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29もふ 四角い額縁にはめ込まれた鏡

「いやあ。ちょっと甘かったかな」


高級そうな革張りのソファを初め絢爛豪華な調度品の数々。貴族の屋敷と思われる部屋の一室に閉じ込められていた。扉の外には見張りが二人はいる。隣には寝室。トイレもある。扉は一箇所だけ。窓もないから逃げようがない。ミーラヤさんのことがあるから逃げるつもりもないけど。

ここには目隠しをされて馬車に乗ってやってきた。ミーラヤさんがどこにいるのかも分からない。もしかしたら一緒にいれるかなあと思っていたけどきっちり別々の場所だ。向こうとしては下手に相談とかされて余計なトラブルを回避するためにも当然だよね。


「おなか空いたな」


たぶんだけどもう昼を過ぎて夕方くらいじゃないかな。テーブルに用意されていたお菓子と飲み物には念のため手をつけてはいない。


すでに行われているだろう国立魔導図書館への視察。フィーリウス・レーギス第三王子殿下率いる視察団のお相手は僕の他にセフェル・クションシュカ館長にダァ・シンシンさん、外務省大臣レーベ様に魔導省大臣トロコス様、外交官たち。

いくら遅刻魔の僕でもこんなに遅い出勤をしたことはない。心配性で世話好きの二人がとっくにおろおろしててもおかしくない頃だと思う。


ノックの一つも呼びかけもなく扉がガチャリと開いた。


「……随分とくつろいでらっしゃるご様子ですね」


墓所で話をした男が一人で入ってきた。腰に帯びた剣にかけている手がずるりと落ちてちょっと呆れた顔をしてる。


「え。だって緊張して待ってても疲れるだけだし」


僕はソファの上に横になって寝転んでた。朝早かったからちょっと眠くなってたし。ていうか寝てた。そのせいでうっかり普通に話してしまった。


「今は何時ですか?」

「さて、何時でしょう」


答えないか。時間が分からないというのもけっこうなストレス。精神的に優位になるためにも鉄則だよね。


「ミーラヤさんはどうしてるの?」


どうせ教えてくれるわけないけど一応聞いておく。話し方ももういつも通りでいいや。どうせエセ男爵なんだし。


「おくつろぎいただいております。さて、タイラー男爵にはお聞きしたいことが山ほどあります。あなたはなぜあのお方とともに大聖堂の墓所に? 今日はファール王国視察団の訪問のためにあなたが対応をするというお話しだったそうですが?」


腹黒宰相と大臣たちから直々に仰せつかったお役目だ。

さっそく質問が始まった。きっと根掘り葉掘り次から次に聞いてくると思うとめんどくさい。いきなり拷問とかをされるよりはいいか。


「そうだね。だから僕がいないってことで捜索が始まってるんじゃない? これでも僕はベスティアのお歴々から気に入られてる魔導書修復士かつ魔導研究者だからね」


上級司書の肩書きよりもこちらの方が効き目あるでしょ。僕はこの国の魔導技術を担う要人でもある。そんな人が一向に現れないとなったらそこそこ大事になってもおかしくない。とりあえず質問には素直に答えないでおこう。


「ご自身の価値をよく分かっていらっしゃるようですね。いかがでしょう。我が主人の協力者となっていただければ相応の待遇をお約束しますが?」

「それならご主人のこともミーラヤさんのことも全部教えてもらわないとね?」


めんどくさい。腹の探り合いなんてめんどくさい。だけどご主人ね。なんとなく心当たりがないでもないけどちょっと想像が飛び過ぎてる気もする。

いつだかアンジュが言っていた。この国の貴族は一枚岩ではなく敵対派閥が鳴りを潜めていると。

元々、派閥は色々あると聞いている。先代国王派、その妻である王妃派。その敵対派閥や王妹派。現国王派に粛清された敵対派閥。主な敵対派閥は有力貴族だったり王族の傍系だったり。どの国でもあるどろどろとした情勢はベスティアにもあったんだ。


現国王のアンジュと似ているミーラヤさんを拉致して利用しようとしているのは一体どの派閥か。消去法で辿り着かない? そんな単純じゃないかな?

なんにしてもアンジュの王権を覆そうとしているのは間違いないと思われる。嫌だねえ。そんな争いなんかしなくたっていいのに。みんな本でも読んでればいいんだ。


「そうですね。そのためにも何か重要な情報なり技術なりご提供いただけないでしょうか。我が主人に与していただければお望みの地位でもご要望でも引き立てて差し上げられると思います」


言い方を変えただけでさっきと同じことを言われた。

僕は地位なんていらないし要望もない。知ってるか知らないけど、僕は穏やかな司書生活を送れればいいんだ。暮らしだってアパートメントの狭い部屋で充分満足してる。ほんとはもうちょっと広ければもっと本が置けて嬉しい。本に囲まれてるだけでも幸せだし。でもなぜかアミックが狭ければ狭いほど良いと言うんだ。二部屋あれば別々で寝られるのにね。猫は狭いところに入って寝るのが好きだからかな?


