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17/26

17もふ 俺のメインディッシュ

「チコリーか……俺は苦い野菜は嫌いだ」


メインディッシュの肉料理に付け合わせとして添えられていた野菜にフォークを突き刺して目の前でくるくる回してる。ほんとに嫌そーな顔で睨んでる。

チコリーの旬は冬だけど根っこを冷凍保存して必要な分だけ暗室で通年栽培している。日光を遮って育ててるから甘みが増して苦味が和らいでいるはずなんだけど。


「あはは。そこまで苦くはないでしょー。好き嫌いしないでちゃんと食べないと成長しないよー」

「俺はこれ以上でかくなりたくないんだが」

「アンジュは人一倍背が高いからねー。僕ももっとおっきくなりたかったなー」


さっきから語尾が伸び気味。ちょっと飲み過ぎてるかな? レクスもきっと成長してる。僕の方が背が低かったらちょっとへこむかも。


「それならジュリに食わせてやる」


僕の口の中にチコリーが突っ込まれた。なんだかこのやりとりは懐かしいな。レクスも苦いものが嫌いで代わりに食べさせられていたっけ。苦味を味わうヒマもないままごくりと飲み込んで、すぐに牛肉を一口放り込んでワインを流し込んでた。


「うまいのか?」

「う、うん。ほろ苦くてメインディッシュの牛肉に合うしとってもおいしいよー」


アンジュから向けられた視線にちょっと胸がどきりとしていたから焦ってしまった。

なんでこんなに心臓がうるさいんだ。

理由は少し分かってる。アンジュを見ているとレクスを思い出すからだ。好き嫌いは似てるし、ころころ変わる表情や仕草も似てる。僕はレクスの面影をアンジュに重ねている。


ゆるく波打つ白銀の長髪がさらりと揺れる度にボクの心を惑わせる。楽しそうに笑うその金色の瞳に鼓動の高鳴りが抑えられない。

いつもはそうでもないのになぜか今日は心が落ち着かない。そのせいでワイングラスに手がのびる。縁談話のせいかも?


「戴冠してもう二年も経つんだよね。アンジュさー。王様やめちゃった方がいいんじゃない? ほんとはなりたくなかったんでしょー?」


お祝いの席なのに辞める話をしてどうするんだ。でも前から気になってたしうっかり口にしていた。


「ほんとはな。……だがやめられない理由がある」


アンジュの瞳に少し影が差した。不安そうな顔はアンジュがあまり見せない表情だ。


「理由? どんなのさ? あ! 腹黒宰相のせい!? 僕が言ってやろうかー? アンジュを解放しろー! ってさ」


くいっとグラスを傾けてワインを一気に飲み干す。


「ジュリ……今日はペースが早いな? ほとんど一人で飲んでるぞ?」

「あれ? そう?」


ワインボトルを見たら一本目がほとんどなくなってた。こんなに飲んだっけ?


「だってアンジュがどんどん注いでくれるんだもん。それとも何かな? 僕を酔わせてどうにかしたいのかなー?」


テーブルに両手をついて顔を突き出して聞いてみる。いやいや男同士だし。何を言ってるんだ僕は。んー。アンジュの姿がレクスと重なる。愛おしい。ちょっと飲み過ぎてるかな? こんなこと言ってアンジュを困らせてどうするんだ。今日はお祝いなんだから。


「ふ。どうにかしてやろうか? 俺のメインディッシュとしてな」


突き出す僕のあごにアンジュの骨ばった手が添えられた。僕を見つめる笑顔が艶っぽい。え? 僕の聞き間違い? 今の僕はだいぶ酔っていそうだけど……ちゃんと聞こえた。


「じょ、冗談に決まってるでしょ! そうそう。僕も腹黒宰相に文句が言いたいんだよね!」


僕の心臓が跳ねてた。アンジュも酔ってない? 話題を変えようと今日館長室で言われたことを思い出して腹が立ってきた。


「ん? またシュルードに何か言われたのか?」

「うん。僕にクションシュカ館長の養子になってどこかの侯爵令嬢と結婚しろってさ! 僕には心に決めた人がいるのに縁談なんてするわけないじゃん!」


「なんだと……俺というものがありながら縁談だと!」


ガタンと音を鳴らしながら席を立つアンジュの顔が色めきだってる。


「え? 俺というものがってアンジュは親友でしょ」

「う。いやまあそうだが。シュルードの奴。とうとう外堀を埋めようとしてきたか。くそ。これは……うかうかしてられんな」


外堀? なんのこと? 何をぶつぶつ言ってるの?


「アンジュはどうなのさ。前にも聞いたけど結婚しなくていいの?」

「言ってなかったがな。俺には心に決めた相手がいる」

「え? そうなの? 初耳。誰々!? 綺麗な人!? どんな人なのさ!」


アンジュにそんな人がいるなんてびっくり。ちょっと胸がざわってしたけどきっと気のせい。それよりもアンジュが好きになるような人がどんなか知りたい気持ちが強かった。


「そうだな……俺の命の恩人だ。とても凛々しくて頼りになって……王子様のような初恋の人だ」


「うわ! 命の恩人てすごいね! 初恋かあ。僕の相手も初恋の人なんだよねえ」

「ふふ。そうか。ジュリの相手も初恋か。それはいいな」


僕を見つめるアンジュの瞳がとても優しい。


「ん? 王子様? アンジュにそこまで言わせる女性かあ。とってもかっこいい人なんだろうなあ」


なんだか胸がツキンとするぞ? 


