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37もふ 血脈の所以

「就業時間が過ぎてからくるとは思わなかったよ」


騒動が落ち着いてからずっと。昨日も。一昨日も。そのまた前の日も。国立魔導図書館にやってくるレクス。毎日のように僕を……襲ってくるんだ。ほんと狼なんだから、もう。だけどこんなに遅くにくることは初めてだった。


「今日は雑務がなかなか終わらなくてな。残りは放ってきた」

「また腹黒宰相に怒られるよ」


「構うものか。それにしてもシュルードとミーラヤにしてやられた。結局王を辞められんとはな」


レクスが苦虫を噛み潰したような顔してる。


「また言ってる。ミーラヤさんはフィーリウス殿下と一緒になりたいのに王様になるわけないでしょ」


ミーラヤさんはファールに帰国したのち無事に結婚式を挙げることになったとか。


「ミーラヤが王になってからシュルードに王位を譲るという算段で一度は合意をしたんだぞ。俺が罪人として処刑される芝居まで打つ手筈だったのにだ」


納得できないとばかりに耳をとがらせてしっぽをぶんぶんと勢いよく振っている。


「ミーラヤさんもそこまで待ってられなかったんでしょ。ていうか腹黒宰相が王様になるよりも信頼できるレクスに王様を続けて欲しかったからじゃない?」


あの式典後、レクスの人気の高さは天にも昇る勢いなんだよね。大衆娯楽のように広めた美談のおかげもある。


「ふん。おかげで俺を縛るものは何一つなくなったな」

「相変わらず自由だね」


前にも増してレクスの俺様ぶりが発揮されている。それが悪いかと言うとそうでもなくて腹黒宰相以下、すべての忠臣に囲まれてうまくいってるようだった。

とはいえ自由すぎる。少しくらいは傍若無人な俺様狼王を縛る首輪があってもいいのかもしれない。とは誰もが思っていること。


「いや。一つだけあったな」


得意げな笑みを口元に浮かべてる。


「一つだけ? 何それ?」

「ジュリとの愛が俺の心を縛ってる」


う。そんなこと恥ずかしげもなく言うなよな。


「じゃあ。レクスが変なことをしそうになったら僕が『待て』をしてあげるよ」

「俺は犬じゃない」

「で……なんで僕のローブとシャツをめくってるのさ」


僕のおなかが丸見えになってるし。


「ジュリの肌に触れたいだけだ」

「待て」

「待たない」


僕の胸に骨ばった大きな手が添えられる。おなかにレクスの頬が重ねられた。ぬくもりが心地いい。だけどここはね? 国立魔導図書館なんだよ? 就業時間も過ぎてるし整理中と書かれた柵を置いてあるから人がこないとはいってもさ? 毎日のようにくぐもった声と荒い息遣いが聞こえるなんておかしいからね?

それはともかく。レクスと話しておきたいことがいくつかあって。


「さっきお母さんに会ったよ」

「母上に?」

「うん。レクスのことをとても大事に想ってくれてるんだね」

「ああ。弱い人ではあるが……愛が深い人だ」

「ううん。決して弱くはないと思うよ。悪意があった王宮の中で、レクスという愛の結晶を育んでくれたんだから」


王族の健康を見守る宮廷医師がいる。身籠もったらそうそう秘密にしたままではいられない。そして、近親ということもどれだけ秘密にしていられたことか。もしかしたら先代王陛下自ら不義を吐露した可能性もある。当然、出産することを反対されたはずだ。

だけど押し切った。妊娠発覚が遅すぎて出産せざるを得なかった可能性もあるけど。


「ねえ。ほんとに子どもを作らなくていいの? きっとだけどお母さんはレクスの子どもを欲しいと思ってるよ」


憂う事が多いと言っていたし溺愛している息子の子どもは見たいでしょ。それに王族だもの。やっぱり世継ぎは欲しいはず。


「ん? 前にも言った通り。俺は女を娶るつもりはない。俺のつがいはお前だけだ」


僕のおなかに優しくキスされた。おなか、か……


「ねえレクス。聞いてくれる?」

「なんだ?」


「誰にも言っていない事があるんだ」

「誰にもとはなんだ? 俺にもか?」

「うん。実はね……少し前に新しい魔導書から禁忌とも言えそうな技術を見つけたんだ。僕とレクスの子どもを造る事ができると言ったらどうする?」


「それは……ジュリにこれ以上の負担を強いることはできん」

「負担と言うと王妃になったことかな? それとも魔導研究者としての重責? どれも今さらだよ」


実を言うとベスティアにおける僕の責務がかなり増えていた。その上、禁忌とも言えそうな技術を復活させたら大変な事になるかもしれない。


「だからだろう。あまり無理はさせたくない。ジュリを疑うわけじゃないが魔導で本当にそんな事ができるとは思えん」


それはそうだよね。子孫繁栄は自然の摂理。その摂理から外れたとも言える事になるわけだから。


「簡単にできることじゃないかもしれないけどね。レクスは僕との間に子どもが欲しい? ほんとはどう思ってるの?」

「欲しいに決まっている! ジュリと俺の子ができるならどれほど嬉しい事だと思ってる!」


レクスの瞳が真剣だ。熱い想いが伝わってくる。そんなに真っ直ぐに想われてるなんて嬉しいよ。


「僕も……レクスとの子どもが欲しいよ」

「ああ。ジュリ。愛している。だがどうやって子を儲ける? 俺たちは男の身だ」


おなかにレクスの熱い頬が押し当てられた。このおなかに命を宿す事ができれば。


「供給者から供給された魔力を卵として、種となる体組織に基づいて構成される人造人形っていう技術があるんだ。最初は人造だけど心臓も肉体も本物になる。心を持って成長する。僕たちと変わらない存在を生み出す事ができる。つまり、僕とレクスを基にした子どもを作れるんだ」


