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36もふ 愛のカタチ

「偽物は死ねえ!」


元軍務省大臣の狐獣人レーヴが疾る。魔法で強化された脚力は疾風のようだった。誰も反応できていなかった。抜群の身体能力を誇る俺様狼王レクスでさえも。凶刃がすぐそこまで迫っていたんだ。


でも僕は気づいてた。変幻の魔法も魔力感知で分かるようにと療養中に対策していたから。事前にアミックにも知らせていた。もう変幻魔法を見抜けないような失敗はしない。


「アミック!」

「まかせろ!」


僕とアミックが飛び上がりながら蹴りを入れた。レーヴの側頭部左右に綺麗に決まるとうつ伏せに倒れて動かない。息のあった同時攻撃にアミックと顔を見合わせて笑いながらハイタッチ。

一瞬の事でみんなが息を飲んでいた。バロンを含む近衛騎士たちが意識のないレーヴを取り押さえる。バロンが残された片目をつむって僕にウインクしてきた。ん? なんか意味ありげなこと含んでない?


「見ての通りだ! 本当の反逆者はここに倒された! もはやベスティアの繁栄を妨げるものはない! 俺は皆の期待に応えるようさかしく勇ましい王となろう!」


そしてレクスの腕の中に僕が抱き寄せられた。

ええ!? ちょっ!?


「いま一つ皆に申し伝える! たった今! そして幾度も俺の命を救った! 俺が愛してやまないベスティアの国母となる者の名を! 数々の魔導技術の発見によってベスティアに発展と希望をもたらすジュリアン・タイラー男爵だ! 俺はジュリと手を携え! 皆とともにベスティアの未来のために尽力することを誓おうではないか!」


国母ってどういうこと!?

さっきのは最高潮じゃなかった。今だった。大理石の床が抜けそうなくらいに足を踏み鳴らし、王の間を埋め尽くす大歓声と拍手の嵐。


「ジュリ。お前は俺のたった一人のつがいだ。愛しているぞ」


番!?

お姫様でも抱き寄せるような眼差しで僕を見つめるレクス。

答えを出す時は今なんだ。


「アンジュ。ううん。キミは……レクスだ。ずっと会いたかったよ。僕の永遠の人。僕も愛してる」


少女だったレクスの面影が目の前のレクスと重なってひとつになる。僕の瞳に映っているのは紛れもない俺様狼王なんだ。

艶やかな唇が僕の唇に重ね合わせられた。

大歓声が止まらない。こんな大勢の前でキスなんて……全身が沸騰しそうだった。


「ふふ。その名で呼ばれるのは本当に久しぶりだな。もう二度と離さんぞ。俺とともに人生を歩んでくれ。我が王妃よ」

「え。王妃? それはどうしよう? 司書としてならいいよ」

「ふ。それも良い」


不敵な笑みを浮かべるレクスの唇が僕の唇にもう一度、重ね合わせられた。

ほんとに表情がコロコロ変わるんだから。


そして一人、とっても不満そうで不服そうな表情をしている山猫がいた。


「ずるいぞ! そんなに見せつけてお前ばっかりずるいじゃんか! 俺だってジュリの事を愛してるんだ! ずっとジュリを守ってきたのは俺なんだ!」


ぼろぼろとあふれる涙をこぼすアミックだった。王様の事をお前呼ばわりしてるし。でも、アミックの気持ちはよく分かるよ。いつもいつも、僕を支えてくれたのはアミックだった。できる事なら……応えて上げたい。

そして今気づいた。心の底から叫ぶような愛してるの言葉。僕はアミックから確かに聞いている。……あれは夢じゃなかったんだ。


「みくびるな。俺は度量の狭い男じゃあない。アミック。屋敷ではジュリの筋トレを散々邪魔していたな。俺はちゃんと知ってたぞ」

「うにゃ!?」


あー。あれね。腹筋に麻袋を投げつけてくるやつ。あれは痛かったなあ。でもまあそのおかげで強くもなったし?


