11もふ 赤い絨毯
「あれ? もしかして寝てた?」
目が覚めた。薄暗い中、梁が剥き出しの天井がかろうじて見えた。オイルランタンの淡い光が消えていた。ここは貯蔵庫だよな? こんな寒いところで寝ていたのに体が冷えてない。
「うわ!? アミック!?」
僕のほっぺたにアミックの猫みたいに可愛げのある整った顔がくっついてた。幼さの残るしなやかで柔らかい体が僕に絡むように密着してる。だからこんなにあったかかったんだ。山猫の獣人って体温高いのかな?
「どれくらい時間が経ったんだろ?」
おなかの空き具合からして昼は過ぎてるかな? それくらいならレクスへの魔力供給にはまだ余裕がある。夕方ってことはないよね? 吹雪はおさまったかな?
起きあがろうかと思ったけど、アミックがくっついて寝てるのに離れたら体を冷やしてしまうかと思ってそのまま寝ていた。……それにしても寝顔は可愛いな。
うっかり山猫耳の耳毛を指でちょんちょんしたら、ぱたぱたと耳が高速で揺れている。
「ふふ」
ほくそ笑んでしまった。
「んん」
アミックの山猫しっぽがふんわりと揺れている。起きたみたいだな。
「アミック」
「ん? あ。ジュリ。おはよ……うわあああ!?」
飛び上がって僕から離れたアミックの顔がめちゃ赤くなってる。薄暗くても分かるくらいに。
「べ、べ、別に何にもしてないからな! 寒そうだから寒くないようにしただけだからな!」
地面に突き差さんばかりに両拳を前に下に突き出して体を屈めてる。なんでそんなに怒ってるの?
「うん。おかげであったかかったよ。ありがとう。どれくらい時間が経ったか分からないけど、そろそろ戻らないとな?」
「あ。そうだな。食材を厨房に運ばないと」
仕事の話をしたら一瞬で冷静になってる。基本的に真面目で働き者なんだよな。僕のことをいじめるとは言っても腹筋に麻袋を投げつけてくるだけだから実はそんなに嫌いじゃない。ちょっと口は乱暴なとこはあるけど慣れれば可愛げがないでもない。
「僕も手伝うよ」
「え? いいのか?」
「もちろん。うれしくない? 嫌ならいいけど?」
「う。そんなことない……お前さ、貴族になっても変わらないのな」
「僕は僕だよ」
「そっか。その……ありがと」
「どういたしまして」
照れてるの? 顔を赤くしながらそっぽを向いてる。しっぽがもじもじと揺れてる。いつも僕のことをいじめにきてると思ってたけど、話してみるとそんなに悪いやつじゃなさそう? なんか反応が可愛いくらいだし。
二人で麻袋を抱えて木戸を開こうとする。ん? 最後に見た時よりも木戸の内側に雪が入り込んでる。吹き込んだのか? あれから誰かきたのか? もしかして僕を探しにきた?
僕たちは奥にいたしオイルランタンも消えていたから誰もいないと思ったのかも。僕を探していたとするならレクスのことかもしれない。早く戻らなきゃ。
「開かないな。雪が積もっちゃったかな」
さっき開けた時はそこそこ積もっていた。きっともっと積もってるせいで木戸が重いんだ。
「俺に代われよ。……重。だめだ。開かないよ」
「閉じ込められちゃったかな?」
時間も経ってるだろうし、さっきの猛吹雪がずっと続いていたらかなり積もってるはず。
「早くしないとレクスが危ないかもしれないな」
レクスへの魔力供給は一日三回。
睡眠していると魔力が安定して体内に留まっているレクスは起きてからしばらくは元気にしている。だから朝食後くらいに一回目。そして午後のお茶の時間の前後に二回目。夜になって三回目を行う。もうちょっと時間を置いて二回だけでも足りるけど、万全を期して間隔を短くして三回を行うんだ。
「よし。魔力で木戸を開ける」
魔力を高めて肉体操作。木戸を壊さないように上下に手のひらを置いて全身を使って慎重に押していく。のはいいんだけど、もしかして筋肉痛が始まってない? 子どもは筋肉痛が起きづらいって言うけど明日にはひどくなりそうな予感。
少しずつ木戸が開いていく。
積もったばかりで雪が固まっていないのが幸いした。
「うわ。だいぶ積もってるな」
