第16話 不名誉な囮作戦
冒険者ギルドの喧騒が、入り口から差し込んだ二人の雰囲気によって、一瞬で凍りついたように固まった。
そこに現れたのは、磨き抜かれた白銀の甲冑と法衣を纏った二人の女性。
その胸元に刻まれた王国騎士の紋章が、一般の冒険者たちとの間にある絶対的な格差を見せつけていた。
二人の女性はそんな空気に微塵も揺らがず、カウンターに近付いていく。
「……あら。アリゼミラに、リリア。相変わらず絵になる二人ね」
カウンターで書類を整理していたヴァネッサが、顔を上げて声をかけた。
「久しぶりね、ヴァネッサ。貴女も相変わらず、その立ち位置が似合っているわ」
凛とした声で応じるのは、王国騎士のアリゼミラだ。
その隣では、聖職者の法衣に身を包んだリリアが「ふふっ、ヴァネッサさん、お久しぶりですぅ。お元気そうで何よりです」と、にこやかに微笑みを浮かべている。
彼女たちは一年前、この迷宮を制覇し、一介の冒険者から王国騎士の座を掴み取った迷宮制覇者である。
ヴァネッサとは、彼女たちが血反吐を吐きながら迷宮に挑んでいた頃からの付き合いだ。
親友と呼ぶのとは少し違うが、命を懸けた現場と、それを支える現場で築かれた、戦友に近い信頼関係を感じさせる。
ヴァネッサが書類をデスクに置き、アリゼミラに視線を向ける。
「で、王国騎士様が、わざわざ冒険者ギルドまで何の御用かしら? 迷宮制覇のお祝いなら、一年遅れだけど」
「冗談を。私が例の闇魔道具の調査担当になったのよ。冒険者ギルドから依頼があったでしょ。それでギルドにも協力を仰ぎに来たってわけよ」
「なるほどね。じゃあ何を協力すれば?」
「最近、冒険者登録の際に、ステータスが表示されない新人が増えていると聞いているわ。その新人冒険者のリストを見せてもらえるかしら?」
アリゼミラの言葉に、ヴァネッサは手元の書類から一枚の紙を差し出した。
魔導石版にステータスが表示されなかった異例の冒険者たちの記録だ。
そこには、当然のようにムクロウとパニエッタの名前がある。
受け取ったアリゼミラが、隣のリリアにもその記録を見せる。
「……ステータス異常の新人、ね。リリア、貴女はどう思う?」
「そうですねぇ……。石版の故障にしては、何か違和感を感じます。何か、強い秘匿の魔法とか、あるいは……」
リリアが指先を顎にあてて考え込んでいると、背後から重厚な足音が近づいてきた。
「よう、久し振りだな。王国騎士様方。二人とも王国騎士が板についてきたんじゃねえか?」
現れたのは、訓練場責任者のボルグだ。
巨体を揺らして近づいてくる彼に、アリゼミラは軽く笑みを浮かべる。
「ボルグさん。そう言われるのは光栄だわ。訓練場の方はどうですか? 最近の新人冒険者はどうですか?」
「そうだな。期待外れなのもいりゃあ、底が見えねえ変なのもいる。……そのリストに載ってる二人なんざ、特にそうだな」
ボルグの言葉に、アリゼミラはリストに目を落とした。
「ムクロウとパニエッタね……覚えておきます」
アリゼミラは受け取ったリストを懐に仕舞うと、ヴァネッサに視線を向ける。
「では、私たちは行くわね。リリア、行くわよ」
「ええ。ヴァネッサさん、ボルグさん、またゆっくりお話ししましょうね。あまり無理をなさらずに~」
リリアがおっとりとした動作で一礼し、二人は嵐のように去っていった。
その凛とした後ろ姿を、ギルド中の冒険者が羨望の眼差しで見送っていた。
◇◇◇
場所は変わり、ギルドの会議室。
そこには、先ほどまでの華やかな空気とは無縁の不機嫌なムクロウと、相変わらず彼にべったりのパニエッタが座っていた。
「……つまり、その闇魔道具を使った何人かの新人が死ぬか、運良く生き返っても記憶を失くしている……そういうことか?」
ムクロウの問いに、ヴァネッサが真剣な顔で頷く。
「ええ、そう。ギルドは今、この件を凄く重要視しているの。けど手口は巧妙よ。この魔道具を売っている売人の売り方もまだ分かっていない。だからこそ、その現場を押さえるしかない。それで貴方たちにしてもらいたい作戦はこうよ。貴方たちには今日から一週間、第一層を適当に探索してもらうわ。そして……」
ヴァネッサは溜めて、ムクロウを指差した。
「帰り際、宿に戻る道中で『第一層ごときでヘトヘトに消耗した、弱っちい新人』のフリをしてちょうだい。そうすれば、力を欲しがっている獲物だと思って、売人が近寄ってくるはずよ」
「……酷い作戦だ。この俺に、スライム相手に肩で息をしろってか?」
「そうよ。そのくらい、簡単でしょ? それとも、また被害者が出るのを指をくわえて見てる?」
ムクロウは大きく溜息をつき、隣で「はぁはぁ、ワタシもうダメですぅ……」と早くも演技の練習を始めたパニエッタの頭を軽く押さえた。
「分かったよ。アルヴィンたちが休みの一週間だけだ。それ以降は、俺は俺の『推し活』に戻らせてもらう」
「……ええ。渋々だけど、承諾するわ。報酬は約束通り、彼らの情報を最優先で流すわよ」
「分かった。約束だぞ。行くぞ、パニ」
「はい。ワタシ、もう……無理……」
「まだ早えよ! 迷宮を出てからだろ」
パニの首根っこを掴んで、ムクロウとパニが会議室から出て行った。
二人の背中を見送りながら、ヴァネッサはポツリと独り言をこぼす。
「……一週間ねぇ。いっそ第五層の守護者にでもボコボコにされて、這々の体で帰ってきた方が、売人も喜んで食いつくかしら?」
冗談とも本気ともつかない呟きが、静かな会議室に消えた。
王国騎士の介入、そして最強の囮。迷宮都市の裏側に潜む闇は、静かに、しかし確実に牙を剥こうとしていた。




