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38もふ 真実の愛

「少し冷えるね」

「もっとくっついてろ」


引き寄せられて、レクスの熱い胸板に身を寄せる。たくましい腕の中に僕の頭が収まる。脚を絡めるように重ねていた。

レクスの素肌があったかい。人肌が心地いい。


「うん」


書架と書架の間。冷たい石床に敷いた司書のローブと王にだけ許されたロングケープコートの上に寝そべっているんだ。

遅い夜。ステンドグラスとは違う小窓から月明かりが差して星々が輝いていた。


「ねえ。僕はずっとレクスのことを可愛い女の子だと思っていたんだよ」


「すまんな。派閥争いに利用されない事も含めて、父と母の不義の子であったから女子として育てられたんだ。俺が男子であることを知っていたのは、出産の立会いにあったごく一部のものと屋敷に連れて行ったものたちのみ。実際、あの日に攫われてから後々まで俺自身も女子だと思っていた。徹底的に隠されていたんだ。俺という本当の存在は」


少し疑問に感じることもある。どうやって軍務省大臣になる前のレーヴはそれを知る事ができたんだろうかと。


「そうだったんだ。もしかしていつもつけていた香水も匂いでバレないため?」


もしも香水をつけていなかったらアミックとアンジュが初めてレストランで会った日に、アンジュがレクスであることが判明していたんだろうと思う。人族の僕にはとても分かり得ない事だけど。鼻のいい人なら分かるのかな?


「そうだ。獣族の敏感な鼻を誤魔化すためにつけていた。だがなジュリ。幼かった俺がジュリのことを王子様のように焦がれていたのは本当だ」


僕の唇にレクスの唇がちょんと触れた。その言葉が嬉しかった。女の子だったレクスは僕の事を好きでいてくれたんだ。あの頃から続いていた僕の想いが報われて実ったような気がする。


「そっか。嬉しいな。ずっとずっと心配してた。レクスが死んでしまったんじゃないかと。僕がいなくても大丈夫かと。だってレクスは重度の魔力欠乏症だったんだもの」


もうずっと遠い日のことだけど、レクスが僕の中で弱っていく様子はずっと心に残ってる。あの日、僕は幼いレクスを絶対に守ると固く誓ったんだ。


「しばらくはだいぶ危なかった。ボトールたちにも苦労をかけた。だが俺が男子であることを知った時、覚悟ができた。死んでなるものかと。俺を利用しようとした者どもにやり返してやると。そして何よりもジュリと必ず再会して想いを伝えたいと。だからな……あの特製スペシャルドリンクを飲むことにしたんだ」


「ええ!? あれを!?」


レクスはレクスで色々な想いを抱えていたということを初めて聞いた。僕と別離した後もきっと色々あったんだろう。それこそ死ぬような思いをすることも。


「死ぬかと思ったさ。実際、毒薬みたいなものだからな、あれは。だがそのおかげか、これだけ立派な肉体にまで成長したさ」


あの小さくて可憐で美麗な美少女がこんなにもでかい立派な狼男になるなんてとても想像もできないよね。ほんとに騙されたと思う。だけどさ。息を飲むほどに儚く感じたあの謎めいた美しさの正体が分かったよ。


「もう魔力欠乏症の発作は起きないの?」


成長したレクスが苦しむ姿は一度も見た事がない。


「いや。実は治っていない。だから料理長が作る毒を毎日飲んでいる。ボトールには感謝しかない」


毎日飲んでるんだ……それは辛い。ボトールさんの精神力に驚嘆していたけど僕にはとても真似ができないかもしれない。レクスのためなら飲めるかな?


「あんなに死ぬほどのドリンク大丈夫なの?」

「まあ……十二年も飲んでれば美味く感じるようになるのも不思議だが」


美味しいだって? あれが? あの表現しようもないほどのあれが? 否定したいけど言わないのが華ってもんだよね? それだけレクスはがんばったんだ。


「十二年か。屋敷で暮らしていた頃が懐かしいよ」

「そうだな。……出産のようなことが起こるのであればあの屋敷で過ごすのもいいだろう」

「ふふ。それもいいかもね」

「であれば俺も共に行こう。ぜひ立ち会いたい」


やってみないと分からないけど初産ということになるのは間違いないから苦労はしそう。誰も何も知らないことだし。膨大な魔力があってもちゃんと育ってくれるかも心配だし。


「嬉しい。もしかしたら特製スペシャルドリンクが僕にも必要になるかもだね。そういえばずいぶん前に改良版レシピを作ったんだ。レクスの好きだったチーズ風味になるようにしてさ。ちょっと高価になったけど。金額は……」


法外な値段に俺様レクスが珍しく驚いている。おお。びっくり顔が可愛い。今度びっくりさせるようなネタを仕入れておこう。


「それは誰も買えんだろう。以前よりは苦しまずに飲めるとは言えもう遠慮したいところだ……そうか! これからはジュリの魔力を毎日もらえばいいのだな!」


あんなとんでもない代物を飲ませるくらいなら僕の魔力をいくらでもあげればいい。僕もそれには同意だった。それに実は……えっちなことをすると一番簡単に魔力をあげられるかもしれないとついさっき実体験したんだよね。その……あの瞬間に魔力の高まりが跳ね上がったから。僕のをレクスに注ぐのが良さそうに思うけど……顔が熱くなった。


「そ、そうだね。これからは毎日僕の魔力を好きなだけあげるよ……って。ダメ!」

「なぜだ!?」


すっごい落胆してる。もしかしてその事実をレクスも気づいてる? レクスが急性魔力欠乏症で死にそうになったあの日。キスで魔力を吸われるという現象が起こったのを覚えてる。それを思うと吸精による魔力供給が一番効率がいい。

