14もふ ぼろぼろの魔導書
「ふふ。傷ついた本を癒やす喜びと言ったら。僕の可愛い本たちを再び美しくできるのは至福の時間だね」
国立魔道図書館の一室にある修復室で椅子に座っていた。修復台の上に置かれた年代物の分厚い魔導書と向かい合っている。僕は上級司書でもあるけど魔導書の修復士でもあり魔導研究者でもあるんだ。
「おお。かっこいい。凝ってるなあ」
装丁と羊皮紙を慎重にめくってみると、元々穴が開いてる所がある。穴の周囲は糸を用いた装飾性の高い縫い目で補強されていて、次のページにある挿絵が見えるような工夫がされている。著者の高度なクリエイティブ性が伺える。
「それにしてもだいぶ傷んでるし、読めないとこもいっぱいあるし、修復に時間がかかるかな?」
本を閉じると、茶色い革張りの装丁が擦り切れて表題が掠れている。なめした革紐で芯となっている綴じの支持体もぼろぼろになっていて綴じ糸も所々が千切れて今にもバラバラに分解してしまいそうだったし、羊皮紙に記された文字も読みにくくなっているところがかなりあった。
「まあ。僕にまかせておけば大丈夫。キミのことを綺麗に修復してあげるからね」
それぞれ当時のままの素材を調達して修復しなくてはならない。特にこの魔導書の文字を修復するのは厄介だ。文字を書くのに使われているインクは羊皮紙に馴染みやすいタンニンを多く含んでいる代わりに弱点がある。
ナラの枝にできる虫瘤を水やワインで煮込んで作る植物性の没食子インクは腐食しやすく羊皮紙を破損させてしまう。年月が経つと貴重な文献が解読できなくなってしまうことがある。
その対策として魔力を込めて記す方法が大昔にあったわけだけど。これを修復できる人材が多くはなかったりする。
「さてと。まずは丁寧にバラバラにして。一枚ずつ文字を修復していきますか」
解体用のナイフを手に、背を開いて丁寧に解体していき保管しておく。一ページ目の羊皮紙を机に置く。体内で内転させた魔力を指先から鵞鳥の羽ペンに伝える。インク瓶にペン先を浸して文字にインクをのせていく。
鍵盤楽器で鍛えた繊細な指使いと魔力操作による肉体操作でどんな緻密な作業も難なくこなせる。この技術のおかげですぐに修復士として採用された。すぐに上級司書に昇進できた理由の一つ。
なぜこんな面倒な作業が必要かと言うと、ただ再現して保存することだけが目的じゃない。
大昔に繁栄していた魔導文明がある。この時代に記された魔導書から失われた魔導に関する知識や技術が発掘できるかもしれないからだ。
この世界には魔法と並んで魔導を利用した科学のようなものがあるから、これによって国の発展に寄与することが往々にしてある。
いつだかは魔力で大きな物体に浮力を与える魔導機械なんてものが記された魔導書を復元して解読したことがある。大発見だった。中にはおいそれとは閲覧できない禁書もあるそうだ。
「ふふ。どんどん綺麗にするからね。やっぱり魔法なんか学ぶよりも断然楽しいや。この魔導書は……魔力による人造人形の精製についての研究書? なんだかすごそうだな」
一筆一筆。魔導書に残された魔力の残滓を追いかけながら魔力を込めて手を動かすたびに文字が修復されていく。
ついでに研究内容も解読を進めていく。文字の配列や文法でまったく意味が変わる古代文字。加えて難解な暗喩や比喩で綴られた内容をまともに理解できるものはほとんどいない。
さらに曲者なのが文字に込められた魔力だ。正しく魔力感知を行わないとその文字に隠された本当の解釈を導くことができないことがある。
元々、読み書きなどの言語についてはとにかく理解が早くて幼い頃から何をするにも習熟が早かった。自分では器用貧乏だと思っていたけれど長じてこんなことができるようになったんだ。
おかげで黒忌み子の僕でも一目置かれる存在になってる。
それも子ども時代に培った技術と知識によるもの。レクスがいなくなってからしばらくして、自分自身の事をどうにかしたくて村にいた偏屈な男の家に転がり込んだ。
偏屈な男は魔導書の翻訳家で修復士だった。仕事を手伝いながらそこにある本を片っ端に読んだ。そして修復の技術と解読の仕方を学んだ。
解読ができるってことはその技術を研究できるってことだ。本が好きな僕にとって天国のような所だった。ちょいちょい、用もないのにアミックが遊びにきては僕の修行を眺めてた。
その期間はなかなか長かったと思うし、いくつか成果を上げることができた。そのうちの一つ、ボトールさんが飲んでいた毒薬のような魔力回復スペシャルドリンクの改良版を確立した。庶民では手が出ないようなかなり高価なものになったけど。きっとレクスのためになると思ってる。
「まさかあの偏屈男がクションシュカ館長のお兄さんだとは思わないよなあ。おかげで王都にこれて国立魔導図書館に就職できるきっかけになったわけだけど」
