第11話 ボロ負け
ハイサイ!nankul naisaです。
読んでいただきありがとうございます。
短剣の入った木箱を抱えたまま、影真は家路についていた。
まっすぐ帰る気にはなれなかった。大勝の後で気分がいい。
通りの端に、普段は意識していない看板が目に入った。「ビリヤードQ」の文字。ここもギルド系列の娯楽施設の一つらしい。
「……せっかくだし、覗いてみるか」
◇◆◇
扉を開けると、静かな空間が広がっていた。緑色のフェルトが張られた台がいくつも並び、控えめな照明が球の艶をぼんやりと照らしている。スロット施設の喧騒とは対照的な、落ち着いた空気だった。
客はまばらだった。その中で、奥の台に一人だけ違う空気を纏った女性がいた。
長い髪を一つに束ね、キューも持たずに壁へ寄りかかっている。誰とも話さず、誰も彼女には近づかない。近づくなオーラが出てるようだった。
「……まあ俺には関係ないか」
とくに関わることもないだろう。影真は思いながら、空いている台へ向かった。
◇◆◇
スタッフに簡単なルールを教わる。ナインボールというゲームらしい。1番から9番までの球を順に落としていき、最後に9番を沈めた方が勝ちだという。
一人でラックシートに合わせて球を並べてみる。
「これだけでちょっと楽しいな」
スタッフに教えてもらったブレイクショットを適当にやってみる。
心の中で「ブレイクショット!!」と叫んでみる。
狙った場所に球がいかない。角度も力加減もまるで掴めず、手玉は反抗期を迎えた子供のようにフェルト内を自由に走り回る。何回か繰り返すうちに、何が楽しいのか分からなくなってきた。
「……最初が一番楽しかったな、一人だと微妙かもしれないな」
誰かと対戦したら面白いのかな。周囲を見回すが、他の客はすでに連れがいたり、常連らしく黙々と練習に打ち込んでいたりする。
声をかけられる空気ではなかった。
◇◆◇
諦めかけたその時、視線を感じた。
振り返ると、あの女性と目が合っていた。
「……」
数秒、見つめ合う形になる。
「もう飽きたのかい?」
女性が先に口を開いた。少し低めの、落ち着いた声だった。
「今日が初めてでどう楽しんだらいいかわからん」
「ははっ! あたしと一戦、どうだい?」
思いがけない誘いだった。
「……いいのか、ガチの初心者だぞ」
「別にいいよ。暇だったし」
「じゃあ、お願いしようかな」
「そんなに緊張しなくてもいいよ」
◇◆◇
結果は、惨敗という言葉すら生ぬるかった。
女性のプレイには無駄が一つもなかった。狙った球を淡々と沈め、次の一手まで見越して手玉をポジショニングしてる。もしかしたら最後までルートが見えてるのかもしれない。対する影真は、狙いとは全く違う方向へ球を弾き続けた。9番を落とすどころか、1番を落とすことさえ出来なかった。
「……あんなに簡単そうなのになぜだ?」
「今日が初めてなら、そんなもんさ」
あっさりと言われ、初戦は数分で終わった。
「もう一戦」
「いいよ、熱くなってきたね」
二戦目、三戦目、四戦目。
結果は変わらない。影真は一勝もできないまま、完敗を重ねた。
「……悔しいっ!!」
「ははっ! これでも趣味で結構やり込んでるからね」
趣味でこれだけ出来たら楽しいだろうな、と影真は内心で舌を巻いた。
◇◆◇
何戦目かの終盤、女性が最後の一球を狙う場面があった。
いつもと変わらない、静かな構え。だが、キューを引いたその瞬間――影真の中で、何かが小さく反応した。
考えるより先に感じ取る、あの直感に似た感覚だった。集中とは違う、もっと研ぎ澄まされた鋭さのようなものが、一瞬で女性に目を釘付けにさせる。
球はいつも通り、寸分違わずポケットへ吸い込まれていった。
空気は、いつの間にか元に戻っていた。
「……なんだ今の集中力は?」
影真は目を細めたが、それ以上は踏み込まなかった。錯覚かもしれない。それに、今はそれどころではなかった。
「……もう一戦、頼む」
「まだやるのかい? あたしは全然いいけど」
「俺は結構、負けず嫌いなんだ」
◇◆◇
結局その日、影真は一勝もできないまま施設を後にした。
悔しさでいっぱいだった。でも、それとは逆に高揚感もあった。ダンジョンの戦闘とは違う種類の「悔しさ」だ。技術と経験の差を、たかが遊びで体感出来たのはかなり大きい。
「……負けたままは嫌だよな」
◇◆◇
その日から、影真は暇を見つけては施設に通った。
基礎から固めることにした。教本や動画を頼りに、まず取り組んだのはセンターショットの練習だった。台の中央に的球を置き、対角線上のポケットへ正確に沈める。単純な練習だが、これが出来ないと話にならないらしい。
初日は、十回撞いて一回入れば上出来だった。手玉は真っ直ぐいかず、手首のわずかな捻り一つで結果がまるで変わる。
二日目、三日目と繰り返すうちに、狙った軌道に球が乗る回数が少しずつ増えていった。
五日目からは撞点の練習も加えた。球の上を撞くトップスピン、下を撞くバックスピン。同じ的球を沈めても、手玉の残り方がまるで違う。
「……これが、ポジショニングか」
トップスピンなら手球は前へ転がり、バックスピンなら手前に戻る。次の一手を見据えて手玉を置く。女性がやっていたことの意味が、少しずつ体で分かってきた。女性は斜めにも自由自在だったがあれはすぐには無理だろう。
六日目。センターショットと撞点、二つの練習をひたすら繰り返す。単調な反復は、ダンジョンで積み重ねてきたものとよく似ていた。
七日目。
影真は台の前に立ち、自分のフォームを何度も確認しながら繰り返し練習する。
「……だいぶいい感じになってきたな」
まだ完璧には程遠い。だが、最初の完敗とは明らかに違う手応えがあった。
一週間前は影も踏めなかった相手に、今度はどこまで迫れるか。
考えるだけで、胸の奥が静かに高鳴った。
「……いつでも勝負を受けると言っていたし、頼んでみるか」
影真はギルドカードから女性に連絡をして「ビリヤードQ」に向かった。
最後までお付き合いありがとうございました。
ゆる~く更新出来たらと思ってます。




