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4もふ 即効性のスペシャルドリンク

「魔力が体内に存在していることはご存知ですよね。これまでに魔力について詳しく学んだことはありますか?」


ソファに座ってウキウキと笑顔でいるレクスに見守られながらボトールさんの質問が始まった。


「えと。本で読んだ程度なら」

「文字が読めるのですか?」


ボトールさんが驚いている。それは当然のこと。他所のことは知らないけれどこの村の識字率はそう高くはない。子どもならなおさらで、学ぶ。と言うことであればそんな機会はない。前世では義務教育なんてものがあったと思うけど、この村には学校なんてものはないし生きていくために必要な労働しか教えられない。特に僕には他の子どもたちよりも厳しい労働を強いられたし。


「はい。本を読むのが好きなので。村に本好きの所蔵家がいるのでそこにある本をたくさん読ませてもらってました」


週に一度の休日や早朝、夜。チャンスがあればいつでも。家族の目を盗んでは偏屈な男の家を訪ねていた。僕のことを嫌うでもなく気にするでもなく、本が好きということだけが男に気に入られて本を読みに行くことを許されていた。


「それは大変素晴らしいことですね。では魔力操作についてはいかがでしょう?」

「全然やったことがないです」


普通に暮らしている分には魔力なんて使うことはないから知らなくても問題ない。例えば火魔法を使って竈門に着火する生活魔法なんてものがあるらしいけど田舎の庶民にとっては魔法を学ぶ機会もないし、火打石と火打金やマッチを使って普通に火を起こす方が早かった。王都や大きな街に行けば魔道具なんてものも普及してるらしいけど、王侯貴族の別荘を除いて村人たちの暮らしにそんな便利で高価なものは入り込んではいない。


「それでは体内魔力の存在を知るところから始めましょう。両手を出してください」


言われた通り左右の手を前に出すとボトールさんの両手と繋がれた。しばらくすると両手にほんの小さな異物を感じる程度の感触があった。あったかいとか冷たいとかそんなのはなくて。


「いかがですか?」

「えーと。手のひらに小さく何かがある感じです?」

「おや? 反応がかなり薄いですね? 普通は手のひらから魔力の流れを感じるところまで感じられると思うのですが。鑑定結果の報告書では測定不可能な膨大な魔力があるとだけでしたが……魔力量が多すぎて私の少ない魔力では刺激が少ないんでしょうか?」


僕の両手をつかんだまま、首をひねるボトールさんが悩ましそうな顔をしている。


「いやいや。ボトールの魔力量は俺なんか比べ物にならないほど多いし、人並みより余程多いでしょう。それが少ないってことはジュリの魔力量はどんだけってことになるでしょ」


バロンがとても呆れたような顔をしている。


「僕には何も分からないけど魔力の量ってそんなに個人差があるの?」

「普通は少ないもんだよ。魔力が多いっていうのは特別なことなんだ。例えば普通の人は腹筋が六個に分かれるもんだけど百個に分かれてたら特別すごいだろ?」


腹筋が百個? そんなことあるの? 例えがよく分からないです。


「ぶふ。いや失礼いたしました」


ボトールさんが静かに吹いた。いや、今のどこがおもしろかったのか分からない。


「そうですね。巨大な岩山に小石を投げつけた程度かもしれません。ジュリアン様、体内で魔力が動いてる感覚とかはあるでしょうか?」

「全然」


何もいつもと変わらない。変なやり取りを聞いたせいで余計に分からなくなった。


「これは難儀しそうです。ですがジュリアン様の魔力の大きさが私の手を伝って確かに感じられます。お嬢様にとって必ず有益なものになると期待できます。今日から毎日がんばりましょう。そのためにも腹筋が百個に割れるくらいにがんばってください」

「はい」


思わず、はいって言ったけど腹筋関係あるの? 筋トレすると魔力にいいの?

さっぱり見当もつかないけど僕にできることをやるしかない。どんな努力でもしよう。あんな家に戻るくらいならなんだってできると思うし。


「こほっこほっ!」


激しく咳き込むレクスがソファに横倒しになっていた。顔から血の気が引いて息も絶え絶えにしている。まるで今にも死にそうなくらいだった。さっきまであんなに快活にしていたのに。


「ボトール!」

「お嬢様、お手を失礼いたします」


駆け寄ってレクスの両手を握るボトールさんが何かに集中している。そのままの姿勢で時間が過ぎていく。壁掛け時計を見るともう10分は経っているけれどレクスの辛そうな状況は変わってない。貴族の屋敷だけあって高価な時計があるんだな。そういえば貴族は貴族でもレクスがどんな貴族かまではまだ聞いてない。レクスのことをまだよく分かってない僕は呑気なことを考えていた。