「例えだ」


例え? アンジュが遠い目をしてとっても懐かしそうな顔をしている。けっこう前の事なのかな?


「それはともかくだが……厨房からこちらを睨んでいる山猫がいるな?」

「え? あ。アミックだ」


厨房の出入り口から顔だけ覗かせてこっちをすごい睨んでる。まるで壁にかじりつきそうなすごい形相をしてる。シュッとしたしっぽがすっごい太くなってるし。小洒落たコックコートがよく似合ってる。下に着てるのはいつものぴちぴちスタイル。


「あ。殴られた」


料理長シェフと思われる獅子獣人の男性に思いっきりゲンコツもらってる。あ。首根っこ掴まれてる。壁にかじりついてこっちを見てる。あ。消えた。何がしたかったんだ?


デザートにバニラアイスクリームにコンポートした桃が添えられてラズベリーソースがかかっているピーチアイスが出てきた。甘い。とても甘い。そしてちょっと目が回る。あれ? ちょっと酔いが急に回ってきたかも?


「王陛下。本日のお食事はいかがでしたでしょうか」


食事が終わったところで、やっぱり料理長シェフだった獅子獣人が挨拶にやってきた。獅子だけあってたてがみのような髪が立派。邪魔にならないように三つ編みにして縛ってある。精悍な顔つきと可愛いリボンにギャップがある。


「最近王都で人気と聞いていたが聞きしに優ったな。各国の料理に精通する料理人などなかなかいるまい。外交の場でも活躍が期待できるほどの腕前。宮廷料理人として欲しいところだが民が許すまい。三つ星を保証しようじゃないか」

「ありがとうございます」


アンジュと料理のあれこれについて話し始めた。この料理長シェフは若い頃から各国に料理修行の旅をした後、この国が気に入って開業したということらしい。


「失礼ですがジュリアン・タイラー様では?」

「そうですよー」

「お噂はかねがね。タイラー様がご提供くださった魔導冷蔵技術のおかげで食材がしっかり貯蔵できます。おかげさまでレシピも多岐に渡りお客様に大変好評をいただいております。料理人を代表して感謝を申し上げます」


僕の黒い髪と瞳になんの抵抗もなさそう。さすがいろんな国に行ってるだけある。そもそもよその国の人なんだっけ?


「あははー。それはよかったですー」


司書になって割と最初の頃に発見した魔導書から製品化したものだ。おかげで特許ももらえて少しずつ収益になってるやつ。実は他にもいくつか特許をとっている。特許権はアンジュのお墨付き。権利の割合は100%じゃないけど。

初めて顔を合わす料理長シェフには聞きたいことがあった。


「ところでー。うちのアミックがお世話になってますがー。アミックが元々働いていたところの料理長と交流があったと聞いてますけどー。行方不明になってるんですー。何かご存知だったりしませんかー?」


「はい。存じております。私も彼の行方が気になっておりましたが……もう十数年も前の事。如何ともしがたく。申し訳ありません」

「ですよねー。ごめんなさい。この話はアミックから聞いてるんですけど自分の耳で聞きたくてー」


王都に引っ越してきて割とすぐに、この件についてはすでにアミックに聞いていてもらったんだ。きっと当時も今みたいに申し訳なさそうな表情をさせてしまったんだろう。

そして。料理長シェフの後ろからこっそりついてきていたアミックが僕にボソボソと耳打ちを始めた。


「ジュリ。なんで王様とうちにきたんだよ。聞いてなかったぞ」

「そうだっけー」

「そうだよ! お前そんなに酔って……今日はちゃんと帰ってこいよな!」

「うん? 明日は仕事だし、もちろん帰るに決まってるじゃーん」

「……心配だなあ」


僕から視線を外してキッとアンジュに怖い猫目で睨んでる。なんだか頭がふわふわするなあ?


「少々、躾のなっていない山猫がいるようだが?」

「あ! アミック! いつの間に! これは失礼いたしました。またのご来店を楽しみにしております」

「うにゃー!」


アミックが首根っこ掴まれて引きずられて行った。獅子と山猫って相性良さそうじゃない? 一緒に丸まって寝てる姿を想像したら笑っちゃった。


「ジュリ。おいで」

「うん」


アンジュに支えられて席を立つ。そしてカウンターでアンジュが支払いを始めた。僕が払うと言っても払わせてくれたことがないからもうあきらめてる。


「アンジュー。僕、先に外でに出て夜風にあたってるねー」

「気をつけるんだぞ」

「うーん」


ちょっと酔いを覚ましたかった。ふらふらと外に出る。夏の夜風がひんやりと心地いい。僕、食事の間に何をしゃべったっけ。ちゃんと覚えてるような覚えていないような。今すぐにでもベッドに転がりたい。


「うわ!?」


僕の肩に何かがぶつかった。

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