26もふ みっちり習った格闘術
「大丈夫かアンジュ!?」
レクスと思われる女性を目の前にして、あまりにも驚いて硬直してしまった僕。
その女性は若い男性から差し伸べられた手につかまって立ち上がっていた。僕よりも背が高い。俺様国王のアンジュほどじゃないけど。
え? アンジュって言った?
「フィーリウス! 違うだろ! ぼくはミーラヤだ!」
女性が訂正を求めてる。周りを気にしながら。
え? ぼく?
「そうだったねミーラヤ。うっかりした。でも街中なら大丈夫だろう?」
「そうかもしれないけど注意しなきゃダメだよ」
頬を膨らまして怒ってる女性を見つめる男性。若干、僕のことは無視されてるような。怒った顔も可愛い。やっぱりレクスのように思えるけど僕を見てもなんの反応もない。アンジュと言う名前は庶民にもいてもおかしくないけど気になる。
「てめえら。俺たちを無視してんじゃねぇよ」
「ああん? アンジュっていやあ。うちの国王様の名前じゃねぇか」
「そんなこたどうでもいい。そこの姉ちゃんよう。よくもぶつかってくれたな。俺の腕が折れちまったじゃねぇか」
「この落とし前どうつけてくれようってんだ!?」
うわあ。分かりやすいほどベタな当たり屋だ。四人のいかつい男たちが鼻息荒く、ミーラヤと名乗った女性とフィーリウスと呼ばれた男性に迫っている。ていうかこの女性は僕とぶつかる前に当たり屋にもぶつかっていたのか。この状況なのに二人の世界が作れるってなかなかのメンタルだね?
「ぶつかってきたのはキミたちだろう! それにその腕はとても怪我をしているようには見えないじゃないか!」
ベタな当たり屋にベタな返しをしてる。なんだかお上品そうな雰囲気を醸し出してるなあ。仕立てが良さそうな服は隣国ファールの特徴がある。金髪金眼のなかなかの美丈夫だ。どこぞのお坊ちゃん感がある。女性の方はつば広の帽子を目深に被ってロングのサマーコートの乱れを整えている。
「あのー。あんまり大騒ぎになる前にやめてもらえません?」
僕がぶつかってしまったこともあるし、何よりレクスと思われる女性を助けたい。僕はどんな時でもレクスを守る男なんだ。幼い頃にそう誓ったんだ。
「なんだてめぇ!? 横からしゃしゃり出てくんじゃねぇ!」
「お前が慰謝料払うってんなら別だけどよぉ!」
「待て待て。こっちの姉ちゃんもかなりの上玉じゃねぇか」
「なんなら二人で俺たちの相手をしてくれればそれでもいいぜぇ」
「とりあえずてめぇらご同行いただこうか!」
ねぶりつけるようないやらしい目つきで女性と僕の体を見回してる。気持ち悪。僕は男だけど割と小柄で綺麗な顔をしているせいか背の高めな女の子に間違われることもある。声もけっこう高いし。たまに街中歩くとナンパされることもある。黒髪見ると逃げてくしアミックが追い払ってくれることもある。
「ふざけたことを言うな! 私のミーラヤを差し出すわけがないだろう!」
「私のじゃねぇよ!」
「うぐ!」
「フィーリウス!」
女性をかばって男たちの前に出た途端に顔を殴られてる。あれ? いまの動きって……。殴られてよろける男性を支える女性がとても心配そうにしている。うん。分かりやすいね。レクスにそんな顔をさせるわけにはいかない。
「僕は男だよ」
「ぐわ!?」
まさか女の子と勘違いしている僕から攻撃を受けると思っていなかったよね? とっくに魔力の内転を高めた肉体操作に切り替えてる。
油断していた一人の鳩尾に右ストレート。一発で倒せると思ったけど耐えられた。あれ? 急に目つきが変わった? 対峙する構えと雰囲気も変わった。虚実を入れた中段、下段の蹴りを入れた直後に後ろ回し蹴りを鼻にお見舞いしたら昏倒した。
「貴様!?」
もう一人が素早く攻撃してきた。こっちも動きが鋭い。つかみかかってきた両手を半身半回転してかわす。回転しながらしゃがんで男の足首を刈るように回し蹴り。よろけたところに地面に手をつき垂直に蹴り上がって男のあごにかかとの一撃を喰らわした。脳震盪ものだったのかこちらも倒れた。トリッキーな攻撃に見事にはまってくれた。さっき倒した男と同じくこの男の動きも訓練されたものだった。
アミックは女性と男性をかばうように一人の男を牽制していた。アミックに殴りかかろうとしたところを僕が代わって、男の攻撃を避けながら裏拳を顔面に一発。直後に肘を心臓に打ちつけて怯んだところに顔面に飛び膝蹴り。こちらも昏倒。
逃げようとした最後の男の側頭部に飛び上がりながら蹴りを入れたらうつ伏せに倒れて動かない。
「やったな!」
アミックとハイタッチしておしまい。観客から盛大な拍手をもらった。憲兵隊を呼びに行ってる人がいるから後は大丈夫かな。屋敷で過ごした二年。バロンからみっちり格闘術を習って、その後も鍛錬してたんだ。頭でっかちなだけじゃレクスは守れないからね。
