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16もふ 注がれたワイングラス

「ジュリ」


膨大な魔力を素に造る人造人形か。魔力以外にも必要なものがあるのか?


「ジュリ」


精神と素体は魔力と体組織の供給者に基づいて構成される? 精神ていうことは心があるの?


「ジュリ」


魔力と体組織を混成した核が必要? 核は供給者の体内で必要水準まで成長させる必要があると……この核が人造人形の心臓になって生命を得る。素体は魔力が徐々に変質して有機体を獲得して成長する?


「こんなの人と変わらないじゃん」


この魔導書の著者は元々なんのためにこんな研究してたんだろう。考えられるのは我が子を失った親が悲しみのあまりに禁忌とも言えそうな事を始めたか。それとも自分のクローンを創りたいと思ったか。魔導書のクリエイティブ性もすごいけどぶっ飛んでるなあ。人造で人を創造するか……独裁政権とか軍国主義者とか軍事利用にでもされたらたまったもんじゃないな。でも大量生産は難しそうだからそんな心配はないか。


「ジュリ!」


耳元で大きな声。肩をポンと叩かれた。振り向くと同僚の司書が呆れた顔で僕を見てる。


「ん? どうしたの?」

「どうしたのって相変わらずすごい集中力だな。そろそろ作業を終わらせなくていいのか? とっくに終業時刻を過ぎてるぞ」


言われて柱時計を見てみる。時計の針は17時59分を差していた。


「え? うわ!? もうこんな時間なの!? もう行かなきゃ! あ! でも片付けしなきゃ!」


作業台の上はとっ散らかったまま。


「しょうがないなあ。片付けは代わりにやっておくから行ってきな」

「ほんと! ありがと!」

「いつも色々助けてもらってるお礼だよ。王陛下とデートなんだろ?」


なんでまたデート? クションシュカ館長にも言われたし。


「やだなあ。デートじゃないよ。……でもやっぱり自分で片付けるから」


同僚が魔導書からバラしてある一枚の羊皮紙に手を出そうとしたところで、ふと思い直した。どんなに急いでても自分の仕事は中途半端にはできないと。


「そうか? ジュリは真面目だなあ。じゃあ道具の片付けくらいはやっとくよ」

「ありがとう!」


手早く、だけど丁寧に魔導書を手に取って鍵付きの僕専用保管庫に収める。しっかり鍵かけ指差し確認。これでよし。


「それじゃあ悪いけど後はよろしく!」

「おう。楽しんできな」


駆け足禁止の廊下を急ぎ足で進む。家に帰ってる時間がないなあ。あ。司書の制服になってるローブを羽織ったままだ。少しくらいは小綺麗な格好にしようと思っていたのに。でもしょうがないか。


待ち合わせは収穫祭や宗教祭なんかのフェスティバルが行われる王都の広間。噴水池で18時20分。レストランの予約は18時30分。もう18時を回ってるし、そんなヒマはない。


せめて髪くらい整えたい。通路の一角にある大鏡を前にして髪型チェック。……別にいつもと変わらなかった! でも一応、跳ねた髪を手で撫で付ける。ぴょいんとすぐに跳ねたけど。


走らないように大急ぎで国立魔導図書館の玄関を開けて外に出たところでローブを脱いで全速力で走った。魔力を高めて肉体操作をしっかりしてね。速い速い。


「ジュリ! 遅い! 俺様を待たせるのはお前くらいだ!」


美術的価値も高そうで神々しく感じる女神像が噴水池の中心で優雅に微笑んでいる。

いつもの王だけに許されたロングケープコートを羽織って両腕を組んで怒っていそうなアンジュが待っていた。コートの下は上品な襟付きシャツとスタイリッシュなパンツ。う。ちゃんとおしゃれしてきてる。僕はいつものゆるシャツにダボっとしたハーフパンツだ。


遠巻きにいろんな人たちがアンジュに羨望の眼差しを送っている。美麗な男だし、戴冠してから国民が喜ぶような政策をいくつも打ち出して成功しているからかなり人気があるんだよね。


