12もふ 司書の制服
「ジュリ! 早く起きないと遅刻するぞ! ほんとに寝ぼすけだな! 屋敷にいた頃は誰よりも早く起きてたのに! 毎朝、俺が起こさないと起きないのかよ!」
掛け布がばさっと取り払われてカーテンが開いた。窓から差し込んだ朝陽が僕の瞼に直撃して眩しかった。
「んんー。もう朝か。おはようアミック」
「ん? 起きた? おはようジュリ。さあ。早くご飯食べて! せっかくあったかいのに冷めちゃうだろ!」
耳をピンと立ててしっぽをふんわりと揺らしている姿。僕の一歳上、今年で24歳になるアミックがベッドに腰掛けて覆い被さるように僕を見下ろしていた。朝陽を受けて笑顔が輝いて見える。山猫獣人特有の猫顔は凛々しくも可愛くも見えるから不思議だ。
「いい匂い……おなか空いた」
「今日はベーコンとレタスのスクランブルエッグだ。うまいからな!」
僕とアミックは王都にあるアパートメントの一室を借りて同居しているんだ。食卓もキッチンも全部一部屋に収まっている狭い部屋。少し大きめのベッドは二人で共有している。山猫獣人のアミックは小柄だし、僕もそれほど大きな体格をしていないからなんとかなってる。ていうか寝る時はいつも僕にひっついてくるから結局狭い。
それにいつもいつも僕の頬に頭を擦り付けてくる。さらりとした髪と山猫耳がこそばゆい。離れて寝た方がもっと楽なのに。まあ猫だからしょうがないのかな?
「もっと寝てたいよ」
うつ伏せになって横顔を枕に押し付ける。
「こら! またそんなこと言ってる! 起きろ! ふふん。そうか。そんなに俺のキスが欲しいのか?」
アミックの柔らかい唇が僕の頬にふんわりと押し付けられた。最初はびっくりしたけどもう慣れた。
「なんで毎日毎日。僕もアミックも男なのに」
「そ、それは言ったろ! 俺の種族はスキンシップを大事にしてるんだ!」
「それは何度も聞いたけどさ」
山猫獣人が触れ合いを大事にする種族だという事は確かに知っている。家族や仲の良い者、特に交際相手や伴侶、子どもには愛情を込めてそれはそれは親密に接するのだとか。
逆に信頼の置けない相手には気性が荒く対応が酷い。
アミックにとって僕は命の恩人でもあるし、世話の焼ける面倒を見てやらないといけない弟みたいなものなんだろう。村や屋敷では僕のことをいじめるようなことをしていたのに随分と変わったもんだ。
まあ……屋敷であんなことがあって大泣きしたし。情が湧いたのかな?
「いいから起きろ! 遅刻してもいいのかよ! ごはんにしよう!」
「分かったよ」
僕の体に柔らかい体がのしかかってきたからさすがに寝るのをあきらめた。山猫獣人のしなやかな肉体は男性でも水のような柔らかさを感じる。起き上がったアミックのシュッとした長い山猫しっぽがピンと張って揺れている。
「今日も涼しそうな格好だね」
「だって夏の王都は暑いじゃん」
ベスティアは冷帯だから年間を通して気温が低いけど内陸にあることで夏場は暑くなる。僕たちがいた避暑地として利用される村とは違って王都は特に暑い。
アミックの服装。細い肩紐だけのトップスに、太もも丸見えのピチッとしたショートパンツ。寒い時期では考えられない格好だけど涼しくて快適なのは間違いない。
僕はゆるめのシャツにダボダボのハーフパンツだ。王子様系ロリータファッションが懐かしい。僕の両腕の魔力紋は見えないように暑くても長袖にしている。
「人の顔の間近でお尻を向けるなよ」
「うにゃ!?」
アミックのお尻を優しく押したら、振り返りざまに山猫しっぽで顔を撫でつけられた。なんでか顔を赤くして僕のことを悩ましい目つきで見てる。
「いいよなあ。アミックは服装自由で」
「ジュ、ジュリはその上に制服着るんだもんな。夏でも暑そうなあんなローブ、ばっかみたいだよな! 国立魔道図書館の司書なんて辞めちゃえよ! そんで俺んとここいよ!」
「アミックのところ? 僕は料理人にはならないよ。それに司書になるのが僕の夢の一つだったんだからいいだろ」
アミックは王都の人気レストランでコックとして働いてる。山猫獣人だからもふもふの毛が入らないようにって公衆浴場のサロンで全身脱毛している。だからアミックの肌はぴちぴちのつるつるだ。王都の人たちにとっても脱毛は当たり前のことらしい。だけど僕には必要ない。ムダ毛も髭も全然生えていないから。
「夢か……叶えられて良かったよな」
アミックがパンの上にスクランブルエッグを乗せて口に運び、口を動かしながら遠い目をしている。きっとあの日のことを思い出しているんだろう。レクスたちが忽然といなくなったあの日を。
僕自身もあれからレクスのことを想わない日はない。結局レクスたちの足跡もなく行方不明のままだ。誰かに連れ去られたとして、ひどい積雪の中を追うこともできなかったし。酷い吹雪の後で何も痕跡は残ってなかったし。逆にどうやって積雪の中を大人数で移動できたのかも不思議だけど。
