1もふ 能力鑑定の儀式
これは、王都で司書として働くことになる僕ジュリアン・タイラーと、この国の王となる俺様狼王が恋に落ちる物語である。
高い山と深い森に囲まれた小国ベスティア。冷帯でありながら四季の変化に富んだ国だ。
北東部は白く輝くほどに化粧された美しい稜線が連なる山々に囲まれている。
一年を通じて気温が低く雪に覆われる期間が長い。山に近いほど生き物が生きるにはあまり適していないし、劣悪な環境でも耐性の高い針葉樹の森が広がっていて深い緑に覆われている。
それでもここで暮らすのは、生まれた地として愛着を持って育ち郷土愛に想いを馳せているからだろう。
少し南に移動すると標高が低くなり針葉樹と落葉樹が混在する混合樹林が広がっている。多様な生き物も暮らしているけれどやっぱり冬は長くて同じように厳しい。
こんな寒々しいこの地域でも夏になると、ほどよく暖かくなって暑さから逃れるために避暑地として利用されるくらいに人気のある土地だ。
そう。例えば王侯貴族にも。
「ジュリ! 待って!」
「大丈夫。ちゃんと待ってるよ」
ゆるく波を打つ白銀の長髪を靡かせながら駈けてくるのは少女。僕とレクスは牧草地で追いかけっこをしていた。追いかけっこをしているのに待ってと言うのも変だけど。
膝丈ほどのスカートの穴から飛び出たふさふさの銀色しっぽが揺れている。息を切らせながら僕に追いついた少女の頭にはかわいい狼の耳がにょっきりと生えていた。膝に手を当ててしゃがむ少女の呼吸が落ち着くのを待っていると……耳から生える長い耳毛が気になってついちょんちょんと指を入れていた。
「もう! こそばいよ!」
「ごめんレクス。つい」
レクスが顔を赤くして怒っている。幼いとはいえ、獣族の耳やしっぽに触れる行為は親愛以上の意味を持っているから。いけない。転生する前の知識でシベリアンハスキーのことを思い出して余計なことをしてしまった。
「ジュリは大事な人だからいいけどさ」
優しい笑顔が可憐でかわいい。金色の瞳はまるで心が吸い込まれるように輝いている。体の一部にある銀色の毛皮は金色の瞳とは対照的で、太陽の光を受けて白銀に煌めいていた。
まだ9歳になる頃だというのに幼さを残しつつ美しく端麗な顔立ちをしている。悪い大人に見つかれば間違いなく攫われる。獣族の美男美少女は恐ろしく価値が高く人族が支配するような他国では法外な値段で売買される。
僕が聞いている話では貴族の間で美術品のように大事に扱われることが多いのでそうそう酷い目に遭うことはないと言う。でもそんな都合のいい話ばかりはないと思う。
なぜそんな話を知っているかと言えば、僕がこの少女の世話係でもあるから。貴族のこの子から間違ってでも目を離すわけにはいかない。
それなのにこの子を守るべき騎士や護衛は遠巻きにしているだけ。それはこの避暑地が奥深く自然の地形からくる堅牢さで他国からの不届ものを寄せ付けないからという訳だけど。
「こほっこほっ」
レクスが咳き込み始めた。顔から血の気が引いてふらつき始めている。その様子を見て遠巻きにしている護衛たちが心配そうにこちらを伺っている。だけど心配しなくても問題ない。僕がいるから。
「今日はいつもよりだいぶ間隔が短いね。大丈夫?」
「うん。ジュリの魔力をもらえれば」
上目遣いで僕を覗き見る二つ年下のレクスが弱々しくとても可愛くてうっかり顔が赤くなってしまう。
「座って」
牧草地を囲う低い柵に座らせる。
彼女の小さな両手と僕の両手を繋ぐ。僕の魔力をレクスに流し込むためだ。あまり効率の良いやり方だと感じたことがない。
ほんとは他にもっといい方法があると言うのだけど、大人になるまでは秘密と決して誰も教えてくれない。だけどね。僕はその方法を……その、えーと、知ってるかもしれない。
レクスに魔力を供給するのには訳がある。彼女は生まれつき虚弱で常に魔力が枯渇しているのだ。本来、獣族は人族よりも力と魔力に優れているのにも関わらずだ。
それは彼女が持って生まれた呪いとも言うべき咎が関係している。
僕は人族でありながら魔力がとてつもなく多い。それはきっと日本から異世界転生した時の恩恵の一つで……
