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15もふ デートは恋人や夫婦がするもの

「クションシュカ館長の養子になれと言うのは僕が一代限りの男爵位だからですか?」


バロンから叙爵を受けたのは略式とは言え正式なものだった。男爵であることを示す証明書も効力があったし王国の貴族年鑑にも僕の名前は記されている。少なくとも僕が男爵であることは間違いない。


「まあ座りなさい。アーモンドクッキーをお食べ」


中年ベテラン司書のダァ・シンシンさんに勧められてソファに座ってお菓子を口に放り込む。美味しい。


「その通りだ。クションシュカ家は歴史ある侯爵家の当主。奥方は先立たれ嫡子を儲けていないから直系の後継者もいない。加えてセフェル・クションシュカ侯爵はジュリアンの事を大いに気に入ってる。ジュリアンの縁談相手である令嬢は侯爵家だ。釣り合いも取れて言う事はない」


「クションシュカ館長にはとーっても偏屈なお兄さんがいるじゃないですか。本来の直系はあっちでしょ? 他に傍系の親族はいないの?」


「ジュリも知っての通り兄上は非常にとってもバカとアホとトンマとボケナスとウンコチンチンがお似合いな偏屈だ。あの本の虫が当主になる事はないよ。結婚もしていないしな。傍系の親族も途絶えている。わ、私としてはジュリが養子になるのは諸手を挙げて喜ばしいのだが」


「……さすがにお兄さんのこと言い過ぎじゃない? まあ分かるけど」


それになんでそんなに照れてるの? 僕のことそんなに好きか。僕と初めて会った時はあんなにツンケンしてたのに。

あの偏屈男が極端に偏屈なのはよく分かる。避暑地にずーっと籠って本しか読んでないんだもんな。ずっと不思議に思ってたんだ。働きもしない見るからにみすぼらしい男がどうやって生計を立てているのか。

侯爵家の長男なのだから納得。侯爵家の財力もあって多額の褒賞をもらうこともある魔導書の研究者なんだから当然だよな。この偏屈男のおかげで今の僕があると言っても過言じゃない。


「と言うわけでだ。ジュリアン、キミはクションシュカ侯爵家の後継者となって結婚しなさい」


得意満面に眼鏡をクイっと持ち上げる腹黒宰相。いちいち光を反射してうざい。


「やだ」

「やだじゃない! これは命令だ!」


腹黒宰相のこめかみに青筋が立ってる。ぴくぴくしてるし。

横暴だなあ。これだから貴族階級は。なんでもかんでも頭ごなしに押し通そうとするんだもんなあ。いくら公爵の腹黒宰相の命令だって聞きたくはないよ。


「僕は結婚するつもりはありません。知ってるでしょう。僕には心に決めた女性がいるんです」


「……生きているかも分からん行方不明の女子だったな。レクスと言ったか? いくら心に決めようともいないのではな。いいかジュリ。私やクションシュカ侯爵とも対等のように話しているが、それはアンジュ王陛下の親友であるからこそ許されているに過ぎん。これは決定事項だ。さっきも言ったが断ることは許されん」


レクスの行方について少しでも手掛かりが欲しかった僕はアンジュはもちろんすべての人たちに聞いていた。ボトールさんやバロンのこともね。だけど、一つも手掛かりになるようなことはなかったけど。

驚いたことに貴族年鑑にバロンたちの名前がなくて、当時知っていたことが本当に正しい情報なのかも分からなかった。せめて姓が分かれば血筋が追えたかもしれないのに。


「はいはい。僕のことよりも自分が結婚した方がいいんじゃないですか? もうすぐ30なんでしょ? この国の優秀な宰相様であるシュルード・スキミング公爵様は。意中のお相手はいないの?」


アンジュの親友であることをしっかり利用したっていいじゃない。それにだよ? 僕は上級司書で修復士だけど有能な魔導研究者でもある。発見した内容はしっかり研究してカタチにしてみたい。そこまでいくと錬金術や魔導科学の分野になってたりするけど。称号がまた増えそうだ。

偏屈男のところで学んだ事と国立魔導図書館で従事していた事で勝手に知識が身についた。この国の発展に寄与する僕って実はあちこちにコネがあるんだから。いざとなったら魔導書を盾にわがまま言ってやるし。


「……私のことはいい。ふざけたことを考えるな。わがまま言うな」


なんにも言ってないけど? 心の声を勝手に読むな。これだから謀略家は。


「話は以上だ。縁談は日程が決まり次第、追って連絡する。それまでに髪を整えて貴族に相応しい衣装をそろえて……いや、こちらでしっかり手配しておこう。王宮御用達の仕立て屋に連れて行くから覚悟しておけ」


