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25もふ 年代物の書物

「ジュリ! 起きろー!」


掛け布がばさっと取り払われてカーテンが開いた。窓から差し込んだ夏の陽射しが僕のまぶたに直撃して眩しい。夏本番のカラッとした暑さは例年通りで、ヒマな王侯貴族は僕が生まれ育った村に避暑地として利用するために逃げ込んでることだろう。


「もう朝ー?」


まどろみながら思い出す。屋敷でレクスと過ごした二年間が懐かしくてあの頃に戻りたくなる。そして決まって思いだす。レクスたちがいなくなったあの日を。レクスはどこで何をしているんだろう。会いたい。もちろんバロンたちにもね。


「朝なもんか! もうすぐお昼だよ! 早く起きろ!」


このところずっと。始業から夕方までアンジュの突然の襲撃があるものだからまともに修復室にいられない。だから残業して遅くまで修復室にこもることになる。まあ遅くなるのはいつものことだけど。

もやもやする頭を抱えながら作業するものだから集中できなくてあまり捗らないけど少しでも手を動かしたかった。


アンジュの奴、夜の国立魔導図書館にはまだきたことないんだよな。夕食の誘いからも逃げてる。でもそれでいい。夜はもっと危険だ。どっちも最後まで歯止めをかけられないかもしれないから。僕じゃなくてアンジュがね。僕はちゃんとしてるから。襲われてるだけだし。待ってなんかないし。腹立つ。


「えー? やだー」


そんなわけで絶賛寝不足中。目の下のくまは変わらず。休日はゆっくり寝ていたい。だからアミックは昼近くになるまで僕が起きるのをじりじりとした思いで待ちながら寝かせてくれていたんだろう。


「やだじゃない! 今日はせっかくの休日だから二人でストリートマーケットに遊びに行こうって話してたろ!」


週に一度の定休日。僕はいつも決まってるけどアミックはレストランのシフトの関係で休日が決まってない。今日は二人の休日が同じになる久しぶりの日だ。


「そうだっけ?」

「ひど! 前から約束してたじゃんか! おなかも空いたしランチ行こうよ!」


確かにおなかは空いたかも。だけど正直言うとめんどいんだよね。


「出かけるのまた今度にしない?」

「そんなこと言ったら次に一緒の休みがいつになるか分からないじゃんか!」


アミックの山猫耳としっぽがぶんぶんしてる。怒ってるなあ。

国立魔導図書館に視察にくるっていう隣国ファールの第三王子のために何か良いものを買えないかとも思っていたし。本が好きという話を聞いているから何かしら楽しい話ができたら良いなと思ってる。

僕もアミックと出かけるのは楽しみにしてたしね。しょうがない。そろそろ起きるか……と思ったけどもうちょっとごねてみよう。だって眠いから。


「もっと寝てたいよー」

「……じゃあ俺も寝る!」


さっきまで不満そうにしていたのにコロっと甘えた表情に変わってるし。少し大きめのベッドに寝そべる僕にアミックが抱きついてきた。


「へへ。おはようのキスな」

「ん」


アミックの柔らかい唇が僕の頬にふんわりと押し付けられた。毎日のルーティン。愛情が込められた山猫獣人のスキンシップ。でもきっとほんとは違う意味があるのかも……あまり深く考えるのはやめよう。最近色々あって疲れてるし。


「ジュリ。あったかー」

「ていうか暑いし」


日中は暑いけど夜はそこまで暑くないのがベスティアの気候だ。体を冷やさないような寝巻きにするんだけど昼になるとさすがに暑い。猫ってなんで暑いのにひっついてくるんだろう。それだけ僕に対して安心感を持っていてもらえてるのは分かってるけどさ。

アミックの手がするりと僕の胸の上にのった。寝巻き越しの手触りが……これって……僕の……あ……ダメ……アミックの牙が覗いて舌が唇をぺろりと濡らしてる。その潤んだ唇が、寝巻き越しの胸の先端に向かってきた。


「分かった! すぐに準備して行こう!」


がばっと起き上がってアミックをまたいでベッドから降りた。アミックからはあれ以来されてないけど放っておいたら……


「えー。ちぇ。まあいっか。ジュリの服、俺が選ぶな!」


僕の返事を待たずに小さなクローゼットの棚にある夏服を吟味し始めた。言うてそんなにいっぱいないんだけどね。胸元が大きく開いた襟なしゆるシャツにサマーベスト、ピチッと系のショートパンツに着せ替えられた。アミックはピチッとしたの好きだなあ。