「バロン、レクスは何か病気なの?」

「お嬢様は重度の魔力欠乏症と思われる難病を患っているんだよ。外部から魔力を供給しないと魔力が枯渇したままになってしまう。普通は安静にしてれば自然と回復するものだがお嬢様はそうはいかない。何日もそんな状態が続くと命の危険があるんだ。だから魔力がもっとも多く魔力操作に長けているボトールがお嬢様に魔力を注いでいる。ジュリにはボトールと同じように魔力を供給できるようになってお嬢様を助けて欲しいんだ」


難病。命の危険。こんなに可愛い女の子が死んでしまうなんてとても許容できない。それで僕が呼ばれたのか。だけど魔力を感じることもできない僕なんかがほんとに役に立つとは思えない。どうなるか分からないけれど少しでも思いついたことをしてみよう。


「ボトールさんの体に触れてもいいですか? 魔力の流れを感じるために」

「いいでしょう。どうぞ」


ボトールさんの背中に手を置いてみる。うーん。なんにも変わった感じはしない。筋肉の厚みと背中の温もりを感じるだけだった。でもそのうちきっと何かが変わるかもしれないから手のひらにひたすら意識を集中してみる。


「はあ。もう大丈夫。元気になったよ」


レクスの呼吸が落ち着いて白い肌に血の気が戻ったのはさらに20分が経ってからだった。言葉の通りあんなに辛そうだったのに嘘みたいに元気を取り戻している。


「それはようございました」


笑顔を浮かべるボトールさんだけど、その顔はひどく疲れていてレクスの代わりに顔が青くなっている。ピシッと背筋を伸ばして恭しく言葉にしている本人はきっとそれを感じさせないようにしているんだろうけど。


「ボトール。厨房に行ってくるといい」

「……はい。そうします。ジュリアン様、ありがとうございました」


若干、足取り重く部屋を出て行った。ありがとうって僕は何もしてないよ。


「厨房?」

「ああ。滋養と魔力回復にいい即効性のスペシャルドリンクをもらいに行くんだよ。かわいそうに」


かわいそうとは? ドリンクってことは飲み物だよね? 翼を授ける的な何かの栄養剤?


「魔力回復って言うけどそれをレクスが飲めばいいんじゃないの?」

「いや……あれはボトールくらいに精神力が強くないと飲めたもんじゃない。自慢じゃないが俺は気絶した。お嬢様にあんなものを飲ませたらそれこそ命が危険だ」


命が危険てどんだけ? それもう毒だよね? 要人の毒殺に使えるんじゃない? あ。まずいなら飲めばすぐに吐き出すか。


「それもあって魔力供給の大役はボトールなんだけどさ。もう何年も続けていてこのままじゃボトールだって持たない」


「わたしの体が弱いから……みんなにばかり大変な思いをさせてごめんなさい」


立派な狼の耳がぺたんと垂れ下がって元気に揺れていたしっぽがしゅんとうなだれている。申し訳なさそうにしているつぶらな瞳が銀色のまつ毛に伏せられている。

くう。そんな悲しそうな表情も度し難いくらいに可愛い。

こんな女の子を守ってあげたいと込み上げくる想いは男子として当然のはず。僕の中で使命感が燃え上がってきた。

それはともかく。


「バロン。レクスの前でそんな話をしちゃダメだよ」

「や。そうだな。申し訳ありません、お嬢様。お嬢様が謝罪する必要などないんです。俺たちはお嬢様に心から忠誠を誓っています。ですからボトールも俺もいくらでもがんばりますよ」

「……ありがとう。でもね。わたしもみんなの力がなくてもがんばれるように強くなるからね。それまではよろしくお願いします!」


ソファから降りて深々とお辞儀をするレクスが可愛い。うん。可愛い。


「ボトールが聞いたら泣いて喜びますよ」

「バロン、僕なんて全然役に立たなそうなのに最初から男爵にするなんて良かったの?」

「ん? ああ。ジュリはよく分かってないかもしれないけどさ。ジュリの魔力量はほんとにすごいんだ。他の貴族に先に手をつけられるくらいなら唾をつけといた方がいいんだよ。魔力が並外れて多いなら魔法なり大人になる頃にはきっと一角ある人物になるだろうしな」


うーん。青田刈りどころか開墾するところからじゃないの?

期待に応えることもそうだけど可愛いレクスのために僕は誠心誠意がんばることを誓っていた。



繰り返そう。僕がレクスのことを少女ではなく男の子であることを知るのはまだ先のこと。

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