あの魔導書はこの一月ですっかり解読を終えていた。レクスとアミックとの婚姻が決まってからずっと研究していたんだ。一人だけから創造するだけでなく、二人以上からでも創造できる事が分かっていた。


「それが叶うならこれほど嬉しいことはない。だが容易な事ではなさそうに思えるが、ジュリの負担が大きくはないか?」


レクスの輝くように喜ぶ表情があったかい。だけどすぐに心配そうな表情に変わった。普通に子どもを儲ける事だって不安になるものなのに人造と聞けばなおさらだよね。


「大丈夫。何も心配はいらないよ。必要な条件はそろってる。膨大な魔力があればできるんだ。僕の……魔王としての力があれば」


人造人形となる核を胎内で育む必要がある。その核が母体に吸収されないように魔力の子宮で守りつつ、成長させるためにとてつもない量の魔力が必要になる。僕にはそれがある。レクスのためにずっと魔力の底上げをしてきた。元々膨大だったものがさらにさらに増えていた。


「魔王だと?」


レクスの整った眉がぴくりと動いた。


「うん。まだレクスに言っていない秘密がある。僕は魔王の生まれ変わりなんだ。こんな後になって秘密を明かしてごめん」


僕の両袖をまくって、両腕に刻まれた禍々しい魔王紋を改めて見せる。僕の心が転生した魂かもしれないということはまたの機会にしよう。ややこしいしあんまりいっぺんだと混乱しちゃうよね?


「ボトールから教わった事がある。王族に伝わる古代史によると確かに存在していたらしいが本当なのか?」


疑うと言うよりも確認するような聞き方だった。僕の言うことをちゃんと信じてくれている。


「うん。この古文書に記されてたんだ」


解読してからずっと、ポケットに入れたままの古文書を手渡した。


「かなりの年代物だな。俺にはまったく理解できんが」


パラパラとページをめくるレクス。古文書に記されていたのは世界を滅ぼそうとした魔王の存在だけじゃなかった。世界が救われたという話も記されていた。


「それでね。古代の魔王はレクスのご先祖様が倒したらしいよ」

「俺の血脈の所以だな?」


高い山と深い森に囲まれた小国、ベスティアを代々に渡って統べているのは白銀狼の獣人。古代から脈々とそれは変わっていない。王城も大聖堂も国立魔導図書館も当時の建造物らしかった。


「うん。白銀狼獣人を産んだ存在とされている神の使い、白銀狼だね。つまりレクスは僕を倒すべき存在なんだよ」


僕が生きた前世でも狼は大神おおかみとも呼ばれ、狼神は穀物神、豊穣神、穀物霊とされている国もあった。フェンリル狼なんていう畏怖すべき存在もあったけど。


「俺がそんなことをするとでも?」


おなかに頬ずりをしていたレクスが立ち上がって僕を抱きしめた。頼りがいのある胸板が厚くて顔を埋めてしまう。


「こんな黒忌み子の僕でも。こんな僕と子どもを造ってもいいの?」

「ふ。今世で魔王と結ばれるのもおもしろい。ジュリはジュリだ。恐れるものなど何もないさ」


口付けされた。今までで一番熱い抱擁だった。


「子どもを造るのに必要な体組織ってなんだか分かる?」

「子を成す種と言えば決まってるな?」

「うん。レクスをちょうだい。僕の初めてを奪って」


書架にレクスの背中を押しつけた。アミックにあげた初めてじゃない方をレクスは求めてるはず。そして実は、僕とレクスはまだ最後までは愛し合う行為をしていなかったんだ。


「初めてジュリから求めてきたな。ずっと待っていたぞ」


僕を見つめるレクスの瞳が優しい。きっと優しく僕を抱いてくれる。もう一度艶やかな唇が重なる。これからされることを想像すると頭がのぼせそう。


「ここじゃダメ」


ここは国立魔導図書館の一室。だけど終業時間を過ぎて誰もいない。


「ダメだな。もう俺を止める理由はない。俺は今からジュリを抱く」


途中まではされるんだけど最後まではされた事がない。まあ場所が場所だし、忙しかったっていうのもあると思うけど。

それに準備だって色々とあるじゃない?

だけど……いつそうなってもいいようにオリーブオイルの小瓶は忍ばせておいたりしてあったり。


「……いいよ。レクス、愛してる。僕に……レクスの想いを、僕の中にたっぷり注いで」

「もちろんだとも。ジュリ愛してる」


書架に体をもたれたまま僕の頬に大きくて骨ばった手が添えられる。見つめ合った瞳を閉じて唇を合わせる。絡まる想いが混じり合う。

司書のローブと王にだけ許されたロングケープコートが冷たい石の床に落とされた。今はただ、身分も何もなく素直な心のカタチだけが瞳に映る。僕もレクスもお互いのぬくもりを感じながら素肌の感触を確かめ合った。


黄金に輝く液体に濡らされた猛々しい想いが眩しい。初めて突き抜ける熱さに躰がのけ反ると優しい抱擁が待っていた。心の奥に届いて疼くほどに痺れるほどに心地いい。とろけるほどに吐き出される熱い想いを受け止め合って。心が溶け合うほどに快楽の渦に堕ちていった。


僕たちの想いはとうとう結ばれたんだ。

幼い頃から大事にしていた想いが叶った瞬間だった。

レクス。僕の永遠の人。

僕は幸せだよ。

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