だけどそういうわけにはいかなんだ。


「おなかの子が僕の体内にうまく定着でき次第、僕の魔力はその子のためだけに供給するからだよ」

「なるほど。分かった。定着と言ったが一発で受精しないのか?」


もっともな疑問だね。


「えーと……たぶん、その……こ、今回のはうまくできなかったんだ。だって……その……あの……」

「なんだ?」

「き、気持ち良すぎて、レクスの精を僕の魔力で受け止められなかったから……」


自分の言った言葉で心臓がドキドキしてのぼせてしまいそうだった。正直に言うと魔力の操作が困難になるほどだったんだよね。ん? もしかして場所を変えればいいだけかも? その……受け止める場所を。


「ふふ。可愛い顔をして。それなら毎日でも俺の熱い想いを受け取るといい」

「ま、毎日?」

「もちろん。体力なら自信がある。毎日可愛がってやろう」


ひう。僕の体が持たないよー。だけど毎日か……う、嬉しいような、恥ずかしいような。


「愛しているぞ。俺の初恋の王子様。俺の可愛いジュリよ」

「うん。僕も愛しているよ。僕の可愛い初恋のお姫様」


僕たちにとって。そんな感じの肩書きが初めての恋だったんだよね。


「ふ。今は司書と国王だがな。変わってしまった今の俺は嫌か?」

「そんなことない!」


そう聞かれて、ある日のことを思い出していた。

長く厳しい冬が明けて、アミックと一緒に遠い道のりを乗り合い馬車で乗り継ぎながら王都にやってきた時の事。


王都に初めてやってきた日。

司書になるための夢とレクスとの再会を夢見ていたあの日。

僕は出会った。

王都の華やかな街並みを眺めた先に。

ゆるく波打つ白銀の長い髪を。

振り返るその瞳は吸い込まれそうな金色だった。


『レクス!』


僕は我も忘れて駆け出していた。

レクスだ!

僕のレクスがいる!


『俺に何か御用かな?』


その金色の瞳は。

とても驚くように見開いた後。

優しく穏やかに華やかに微笑んでいた。

僕の頭の中はひどく混乱していた。

周囲の人たちも驚いていた。

あのお方が微笑んでいるとか。

あんなに優しく話す様子を見たことがないとか。


『俺を知らぬとは王都に到着したばかりのようだな? 誰かと間違えたようだが、俺はこの国の王となる男。アンジュ・ソルエユニクと言う。王都を案内しよう。さあ俺の手をとるといい』


僕の永遠の少女レクスとひどく似ているのにレクスじゃなかった。

物言いがまるで違う。

ふんぞり返りそうなほど偉そうだった。

僕は自分のことを名乗ってもいないのに、なぜか僕のことを知っている風だった。

僕は知らないはずの男の言葉に抗うことができなかった。

だからその骨ばった手をとった。

心臓が驚くほどに跳ねた。

僕の心臓だけがその真実に気づいていた。


そうだ。

僕はこの時、本当は気づいていたんだと思う。

この尊大な俺様狼王がレクスだということを。

初めて会う白銀狼獣人の男でもあって。

少女と再会を果たした瞬間でもあった。

僕はアンジュに。

ううん。

レクスに。

二度目の恋に落ちていたことを。


「ジュリ。ジュリ。涙を流してどうした? 悲しいことでもあったか?」


僕は真実の愛を見つけていたんだ。トラヴェス・ティメント次期侯爵とのやり取りを思い出していた。


「あ。ううん。とっても嬉しいんだ。僕はとても幸せだよ。ありがとう。アンジュ。ありがとう。レクス」


僕の中に二人がいる。それはどちらも真実。とても大事でとても大切な想い。


「ふふ。俺も嬉しい。感謝をしているのは俺の方だ。俺の可愛いジュリ。何度でも愛を囁こう。愛しているぞ」

「とても嬉しいんだけど……ねえ。なんでまたおっきくなってるのさ」


僕の素肌に熱い想いがあたってた。


「ん? 可愛いジュリを見ていたら発情してしまったな。さっそくもう一度。これから毎日が楽しみだ」


なんでそんなに無邪気な笑顔を輝かせてるのさ? もうちょっと場所を考慮して欲しいんだけど?


「……国立魔導図書館じゃもうダメだよ?」

「約束はできん。狼は可愛い獲物を襲うものだろ?」


俺様狼王が可愛くも凛々しい不敵な笑みを浮かべてる。

穏やかな司書生活が送れるようになるには。

まだまだまだまだまだ、先になりそうだよ。


そして。

厳しい冬が明けた春。

国をあげて僕たち二人の婚礼の儀が挙行された。

バロンにエスコートされてバージンロードを歩いた。

アミックやボトールさんたち、みんなからの祝福と花吹雪。

レクスの笑顔が輝いていた。

それが僕にとっての幸せ。

最高に幸せだよ。


僕のウェディングの衣装はというと?

それはまあ、やっぱり王子様系ロリータだったり。




〜 Fin 〜




あ。投げたブーケは腹黒宰相が手にしてた。

メガネをクイっと光らせてニヤっとしてたし。











☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


ここまでお読みいただきありがとうございます。

最後までお読みいただいた皆様にお願いがございます。

少しでも楽しんでいただけましたら、ぜひお星様をお願いいたします。


ほんの二話だけおまけをご用意しております。

ぜひお楽しみくださいませ♪



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