10もふ 雪崩た麻袋
「寒っ!」
裏庭へ通じる戸口から外へ出ると雪がシンシンと降っていた。雪が積もって僕の腰ほどに高くなっている。雪かきされた雪と雪の間を進むと少し離れたところにある木造建屋の木戸を開けて中に入る。淡い橙色の光、オイルランタンに照らされていた。
ケー!
「うわ!」
甲高い叫び声と一緒に赤色と焦茶の塊が目の前に飛び込んできて、いきなりおなかに衝撃を感じた。王子様系ロリータブラウスに足跡がくっきりついてる。だけどそれほど痛くはない。
「いいかげん仲良くして欲しいんだけど。毎日毎日おなかにスタンプされるとちょとへこむ。なあキング」
そんな僕の言葉に一瞥をくれて荒く鼻息を吐き出す雄鶏。立派な赤いトサカに焦茶の羽毛が猛々しくも美しい。なんでそんなに得意そうにしているの?
もう一度、ケー! と鳴き声を上げると雌鶏の群れがいるケージの中に入って行った。
物置にも作物の貯蔵庫にもなっているこの建物の一部を利用して鶏を飼育している。厳しい冬以外の季節は元気に放し飼いになっている。毎朝産んでくれる卵は冬の間の貴重なタンパク源だ。僕の筋肉を養ってくれる大事な栄養でもある。
「お前いい歳だろ? そろそろ食われちゃうからな」
雄鶏は大抵若いうちに肉にしちゃうのに、レクスに気に入られたキングだけはふんぞり帰って我が物顔でのさばっている。闘鶏なんてものがあったら全勝しそうだ。
そのキングもレクスの前では大人しく可愛らしく膝に乗って甘えたりするんだよね。レクスの魅力は鶏も魅了する。
「さてと。始めますか」
軽くストレッチをして冷えた体を温めてから三日おきの腹筋を始める。最近は200回が当たり前のようにできるようになっていた。腹筋はいつまでも6個のままで100個に割れることはなさそうだけど。
子どもの体だと大人みたいに筋肉が膨れ上がることはないみたいだし関節とかを痛めないように気をつけて行っている。
最初こそ半信半疑で続けていた筋トレだけど、魔力操作にしっかり役立つことも分かった。
健全な肉体には健全な精神が宿る。肉体という器がしっかりしていると体内の魔力が安定するし、体を操作することは魔力を操作することにも繋がっていたからだ。
例えば少し前から習い始めたチェンバロがいい例だ。チェンバロはピアノに比べるとデリケートな鍵盤楽器。脱力して指先だけで鍵盤を弾かなければいけなくてとっても疲れた。
音楽という旋律を奏でるための繊細な指先の操作を身につけてから体内で内転する魔力を複雑に操作できるようになったと思う。
「てめえ! またきてんのか!」
建物の奥、貯蔵庫エリアからの怒鳴り声。農作業や庭仕事を担当している使用人。山猫獣人のアミック・ヴリントだ。
耳としっぽの感じからすると怒っている? しょうがないだろ? 屋敷の中で筋トレをすると誰かしらに見られて恥ずかしいんだから。
相変わらず僕のことを目の敵にしている。どうも忌み嫌われる黒に基づいてではなくて別に理由がありそうな気がする。そのアミックは貯蔵庫で食材の入った袋を出し入れしているようだった。
冬の間、村から雇った使用人たちのほとんどをそれぞれの家に帰すのだけど、アミックは村長の息子のくせに家に戻るのを嫌がって残っていた。それに冬の間も雪かきや鶏たちの世話もあるから数人の使用人が屋敷に残って働いている。
「この! またその腹に叩き込んでやる!」
重そうな袋を引っ張り出すアミックなんだけど。
「危ない!」
「え?」
引っ張り出された一袋を皮切りにアミックの背後に積まれたたくさんの麻袋が一瞬で雪崩た。
「く。うう……」
「アミック! 大丈夫か!?」
もうもうと吹き上がる土煙の向こうに麻袋の山が見えた。だけどアミックの姿はない。下敷きになっているんだ。
やばい。人の体は重いものに押しつぶされると肺や心臓が機能しなくなって死に至ることがあるという。すぐに助けないと!
「待ってろアミック!」
麻袋を一つ持ち上げて後ろに投げる。って、重い! 僕が腹筋している時に投げつけられる麻袋に比べると大きくて重かった。筋トレしてるからって重いものは重い。子どもの体格で軽々持ち上げられるものじゃない。
こんなの一つ一つ移動してたらあっという間に時間が経っちゃう。誰かを呼びに行くか? そう思って木戸を開けようとしたら重たかった。雪がいくらか降り積もっていて力を入れて押し出しながら開けた。
視線を外に向けると猛吹雪になっていて数歩先がまったく見えない。ホワイトアウトってやつだ。屋敷はすぐそこだし、雪かきで作られた道があるから迷うことはきっとない。
でもこの吹雪の勢いはすごい。人の少なくなってる屋敷の中で誰かを見つけて戻ってくる頃には木戸が埋まって閉じ込められかねない。
一刻を争う。ダメだ。きっと間に合わない。
「僕一人でなんとかするしかない」
麻袋を一つ一つ移動することにした。両手で掴んで放り投げる。放り投げた先に少しずつ積み重なる。積み重なると邪魔になる。置き場所に困る。
もたもたしているわけにはいかないけど重い麻袋の上げ下ろしで腕も腰も悲鳴を上げ始めている。くっそ。僕の筋トレは肉体労働になんの役にも立ってなかった。
でもなんとかしないと。僕にできることは魔力操作だけ。魔力でなんとかできないかな? そうだよ。なんとかしよう!
