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5もふ 本の専門家

「あはは! とってもおもしろかった!」


隣に座っているレクスがとても満足そうに軽やかな笑い声を上げて銀色のふさふさしっぽを大きく揺らして喜んでる。

ボトールさんが戻ってくるのを待っている間、偏屈男の家で読んだことのある寓話を話して聞かせた。比喩を使って人に馴染み深い出来事を擬人化した植物や動物で教訓や風刺を伝える物語。ちょっとレクスには難しかったかな? でも楽しいみたいだし良かったのかな?


「すごいなジュリ。今の話、けっこう長かったぞ。それ全部覚えてるのか?」


目を丸くして感心しているバロン。そんなにびっくりすること?

20分は話し通しだったし確かに長い話だったかな?


「うん。読んだものは大体覚えてるよ。だけど別に大したことないから」

「いや。俺にはとても無理だ」


腹筋100個って言ってるバロンには確かに無理かもしれないけど。


「うん! わたしもすごいと思うよ! ジュリは本を読むのが好きなんだね!」


そう言ってソファに膝を立てて僕の頭をよしよしと撫で始めるレクス。可愛くて癒やされる。


「お姉ちゃんがいっぱい褒めてあげるね!」

「お姉ちゃんて9歳の僕より年下でしょ? 何歳?」

「7歳! 子どもは褒めて育てるってボトールが言ってたのよ!」

「僕は子どもじゃないんだから」


やっぱりレクスは可愛い。忌み嫌われていた僕にとってこんなやりとりがとても幸せだ。将来が楽しみな女の子だ。僕、がんばらないと!


「いや。9歳は子どもだろ? 将来は文官でも司書でもなれそうだな」

「司書!? そんな仕事あるの!?」


司書といえば本の専門家じゃないか! たくさんの本に囲まれてお金がもらえる夢のような職業! 図書館情報学のエキスパート!


「え? ああ。国立図書館と魔導図書館があるからな」


国立! 魔導! なんてこと! どっちかにしか就職できない!? だとしたらどちらも捨て難い!


「そこっておっきいの!? 本がいっぱいあるんだよね!」


就職はともかく! どんな本がどれだけあるか分からないけど行ってみたい!


「あー。俺は行ったことないから知らないけど。そうだなあ。この屋敷よりもかなりでかい建物だな?」

「マジか! 行きたい! そこにある本を全部読みたい!」


大興奮する僕。狼耳としっぽを楽しそうに揺らしながらにっこりとレクスに見られているうちになんだか恥ずかしくなってしまった。お子さまみたいにはしゃいでしまった。振り上げた拳を膝に置いてソファに腰を下ろして縮こまる。


「あっはっは! 王都にあるからなかなか行けないとは思うけどな」


王都かあ。乗合馬車で何日かかるのかな? 行ってみたいけどお金もないし、僕はレクスのためにがんばると誓ったばかりだからすっぱりあきらめよう。でも行けるチャンスがあったら行きたい。


「お待たせいたしました。先ほどの続きを始めましょう」


部屋の扉が開いて、顔色の良くなったボトールさんが戻ってきた。だけど思い切り眉間にしわを寄せておなかをさすってる。噂に聞いたスペシャルドリンクのせいかな?

さっそく向かい合ってスツールに腰掛ける。


さっきと同じく両手を繋いでボトールさんから注がれてくる魔力を感じるところから。なんだけど、手のひらの一箇所に少ーしボールペンの先っちょとかで優しく触れてるくらいの感触しかない。砂粒くらいしかない? ないけどひたすらそれだけを続ける。集中はしてるよ? うん。とても。僕たちを見てるだけのレクスとバロンの方がつまんなさそうじゃない?


なんて思ってバロンを見たら大あくびして伸びをして眠そうだ。正直か。騎士がそんな態度でいいのか。でもここの人たちは和気あいあいとした関係みたいだしいいのかな?

そこそこ時間が経ってるのにレクスは飽きもしないでニコニコと見てるんだけど。あれ? なんか顔色が悪くなってない?