屋敷で生活していた時もよくメイドさんに着せ替えされていたこともあって抵抗感はない。アミックが嬉しそうにしてるし、まあいいかなって。


「あとこれな!」


両腕に通気性の良いふわふわの可愛いアームカバーを通されて、つばが深めの丸っこい帽子を被せられた。目深に被ると視線が見えにくい。僕の両腕の魔力紋と黒い髪と瞳を隠すためだ。

アミックの服装はいつもの通り、細い肩紐だけのトップスにお尻の形がはっきり分かる太もも丸見えのピチッとしたショートパンツ。


準備を済ませて出発した。

で、目的地のストリートマーケット。さすが休日だけあってたくさんの人で賑わってる。


「これうまいな! なあなあおっちゃん、辛いのに甘い味付けってスパイスは……」


ストリートマーケットに入ってすぐの屋台でランチを買って立ち食い。小麦粉で作った平たい生地に甘辛い肉と刻んだ葉物野菜を挟んで手軽に食べれるやつ。アミックが屋台の店主に向かってスパイスの種類をあれこれ言ってる。


「よく分かるな。調合はうちの秘伝だ。教えるわけないだろ。知りたかったらうちで働け」

「分かった! 今度くるから! いつがいい!」

「お? そうか。じゃあな……」


料理人としてがんばってるアミックは気になる料理があるとすぐに店主と仲良くなって非番の時間に働きに行くんだ。料理修行らしい。


気性の荒い山猫獣人だけど懐に入ると人懐こくなる。それは自分から入り込もうとする時も同じでアミックはどこに行っても可愛がられてるみたいだ。実際、容姿も猫みたいに可愛いし凛々しいし。


ストリートマーケットはいろんな店、屋台、露天がある。飲食店はもちろん生鮮市場や生活雑貨、服飾、古道具や古着に骨董品なんかもある。同僚から聞いた通り、旅行者や他国からきた商売人なんかもいるみたいだった。ベスティアでは見ない容姿を持った人たちがたくさんいる。僕とアミックが引っ越してきた時はこんな光景を見たことがない。これもアンジュと腹黒宰相の政策の一つで国内だけで停滞気味だった経済活動に活気が戻ってる。


「これなら帽子を被らなくても良さそうかな?」


なんてうっかり独り言を言ってしまうほど。だけど黒い髪に瞳はぱっと見にはいない。わざわざ見せる必要はないよね。


「あ。アミック。ちょっと見たいものがあるから待ってて」

「じゃあ俺はあそこの露店で追加の食い物買ってくるな」


歩き食いをしながら見つけた。怪しい古道具を山のように並べてる露店を。古書も並んでる。それぞれ年代物の書物なんだけど……

その中の一冊に興味が湧いた。常時発動している魔力感知に反応したからだ。ずーっと鍛錬してたせいか意識しないでも勝手にできるようになっちゃったんだよね。疲れることもないし。


「ここにある本、それぞれいくら?」

「全部かい? そうさねえ?」


見た目からして胡散臭そうなおばあちゃんが値段を言い始めた。こういう怪しい古道具を扱ってる店は注意が必要だ。いかにも物欲しそうに一品だけ注目してると金額をふっかけられることがある。だから目当ての物がどれか分からないようにすることがある。高くても買える貯金はあるけど無駄に取られるのももったいないからね。


「それじゃあさ。これとこれにしようかな? あ。もう一冊増やしたらもっと安くしてくれる?」


そんな感じでいくらか交渉したらすんなり三冊の古書が手に入った。


「これ、魔導書だ。こんなところにあるなんて珍しい」

「なんかおもしろそうな本なのか? これうまいぞ」


アミックはあまり本に興味がないから僕が司書としてどんな仕事をしているかを知らない。二軒目の露店で買ったパイの肉包みを手渡してくれた。パクッと一口、美味しい。


「うん……かなり魔力濃度が高い。題名が高度な魔力付与技術で偽装されてる。こんなの初めて見た」


うっかり修復士としての血が騒いで魔力感知に集中した。魔力を使って行う解読は鑑定と同じようなものだ。そこに隠された本当の意味を見つけたい。


「あ!」

「うわ!」


ゆっくりとだけどストリートマーケットを楽しむために歩みを止めないアミック。解読しながら追いかけているうちに女性とぶつかってしまった。そこそこ強めに当たったせいか、その女性が転んでしまった。


「すいません! 大丈夫ですか!?」

「ああ。ぼくなら大丈夫」


ぼく? 顔が隠れるくらいに広いつばのある女性物の帽子が落ちた。

ゆるく波を打つ灰色の長髪。長い灰色のまつ毛に心が吸い込まれそうな金色の瞳。立派な狼の耳。しっぽはゆったりしたサマーコートで隠れている。


「まさか……レクス?」


美しい狼獣人の女性が、驚く僕のことを見上げていた。

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