35もふ 謀略家の底意地
「アミックにも男爵位の叙爵があるんだってね」
王城の廊下をアミックと肩を並べて歩いていた。お付きの護衛騎士を引き連れて。
「え!? 俺、そんなのいらないぞ!?」
今はアンジュがいるはずの王族専用の貴賓室に向かっている。
「何を今さら。だから王城にアミックも呼ばれてるわけだし。王様からの下賜は断れないと思うよ」
「そうだよなあ。だけど俺が貴族の仲間入りなんて嫌だあ」
今回の元軍務省大臣レーヴによる叛逆行為を未然に防いだ功績としてアミックに一代限りの男爵位と騎士の称号が叙爵されることになったんだ。報奨金とかじゃなくて叙爵というのはどういう事なんだろう。
そんなわけで二人とも貴族服を身につけている。二人とも王子様系ロリータ感あふれるデザイン。この後行われる式典にこれはアリなのか? 違った意味で注目されないか?
アミックが自分の姿を見て「ふぎゃー!」って嫌がってたけど「似合ってるよ」とにっこり微笑んだら顔を真っ赤にして撃沈してた。今度からアミックを黙らせる時は誉め殺すことにしようと心に決めた。
「いつか自分のレストランを持つのに役に立つこともあるだろうし素直に受け入れればいいんじゃない。きっと宮廷料理人とも仲良くなれるかもよ」
どうだか知らないけど。でもアミックの事だからすぐに気に入られてあっという間に懐に潜り込むだろうと思う。アミックは可愛いからね。
「そっか。それもいいかもしれないな!」
「この部屋だ。式典の前に挨拶しとこうね」
貴賓室に入るための扉の両脇に近衛騎士が立っている。挨拶をしてからノックをした。
「なぜ私の愛を受け入れない!?」
部屋の中から聞こえた怒声にアミックと顔を見合わせる。何を話してるんだ? 返事を待たずに扉を開けると、ソファに座るアンジュに詰め寄る腹黒宰相のシュルード・スキミング公爵が額に青筋を立てていた。
「頭の固い司教や貴族どもを説得してようやっと可決できるまでに人数を確保して同性婚を成立させた。私とアンジュの愛を阻む壁はすでにない!」
レクスの呼称はいまだにアンジュという事になっている。ベスティアにおいてレクスは存在していないんだ。ていうか、王様のことを呼び捨てにしてるし。二人は二人で過去に色々あったということなんだと思う。
「お前の独りよがりな愛を俺に押し付けるな。そもそもそれでは子を成す事ができんと言っただろう」
まるで相手にもならんとばかりに肘掛けに頬杖をついて鼻を鳴らすアンジュ。
「そのために一夫一婦制から一夫多妻制に法改正できるように根回しも進めてる。何も問題はなくなるのだ!」
「俺は妻は娶らん。男もだ。俺の心には一人しかいないがお前は認めないだろう。次の王位はシュルードが戴くといい。そうすれば問題はなかろう」
やっぱりアンジュは王をやめるつもりなんだ。心に一人。その一人はきっと……勝手な想像をして顔が熱くなった。
「王族の直系たる血筋はもはやアンジュのみだ! 血筋を絶やすわけにはいかん!」
「だからシュルードが妻を娶って子を成せ。傍系とはいえ白銀狼の血が色濃く残っているスキミング公爵家ならば遜色はなかろう。直系は俺の代で終わりだ」
聞いた話ではボトールさんも王族の遠い傍系。だけど他家との婚姻の結果、白馬の血が濃い家系になったという。混血の優位性とか何か組み合わせとかあるのかな?
「それはダメだ! 私は王妹殿下の血を受け継ぐアンジュの子に次期国王となって欲しい!」
うーん。いくら頭に血が上っているからってアンジュの出生の秘密をそんなに大声で言ってもいいの? 王妹殿下はいまだに独り身で嫡子はいないということになってるし。アンジュは先代王陛下と王妃の子って事になってるでしょ?