「こほっこほっ!」

「レクス!」

「「お嬢様!」」


激しく咳き込んでソファから倒れるレクスをすんでのところで抱きかかえる。またもや死にそうなくらいに顔から血の気が引いて息も絶え絶えにしている。


「ボトールさんお願いします!」

「すぐに始めます」


僕が抱きかかえたままの状態でレクスの両手を握るボトールさんが集中を始めた。


「バロン!? さっきからまだ二時間くらいしか経ってないよ!?」

「そうなんだ。ボトールが魔力供給をしてもそのくらいの時間しか保たないんだ。だから毎日何度もこうしてるんだ」


二時間程度しか保たないって? しかも毎日だなんて。医者は? こんな立派な別荘を持てるようや偉い貴族なんだしあれこれ治療のためにできないの? 大体にして親は何してるの? とか色々思ったけど、有能そうな執事のボトールさんがあれこれしていないとも思えない。きっと色々尽力した上でこうなったんだと思う。僕みたいなのに目をつけるあたり藁にもすがる思いなのかもしれない。


「実はその時間もほんのほんの少しずつだけど短くなってきているんだ。俺もボトールもお嬢様が心配で仕方がない」


バロンが眉をひそめて顔をしかめている。ボトールさんは脇目もふらずに集中している。二人ともレクスに対する忠誠心はかなりのものと思えた。

そして30分くらいするとレクスは元気になっていた。だけどその表情は……


「ボトール先生。バロンお兄ちゃん。いつもいつも心配ばかりかけてごめんなさい。わたし、みんなに迷惑をかけるくらいなら死んじゃった方がいいのかな」


ソファに腰掛けてうなだれる様子に快活さがまったくこれっぽっちもなかった。その表情は暗く沈んでいてなんの救いもないようだった。


「はあ!? 何を言うんだレクス! そんなわけないに決まってるよ! ボトールさんもバロンもレクスのことが大好きなんだ! 僕だってレクスのことをあっという間に大好きになった! だからそんなこと言っちゃダメだ! 僕はレクスのためにがんばるからレクスもがんばろう!」


種類は違うかもしれないけれど、忌み嫌われて蔑まれてきて死にたくなる気持ちなら僕にも分かる。だからこそ病気なんかに負けそうになってそんなことを言うレクスを助けたい。


「だ、大好きだなんて……ジュリ……ありがとう」


両手で涙をぬぐいながらポロポロと涙をこぼすレクスの顔が笑顔だった。僕を見る目がなんだか熱い。いけない。うっかり大好きだなんて言ってしまった。でもまあ嘘偽りはないし気持ちを表明しておくのは悪いことじゃないと思う。それにあれだよ。こ、子どもの戯言だし。


こんな感じで新しい毎日が始まった。

レクスの発作はバロンの言うとおりで毎日毎日頻繁に起こる。ボトールさんの体力も魔力もどれだけ追いつくか分からない。僕の魔力操作の修行はなかなか進まなくて寝る間も惜しんで座禅を組んだりした。

そうそう。夜といえばレクスの発作は寝ている間に起こることはなかった。睡眠していると魔力が安定して体内に留まっているんだとか。


「もしかして昼寝とかするといいんじゃない?」


なんて言ったらボトールさんとバロンが目から鱗を落としてた。さっそく昼寝を実行したけどなかなか寝付かないし、寝てしまうと夜が寝れなくて逆効果になったから止めた。余計なアイディアだった。


さらに毎日を繰り返すうちに魔力の流れをちょっとだけ感じるようになっていく。その感覚が分かった時はみんなで大喜びした。普通の人なら簡単にできることができなくて悔しい。悔しいからこそレクスを助けたい想いが募る。


「ジュリ。なんだその目は?」

「え? いや別に」

「ちゃんと寝てないのか? 気持ちは分かるけど無理したら元も子もないからな」

「言われなくても分かってるけどのんびりなんてしてられない。レクスの病は日に日に進行してる。時間は止まってくれないんだ」


バロンたちの心配をよそに、毎日寝る間を惜しむ生活が始まって目の下はくまだらけになった。社畜社員みたいな形相になってみんなに心配されたけど修行を怠るわけにはいかない。大好きなレクスとボトールさんとバロンのためにもがんばる。


そんな毎日を繰り返しているわけだけど。実は他にも問題が発生していた。僕にとっての大きな問題。王侯貴族の避暑地であるこの一帯には数多くの別荘がある。ボトールさんたち執事やバロンたち従者、料理長みたいに主人についてくる家来がもちろんいるわけだけど。その別荘に主人がいようといまいと管理をする必要があるわけで。下働きをする使用人の多くはこの村の住民なんだ。その中には大人も子どももいて……黒忌み子である僕のことをよーく知っている。


「ようジュリアン」


レクスがボトールさんたちからいろんな教育を受けている間。王子様系ロリータファッションのまま、屋敷の裏庭で一人筋トレをしていた。僕に声をかけてきたのは使用人であり村人たちの一人だ。また邪魔をしにきた。僕が男爵になっても変わらないこともある。僕のことを忌み嫌うという感情。可愛いレクスのためにがんばる僕のことを放って置いてほしい。僕はレクスを守れる男になりたいんだ。



今回も繰り返そう。僕がレクスのことを少女ではなく男の子であることを知るのはまだまだ先のこと。

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