「ふ。山猫の一匹くらい飼ってやろう。二人でジュリを楽しむのも悪くない。なあアミック・ヴリント男爵?」

「俺は飼い猫にはならないぞ! だけど、ジュリのためならなんでもする!」

「それは良い。王族と貴族に許された一夫多妻制はもうすぐなんだろ? シュルード」


あれ? もしかしてアミックに男爵位を叙爵したのってそういうこと?

してやられたと言わんばかりの腹黒宰相が天を仰いでる。こっちはこっちでレクスの絵図を予期していなかったみたいだ。

だけどさ、そんなこと言ってると腹黒宰相も側室として手を上げない?

そして一つ気になった事がある。あまりにも出来過ぎだよ。


「もしかしてさ? レーヴがここにいるのって?」

「ふ。仕込みさ。俺の命を狙うように仕向けた。当然、紛れ込ませたのもな。ジュリが俺の命を絶対に守ってくれると信じてたからな」


片目をつむった笑顔がバロン並みに眩しい。結局、僕もレクスの手のひらの上で転がされてたってわけだ。いいよ。いくらでも転がして。愛してるから。レクスのたくましい胸に顔を埋めた。


「あれ? 僕はレクスを守る男になるって誓ったんだけどできてるよね?」

「もちろんだ。ジュリは俺の王妃で王子様だ!」

「じゃあ。レクスは俺様狼王だ」

「違いない」


二人で笑い合ってしまった。


「俺も入れろ!」


横から僕に抱きついてくるアミック。少し複雑そうな瞳をレクスに向けて一言。


「よ、よろしくな」


少し拗ねたようなアミックの猫顔が可愛いなあ。

こういう愛のカタチもありだよね?

みんなが幸せならそれもいいよね?

うん。大いにありという事にしよう。


そして、一月が経った頃。もうすぐ冬の気配が感じられる秋の終わり。


「ジュリ! 起きろ! この寝ぼすけ!」


掛け布が剥がされてカーテンが開かれると、暑さの薄れた太陽の陽射しが僕の目に差し込む。


「もう朝ー? ん」


僕の唇におはようの口付けがされた。アミックのシュッとした山猫しっぽが僕の顔を撫でてる。


「今日の朝はトマトリゾットと玉ねぎスープだぞ! 起きろ!」


僕の手を引っ張って抱き起こすアミック。着替えと歯ブラシを手渡してくれた。もうだいぶ涼しくなってるから服装もあったかめ。


「アミックっていい奥さんだよね」

「うにゃ!? そ、そうかもな!」


美味しいご飯を作ってくれていろんなことに気を配ってくれる。僕にはもったいないくらいだよ。


「ジュリが一緒にいてくれて幸せ。俺、嬉しいよ」

「うん。ずっと一緒だよ」


トマトリゾットを口に運びながら答えた。式典から少し開けて。僕とアミックは元いたアパートメントに戻っていた。基本的に以前と変わらない暮らしをしている。

まあ、一応だけど僕に王妃という肩書きが加わった。アミックは侧妃扱い。だけど司書の仕事を望む僕の希望をレクスが許してくれた。アミックも自分のレストランを持つためにがんばってる。

公務がある時は王妃の肩書きを持って振る舞わないといけなくてそんな時はとても忙しい。


「おいでアミック」


顔を赤くしてるアミックの肩を抱き寄せて行ってきますのキスをした。もう当たり前になってる。


「僕も幸せだよ。それじゃあ行ってくるね」

「行ってらっしゃい」


アミックの幸せいっぱいの猫顔を見られるのは最高に幸せだ。

新調した司書のローブを羽織っていつもの道を歩いていく。僕とアミックが暮らすアパートメントから王城の前を通り過ぎて、ベスティアが誇る大聖堂の前を通ってから辿り着く国立魔導図書館。石造りの重厚な鐘楼を兼ね備えた四階建ての建造物。両扉の立派な玄関を潜ると広大なロングルームが目に飛び込む。四階分の荘厳な吹き抜けが高く奥まで続いている。


