第18話 不穏な接触
囮作戦を開始してから二日、そして三日が経過した。
結果は、見事なまでの空振りである。
「……なぁ、パニ。そもそもこの作戦、根本的に間違ってないと思わないか? 闇商人がそんなに都合よくホイホイ現れるとは思えなくなってきたぞ」
「ムクロウさん、それは違います! きっとワタシの演技に、まだ悲劇性が足りないんです! 明日はもっと、こう……内臓をぶちまけるような絶望感を演出してみせますから!」
「何故そんな女優魂みたいなものを出してくる? あと頼むからグロい方向に走るのだけはやめてくれ」
作戦そのものに疑念を抱き始めた俺と、自身の演技プランの甘さを猛省するパニ。
そんな噛み合わない反省会を繰り返し、次の四日目がやってきた。
◇◇◇
その日の夕方も、俺たちは迷宮から出るなり、ボロ雑巾のように疲れ果てた新人を演じながら、大通りをギルドへと向かっていた。
俺はともかく、パニの演技は更に磨きがかかっていた。悲壮感が漂い、道行く見知らぬおばちゃんが心配して、パニに声を掛けてくるほどだ。
「あぁ……もう……お空が……高いですぅ……」
「(高いのはお前の演技の完成度だよ……)」
白目を剥きかけて俺に縋り付くパニを引きずりながら歩いていると、不意に、心臓が跳ね上がるような光景が目に入った。
通りの先、武具屋の店先で熱心に品定めをしている二人組。
アルヴィンとカイトだ。
「ッ……パニ、隠れろ!」
「ふぇ? ……むぐっ!?」
俺は即座にパニの口を封じ、近くの路地の影に飛び込んだ。
そして物陰から二人の動向を窺った。
心拍数が一気に上がる。
これは囮作戦の緊張感ではない。純然たる「推し」を間近で見たことによる動悸だ。
「アルヴィンくんとカイトさん……? 買い出しでしょうか?」
「ああ、次の探索の準備だろうな……。あぁ、見てみろパニ。アルヴィンが新しい盾をじっと見つめている。あの真剣な横顔、まさに聖騎士の卵……尊い……」
壁の隙間から『推し活』に励んでいると、不意に、彼らに近づく影があった。
くたびれた革鎧を纏った、中堅冒険者らしき男だ。
「……? 誰だ、あの男」
全く知らない男だ。
俺が知らない所でアルヴィン達が、他の誰かとコミュニケーションを取っているのは、嬉しいような、悔しいような複雑な気持ちになる。
男はアルヴィンたちに親しげに声をかけた。挨拶を交わしているようだが、アルヴィンの表情がわずかに曇ったように見えた。
男はアルヴィンとカイトに、何かを短く告げると、アルヴィンの肩を軽く叩き、すぐにその場を立ち去った。
「……何だ? 今のやり取り。ただの挨拶にしちゃ、アルヴィンの顔がこわばってたぞ」
俺の中に、言いようのない違和感が渦巻く。
かつての『ダンガン』プレイヤーとしての直感か、あるいは過保護なファンとしての本能か。
どちらにしても気になる男だ。このまま空振りでギルドに帰っても今日の結果は変わらない。だったらこの違和感の正体だけでも確かめねば。
「パニ、あの男を追うぞ。囮作戦は一時中断だ」
「了解です、ムクロウさん。……今の男の人、ちょっと怪しかったですもんね」
◇◇◇
俺たちは気配を殺し、適度な距離を保って男を尾行した。
男は周囲を執拗に気にしながら、結局俺たちの目的地でもある冒険者ギルドへと入っていった。
中へ入ると、男はギルドに併設された食堂の隅に座った。
注文もせず、まるで誰かを探すかのように、入り口から入ってくる冒険者たちをじろじろと観察している。
待ち合わせか? とにかく何者か知る必要があるな。
俺はパニを席に待たせ、受付のヴァネッサの所へ向かった。
「おい、ヴァネッサ。あそこに座ってる、周りをキョロキョロ見てる男……あいつの素性が知りたい」
ヴァネッサは俺の視線を追い、手元の資料をめくった。
「……あいつ? ああ、一ヶ月ほど前に登録した新人ね。名前はガストン。……あら、奇遇ね」
「奇遇?」
「彼も貴方たちと同じよ。魔導石版にステータスが表示されなかった冒険者の一人だわ」
俺の背筋に、冷たいものが走った。
「あいつも……? で、アレで新人なのか?」
「ええ。冒険者の新人が全員が若いってことはないのよ。あれぐらいの歳の新人なんて珍しくないわ……それで、アイツが何か気になることでも?」
「……さっき、あいつが街中でアルヴィンたちに接触してきたんだ。あいつ、アルヴィンの知り合いか?」
「さあ? アルヴィン君の知り合いまでは把握していないから、分からないけど?」
「あのガストンって奴、パーティーメンバーはいるのか?」
「ええ。確か三人パーティーだったはず……」
三人パーティーか。
他の二人はここにいないから、ここで待ち合わせか? にしてはキョロキョロし過ぎだ。
それに何かずっと違和感を感じる。一応、ヴァネッサにも言っておくか。
「……ヴァネッサ。注意した方がいいかもな、あの男」
俺は食堂の隅で、目で何かを物色する男を、鋭い眼差しで見据えた。
あいつはアルヴィンに何を話しかけたんだ?
まさか、俺の大事な「推し」を、あの闇魔道具の誘惑へと引き込もうとしているんじゃないだろうな……?
囮作戦四日目にして、ようやく事態が動き出したようだ。
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