ここで一つ気になった。この四人組、訓練された軍人の動きだった。元軍人のチンピラかどうか知らないけど危ないなあ。
「大丈夫ですか?」
殴られて腰を下ろしていた男性に声をかける。女性は男性の殴られたところをしきりに気にしていた。
「すまない。助かったよ。ありがとう」
手を差し出したら受け取って立ち上がった。
「いえいえ。こちらこそ、そちらの女性にぶつかってしまい申し訳ありません。痛かったですよね? その……レクス?」
謝罪だけで終わらせるなんてできなかった。つば広帽子の下にある顔はどう見てもレクスの成長した姿だ。最初は謝罪の言葉を素直に聞いていそうだったけど、レクスの名前が出た途端に金色の瞳から警戒の色が滲み出ていた。
「やっぱりレクスだよね? 僕が分からない? ジュリだよ。ジュリアン・タイラーだよ?」
涙がぽろぽろとこぼれていた。やっと会えた。もう十二年も経ってる。すっかり大きくなって健康そうな様子に感激するばかりだった。
「失礼だが。タイラー殿。この女性はミーラヤと言う。私の大事な婚約者だ。そのレクスと言う人ではないよ」
男性が間に割って入った。こちらも警戒感を露わにしている。
「ジュリ。レクスお嬢様じゃないよ」
「うわ!?」
後ろからすんすんとミーラヤさんの匂いを嗅いでいたアミックに驚いて飛び退いてる。
「ほんとに?」
「ああ。似てるけど違う匂い。それにさ。女じゃなくて男だよ」
ええ? 男なの? 山猫獣人の嗅覚は優れている。主人の匂いぐらい覚えられる。ていうことはほんとにレクスじゃないんだ。確かに声は男性と言えば男性だ。顔だけ見てると女性にしか見えない。
「男とは失礼だな」
「フィーリウス。獣人は匂いで分かるから誤魔化せないよ」
「そうか。ファールには獣人があまりいないからどうも勝手が違うな」
ファールの国名が出た。ファールは基本的に人族が多い小国だ。この男性の名前。衣装の雰囲気。間違いない。
「フィーリウス・レーギス第三王子殿下ですね? ベスティアへようこそ」
騎士の儀礼に従って礼をする。僕も一応騎士の称号をもらってる。騎士の作法もバロンに一通り習ったからね。
「む。その服装からは思いもしなかったが、もしやベスティアの貴族か? いかにもファールのフィーリウス・レーギスだ。礼に感謝を申し上げる。私の訪問を知っているということは今回の技術交流の関係者かな?」
警戒感をさらに高めつつ、非礼のないような振る舞いをしている。外交問題を気にしてるよね。だったらこちらも気をつけるべき。
「僕は男爵ですが国立魔導図書館での案内役を仰せつかってます。友人の非礼をお詫びします。そして婚約者様には大変失礼をいたしました。その……あまりにも僕の大事な人に似ていたものですから」
本当によく似ている。だけどよくよく考えれば違いがあったんだ。レクスの毛の色は白銀。ミーラヤさんは灰色だった。白銀狼獣人は王族に連なる血筋しかいない。灰色狼獣人は王族の傍系や貴族にもいるけど平民に多い。第三王子に見染められるくらいだからきっと貴族かな?
婚約者なのに男というのも納得。ファールは同性婚も認められている一夫多妻制だ。ただし必ず異性を伴侶に持つ条件がある。経緯は知らないけどベスティアの狼獣人を妻に迎えても不思議じゃない。男だけど。
「……そうか。謝罪は受け取らせてもらう」
「殿下は本がお好きと聞いておりました。実は何か進呈できるものをと古書巡りをしていたんです。国立魔導図書館でお会いするときにお渡ししようと思っていたんですが、お近づきの印にこちらはいかがですか?」
にっこり極上スマイルを送る。
古書巡りは嘘だけど、プレゼントになりそうな本を探そうと思っていたのは本当のこと。さっき手に入れたばかりの古書二冊をショルダーバッグから出して装丁を見せてみる。この古書だってなかなか興味深そうな文献だったし。装丁のデザインだけでも本好きにはたまらないでしょ。
警戒心はどこへやら。その美麗な顔が明るく輝いてる。やっぱり本好きなんだね。魔導書はバッグの中。これはあげられない。
「ありがたく頂戴させてもらってもいいかな?」
「もちろんです。どうぞ」
駆け引きなく餌に釣られるあたりはやっぱりお坊ちゃんぽいね。
「見たところ従者をお連れでないご様子。よろしければ護衛も兼ねて街をご案内しますよ」
本を手渡すタイミングで切り出した。僕の手はまだ離していない。
アミックが一瞬「ええ」と不満そうな声を上げたけど、仕方ないかって感じの顔をしてる。ごめんアミック。この埋め合わせはまた今度するよ。アンジュと呼ばれたミーラヤさん。レクスの名前に反応した二人を見過ごすわけにはいかないんだ。