思い出して独り言を言っていた。
僕のことをどういう風に思ったのか王都行きを偏屈男が勧めてくれたんだ。
僕としてはレクス探しもずっと行き詰まっていたし、当時は別々だった国立図書館か魔導図書館に就職できるかもと二つ返事でその話を受けた。
男爵位の証明書と偏屈男の推薦状を持って王都への旅に出た。それですんなり就職できたわけじゃなくて、採用される大きな要因はアンジュだったりする。
そして、もれなくアミックも王都についてきた。レクスの屋敷では農作業や庭仕事を担当していたアミック・ヴリントだったけど自分の食堂を持つことが夢だと常日頃から聞いていた。
レクスと同じく行方知れずになった料理長からよく可愛がってもらっていたらしくヒマを見つけては厨房の仕事を手伝い王都のレストランへの伝手も聞いていたんだとか。
僕の王都行きを知った途端に「俺を捨てていくのか!」と激昂された。反対する親を必死に説得したそうだ。村長の息子のくせに夢のためにがんばるなんて偉いよね。
でも捨てるって何だったんだ? アミックは大事な友達になっていたから捨てはしないのにね。
「ふう。やっと一ページ目が終わった。まだまだ先は長いぞ。今日はアンジュのお祝いがあるからな。できるうちにたっぷり進めておこう」
疲れた目頭をつまんで揉む。目にも魔力を送ってるから正確に細やかにまるで拡大鏡を使ってるみたいに見える。大きな拡大鏡って作業するのに邪魔なんだよね。僕がアパートメントに遅く帰って毎日のように寝坊する理由がこれだ。
「ジュリ。話がある」
ノックの音と一緒に修復室の扉が開いて同僚の一人がやってきた。クションシュカ館長の秘書でここで長いこと働いている中年のベテラン司書さん。ダァ・シンシン伯爵。
司書なのに肥大した筋肉がすごくて力仕事が得意な人族。ゴリラの獣人じゃないかと思うほど。何かと僕の世話を焼いてくれるけどいつも圧が強い。
「ん? いいよ。何かな?」
「……またそんなに目の下にくまを作って。ちゃんと寝てるのか? 残業しないで帰りなさい。そして遅刻をしないように」
「だってだって夢中になっちゃうんだからしょうがないじゃん」
本が好きすぎて修復の仕事や目録の作成とかでついつい残業をしてしまう。クションシュカ館長や同僚にも早く帰れと怒られる。眼精疲労と寝不足で今でも目の下にはくまがある。
「だってじゃない。23にもなって子どもか。仕事が大いにできるのはいいが自分の健康管理をできないのは問題だ。まったく一緒に暮らしているアミックが栄養たっぷりの食事を作ってくれていなければ今ごろ死んでるぞ」
「やっぱり圧が強いなあ」
「自己管理がしっかりできるようになってから文句を言え」
だってさ。こうでもしないとレクスのことを考えてしまうんだよ。だからついつい大好きな作業に没頭してしまう。
「はい。ところで何の用?」
「ああ。クションシュカ館長が呼んでる。館長室に急ぎきて欲しい」
「急ぎ? 館長が? なんだろう?」
「直接聞けばいい」
ちょうど一ページを終わらせたところだからまあいいか。僕専用の保管室にすべてしまって鍵をかけてから二人で館長室に向かった。
「やっときたか。遅い。紅茶が冷めちゃったじゃないかっ!」
「だって修復の途中だったし。やりっぱなしで手は離せないんだからさ」
館長室に入るとクションシュカ館長が目の前で仁王立ちに待っていた。テーブルにはティーカップが四つと僕の好きなお茶菓子アーモンドクッキーが用意してある。紅茶は湯気も出てないし冷めてそう。いつくるのか分からないのに用意してたんかい。
「まあいい。こちらのお方の話を聞いて欲しい」
ん? クションシュカ館長の陰で見えなかったけど誰かいる? ひょこっと覗いてみると……
「げ。腹黒宰相だ」
「腹黒とはお言葉だな。ジュリアン。いつぞやの浮力付与魔導機械の解読は素晴らしかった。魔導省は魔導飛空挺の開発で大忙しだ。それに魔導映像投影装置も開発のしがいがある。次の発見も大いに期待しているぞ」
ソファに座ったまま眼鏡をクイっと持ち上げて光が反射してる。アンジュと同じ白銀狼の獣人で過去に王家から分家した貴族。この国の宰相でもあるシュルード・スキミング公爵だ。今も健在な父親から宰相の座を引き継いでいて親子そろって謀略家なんだとか。
「そりゃどうも。で、なんの用なんです? 今日の夜は約束があるし早く作業に戻りたいんですけど」
「この国の宰相である私に遠慮のない物言いは相変わらずだな。話は他でもない。ジュリアン・タイラー男爵。キミはここにいるセフェル・クションシュカ館長の、もといセフェル・クションシュカ侯爵の養子となれ。そして、今年で23にもなっているのに行き遅れているキミに縁談の話を持ってきた。断ることは許されない」
ええー。養子? 縁談て何?




