第17話 迷宮の迷女優
迷宮第一層。
初心者冒険者が希望と不安を胸に足を踏み入れるその場所に、俺とパニは立っていた。
もっとも、俺の方は希望の代わりにダルそうな面倒臭さを全身から醸し出していたが。
「……あー、ダルい。スライムとゴブリンぐらいしか出ない階層をうろつくのが、これほど苦行だとは思わなかったな」
「ムクロウさん、やる気出してくださいよ。これもヴァネッサさんとの約束なんですから」
何故か俺と違ってパニはやる気満々だ。
パニは新調した杖を軽く振りながら、ふとした疑問を口にした。
「……ねえ、ムクロウさん。ワタシ、少し不思議なんですけど。どうして冒険者って、みんな三人とか四人のパーティーで動くんですか? 十人とか二十人でわーっと押し寄せた方が、安全だし早く迷宮制覇できる気がするんですけど」
「ああ、それか。効率だけ考えればそうなんだが、この迷宮には一つだけルールってものがあるんだよ」
俺は欠伸を噛み殺しながら、パニにこの迷宮における唯一のルールについて教える。
「昨日、この迷宮は三代前の国王が造った訓練施設だって言っただろ? その国王が、迷宮制覇を認める唯一の絶対条件として定めたのが『四人以下のパーティーであること』なんだ。五人以上で徒党を組んで最下層の主を倒しても、騎士団への入団を認める『紋章』は手に入らない。……国王は強い騎士団を作りたかったんだからな。だから数の暴力で迷宮を制覇しても、意味はない。それは無効ってことだ」
「なるほど……。強い人を集めたかったんですもんね。当然ですよね」
「まあ、そのルールのおかげで、命がけの訓練施設になっちまったというわけだ」
俺の説明にパニエッタも納得したように頷く。そして俺たちは第一層の更に奥へと向かって行った。
◇◇◇
俺たちは代わり映えのしない石造りの通路を、ダラダラと歩く。
他の冒険者から見たら、緊張感のない危ない奴らだと思われるだろうな。
歩きながら、俺はヴァネッサから聞いた「闇魔道具」について思考を巡らせていた。
一時的に能力を向上させる。その後遺症は使用者の突然死。生き返っても記憶を失う魔道具……か。使ったらどのくらいの確率で死ぬんだろうか? いや、どっちにしてもそんなリスクがあるのに、みんなホイホイ手を出すもんかね? 少なくとも俺の知っている『ダンガン』に、そんな不穏なアイテムは存在しなかった……。もしかしたら、ギルドもまだ掴んでいない、その魔道具の中毒性とか、抗いがたい魅力が隠されているのかもな。
そんな考察に耽っていると、角を曲がった先で二匹のゴブリンがこちらに気づき、小汚い棍棒を振り上げてきた。
「パニ、適当に相手してやれ。俺は見てるから」
「分かりました! 任せてください!」
返事とともにパニが飛び出した。
……が、あろうことか彼女は杖を構えることもなく、モンスターに向かって棒立ちで突進していった。
「ぎえっ!?」
「ちょ、お前、何してんじゃああああ!!?」
ゴブリンの棍棒をまともに食らいそうになったパニの襟首を、俺は音速で掴んで引き戻した。
「な、何するんですかムクロウさん! 今いい感じにやられそうだったのに!」
「いいわけあるか! なんで無抵抗で殴られに行ってるんだよ!」
「え? だって、ヘロヘロにやられないと囮にならないんですよね……?」
俺は深々と溜息をついた。
「……いいか、パニ。演技でいいんだよ。しかも、ボロボロな姿を見せるのは迷宮を出た後だ。迷宮内ではちゃんとモンスターを倒せ。自分の身は自分で守れ」
「なるほど、理解しました!」
納得したパニは、今度は一瞬で杖を振り抜いた。
放たれた初級魔法の火球は、ゴブリン二匹を跡形もなく瞬殺した。
◇◇
昼過ぎ。
適当に第一層で時間を潰した俺たちは、地上への階段を上がって迷宮の外へと出た。
ここからが本番の演技だ。
俺は少しだけ肩を落とし、疲れた風を装って歩き出す。
が、隣のパニは次元が違った。
「あぅ……。もう、一歩も……歩けません……。ムクロウさん……ワタシ、ワタシ……っ」
膝をガクガクと震わせ、今にも倒れそうなほど息を乱し、涙目で俺の袖に縋り付く。
その姿は、過酷な迷宮探索で身も心もボロボロになった悲劇のヒロインそのものだ。
(……なかなかの女優だな、おい)
引き気味に感心する俺だったが、パニの過剰な演技に周囲の冒険者たちからも「おい、あの新人の女の子、大丈夫か?」「第一層でそこまで……?」という同情と困惑の視線が集まる。
昼からも同じように「迷宮に入る→適当に時間を潰す→死にそうな演技で出てくる」を繰り返してみたが、残念ながら不審な人物が接触してくる気配はなかった。
結局、俺たちはそのまま宿へ戻ることにした。
「……ふぅ。お疲れ様です、ムクロウさん。ワタシ、今日の演技は百点満点だったと思います!」
「ああ。特に最後、白目を剥いて倒れそうになったところは、俺も本気で心配したぞ」
囮作戦初日は、空振り。
だが、俺たちの「弱っちい新人」という評判は、パニの迷演技のおかげで、着実に迷宮都市の片隅に広まりつつあるようだった。
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