覚悟しておけって言ってもなあ。でも僕のことをよく分かってる。もし縁談の場に行くとしてもきっといつもと同じ服装で行くだろうから。だって持ってないもん。腹黒宰相がソファから立ち上がるとツカツカと足を進めて館長室から出て行こうとする。


「ベーだ」


小声で舌を出してやったら勢いよく振り返ったので慌てて知らん顔する。勘のいい奴。さすがは腹黒宰相。扉がバタンと閉まった。音の大きさに肩がビクッと跳ねた。


「ジュリ。そういうところは本当に子どもだな。そ、そこが可愛いところでもあるが」


だから何をそんなに照れてるの? 30歳にもなるおっさんクションシュカ館長に可愛いなんて言われても嬉しくないよ?


「まあ縁談の場に行くだけならいいか。結婚しなければいいだけだし」

「ということは私の養子になってくれるんだな!」


いや、そんなに目をキラキラにして期待の表情をされても。


「え? それは考えてなかったなあ。うーん。結婚するつもりはないし、とりあえず今のままでいいよね? 僕は男爵のままでいいし」

「そうなのか? ジュリは私の子どもになるのはそんなに嫌なのかい?」


クションシュカ館長ががっかりしてるけど僕の気持ちも大事にして欲しいなあ。


「そうじゃないけどさ。だって下手に侯爵家の後継者になったらどうなるか分からないじゃない? あんまり爵位が上がって国政に関わる羽目になるのも嫌だし、領有地があると領地経営とかもあってめんどくさいし」


そうしたら当然、本に囲まれた生活が約束されなくなる。僕はそんなのは絶対に嫌だ。それに縁談の話だってどんどん持ち込まれそうだし。万一結婚したとして、レクスと再会できた時に嫁持ち子持ちなんて絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対にエンドレスで嫌だ。


「む。まあその気持ちは分からんでもないが……領地のことであれば私みたいに優秀な部下にまかせればいいのでは?」


でた。無責任発言。それでもしも横領やら悪政やらが後から発覚して大問題になったりして爵位剥奪お家没収なんてことになるのも嫌だよ。


「そういうの丸投げって言うんだよね? 僕はそんなことに興味もないし、面倒なことも嫌だし、穏やかな司書生活が送れればそれでいいんだよ」


そう。僕の望みはそんなに多くない。一番はレクスとの再会。ボトールさんやバロンにももちろん会いたい。大親友アンジュとの大切な時間。幼馴染アミックとの同居生活。本。司書の仕事。もちろん国立魔導図書館の仲間たちも大事だ。あと魔導書から発見したあれこれもそのうちどうにかしてみたい。あれ? 結構あるかも?


「穏やかって自分からひどく残業してる上に、とんでもない大発見をいくつもして大騒ぎにもなっているし穏やかもへったくれもないだろう?」

「それは別にいいの! ともかくもう仕事に戻るからね。今日はアンジュと大事な約束があるんだから」


自分で好きにやってることは穏やかって思ってるからいいの。そうだよ。こんなのんびり話してるヒマはない。


「王陛下と? なんの約束なんだい?」

「ん? 戴冠二周年のお祝いをしようって今晩ディナーの約束をしてるんだ」

「……ディナー? 陛下と? 二人きりで?」

「うん。もちろんそうだよ」


怪訝なような呆れたような顔で僕を見てる。なんかおかしい?


「またか」

「またって?」

「ジュリと王陛下はちょいちょい二人でデートしてるだろ?」

「デートって男同士で使う言葉じゃないでしょ。親友同士で話をするだけだよ。それじゃあ僕は仕事に戻るからね」


デートは恋人や夫婦がするものだ。僕とアンジュは男と男。お互いに親友だと思ってる。親友が二人で会って食事をするくらい普通でしょ?

クションシュカ館長とダァ・シンシンさんににっこりと手を振りながら館長室を後にした。いつも僕のことを大事にしてくれる二人を無下にはできないからね。


「そう思ってるのはジュリだけだろう。普通は男爵が王陛下と二人きりで護衛も付けずに食事なんかするわけなかろうに。そんな事だから縁談話が持ち上がってるのになあ」

「まったくです。世継ぎどころか王陛下の婚姻さえ話が進まない。仲の良い友人がいるのも考えものですね」

「というか友人の域を超えているだろう。王陛下もジュリもそこのところどれだけ自覚をしているのか。スキミング宰相の気苦労も耐えんな」


館長室でそんなことを話すクションシュカ館長とダァ・シンシンさんの会話なんて僕の耳に入ってくるわけがない。

今晩はアミックの働くレストランでアンジュとディナーだ。

楽しみ。

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