18もふ ショート丈のゆるいペチパンツ
「痛ってえな! おい。人にぶつかっておいてご挨拶もなしか? って、黒髪に黒目かよ。黒忌み子ってやつか」
「この国で黒は初めて見たな」
「よそでも珍しいっちゃ珍しいけどな」
ぶつかったのは男二人のうちの一人だった。フラついて下を向く僕の頭を、それなりに身なりの良いいかつい男二人がじろじろ見てる。外国からきたのかな? やっぱり黒はベスティアにいないらしい。人族も獣族も黒を持つものはいない。
「なんだよー。僕の髪と目になんか文句あるのかー!」
酔ってなければこんな風に容姿について食ってかかるようなことはしないんだけど。それに国立魔導図書館から直接きたから帽子を用意してもいなかった。
「おっと! 何をしなだれかかってんだよ!」
「フラフラじゃねぇか。かなり酒飲んでやがる」
意識が朦朧とし始める中、自分の体を支えられなくて見知らぬ男に寄りかかっていた。腕を掴まれて体を引き上げられる。
「……おい。こいつの顔見ろよ」
「ああん? おお。こりゃまた……上玉だな」
「黒は希少だしよ。歳も若いし、こいつは他国の貴族に高く売れそうだ」
若い? 僕は今年で23だぞ。そりゃ童顔なせいで歳よりも若く見られるけどさ。
国によって合法非合法な人身売買がある。この国ベスティアでは違法になっているけど、他国の奴隷商による拉致誘拐が問題になることがある。黒が希少って考え方次第だね?
「声がでけぇ。静かにしろ。攫っちまうか?」
「そうだな。こんな貧相な服着てるような奴なら問題ないだろ」
「ついでにヤっちまおう」
「へへ。いいなそれ」
二人がこそこそと話し始めた。ヤるって何を? 僕が今着ている服装はいつものゆるめのシャツにダボダボのハーフパンツ。まあ言ってしまえばしょぼい。よくこんな格好であのレストランに入れたものだ。さすが王様の威光は強い。あれ? 司書のローブどうしたっけ? アンジュが持ってきてくれるかな?
「こんだけの上玉、食わねぇ手はねぇよな」
「いいとこ連れっててやるよ」
「いいとこって何ー? 僕はー。アン……」
話し終える前におなかに強い衝撃があった。殴られて僕の体がくの字になる。他人には殴っている光景が分からないように一人が壁になっていた。フラついていた体が倒れそうになる。
「おっと。大丈夫ですかい坊っちゃん」
「こいつはいけねぇ! 介抱して差し上げねぇと!」
「失礼しますよ」
それでも異様なやり取りに気づいた通行人が少しざわついているけど、僕の頭が黒いせいか遠巻きにしているだけだった。これがもしも黒じゃなかったらきっと誰かが心配して声をかけていたかもしれない。意識を失いそうになる僕の体が持ち上げられそうになる。
「貴様ら。俺のジュリに何をしている?」
「何って……げ!?」
「な、何もしてません!」
レストランから出てきたばかりのアンジュの姿を捉えた途端に及び腰になる男二人。王にだけ許されたロングケープコートはやっぱり外国人にも効果があるみたい。こんな夜の繁華街に王様が現れるなんてこの国くらいだよね?
「何もしてないわけがなかろう。俺の目の前で俺のジュリを拐かそうとはやってくれる。しかも奴隷商とはな……」
「いや! 俺たちは!」
「ふはは! 逃がさん!」
俊敏という言葉では足りなかった。踏み込んだ脚の音が轟くほど。疾風のような動きだった。
逃げようとした男との距離を豪快に詰めて回り込むと、みぞおちに重そうな掌底を決める。
続いて、僕を盾にしようとしたもう一人の男の後頭部に飛び後ろ回し蹴りが炸裂していた。僕の頭上を疾る白い脚が流星のような軌跡を描いていた。
男二人はアンジュの一撃で見事に気を失って昏倒している。
繁華街の灯りに照らされて煌めく装飾品。ロングケープコートを翻しながら戦う姿はとても輝いて見えた。見惚れてるのは僕だけじゃない。
放り投げられるように手放された僕の体がアンジュの厚い胸板に軟着地。僕の心臓が跳ねた。
「わー。アンジュかっこいいなー」
「ふ。ジュリは可愛いな。ふはは! もっと俺を褒めろ! そこの者! 憲兵を呼べ!」
アンジュの威圧的な呼びかけで男性が慌てて憲兵隊の詰め所に向かって行った。
可愛いと言われてドギマギするー。なんだよー。変なこと言うなよなー。
「まったく油断も隙もない。囮捜査でもあるまいに。偶然とはいえジュリの魅力が用心深い奴隷商の心の隙をついたな。いい機会だ。俺の民を食い物にしてきた奴らなぞ根こそぎ一網打尽にしてくれる!」
わあ。アンジュったらやる気だあ。がんばってねー。僕もう限界ー。
「ジュリ。ジュリ。寝てしまったか? さて、あいつらがいる王城にジュリを連れて行くわけにはいかんし、どうするか……」
アンジュが路地裏の逢い引き宿の看板と高級ホテルの看板を見比べていたなんて意識を失った僕には知る由もなく。アンジュのたくましい腕の中、お姫様抱っこで運ばれていた。
「ん。ううん」
背中に柔らかい感触。ふわふわとした弾力が心地良い。
「ジュリ。目が覚めたか? ベッドに横になってろ」
「んー」
ベッド? ここベッドなの? どうりで気持ちいいわけだー。
「ダメか。寝ぼけてるな? ブーツを脱がすぞ」
まともに意識のない僕の足が持ち上げられて両足ともブーツが丁寧に脱がされて靴下もとられた。持ち上げられた僕の足の甲をすんすんとアンジュの鼻が嗅いでいる。そういうとこイヌとかオオカミっぽいよね。だぼっとしたハーフパンツも下ろされた。
「ジュリ。水を飲むか?」
「いらないー」
「水差しとグラスを置いておくからな。俺はシャワーを浴びてくる」
「んー」
衣が擦れる音が聞こえる。パタリと扉の閉まる音が聞こえた。
シャワーかあ。シャワーいいなあ。僕もあったかいお湯を頭から全身に浴びたいなあ。
水の弾ける音が耳に心地いい。
「ジュリ? 寝たか。ふ。可愛い寝顔だな」
かろうじて僕の耳に聞こえる声が優しい。僕の頭の横で誰かが腰掛けてる。僕って可愛いの?