「ごっめ〜ん! 仕事に熱中し過ぎちゃった」


アンジュのすぐ目の前まで駆け寄って息を切らしながらしゃがみ込む。手加減しないで走ってきたからほんとに疲れた。通り過ぎる人たちにびっくりされたけど。


「ふ。まあいつものことだな。肩で息をするほど急いできたのは殊勝なことだ」


得意げな顔で僕の黒い頭に手を伸ばしてくる。今さらだけどアンジュも僕の黒い髪と瞳を忌み嫌ったりしない。

王都に引っ越してきた頃はいろんな人にギョッとされてすごい目で見られたもんだ。クションシュカ館長やダァ・シンシンさんもそうだったし。

でもアンジュと仲が良い事が知られるとそんな目で見られることはなくなったんだ。まあ、今でも初見の人には嫌われるけど。


「ん」


わしゃわしゃと髪の毛をこねくり回された。せっかく大鏡でチェックしたのに。


「で。今日はどこに連れて行かれるんだ?」

「ああ。王都で最近人気のレストランでお祝いしようと思って。そこで僕の幼馴染が料理人として働いてるんだ。まだ行ったことないでしょ?」


「む。アミック・ヴリントとかいう山猫獣人だったか。ジュリと同居しているという」


あれ? 眉根を寄せてめちゃ不機嫌そうにしてる。なんか気になることでも言った?


「そうだよ。夏のおすすめコースを予約してあるんだ。ワインもアンジュが好きな銘柄を選んであるし、飲んだことない銘柄にもチャレンジしてみようよ」

「それは楽しみだな!」


あっという間に笑顔に変わった。ちょろいぞアンジュ。


「それはいいがそのレストランはドレスコードはないのか?」

「え? あ。しまった! 忘れてた! だから一回家に帰るつもりだったんだ!」


今回、レストランに行くことを伝えていないアミックにも注意されていたんだった。僕のバカバカ。これじゃ門前払いされちゃうじゃん。せっかくのお祝いなのにー。


「ふはは。まあ俺が行けば問題ないだろ。この国の王様だしな。まさか王の連れを断るなんてことはすまいだろ?」

「……そうかも」


確かに。王である証のロングケープコートは代々受け継がれている装束だから子どもでも知ってる。仮にアンジュの顔を知らなくても間違いなく王様だって分かる。


「ジュリ。行くぞ」


でかい手に僕の手が掴まれた。レストランのある繁華街に足を向ける。長い足に追いつくために少し早足で追いかけるようについていく。体がでかいと歩くペースも早いんだよな。でもずっと手を繋いでなくても良くないか?


「手を繋いでると歩きにくいんだけど」

「そうか? たまにはいいだろ?」


そんなことを言うアンジュの表情が斜め後ろからは見えない。


「いらっしゃいませ。ごよや……陛下!?」


レストランに入るとすぐにカウンターにいた女性のレセプションスタッフが声をかけてきて、すっごいびっくり驚いてる。うん。期待通りの反応。


「おう。予約はしてある。名はジュリアン・タイラーだ。今日は世話になる。楽しみにしているぞ」


偉そうな威厳を込めて、かつ親しげなやんわりとした口調。キランと白い狼の犬歯が輝かんばかり。受付嬢さん、とろけるくらいに見惚れてますけど。噴水でもそうだったけど、さすが『奇跡の美王』と国内や近隣諸国から褒め称えられているだけある。


「どうした?」

「は、はい! あ、あああ、あの! ……確かにご予約を承っております! どうぞこちらに!」


アンジュに優しく微笑まれて狼狽える受付嬢さんがやっと我にかえって予約帳を確認するとテーブルに案内してくれた。黒スーツを着たホールスタッフが椅子を引いてくれる。行方不明のルテさんから厳しく教育された通りに席に着く。


「あ、あの。失礼ですが個室でなくてよろしかったでしょうか?」

「構わない。我が民と近しく食事をするのは有意義なことだ。いや。逆に迷惑かな? であれば席を変えてもらっても良いが?」

「い、いえ! 迷惑なんてとんでもございません! ごゆっくりなさってくだひゃいませ!」


うーん。顔を真っ赤にして緊張が過ぎて噛んでるし。男性スタッフものぼせるような顔にしてしまう美しさ恐るべし。


「僕が予約にきた時は個室が空いてなかったんだよ。ごめんね」

「ん? 気にすることでもないだろ。俺の美貌が注目されるのは慣れている。まずは乾杯だ」


銘柄やワインの説明を受けてワインソムリエに注がれたワイングラスを手にする。テーブルに置かれたキャンドルのあたたかい灯りがアンジュの白い肌を橙色に照らしている。身につけている数々の宝飾品が光を受けて輝いている。だけど……キラキラとしているのはそれだけじゃなくて……


「戴冠二周年おめでとう」

「司書二周年おめでとう」

「「乾杯」」


グラスを掲げて、口をつけながら思う。銀色の長いまつ毛と金色の瞳が眩しい。艶やかな唇に吸い込まれるワインレッドが艶かしい。なんでアンジュを見てドキリとしないといけないんだ。

まだ夜は始まったばかりなのに。

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