ですね?」
その言葉に、パニが「ふぇ?」と間の抜けた声を出し、俺の背筋がわずかに強張った。
上司に覚えのない不手際を指摘されたような、そんな感覚だった。
「それがどうした。不表示が珍しいのは認めるが、それが罪になるのか?」
「罪ではありません。しかし、疑いにはなります。現在、例の闇魔道具を使用している疑いがある者たちもまた、その多くがステータス不表示である可能性が高いことが判明している。このままでは遠からず、不表示である貴殿らも王国騎士団に目を付けられるでしょうな。……騎士団が動き出せば、今後の探索活動に多大な支障が出る。そんな未来も想像に難くない」
俺は心の中で毒づいた。このジジイ、回りくどく「協力しなければ不審者として騎士団に通報するぞ」と脅してやがる。
(……クソ。確かに一理ある。ここでギルドの依頼を完遂し、魔道具を提出すれば、俺たちは『捜査協力者』であり、魔道具の使用者ではないという潔白の証明になる。たかがステータスの不表示と思っていたが、そんなことで騎士団につきまとわれて、アルヴィンたちの『推し活』を邪魔されるのは絶対に避けたい。……ここはギルドに恩を売る方が、結果的に俺たちの平穏に繋がるか)
俺は大きくため息をつき、髪を乱暴にかき上げた。
「……分かったよ。持ち帰ってくればいいんだろ。その代わり、これっきりにしてくれよ」
「賢明な判断だ。期待しておりますよ」
レバルクが満足気に微笑み、俺とパニの顔を見回した。
◇◇◇
翌日。俺とパニは、第一層の北西エリア、ガストンとの約束の場所へと向かっていた。
道中、俺はヴァネッサから聞いた話を反芻していた。「売人の売り方すら掴めていない」という不可解な事実。
(……昨日までは謎だったが、現場に向かってみて分かった。闇商人の正体は、ギルドや他人の目が届きにくい迷宮内を自由に動ける『現役の冒険者』なんだ。街中ではなく迷宮の奥で渡せば、そりゃあ証拠も出ない。シンプルだが盲点だったわけだ)
やがて目的の場所に到着した。
そこは巨大な奇岩が幾重にも重なり合い、死角が至る所にある、いかにも不穏な空気が漂うエリアだった。
その岩陰から、待っていたと言わんばかりにガストンが姿を現した。
「あぁ……! 待ってましたぁ!」
パニが切羽詰まった演技で駆け寄る。
相変わらず藁にもすがりたい新人を見事に演じている。
だが、俺は違和感を覚えた。ガストンの表情に、昨日までの「獲物を見つめる狡猾さ」が欠片もない。
あるのは、冷え切った敵意だけだ。
彼が指を短く鳴らす。
すると岩の物陰からさらに三人の男たちが静かに現れ、俺とパニを完全に取り囲んだ。
「……何だ? 歓迎パーティーにしちゃあ、物騒な面構えだな」
俺が周囲を睨むと、ガストンは鼻で笑い、忌々しそうに吐き捨てた。
「悪いが、お前らには何も渡さねえよ」
「……何でですかぁ!? ワタシ、あんなに欲しがったのに! 命がけでここまで来たんですよぉ!」
パニの必死な訴えに対し、ガストンは俺を指差して言い放った。
「お前ら、怪しすぎるんだよ! 特にそっちの男! 昨日、俺が話を切り出した瞬間のあの反応……。どう見ても『待ってました』と言わんばかりの顔しただろうが。あんな怪しさ満開の奴に、大事な商品を渡す馬鹿がどこにいる?」
「なんじゃそりゃ!!」
俺は思わず素でツッコんだ。
せっかくプライドを投げ捨てて「冴えない冒険者」を演じていたのに、内面から一瞬漏れ出た、喜びの表情だけでバレるとは。
「……ああ、そうかよ。演技力不足ってことか。それは失礼したな」
俺は落ち着いて話し出し、肩を回した。
正体がバレているなら、これ以上「弱っちい新人」のフリをする理由も、パニを引きずって歩く必要もない。
俺は周囲の三人を一瞥した。
全員が魔道具で強化されている可能性もあるが……。
「……ふん。バレちまったなら仕方ない。じゃあ、こうさせてもらおうか」
俺は芝居がかった傲慢な口調で、不敵な笑みを浮かべる。
「力づくで奪わせてもらうぞ」
「はいっ! こうなったら強行手段ですね!」
パニもノリノリで杖を構えた。
第一層の片隅で、俺たち冒険者同士の戦闘が始まった。
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