2もふ 騎士叙勲の儀式
「簡易であるが王陛下に代わって叙爵式を執り行う。ジュリアン・タイラー。貴殿に男爵、並びに騎士としての地位を叙爵する。王陛下に忠心を持って仕えるが良い」
かしずく僕に対して目の前の騎士が剣を構えて騎士叙勲の儀式を行なっている。
青天の霹靂だった。地方の村の薄汚れた黒忌み子に爵位が与えられるなんて誰も予想をしていなかった。領地などを与えられることはなかったけれど、この時から僕はこの村でもっとも地位のある存在へと成り上がったのだ。恐れに畏れが加わって僕の立ち位置はさらに微妙なものになったけど。
「は。この身に余る光栄と存じます。粉骨砕身、魂までも王陛下にお仕えすることを誓います」
叙爵に対してどんな風に応えるのが正解か分からなかった僕。前世の記憶を元にそれらしい言葉を並べただけだったけど、使者の貴族に大層気に入られた。
なぜか両親まで褒められて褒賞まで与えられていた。それはもう喜んでいて厄介者だった僕が生まれて初めて役に立った瞬間だった。
そんな両親にふっと嘆息を吐いていた騎士を見て思った。もしかしたらだけど、両親の僕を見る目に何かを感じとってくれたのかもしれないと。それだけじゃない。僕の顔には叩かれた痣や石をぶつけられた痕もあるし、着ている服はみんなに比べてボロボロだ。単純に同情を買っただけということもあるかもしれないけど。
「村の子どもがここまで立派なことを口にするとは思わなかった。名乗りが遅くなってすまない。私はバロン。お嬢様に仕える騎士であり貴殿と同じ男爵だ。私は田舎育ちの貴族故あまり堅苦しいのは好まない。子ども相手に仰々しく話すのも疲れるしな。畏まらず今まで通り話せばいい。そんなわけでよろしくなジュリアン」
騎士隊服に身を包むバロンと名乗った男がニヤリと笑いながら器用に片目を瞑る。うーん、かっこいい。様になってるなあ。どうやら気さくな性質らしい。
栗毛の巻毛を短く切り揃えて、なかなかに見目麗しい。美丈夫なのに立ち居振る舞いが騎士らしくなくてもったいない。見た感じ10代後半かな?
「ジュリって呼んでください。みんなからはそう呼ばれてます。僕は何をすればいいんでしょう?」
「さっそくで申し訳ないが今日から屋敷に住み込みできてもらう。詳細は屋敷で話そう。ジュリ、すぐに支度をしてくるが良い」
窮屈な思いをしていた家から出られる。僕をいじめる兄姉弟妹たちと離れられる。それだけでも嬉しいことだった。
すぐに荷物を用意する。とは言っても何にもないけど。だから……
「僕の荷物はこの体だけです」
「そうか……さて。貴殿らの息子はめでたく貴族の仲間入りを果たした。そこでとある問題が発生する。タイラー男爵の体にはいくつもの怪我があるようだが? これは誰の手によるものかな?」
騎士様の冷ややかな瞳。僕の両親と隣部屋から覗いていた子どもたちに刺すように向けられていた。父と母が手にしていた褒賞を床に落とした。さっきまで有頂天だった表情が怯えた顔になっている。やっぱりさっきのため息はそう言う意味だったんだ。
この痣は父や兄から受けたものだし、母は父の暴力を見ても我関せずを貫いていた。
両腕の黒々とした魔力紋と黒い髪と瞳のせいで僕のことを忌み嫌っているから当然だ。母なんてなんでこんな子どもを産んでしまったのかと泣くほどだし、父はそれを大いに責めた。石をぶつけてくるのは他所の家の奴らだけど。
そりゃあ辛い思いをしてきた。辛い思いはしてきたけどさ? 食事は与えられたしここまで育ててくれたのは間違いないし? 僕の性根が歪むほどにまではなってないし? 恨んではいるけどさ? 別にやり返したいとは思わないんだ。このまま時間が経っていたらどうなってたか知らないけど。それこそ魔王にでもなっちゃうんじゃない?
「バロン様。これは僕が転んだり仕事でヘマをしてできた傷です。だから僕の両親も他の誰も何もしていないし悪いことはありません」
僕の言い分に目を丸くする騎士様。
「いいのか?」
「何がですか?」
「ふ。ふふふ。あはははは。大した子どもだよ。気に入った。ジュリ。キミは素敵だ。きっとお嬢様の良い友人になれる」
心底愉快そうに美丈夫が笑っている。笑顔が可愛いくらいだ。
「今後、タイラー男爵に何かあれば容赦はしない。他の家の者にもそう伝えておけ。いいな」
こくこくと頷く両親と隣の部屋から覗いている兄姉弟妹たちも青ざめているようだった。
「先に出ている」
騎士様が僕に一言残して家から出て行った。少し時間をくれたのかな?
