20もふ 少し大きめのベッド
「うう。アンジュのばかばか」
アミックと同居しているアパートメントに帰ってきた僕は少し大きめのベッドにうつ伏せになって枕に顔を埋めていた。
結局あの時。『俺ならここにいる。ジュリの怪我の具合を見ていた』と、僕の司書ローブから顔を出して近づいてきた同僚司書に自ら姿を晒していた。怪我を見てたって言うけど、あんなところで僕の腰に手を回していたんだよ。そんなの普通じゃない。
同僚司書もまさか僕の司書ローブの中にアンジュがいるなんて夢にも思わなかったろうしびっくりしていた。『あの! 後片付けをお願いします!』と、会話もそこそこにして逃げることにした。
「あんな顔して何考えてんだよー」
部屋を出る時にチラリと後ろを振り返ると、舌なめずりをしながらニヤリと笑いつつ器用にウインクするアンジュを見て顔がかあっと熱くなった。
走ってはいけない廊下を駆けて国立魔導図書館を後にした。
「あのウインク。なんだかバロンに似てたな」
バロンの器用なウインクはかっこよかった。アンジュも……様になってはいた。でも僕を挑発するような瞳と口元は全然違う。可愛いレクスと似てるのに全然違う。でも、その違いにドキドキしてしまう。僕よりも二つも歳が下なのに生意気で腹がたつ。相手は国王だけど親友なんだからそれくらい思ったっていいよね。
「そういえばレクスとアンジュって同い年だっけ」
そんなことを思った時。玄関の扉がガチャリと開いた。
「ただいまー。ジュリのブーツ! 帰ってるのか!? 灯りもつけないでどうしたんだよ!?」
アミックが帰ってきた。今日は早番の日か。天井に設置された魔導ライトに光が灯る。
「まぶし。おかえりアミック」
「ジュリ……昨日と同じ服のままじゃん。なんで帰ってこなかったんだよ。どこに行ってた?」
どこって。アミックが働いているレストランの近くにある高級ホテルだなんて言えない。
「心配したんだぞ!」
アミックがベッドの脇に腰掛けた。上半身だけベッドに寝そべるようにして僕と顔を付き合わせてる。
「ごめん。でもなんにもなかったし大丈夫だから」
「……嘘つけ」
「わ!?」
アミックが僕の体を押さえつけて首筋の匂いをクンクンと嗅ぎ始めた。そんなとこ嗅ぐなよう。
「香水の匂いがする。レストランに一緒にいたあの国王だろ? あいつ、香水臭くて嫌いだ!」
確かにアンジュはいつも香水をつけている。さすが山猫獣人。狼獣人ほどじゃないって言うけどしっかり言い当ててきた。
「違うもん」
仰向けになって誤魔化すために枕で顔を隠した。
「違くないだろ。もしかして一晩ずっとあの偉そうな国王と一緒にいたのか!? なんか変なことされてないだろうな!?」
「されてない!」
枕をぶん投げる勢いでどかして精一杯否定する。そうだよ。夜の間はきっと何もされていないはず。でも……キスされておなかを舐めまわされた。
「怪しいな……」
鼻をヒクヒクとさせて匂いを嗅いでくる。猫みたいに可愛げのある整った顔がおなかの辺りで止まった。
「腹が一番匂う。見せてみろよ」
うそ。止めようとした僕の手を山猫獣人の俊敏な動きでかわしてゆるシャツを捲られた。
「あ! 青痣になってるじゃんか! これどうした!」
「えと。よく覚えてないんだけど昨日、殴られたみたいでさ?」
「なんだって? ジュリを殴った? そいつどうした!? 今すぐ引っ掻きに行って咬みついてやる!」
ほんとに飛び出しかねない勢い。僕のことを思ってくれるその気持ちは嬉しいよ。
「ああ。憲兵隊に捕まってもう牢屋に入れられてるみたいだよ」
「殴られて青痣になるなんてらしくないな。大体にしてワインをあれだけ飲み干して酔っ払いすぎなんだよ!」
アミックの言う通りだからなんにも言い返せない。ここは素直に謝っておこう。
「はい。ごめんなさい。以後注意します」
「まったく。帰ってきてれば俺がしっかり介抱してやったのに。今度からは度を越した行動はしないでちゃんと帰ってこいよ!」
「はい」
介抱ってアミックは優しいなあ。ちゃんといつも心配してくれるんだよなあ。いい幼馴染をしてくれてる。持つべきものは頼りになる友人だね。と、自分にも言い聞かせておく。
「でも放っておけないから舐めて治してやるよ」
「ええ!? アミックも!?」
獣族のその判断早いね!? 獣族ってみんなそうなの!?