だけど……欲しいと言えばレクスの情報が欲しい。レクスに会いたい。


「まだお名前を伺ってなかったと思いますが?」

「それもご提供いただくお話し次第です。こちらとしてはどれだけ時間が経とうとも問題ありません。ごゆっくりお考えください」


にっこりとした笑顔。物腰の柔らかさと穏やかに話す様子をずっと崩さない。ヒントになりそうな言葉が全然出てこない。こっちから折れないと話を進めない気だ。


「僕としては手短に済ませたいんだけど。こう言っちゃなんだけど僕に何かあったら黙ってない人たちがいっぱいいるからね。そんなにのんびりできないんじゃない? 王の親友として認められてるってことも知ってるでしょ?」


時間が経てば経つほどアンジュが黙っていないはず。アンジュは僕のことをとても大事にしてくれる大親友だから。大親友で合ってるよね?


「そうですか。それでは手短にご承知いただく方法をご提案させていただきます」


そう言って男が指を鳴らすと部屋の扉が開いた。一人の男が四角い額縁にはめ込まれた鏡を運んできた。


「これは……」

「ご存知ですよね。あなた様が発見した魔導技術によって開発されたものです。魔導映像……なんと言いましたか?」

「魔導映像投影装置だよ」


確かに僕が魔導書を解読して見つけた技術だ。だけどこれは魔導省と軍務省に報告したことで研究自体は進んでいるかもしれないけど開発に成功したとは僕はまだ聞いていない。情報漏洩かそれとも。

僕が無言でいると男が話し始めた。


「遠くの状況をこんな薄っぺらい板で見る事ができるとは素晴らしいものです。これがあれば戦などの際には大変有利ですね」


にっこり楽しそうに笑う男の口元が気持ち悪い


「……ここ最近はどの国も戦争を望んでいないし平和そのものだと思うけど」


少なくとも小国ベスティアの周囲の国々は魔導技術の交流会をするほどに関係が良好で協定も結んでる。戦になんてならないはず。


「お気楽ですね。平和なんて言うのは幻ですよ。少なくともベスティアではね。戦とは人生。常に生と死と隣り合わせているものだとは思いませんか?」


確かに国内は派閥争いが酷い時があった。三年前は政変となりそうなことも起きたし。


「何が言いたいのかな?」


遠回りすぎてめんどくさい事この上ない。こういう手合いはもったいぶった後で何かしら大きな交渉事を持ちかけるためにとんでもないことを言ったりするものだけど。


「大事な人を失うことは辛いものです。ジュリアン様はこれまでに大切な人を失ったことはありませんか?」


失う。大切な人を。

僕にとってそれはあの日の事しかない。

さっきまでは僕のことをタイラー男爵と呼んでいたのに名前で呼ばれると気持ち悪い。


「……それがどうした」


腹が立ってきた。物腰柔らかく穏やかな笑顔が変わらない男を睨んでいた。


「こちらをご覧ください」


男が魔導映像投影装置を操作すると鏡のような表面に王都の景色が映った。


「アミック!?」


僕は慌てて立ち上がって、アミックの姿が投影されてる額縁を掴んで《《見せた》》。

賑わうストリートマーケット。屋台の店主と一緒に行列になっているお客さんのために鉄鍋を振るっている。おいしそう。日の傾き加減からするともうそろそろ日が暮れる頃だった。


「お仕事をがんばっていらっしゃるアミック・ヴリントくんとジュリアン様は王都にお越しになる前は小さな村にいらっしゃいましたね。そこで事件が起きました。とある屋敷で起きた失踪と殺人の事件」


この男はあの日の事を知っている!

いつどこで僕たちの事を知った? あの日、僕たち二人以外の雇われた村人が死んだ事実に一つの仮説が浮かぶ。それはレクスたちを拉致した犯人が判明しないようにするための口封じだ。


だから、もしも直後に僕たちの事が知られていればすぐに殺されていても不思議じゃない。あの日、僕たちは屋敷にいたのだから。だけどそうはならなかった。単純に気づかれてなかっただけかもしれないけど。


とすれば。僕たちが王都に訪れてから知られたという風に考える方が自然だ。僕はレクスの行方を追うために各所に聞いて回ったのだから。だけど殺されなかった。すでに意味がないから。もしくは有事の際に利用価値があると思ったから。


「アミックをどうするつもり?」


その推測に思い至ったところで冷静な物言いをしてみる。いちいち取り乱してはいけない。動じてはならない。『情けない姿を見せることは貴族社会において侮られることにもなりかねません』というルテさんの言葉を今さらながらに思い出す。


「何も。ジュリアン様が快く我が主人にご協力いただけるというのであれば何も起こることはありません」


男の穏やかな笑顔がさらに上品な形を作ってる。それがとても気持ち悪かった。

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