第11話 想定外の相棒
翌朝。
俺の意識は、ドアを破壊せんばかりの激しい連打によって引きずり戻された。
「ムクロウ! 起きてください、ムクロウ!」
「……朝っぱらから元気だな、おい」
欠伸を噛み殺しながらドアを開けると、そこには朝日をバックに弾けるような笑顔を浮かべたパニエッタが立っていた。
そして、挨拶代わりと言わんばかりに俺の右腕にガシッと抱きついてくる。
「どうした、いきなり」
「ワタシ、思ったんです。ムクロウはきっと、ワタシを置いて逃げちゃうつもりだって!」
「……」
うむ、図星だ。
サラリーマン時代によく見た「置手紙ひとつでトンズラ」を検討していた俺は、心の中で舌打ちをした。
この女、記憶はなくとも、野生の勘だけは鋭いらしい。
すると、パニエッタは腕を離したかと思うと、今度はその場で床に額をこすりつける勢いで土下座をした。
「ムクロウさん! お願いします! 何でもします、何でも言うことを聞きます! だから、ムクロウのお手伝いをさせてください!」
「おい、やめろ! 宿の人が見るだろ!」
「一人で生きていくのは、ワタシには……絶対無理ですっ!」
涙目で訴える彼女を見て、俺は深い溜め息を吐いた。
つくづく、俺はこういう泣き落としに弱い。これも平和な日本で培われたお人好し精神の弊害か、俺の性格なのか……。
「……分かった。とりあえず外に出るぞ」
「どこへ行くんですか?」
「ギルドだよ! 冒険者登録をしないと、パーティーなんて組めないだろ?」
「――っ! はい!!」
パニエッタは全身で喜びを表現しながら、子犬のように俺の後を追ってきた。
◇◇
冒険者ギルドに到着した瞬間、俺の推しセンサーが警報を鳴らした。
ホールの中心、ちょうどアルヴィンたちがミーティングを終えて迷宮へ出発しようとしているところだった。
「隠れろ!」
「ふぇっ!? むぐっ……」
俺はパニエッタの首根っこを掴んで、柱の影に素早く身を隠した。
「ムクロウ、なぜ隠れるんですか? 借金取りですか?」
「いいか……『認知されてはいけない』……だ」
「に、認知……? な、なるほど、深いです」
全く理解していない顔だが、今はそれでいい。
アルヴィンたちがギルドを出て行くのを見届け、俺たちはカウンターへと向かった。
対応したのは、またしてもヴァネッサだ。
俺達の顔を見るなり、目を細めて聞いてくる。
「で、どうなったの? その子。まさか朝まで同じ部屋にいました、なんて言わないわよね?」
「下世話な勘ぐりはやめろ。……とりあえず、コイツを冒険者登録してくれ。一緒に迷宮に入るから」
「ふーん。やっぱり見捨てられなかったのね」
ヴァネッサはニヤリと笑い、手早く書類を揃えた。
「じゃあ、適性判定ね。私も行くわ。この子のステータス、気になるし」
◇◇
訓練場。
昨日ムクロウの適性に腰を抜かしたボルグが、再び俺たちの前に立った。
パニエッタが緊張した面持ちで、魔導石版に触れる。
瞬間、石版が青白い光を放ち、選択可能な職業リストがズラリと表示された。
「なっ……これは……!」
ボルグが声を上げる。
そこには、下級の『魔術師』『僧侶』から、上級の『賢者』『大神官』に至るまで、魔法を扱う系統の職業がすべて「選択可能」として並んでいたのだ。
さらに石版の最下部に、現在のパニエッタの職業が表示される。
【現在職:魔導術師】
「魔導術師……! 魔術師の上位職に、既に就いているというのか!? この若さで!」
「しかも、魔法系の適性がカンストしてるわ……。パニエッタ、あなた……一体何者なの?」
ヴァネッサとボルグの驚愕を余所に、俺も内心で舌を巻いていた。
記憶を失う前、彼女は相当な実力者だったはずだ。だが、肝心のレベルだけは、やはり表示されないままだった。
「レベルが分からないのは不便だけど、実戦で試すしかないわね」
「まあ、それは追々何とかなるだろ。行くぞ、パニエッタ」
「はい、ムクロウさん!」
喜び勇んで俺に並ぶパニエッタを連れ、俺たちは訓練場を後にした。
アルヴィンたちはもしかしたら、今日第六層に行くかもしれない。急いで追いつく必要がある。
ギルドを飛び出した俺とパニエッタは、迷宮の入り口に向かって走り出した。
◇◇◇
残されたヴァネッサとボルグは、重苦しい沈黙の中で顔を見合わせた。
「どう思う、ボルグ。あのパニエッタって子」
「例の闇魔道具……『記憶障害』の後遺症かどうか、か」
「そう。タイミングが良すぎると思わない?」
ボルグは腕を組み、唸るように言った。
「だが可能性は低いだろうな。そもそもギルドに冒険者登録すらされていなかった。……それも気になるが……俺が気になるのは別のことだ」
「……ええ」
「二人揃って、魔導石版にステータスが表示されねえ。ムクロウも、あのお嬢ちゃんも……石版を拒絶してやがる。稀にあるとはいえ、二人続けてとなると……」
ヴァネッサは、窓の外へ向かう二人の背中を見つめながら、鋭い視線を向けた。
「……それについては、私からギルド長に直接報告しておくわ。ただの『新人コンビ』で済ませるには、あの二人、あまりに色が付きすぎているもの」
ギルドの奥で、ムクロウ達に対する静かな注目が集まり始めていた。