雪かきされて道のようになっていた通りが僕たちのおなかくらいまで高くなっていた。だけど吹雪も止んでるし怯んでる場合じゃない。
「適当でいいから雪かきしながら進もう。食材は後でいい。レクスが心配だ」
「そうだな。お嬢様が優先だな。俺もやるよ」
物置に置いてある木板のスコップを手に二人で雪かきを始めた。うん。魔力操作のおかげで快適に進んでる。けどこれは大変だ。疲れるけどそんな悠長なことは言ってられない。とにかくがんばろう。
多少の時間はかかったけど、ようやく屋敷の裏戸に到達することができた。雪が体についてるのも構わずに中に入る。屋敷の中は静まり返っていた。
「おかしいな? 静かすぎないか?」
「アミックもそう思うの?」
「うん。なんにも聞こえない」
山猫耳をくるくると右に左に動かしてる。やっぱり人族よりも聴力がいいよね。
「何時なんだろう。僕はレクスがいそうなところに行く。アミックは?」
「俺は厨房に行ってくる」
「なんか嫌な予感がする。気をつけろよ」
「ジュリもな。その、き、気をつけろよ」
なんだ。僕のことも心配してくれるんだ? もしかして僕のことを嫌ってるわけじゃないのかな? アミックと別れてお茶会をする時に使われる応接間に向かう。
「なんだ?」
廊下に誰か倒れてる。メイド服だ。
「どうしたの!」
駆け寄って抱き起こそうとするんだけど……
「嘘だろ……死んでる」
村から雇った女子だった。目が開いたまま、明らかに事切れてる。念のため首筋に手を当てるとかなり冷たいし脈はない。蘇生はきっと無理だ。一体どういう……
「レクス!」
我も忘れて応接間に向かった。途中、倒れてるメイドや使用人も見つけた。だけどそれよりも。誰のことよりもレクスの元へと急いだ。
「レクス!」
応接間の両扉を開く。
「大丈夫!?」
村から雇ったメイドが一人、赤い絨毯の上にうつ伏せになって倒れている。駆け寄って仰向けにしたけれど、事切れていた。
「レクスは!?」
他には誰もいない。半狂乱と言っていいほど冷静でいられなかった。レクスはどこにいる!?
探した。二階建てと三階建ての二棟に別れる屋敷の中を片っ端から探した。居間にもダイニングルームにも寝室にもいない。その間、事切れた人たちを数人見つけた。
「どこにもいない……」
表玄関のあるホールで立ち止まって荒い息を吐いていた。
「ジュリ!」
「アミック! レクスは!? みんなは!?」
駆けてきたアミックの肩を掴んで大きく揺さぶった。
「お嬢様は見なかった。厨房にいたはずの料理長もいなかったけど他の人たちはみんな……死んでたよ」
アミックが青い顔をして震えていた。きっと僕もそうなんだろう。
「どこかに必ずいるはずだ! ボトールさんだってバロンだってまだ見つけてない! アミック! 探そう!」
「……そうだな。分かった」
それから。夜が更けても探すのをやめなかった。
でも、見つからなかった。
倒れている人の一人でも生きてはいないかと全員の生死を確認した。事情を知るために。でもみんな事切れている。外傷はなかったように思うけど、その辺りの知識はないから死因は分からない。全員村から雇われた人たちだった。レクス直属の使用人が一人もいない。その多数の姿はどこにもなかった。だからどこかに必ずいるはず。
だけどいない。見つからない。
レクスもいない。
あの吹雪の中、どこかに行ったとは考えにくい。それにお茶会の準備をしている途中だった。屋敷に残っていた生活感はいつもの通りだった。でも、いないという事は屋敷の外にいるということになる。そう思って玄関付近を調べると床が濡れていた。きっと外から入った雪が溶けたんだ。誰かが侵入した? 誰かに連れて行かれた? レクスと生きている全員? まさか死んで……
何があった。
僕がいない間に何があった。
レクスの金色の瞳と可憐な笑顔が脳裏に浮かぶ。
僕を見つめて輝く満開の笑顔。
嬉しそうに僕の名を呼ぶレクスの姿がどこにもない。
「レクスーーー!」
涙を流しながら絶叫する僕を、アミックが優しく抱きしめてくれていた。
そして。十二年が経った。