「もってなんだ?」
いつも僕に優しいアミックが静かに怒ってる。気性が荒い山猫獣人なのに逆に怖い。
「いやあの。もう、もういいの! そんな必要ないの!」
捲られたゆるシャツを元に戻そうとしたのにさらに捲られてはだけた。僕の鍛えたそれなりの胸板にアミックの視線が移ったと思ったら手を置かれて体を押さえつけられた。
「怪我は早くに対処しないと良くないからな。獣族は傷を舐めて治すんだ。おとなしくしてろ」
アミックの目が据わってる。僕のおなかにある青痣を見据えてすっかり保護者みたいな顔つきになってる。これあれだ。ちゃんと善意の気持ちで心配してくれてるんだ。そうだよね。きっとそうだよね。だけどそんなことされるのは。
「それはもうアンジュにしてもらったから!」
ギギっと軋むような動きでアミックの首が回って僕を睨んでる。ひい。怖い。
「なんだって? ほほう。それなら俺が舐めて治してもいいよな? 上書きしてやる!」
「上書き!?」
頭突きのような勢いでアミックの唇が僕のおなかに着地した。アンジュと違ってあっちに行ったりこっちに行ったりしない。
まるで母猫が子猫を舐めるように。優しく愛情を込めて親子の絆を深めるように。アミックはほんとに僕のことを大事にしてくれてるんだなあ。きっとアミックも愛情いっぱいに母親から同じようにしてもらったんだろう。そう思うとあたたかい気持ちになる。
ん? ということは? もしかして少し乱暴だったアンジュにはそういう経験がないのかも?
アンジュの子ども時代の事は聞いた事がないから聞いてみたい。きっとやんちゃだったのかな? そんなことを思ってたら、チュパチュパという音が聞こえてきた。子猫が母猫のミルクを求めるように青痣に吸い付いてくる。
「アミック!?」
僕の声を無視して無心で続けてる。猫特有の集中力。これ完全に子ども返りしてるでしょ。母猫に甘えるような顔になってる。猫は授乳の必要がない大人になっても安心を求めて手のひらや指に吸い付いてくることがある。きっとそれだ。
青痣に吸い付くアミックの表情は穏やかそのものだし、しばらく好きにさせてやるかなあ。でもちょっと、アンジュに可愛いと言われたしっぽが反応してしまってる。だってアンジュにもされてたし。アミックは大事な友達で幼馴染なのにー。
半ばあきらめて放っておいたらアミックの頭が上に移動してきた。それなりに厚い胸板の先端に行きあたる。
「ちょっと!? 僕は母猫じゃないからね!?」
なんて言ったけど止まらない。感じたことのない刺激に山猫耳ごとアミックの頭を抱えてしまう。静かに、荒い吐息が漏れる。
母猫の愛情を求める終わらない行いに僕の体が反応する。いつの間にかベッドの上に乗って僕に密着しているアミックのぬくもりが心地いい。
アミックの山猫しっぽがピンと天井に向かってまっすぐ立っている。
長い抱擁と幸福感が果てしない。両足のつま先にピンと伝わると体が打ち震えていた。だぼだぼのハーフパンツは乾いたままだったのに。初めての感覚だった。
そして……アミックはベッドの上でとても満足そうに可愛い寝息を立てていた。昨日は遅番で今日は早番だったから眠かったんだろう。幸せそうなアミックを見つめる僕の顔はひたすら熱に冒されていた。
「アミックのばか……僕は猫じゃないのに」
猫みたいな可愛い顔に言葉を投げ捨てる。明日の朝、どんな顔してアミックを見ればいいんだよ。自分が何したか分かってるのかよ。
アミックを起こさないようにゆっくりベッドを降りて脱いだ服をかごの中に放り投げる。シャワー室で熱い飛沫を浴びる。すっかり汗だくになった素肌に心地いい。僕はまだ……熱いままだった。
「このままじゃ寝れないよ」
シャワーを浴びながらアンジュのたくましい胸板と金色の瞳を心に思い浮かべていた。アミックの親しみのこもった笑顔もちらつく。荒い息が吐かれて、排水溝に行き場のない熱い想いが流れていく。レクスに会いたい。
このアパートメントは王都に引っ越してきてから三度目の場所。そこそこ高給取りになった僕は、王都の中心地に構えるシャワーのある部屋に引っ越してきたんだ。僕から離れないアミックと一緒に。
魔法と魔導で発展したこの世界はものによって技術差が激しい。僕が魔導書の情報を元に製品化した冷蔵装置のようなものはなかったのに上下水道はあったりする。熱を加える魔道具もその一つで魔導コンロや給湯器もあるから不思議だ。
体をタオルで拭いて寝巻きを着た。
「もう寝よう」
アミックと共用している少し大きめのベッド。アミックを起こさないように隣に寝転がる。
「アミックのばか」
アミックの山猫耳の耳毛をチョンチョンしたらパタパタと高速で揺れ動いてる。
「ふふ」
明日は侯爵令嬢と初めて顔を合わす日だ。
つまりお見合い。
どうやって断ろう。そんなことを思いながら眠りについた。