「おはようジュリ」

「相変わらず遅刻癖は治らないな」

「おはようございます。クションシュカ館長。ダァ・シンシンさん」


結局、僕が王妃となったことでクションシュカ館長の養子となることはなくなった。二人とも変わらず僕と接してくれている。

それにしてもこの二人はいつも一緒にいるなあ。みみずくとゴリラって相性いいんだっけ? ゴリラじゃなくて人族だけど。


僕と縁談をしたドミヌラ侯爵令嬢もとい身代わりできたトラヴェス・ティメント次期侯爵はおとなしくどこかの令嬢と婚約したらしい。押しかけてこられなくて良かった。


「さて。昨日の続きをしようかな」


書架の列に整理中と書かれた柵を置いて作業を始める。今日は朝から夕方までずっと書架の整理をした。そろそろ終業時間。


「もし。恋愛ものの小説を探しているのですがよろしいですか?」

「え? ああ。いいですよ」


ドレス姿の女性に声をかけられた。作業中でも欲しい本を探している人のために動くのは好きなこと。だからいつも笑顔で応じてる。


「どんな内容がいいですか?」

「結ばれてはならない禁断の愛が結実するお話がいいですわ」

「それなら隣室の書架にあります。今、ご用意いたします」


すぐに数冊を持ってきた。さっきは薄暗がりの部屋で女性の顔がはっきりと見えていなかった。手渡すために近づくと……


「あなたは……もしかして」

「あら。お分かりになりますか」


美しい。神の祝福を一身に受けたような。そんな印象を受ける絶世の美女、白銀狼獣人だった。こんな容姿を持つ人は一人しかいない。


「お初にお目にかかります。殿下」

「ふふ。わたしはもう殿下と呼ばれるような身分ではなくてよ。とても清らかな子ね。あの子が心酔するのも頷けるわ」

「恐れ多い事です」


レクスが女の子だとして、大人になったらこんな風に美しく成長していたんだろう。記憶が確かなら今年で36歳。だけどとてもそんな歳には見えない。なんなら10代でもおかしくない。ボトールさんの惚れた人はこんな人だったのか。


「若かりし頃のわたしはあの子が危険な立場にいると分かっていながら遠くに隠すことしかできませんでした。幼い頃から愛しい我が子をよくぞ守ってくれました。母として心より感謝を申し上げます」


「はい。僕はレクスに永遠の愛を捧げることを誓っていますから」

「ふふ。素敵ね。あなたの瞳を見れば分かります。あの子の未来と……いえ。憂う事が多く思うところは色々ありますが安心しました。これからもあの子をよろしくね。本をありがとう。ゆっくり読ませてもらうわ」


本を受け渡すと背中を向けて去っていく。書架に隠れていたらしい男性を引き連れて。頭と顔を覆う見たこともない仮面をつけている。立ち止まり振り返って軽く会釈を送られた。背の高さといい佇まいといいなんだかレクスを感じる雰囲気。仮面の隙間からひと房垂れる輝く白銀。まさか……ね。


禁断の愛に生き続ける人か。それは辛くとも幸せなことなのかもしれない。

ふと、前世に生きた日本の漢字を思い出した。

辛と幸の二文字を。

辛い想いがあったとしても、一つの愛が足された時、人は誰もが幸せな日々を送る事ができるんだと。


だけど思うことが増えた。あの美麗な微笑みの奥に、もしかしたら深い闇があるのではとも。先代王陛下と王妃が天に召されたのは。今の絵画えずがあるのは本当は誰の手によるものか。生き残っているのは誰か……考えても仕方ないことだよね。


憂う事が多いという言葉。僕はレクスのために。飢えた狼が巣食う深い深い森の中でまだまだやることがあるのかも知れない。


「さてと」


元の場所に戻って書架の整理を再開した。あと少しで終わるからこの後は修復室に入って魔導書の復元作業をする予定だ。


「ジュリ」


僕が穏やかな日々を送れない原因。俺様狼王がやってきた。

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