「そんな無防備な顔をしていると襲ってしまうぞ」
襲うって何ー?
「……ジュリ。俺は寝込みを襲うような愚かな真似はしないぞ。だが、頬にキスくらいはさせてもらおう。悪漢から助けた礼としてな」
僕の頬に優しさと柔らかさを感じるあたたかいものが触れた。
「ふふ。少し違うがいつかとは逆だな。しかしジュリに縁談話ももってくるとはな。シュルードの思惑通りにはなるものか。明日から覚悟しておけ、ジュリ。今日はおやすみ。俺の可愛いジュリ」
もう一度。僕のおでこに柔らかい感触がした。もう僕の耳には何も聞こえていない。でも……心臓の音が聞こえた気がする。
夢を見た。成長したレクスと再会する夢。レクスの小さな頭を抱えて額にキスをする夢。ううん。夢じゃない。これはきっと現実。
「レクス……大きくなったね」
レクスの甘い匂いを感じながら。ゆるく波打つ白銀の長髪を撫でていた。柔らかいベッドの上で。
「……あれ? ここどこだ?」
目を覚ました僕の視線が天井に向いた。見覚えのない天井に首を傾げようとしたけどできない。それにしてもあったかくて気持ちいいな。まるで人肌のあたたかさ……ん? 傾げようとした頭にも感触がある? 少し上体をそらしてその方向に視線を送ると……
「アンジュ!? ていうかなんで一緒のベッド!?」
掛け布をばさっとめくった。服を着たままの僕とぴったり密着していた裸のアンジュ。頭を僕の腕に乗せて、僕の顔がぴったりと白銀の頭にくっついていたらしい。
「おはよう。ジュリ」
銀色の長いまつ毛がゆっくりと開いて吸い込まれそうな金色の瞳が僕を捉えて微笑んでる。まるでレクスに微笑まれたような錯覚を覚える。
ていうか! 僕の肩に腕を回されてがっちりホールドされた。
「なんで裸で寝てるの!?」
「俺はいつも寝る時は下履き一枚だ。俺は大きいだろ?」
や。それは夢の中のレクスに言ったんだけど。あ。ほんとだ。パンツ履いてる。ショート丈のゆるくてシンプルなペチパンツ……ちょっと。目のやり場に困るんですけど。なんでそんなに大きいの! あ、男なら当然の朝の生理現象だよね。うん。健康な証拠。
「ジュリのしっぽは可愛いな」
「え? 僕にしっぽはないよ?」
立て肘をつくアンジュの視線が下を向いてる。あ。僕もアンジュの事を言えなかった。ていうかハーフパンツ履いてない。なんで下着?
「可愛くてごめんね!?」
「ふ。それはそれでいいと思うが?」
アンジュの銀色のふさふさの狼しっぽが僕のしっぽをしゅるりと撫でた。背筋に伝わる熱。
「や……ちょ!? いいから服を着て! 今何時!?」
くう。テーブルにあった置き時計を見るともう12時を回っていた。僕の顔からさあっと血の気が引いていく。
「うそ」
僕のしっぽが一気にしゅんとなった。
「いっそのこと食べてしまいたい」
「お昼を食べてる時間はないよ! 急がなきゃ!」
アンジュの腕を解いて上半身を起こそうとしたのに押さえられた。アンジュが両手をついて僕に覆い被さるように見下ろしている。
「どうしたの? 早く仕事に行かないといけないのに」
「ジュリ。一晩は我慢した。可愛い寝顔にどれだけ悩まされたことか」
我慢? 可愛いって何?
「額へのキス。嬉しかったぞ。これはお返しだ」
キスなんてしてないよ? アンジュの顔が迫ってくる。何をされようとしているのか理解できなかった。
「何を……」
僕の開いた口に重なるあたたかく艶やかな唇。僕の心を甘くくすぐる懐かしい匂いを感じて体がぞくりと震えた。遠い昔に嗅いだような甘い香り。
「ん」
僕はこのキスを知っている。
絡み合うような……熱い口付けを。
頭の中と体が焼けるようだった。
熱くて汗が滲んでくる。
しばらくして離れていく唇から言葉が紡がれた。
「ジュリ。俺はもう遠慮をしない。今日から覚悟しろ」
覚悟って何? 濃厚なキスをされて頭がぼーっとする。王衣に袖を通すアンジュの熱を帯びた瞳を見つめ返していた。