「シュルードが密かに母に想いを寄せていたことは知っている。だからと言って俺にそれを望むな。俺はお前の気持ちに応えることはできない」
「せめて女性の妻を! 愛がなくとも世継ぎを望みたいのだ! そして私を側室に加えてくれ!」
なんだか複雑な恋愛模様があるのかな? 腹黒宰相ってば要はアンジュのことが大好きなんだね。そうか。そうだったんだ。だから腹黒宰相は僕に縁談を持ちかけたんだ。アンジュがいくら望んだとしても黒忌み子の僕はまったく相応しくないしね。
「もうその話はいい。堂々巡りだ。そろそろ式典の時間だ。俺は今日をもって退位する。いいな」
「はあ!? そんなことできるわけないだろう!?」
「できるさ。俺がアンジュ王太子殿下でないことを公表するからな」
「なんだと!?」
腹黒宰相の驚きようと言ったら。
ソファから立ち上がってこちらに振り向くアンジュの顔がぱっと輝いた。すごい仏頂面だったのに。
「ジュリ! すまんが先に行っている。王の間で会おう。アミックもな」
強く抱きしめられた後、部屋から出ていった。近衛騎士のバロンを連れて。
「あいつ、香水つけてないぞ」
そうなの? もう必要ないということかな?
「腹黒宰相も大変だね。少しは気持ちが分かるよ」
望んでも叶わない想いがあることはよく知ってる。とはいえ、おなかに色々抱えている人はほんとに大変だなあ。
「知った風な事を言うな! いや、すまん。気が立っていて語気が荒くなった。ジュリアンも私と変わらぬな」
「ふんだ。アンジュがレクスだって事ずっと教えてくれなかったくせに」
「致し方ないだろう」
「まあね」
腹黒宰相はずっと僕に秘密にしていたんだ。すべてを知っていたくせに。この腹黒め。
「だがな。アンジュの好きにはさせん。謀略家の底意地の悪さを披露してやろう」
なんだか悪い顔をしているし。何を企んでるんだ?
そして式典が始まった。各大臣や評議会の面々など多くの貴族諸侯が列席している。
内容はと言うと。新しい軍務省大臣の任命式。元軍務省大臣レーヴの暴動を未然に防いだ事による功労者への下賜。先日のファール視察団との技術交流会による功労者への下賜。僕が発見した魔導技術の確立に対する下賜。などなど。
アミックが叙爵式を受けている様子は見ものだった。カチカチに緊張してる山猫獣人の仕草がおもしろいこと、おもしろいこと。終わったところで僕の隣に戻ってきた。僕は普通にそつなく恩賞をいただいた。
そしてアンジュ王陛下の挨拶が始まった。まあ内容は労いの言葉とか、今後の展望とかなんだけど物言いの仕方が相変わらず傍若無人な俺様発言ばかりでこっちが冷や汗ものだった。
「ここで皆に伝える事がある」
一拍おいて見回すアンジュ。最後に僕へとニヤリとした視線を向けられた。やっぱり話しちゃうんだね。
「俺は本物のアンジュ王太子殿下ではない! 偽りの名を語った俺は王家に仇なす大罪人だ! 本物の王陛下はここにいる!」
アンジュの示す先にミーラヤさんがいた。王だけに許されたロングケープコートを身につけて。え? どういうこと? ミーラヤさんはフィーリウス殿下と添い遂げるために王位を放棄したんじゃなかったの? ファールに帰ってたんじゃないの?
