おまけ バロンと格闘訓練
「バロン。僕も戦えるようになりたいんだ」
森でオオカミの群れに襲われて、レクスが群れのリーダーと思われる大きなオオカミに攫われてしまってから次の日。僕は決意を込めてバロンに嘆願していた。
「意気込みは分かるがジュリはあまり体格に恵まれていない。司書や文官を目指して努力をした方がいいと思うぞ?」
「だけどレクスが悪い奴や獣に襲われた時に僕自身が助けられるようにしたいんだ。それにもっと体を鍛えて足が速くなったりしたいし」
オオカミに連れ去られたレクスを追いかけたけど全然追いつけなかった。それだけでも致命的だと思う。
「そうだなあ。ジュリの家族で大きな体になる人や筋肉質になる人はいたかい?」
「ううん。どっちかと言うと小柄な人が多いと思うよ? 何か関係があるの?」
「もちろんだ。体格で戦い方がまったく変わる。例えば力自慢で体重が重ければ、武器や防具も相応のものが扱える。当然力押しによる戦法が増える。小柄な者は逆に重い武器や防具は邪魔になる。身の軽さを武器に俊敏さや小回りの利いた戦い方をすることになる」
「じゃあ小柄な僕に見合った戦い方を教えて。僕だってバロンと同じ騎士なんだ。教えてくれなかったら独学でやるからね」
「決意は分かったよ。独学は危険だ。我流で強くなるものもいるがやはり基本は知っておいた方がいい」
「お願いします。短剣とか小剣がいいのかな?」
「そうだなあ。武器もいいが……ジュリは無刀による格闘術がいいかもしれないな」
「なんで?」
「だって将来は司書なりになるんだろう? 帯刀する機会はほとんどないぞ。武器の戦い方を学んでも獲物がなければ戦えないじゃないか」
「なるほど。じゃあパンチやキックで戦うんだね」
「そうなる。体格差が大きい敵に対処するために飛び蹴りや一撃必殺の急所打ちが主体となるだろうな。飛んだり跳ねたり、一気に距離を詰めるような軽業も身につけよう。そして一番大事なことは虚実だ」
「きょじつ?」
「うん。要は一撃必殺の攻撃を当てるために相手を撹乱したり惑わせる戦法だ。急所を狙うと読まれやすい。熟練なものが相手なら反撃が必ずくる。それに虚実を学べば相手の出方を予見することも可能になる」
「ふーん。戦うのも色々あるんだね」
「そうだ。幸いジュリは筋トレもがんばってるし最低限の体作りはできている。ボトールやルテと相談して明日からのカリキュラムに組み込もう」
「はい!」
「だけどちゃんと寝ないとダメだからな。その目の下のくまが消えないと教えないぞ」
「う。だってだってレクスのためにがんばるんだもん」
そんな感じで毎日の訓練が始まった。だけどその訓練が正しいものかどうか分からない。そもそもバロンは14歳。いくら騎士の称号を持ってるとはいえ強いのかどうかも僕には分からない。でも愚直に堅実にがんばった。文字を読むのも筋トレも鍛錬も基本は同じ。一文字一文字を追いかけるのと同じ。あとは気持ち次第。
そんなある日の事。冬籠りの準備も終わって雪がそれなりに降り始めた頃の事。この時期になると避暑地で過ごす貴族は自分たちの領地にとっくに戻っていて、それぞれの屋敷には少ない使用人が残されるのみになる。
「大変だ!」
僕たちの住む屋敷と村を繋ぐ道からアミックが血相を変えて走ってきた。山猫の脚は速い。それこそ四足歩行の勢いでやってきた。
「どうしたの? アミック?」
「うわ!? ジュ、ジュリか! 急に影から出てくるなよな! ドキドキするだろ!」
いくら背後の暗がりから声をかけたからってそんなに顔を真っ赤にして怒らなくてもいいのに。しかもなんだかもじもじしてるし。
「ごめん。それよりどうしたの?」
「野盗だ! すぐそこの交差路で貴族の一団を襲ってる! 一人が剣で斬られて血だらけだ!」
交差路っていうのは村から伸びる道の途中でそれぞれの貴族が自分の屋敷に向かうために整備された分岐点のこと。
「野盗だって? 人が少なくなった時期を狙ってきたのか」