「親父たちももっと必死になってくれたら良かったのに」
屋敷の書斎や執事室、ボトールさんやバロンにルテさん、それぞれの部屋から手掛かりを徹底的に探したけど何もなかった。それこそ毎日毎日、何かないかと雪に閉じ込められてしまう冬を除いて何年も通った。バロンが秘密だと言っていたから身元が分かるようなものはないのかもしれない。
でもバロンから聞いた話からすると、レクスは王族、それも先代王陛下の血筋だと考えられる。誰かに聞きたいところだったけど王族の禁忌とも言える話を聞くのはためらわれた。
「村長さんが何もできないのはしょうがないよ。何をどうするにしてもレクスの出身や親族のことだって手掛かりの一つもなかったんだから」
色々含めてアミックの父である村長に必死に訴えた。だけど僕みたいに忌み嫌われている存在の言葉は軽いし、実際に手掛かりも何もないから分からない。あの村の人々が王侯貴族に雇われることはあっても村という自治体として何かしら約束事もあったわけじゃないし知らないのも当然なのかもしれない。
「それとさ。アミックが必死に訴えてくれたおかげで僕の無実を認めてもらえて嬉しかったよ」
「へへ」
村から雇われた使用人の亡骸が村にとって一番の問題だった。黒忌み子だった僕がなんの証拠もなく真っ先に疑われた。けど小さな子どもが何人もの大人を外傷なく殺害するなんておかしな話だし、離れに閉じめこられてずっとアミックといたことで無実になった。だけど村長の息子であるアミックの証言がなかったら罪人になっていたと思う。だからアミックには感謝しかない。
「うま。アミックの料理の腕、前より良くなってない? 毎日ありがとな」
「ほ、ほんと? べ、べべべ、別にジュリのために作ってるわけじゃないし! どうせ作るなら二人分作るだけだし! でも……ジュリにそう言ってもらうと嬉しいな。へへ」
アミックが山猫耳をそわそわと動かして顔を真っ赤にしてる。ほんとアミックってあがり症だし、喜びすぎだよな。
あの日からずっと、僕に寄り添うようにいてくれるアミック。今日まで12年間ずっと一緒だ。最初の頃は、僕を見ると真っ赤になって逃げたり、覚悟を決めたような顔で筋トレを普通に手伝ってくれたり、やたらとべたべた触れてくることが多くなった。そのくせ当時の口調はツンツンしてた。
なんで? って不思議だった。今もたまにツンツンしてる。
「さあ! せっかく夢だった司書になったんだろ! 遅刻でクビにならないように早く歯を磨け!」
キッチンから歯ブラシを持ってきて僕に手渡すとベッドに丸まるアミック。
「なんだよ。今日は遅番だからってのんびりして」
「へへん。た、たまにはジュリが働いてる様子でも見に行ってやろうか?」
「いいよ別に。遅番だからってそんなヒマないだろ? 本が読みたくなったらいつでもおいで」
「本はいいや」
だったらなんで国立魔道図書館にくる必要がある? そんなことを思いながら身支度を終わらせて家を出ることにした。司書の制服であるローブを羽織って。暑い夏に対応したものにして欲しい。
「あ! ジュリ待って!」
玄関ドアを開けた僕の頬にキスをされた。
「い、いつものおまじないだからな! いってらっしゃい!」
「うん。行ってくる」
まるで新婚さんみたいなことしてくるんだから。山猫獣人の慣習ってすごいな。まあアミックのことは友達として好きになってるしそんなに悪い気はしないからいいけど。
出勤先は少し歩いた先にある。
小国ベスティアの王都ビストの王城からほど近いところにある国立魔道図書館が僕の眼前にそびえている。
石造りの重厚な鐘楼を兼ね備た四階建ての建造物。両扉の立派な玄関を潜ると広大なロングルームが目に飛び込む。四階分の吹き抜けが高く奥まで続いている。
本棚が両側にそびえ立ち20万冊を超える書物が貯蔵されている。他の部屋にも貴重な文献や資料に物品が保管されている。
以前は同じ建物の中で国立図書館と魔導図書館とで管轄が分かれていたけど新国王が僕のためにとごり押しで国立魔道図書館として併合した。おかげでどっちも存分に楽しめる。夢にまで見た司書として。
「ジュリ、今日も遅刻か」
「げ。クションシュカ館長」
お供を連れて外出しようと歩いてきたセフェル・クションシュカ館長に見つかった。国立魔道図書館となった時に26歳という異例の若さで新国王の指名により抜擢されたミミズクの獣人で僕のことを採用した恩人でもある。長髪に金のモノクルがよく似合っていて、額の上から耳のように生える羽角が凛々しい。
「げ、じゃない。毎日遅くまで働いてるからって遅刻はいかん。上級司書だからって他の職員に示しがつかんだろ」
「はいはーい」
眉をひそめて注意された。とか言って僕には甘いんだよな。昼ご飯を奢ってくれたりする世話焼き心配性な人。さてと、今日の仕事の予定はっと……
「ジュリ。俺におもしろい本を見繕え」
後ろから威厳に満ちた美声で呼び止められた。