そしてなぜかまったく動揺していない家臣たちの表情に訝しい顔をする俺様アンジュがいた。
「皆の者。そこにいる偽物の言葉通り、先代王陛下と王妃の間に生まれた正当な世継ぎはこのぼく、アンジュ・ソルエユニクである。が、ベスティアの法において確かに王として戴冠したのはそこにいる偽物だ。その罪は重いと言えよう。だが、もう一つの真実がある。彼は先代王陛下と王妹殿下の間に儲けられた、愛された奇跡の存在なのだ。よって正当な王家の血筋であることは間違いない」
奇跡の存在って物は言いようじゃない? ちょっと待って。そんなことを暴露しちゃっていいの? それに大罪人てアンジュは、レクスはどうなっちゃうの?
「加えて重大な事を伝える。皆も知っての通り、本当の反逆者は元軍務省大臣のレーヴに他ならず、そこにふんぞり返っている大罪人は正当な世継ぎであるぼくの命をレーヴの魔の手から救った恩人でもある。一度ではない。何度もだ。ぼくは生涯を通じてそこの大罪人に恩義を尽くそうと心に誓っている。それは事前に下知した通りのことだ」
え? そうなの? みんな知ってるの? 俺様アンジュがしてやられたとばかりにぷるぷると肩を振るわせて握り拳を作ってる。代わりに腹黒宰相がドヤ顔でニヤニヤしてる。もしかして俺様アンジュが仕掛けた謀略を腹黒宰相に上書きされてる? ていうか予測してはじめから仕組まれてた? 俺様アンジュにとってまったく予期していない事が始まってるんだ。
「そしてぼくは正当な世継ぎでありながら王位を放棄した。言うなれば。……白く輝く山々と深い森に囲まれたベスティアに住まう民を捨てた本当の反逆者だ。正当な王としてあるまじき愚かな行為だ」
ミーラヤさんが悔しさを滲ませるように唇を噛みしみている。
「そして、猛々しくも聡明な真実の王がここにいる。度重なる障害をものともせず、悪政を廃し、民のために尽力した本当の王が。ここにいる大罪人、レクス・ソルエユニク王陛下だ! この大罪人こそが誉れ高き唯一の王! 清濁飲み合わせたその姿は厳しくも美しいベスティアの王に相応しい!」
灰色狼の立派な耳としっぽをピンと立てて、ロングケープコートを翻して、ミーラヤさんが手のひらを真っ直ぐに誇らしげに俺様アンジュに差し向けていた。
王の間を埋め尽くす大歓声と拍手の嵐。
誰も否定することなく賞賛に満ちている。
俺様狼王レクスが名実ともに認められた瞬間だった。
それだけの功績があることをみんな分かっているんだ。
どうも腹黒宰相の描いた絵画らしい。すっごい肩を揺らして含み笑いをしている。これはもう逃げられないね。この腹黒め。
「そうきたか。ならば見てろ」
俺様狼王レクスが一人、不遜な表情を浮かべてる。
「うにゃ? つまりどういうこと?」
「レクスは本物のアンジュ王子に王位を返還しようとしたけど、腹黒宰相の策略で結局レクスが王様を続けることになったんだよ。ちゃんと祝福を受けてね」
後々、国内外に広まる事なんだけど。
幼少のみぎり、命を狙われて民を思いながら泣く泣く亡命したアンジュ王太子殿下はミーラヤと名を変えた。そして亡命先で愛を誓った隣国ファールの第三王子と添い遂げる。あっちは同性婚も祝福されるからね。
そして亡命の王太子殿下のために自身を犠牲にして影武者となった第二王位継承者レクス・ソルエユニク。色々脚色されて美談にされてあっという間に国内外に広まった。
『奇跡の美王』『麗しの献身王』『愛国の唯一王』とかいう称号とともに。
「そ、そんな事が許されるかあああ!」
列席する貴族たちの中の一人が大きな雄叫びをあげた。腰の小剣を手に、俺様狼王レクスに向かって風のように疾る姿が変わっていく。変幻の魔法。傷ついた狐の獣人レーヴだった。最高潮に盛り上がる歓声にかき消されて、王の間にいる誰もが気づくのに遅れた。腹黒宰相でさえも。