筋トレで魔力の操作が向上した。だったらその逆は? 魔力を操作して肉体を操作できないかな?
チェンバロを思い出せ。繊細な指の動きで繊細な魔力を操作できるようになった。でも今は繊細である必要はないし指じゃない。きっと今は………腕力と全身の膂力だ。
内転する魔力を僕の四肢と胴体に行き渡らせるイメージ。魔力を筋肉の動きに上乗せするイメージ。僕には膨大な魔力がある。乱暴でもいい。とにかく魔力で全身の筋肉を動かせ!
「よし! やるぞ!」
麻袋を掴む。片手で軽々持ち上がる。後ろに放り投げると勢いよく飛んでいった。両手で交互にどんどん放る。思いのほかうまくできている。この調子で!
積み上がった麻袋の山があっという間にその場所を変えていた。
「アミック! 生きてるか!」
麻袋がいくつか載ったままだったけどアミックの体を引っ張り出した。
「おい! アミック!」
なんの反応もないアミックを見ていると胸が上下していない。心臓の位置に耳を当てた。
「心臓止まってる! 息してないし! 人工呼吸!」
前世の記憶! 都合よく人工呼吸のやり方を思い出せ! 心肺蘇生法! 応急救護訓練! 思い出した! 習ったことがある!
筋肉の操作を終わらせて即座に取り掛かる。人工呼吸はするなと習った記憶があるから胸骨圧迫を繰り返す。力は入れすぎない。だけど息を吹き返さない。
やっぱり人工呼吸をしないとダメだ! 元気なアミックが何かの感染症を患ってるとは思えない。迷ってるヒマはない!
気道を確保して意識のないアミックの口に僕の口を合わせる。息を送り込む。胸が上がって吐き出された。手順に沿って胸骨圧迫と人工呼吸を繰り返す。
「アミック! 息をしろ!」
あきらめられなくて。
強く強く胸を叩いた。
唇を合わせて息を吹き込んだ。
「くはっ!」
息を吐き出して咳き込むアミック。
「良かった……」
尻もちをついてへたりこんでいた。息を吹き返してほんとに良かった。そこまで時間は経ってないから脳にはダメージがないと思う。
「し、死んだかと思った」
起き上がって呑気な事を言ってる。
「何を言ってんだ。アミック死んでたんだぞ」
「死んでた? 俺が?」
「そうだよ。この麻袋の下敷きになってな。これだけの量をどかすの大変だったんだぞ」
麻袋の山が元あった場所と最初に雪崩た場所と移動した場所と僕を交互に見るアミックがすっとんきょうな顔をしている。
「人工呼吸したら生き返ったんだよ」
「人工……呼吸? え?」
アミックの顔が急激に赤くなって唇を押さえてる。山猫耳がぺたんとなってしっぽがしゅんと伏せしてる。あれ? この世界でも人工呼吸の知識ってあるの?
「お前……俺の……ファ……せ、責任取れよな!」
山猫耳としっぽをピンと立てて顔を真っ赤っかに叫んでる。
「はい? 何の責任を取れと?」
「あ……いやあのその……」
耳たぶまでめちゃくちゃ真っ赤になってうろたえてる。なんでそんなに指をもじもじしてるの? そんなに許せないくらいに激昂してるの?
「あ、麻袋が崩れた責任だ!」
なんだそれ?
しょうがないからもう一回魔力操作で肉体操作して積み直した。
その間、僕から目を離さずに顔を真っ赤にしているアミック。なんでそんなに肩をいからせて揺れてるの? そんなに怒ってるの?
「これで終わり。もうくたくただよ」
魔力操作による慣れない肉体操作で心身ともに疲労困憊だった。最後の一袋を積み終わって地面にへたり込む。屋内とはいえ外は猛吹雪。土が冷たいな。
そんなことを思いながら寝そべると瞼が上下する。うつらうつらと眠りに落ちそうだった。寝不足は今も変わらず目の下にはくまがある。
「あ! ジュリ! こんなとこで寝るな! ほら。体冷やすだろ!」
「んん。眠いよ……」
「しょうがないなあ。どうするか。少しでも冷気のないところ……あそこがいいか」
ほとんど意識のない僕をお姫様抱っこして貯蔵庫の奥まった場所にある低く積まれた麻袋に寝かせてくれた。
「こんなとこで寝たら風邪ひくぞ! 起きないし。外は吹雪いてるし。なんかかけるものは……むしろでいいか。か、体が冷えないようにあっためてやるよ!」
「ありがと……」
あったかい。毛布でもかけてくれたのかな?
ん。あったかくてくすぐったい。
山猫耳としっぽが僕に触れていたことも、アミックのほっぺたが僕の頬にぴっとりとくっついて添い寝してくれていることにも気づかない。
「……くそ。なんでこんなに可愛いんだよ」
眠りに落ちた僕の耳にはアミックの苦しそうな声は聞こえていなかった。
アミックはちゃんとしっかり男の子。
女の子じゃないということを補足しておく。