バロンが馬に乗ってやってきた。なんで馬かと言うと二人で乗馬の訓練をしていたところだったから。
ベスティアはどちらかと言うと治安は悪くない。だけどやっぱり悪い事を考える奴はいるもので。きっと金目の物を奪いにわざわざこんな奥地までやってきたんだろう。
「どうするのバロン?」
「……あまり目立ちたくはないが……死人を出すのも忍びないな。ジュリとアミックはここで待っていろ」
「僕も行く。レクスのために実戦を見ておきたい」
「言うと思った。乗れ。アミックは待ってるんだぞ」
バロンの手に引き上げられて馬に跨ると背中からおなかに手を回した。「はい!」というバロンの掛け声であっという間に襲歩の速さで駆けていく。そして必死に僕たちを追いかけてくるアミックの脚が速い。さすが山猫獣人。だけどやっぱり馬の方が速くて離されていく。
現場が見えてきた。護衛の騎士や従者が野党の群れに襲われている。単純な強さで言ったら騎士たちの方が強力なんだろうけど野盗の数がとにかく多かった。劣勢もいいところだ。
「ジュリ。ここで待ってろ」
「はい。バロン死なないで」
「はは。こんなところで死なないさ。見てろ!」
長剣をスラリと抜くとその中心地に駆けていく。駆け抜けざまに一人を斬り倒した。馬首を返して馬から降りると手近な一人から斬り伏せていく。
強い。強かった。僕は戦いに詳しくはない。だけど圧倒的に強いのは分かる。野盗の方もただのゴロつきとかではなくて訓練されている兵士のようだった。もしかしたら退役軍人とかなのかもしれない。それなのにバロンはたった一人で次から次に野盗を打ち倒していく。
剣術だけじゃない体術もすごい。鎧も盾もつけていなかったから相手の攻撃をかわすか剣で受けるか。拳打や蹴脚の攻撃も際立っていた。
「バロン様って強いんだな」
追いついてきたアミックが息を切らしながら僕の肩に手をかける。
「ほんとだね」
僕もアミックも憧れのお兄ちゃんを見るような目でバロンの勇姿を見つめていた。だから僕たちは背後から近寄ってくる野盗になんて気づかなかったんだ。
「てめえ! こいつらがどうなってもいいのか!」
「うわ!?」
「うにゃ!?」
僕もアミックも二人いっぺんに蹴倒されて地面に這いつくばっていた。野盗の足で踏みつけられて身動きがとれないほどに苦しかった。
僕の首筋に血に濡れた剣があてられた。
痛い!
刃が僕の皮を切り裂いていた。だけど悲鳴はあげない。そんなことをすればバロンに不利になる。
「おとなしくしろ! ガキどもを殺されたくなけりゃあな!」
野盗の一言に瞳を見据えるバロンの殺気が静かに伝わってきた気がした。
「……舐めるな」
電光石火だった。僕もアミックも声を上げるヒマさえなかった。
バロンが踏み込んだと思った次の瞬間には野盗の首から上が宙に舞っていた。
「すご」
「うにゃ〜」
バロンの隙のない圧倒的な力が野盗を蹂躙していく。一人残らず打ち倒していた。そこまでしないと残党が次の被害者を出すことがあるから容赦はしないんだとか。
バロンの教えを受けていれば僕もレクスを守れる男になれる。そう確信した。
戦いが終わって。被害者たちを救済した後。
「すまないなジュリ。傷を負わせてしまった。アミックも踏まれて痛かったろう」
「これくらい大丈夫だよバロン」
「うにゃ!」
僕もアミックもバロンのかっこよさに目を輝かせるばかりだった。
「ふふ。二人とも強いな。だけどよく覚えておくんだよ。本当は力なんかで解決するのはダメなんだ。力はお嬢様を危険にするかもしれない。だから戦わなくて済むように力をつけるんだ」
バロンの言っている意味が分からなくてアミックと二人で顔を見合わせた。
だけどバロンが信念を持って僕たちに何かを教えてくれることだけは分かった。
「さあ。お嬢様のいる屋敷に戻ろう」
そう言って器用に片目をつむるバロンがかっこいい。
血は繋がっていないけど頼れる僕のお兄ちゃん。
僕の本当の兄貴がここにいる。