「えーと。これまで僕を育ててくれてありがとうございました。僕はこれから新しい場所でがんばりたいと思います。さようなら」
ぺこりとお辞儀をしてから家を出る。ちょっとお利口さんすぎたかな? でも恨み言を言ってお別れするのも嫌だったんだ。一番年下の弟だけは僕を嫌ってはいなかったから少し気になった。家を出ると騎士様と従者らしき人が数人と騎馬が待っていた。
「さあ。おいで」
「はい。バロン様」
バロン様に脇の下を持たれ抱き上げられて馬に乗る。バロン様が後ろに乗ってゆっくりと進み始めた。バロン様の他にお付きの人たちが追従する。騎馬に乗るのは初めてだ。尻に感じる突き上げるような初めての衝撃と馬の高さに驚くばかりだった。
「はは。馬は初めてか?」
「はい。バロン様」
「親兄弟と離れて寂しくないか?」
「はい。バロン様」
「これからお嬢様のいる屋敷に向かうぞ」
「はい。バロン様」
「もう少しすると小川があるからそこでジュリの顔を洗おう」
「はい。バロン様」
「お嬢様に会う前に綺麗にしないとな」
「はい。バロン様」
「同じことしか言わないし、どうも固いな? 俺のことは様はつけなくていい。バロンと呼んでくれないか? そうだな。これは命令だ」
「え!? そんなの無理です!」
「ついでに敬語もなしだ」
「ええ!? 小さな村の子どもにそんな無茶振りしないでください!」
「どうもジュリと話しているとそう歳ばえが変わらない気がしてな? とにかくタメ口でいいさ。な?」
「却下です!」
「意志が固いな? 言うことを聞かないと……」
僕の脇の下にバロンの手が潜り込んできた。
「や、やめ! あははははは! くすぐったい! やめ! やあ!」
「じゃあなんて言うんだ?」
「こんなのずるいよ!」
「ほらほら。馬の上で危ないぞ? 早く言わないとやめないぞ?」
くすぐりに加えて僕の耳にふっと息が吹きかけられる。
「バ、バロン!」
「よろしい」
子どもの体はくすぐりに弱い。くすぐりが終わって後ろを見上げる涙目の僕にまたも器用なウインクを送ってきて頭をぽんぽんと撫でてくる。いやいや。バロンが良くても従者や他の貴族に示しがつかなくない? まあいいや。くすぐりはもう嫌だし、ここで機嫌を損ねてもなんだし言うことを聞いておこう。
「それじゃあバロン。よろしく」
「こちらこそよろしく。それにしてもジュリは美人だな。その黒曜石と見紛うばかりの黒髪に黒い瞳がなんとも美しい。言い方は悪いかも知れないが薄汚れているのに顔立ちも整って初めて見た時は思わず息を飲み込んだくらいだ。今は幼くて可愛いくらいだが、いずれは眉目秀麗という言葉が相応しいくらいの美男になりそうだ」
僕の頭をまたぽんぽんと撫でてくる。
僕自身は黒髪に黒い瞳を持つものに出会ったことがない。この国で黒い色は忌み嫌われるというのに美しいなんて変な奴。
「バロンもなかなかの美男だと思うよ? 僕が女子だったら心臓が撃ち抜かれてイチコロだったね」
「ん? 言ってくれるじゃないか。ははははっ!」
おおう。バロンがこれでもかと言うくらいに愉快そうに大笑いしている。うん。気さくなバロンは話しやすいし信頼もできそうだ。何よりも僕の両腕の魔力紋を見ても目の色がまったく変わらない。これからは本物の兄貴のつもりでいさせてもらおう。
「バロンて歳いくつなの?」
「俺か? 14だ」
「ええ? 背が高いし、もっと上かと思った」
「そうか? ほらもうすぐ屋敷だ」
村から少し離れた場所にある貴族の別荘はもうすぐそこだ。今日から新しい暮らしが始まるのか。
そして出会う。
役割を与えられた僕は出会った。
息を飲むほどに儚く謎めいた美しさを持つ可憐な少女と。
白銀狼獣人の少女レクスとの出会いだった。
そして。
出会うその時からかなりの長い間。
レクスが少女ではなく男の子であることを僕が知ることはなかったんだ。