「すぐに魔力を高めるからちょっと待ってね」
「うん」
転生前の名前は多比良樹里という名前だった。そして今はジュリアン・タイラー。レクスの二つ上の11歳になる年。なぜか名前の響きがほぼ同じ。不思議なものだ。転生前の人生はそう長いものじゃなかった気がする。おそらく20から25か、性別もはっきり覚えてない。
転生前の知識がそうある訳でもなく心も精神年齢も今の体のままだと思ってる。そのせいか体を鍛えるとか魔法を鍛えるとか、そんな発想はまるでなかった。よく覚えていないからどうしようもない。
その代わりになぜか読み書きなどの言語についてはとにかく理解が早くて幼い頃から何をするにも習熟が早かった。かと言ってそこまで上達はしない。器用貧乏というやつだ。村に住む偏屈な男が所蔵する本を読むのが唯一の楽しみ。
体内の魔力が安定して流れ始めた。僕の両腕に刻まれた魔力紋が黒々しくはっきりと浮かび上がっていく。これで効率よく魔力を供給できる。
「怖くない?」
「またそんなこと言ってる。全然怖くないよ!」
レクスの瞳は純粋なものでまったくくすんでいない。僕のことを心から信頼してくれている。そんなレクスの心に触れると僕の心はふんわりと安らぐ。
怖いと聞いてしまうのには理由がある。僕の腕に黒々と刻まれた魔力紋と黒い髪と瞳は村人から忌み嫌われているから。
黒を持つものは黒忌み子。
この国にとって黒はそういうものだ。村人だけじゃない。家族からもだ。生まれた時からあった黒い痣はまるで悪魔の紋様のように禍々しく見えるようで人々から恐れられるものだった。
日本に生きていた僕も正直これはないだろと思うくらい。これのせいで村人から石を投げられ、仲間外れにされ、どれだけいじめられてきたことか。
それでも食いっぱぐれることなく成長できたのは、この国で9歳になると必ず行われる能力鑑定の儀式があったからだ。鑑定された個々の能力の質や素養によっては国の役職に重用されたりすることもある。
両親からして恐れはあってもこの腕に何か期待することでもあったのだろう。そのおかげで僕の中にある膨大な魔力の存在が判明してこうして役割を与えられている。きっと親にはそれなりの対価が支払われているだろう。にも関わらず、いまだに怖がられているのも事実だった。
「魔力を注ぐよ。いい?」
「うん……ん」
身震いするレクスの白い肌が赤く紅潮していく。魔力が滞りなく供給できている証だ。三十を数えるほどにはしっかり供給が終わっていた。これで半日は元気に活動できるだろう。
レクスは魔力を供給しないと半日しか持たない。僕以外の誰かがレクスに供給をしたとしても半日も持たない。良くて二時間程度だ。恐らくだけどレクスの魔力容量は僕を遥かに超えるくらいに多い。それなのに魔力量自体は少なく、普段から魔力を垂れ流している量がとてつもなく多いと予想している。
だからすぐに魔力枯渇に陥ってしまう。魔力枯渇で死ぬことは稀とは言われているけれど、一日中、毎日続くとなると話は別だ。日々の生活もままならないし病に対する抵抗力も低下して死の危険と隣り合わせることが間違いなく多くなる。僕と出会うまで良く生きていたものだと思う。
「ありがとうジュリ!」
「はは。元気になって良かった。ごめんな。もっと早くに気がつけば良かった」
「ううん!」
飛び上がるように僕に抱きつくレクスがあったかい。すっかり元気になった愛らしい姿を見てほっとする。遠巻きにしている騎士たちも問題のない結果に安心している。
こんな風に素早く魔力供給ができるようになるまでどれだけ努力したことか。そして僕に向けられたこの満面の笑顔に何度救われてきたことか。
息を飲むほどに儚く謎めいた美しさを持つ白銀狼獣人の少女レクス。
僕はこの時もずっと、レクスの事を少女だと思っていた。
話は少し遡る。二年くらい前のこと。
黒忌み子として村人から嫌われてきた僕が、性根から心が歪みそうと弱気になっていた頃。長い冬が終わる時期に行われた能力鑑定の儀式後、ほんの一週間足らずで僕の家に貴族の使者がやってきたんだ。




