【本編】Ep.28 役目と役割
役目を果たせなくなった者と、
役目を降ろせない者。
ふたりの間に流れるのは
ほんの少しの寂しさと
ほんの少しの優しさ。
その揺れが、静かに重なる一夜。
1. 静かな夜
夜。
夜の街で、呪いの人形が
小さなメモ帳を広げている。
「……満月……
……条件……
……該当者、なし……」
鉛筆を置き、首をかしげる。
その向かいで、九尾の狐が腕を組んで座っていた。
尻尾は、地面に触れないよう、わずかに浮いている。
2. 呪いの人形の疑問
呪いの人形は、ふと九尾を見る。
「……最近……
触られてますよね」
九尾の耳が、ぴくりと動く。
「……だから、何だ」
「……昔は……
触れさせなかったのに……」
言葉は柔らかい。
でも、曖昧ではない。
九尾は、鼻で小さく息を吐く。
「……今は、事情が違う」
「……妖力が、落ちただけ……」
「……いずれ、元に戻る」
語尾が、ほんの少しだけ遅れる。
呪いの人形は、メモ帳を閉じる。
「……それ……
……戻る、必要……
あります……?」
空気が止まる。
九尾の視線が、ゆっくりと呪いの人形に向く。
呪いの人形は淡々と続ける。
「……私は……
呪うために……
条件を、増やしました……」
「……簡単に叶う力は……
危ない……」
「……でも……
必要なくなったなら……
それは……
役目が、終わった……
ということ……」
九尾の尻尾が、一度だけ地面を打つ。
3. 九尾の怒り
「……違う」
低い声。
「役目とは……
降ろされるものではない」
「最後まで、背負うものだ」
その言葉は、
誰に言うでもなく、
自分に向けられていた。
4. 本当の音
呪いの人形は、少しだけ視線を落とす。
「……でも……
背負い続けることで……
壊れるものも……
あります……」
「……私……
誰も、呪えてません……」
「……それでも……
みんな優しくしてくれます…… 」
九尾は、言葉を失う。
呪いの人形は、ゆっくりと九尾を見る。
「……あなたは、もう……
触れても……
誰も……
壊れないんですよね……?」
「……それ……
すごく……
安全です……」
“安全”。
その言葉が、九尾の胸に刺さる。
「……我は、逃げておらぬ」
九尾は、そう言い切る。
「……ただ……
まだ……
降ろし方を……
知らぬだけだ」
もう何も言わなかった。
しっぽが小刻みに震えていた。
しばらくして。
呪いの人形は、小さな油揚げを差し出す。
「……甘いの……
あります……」
九尾は黙って受け取る。
しっぽが、いつの間にか地面に触れている。
呪いの人形は、ひとり呟く。
「……役目……
終わっても……
存在は……
終わらない……」
「……たぶん……」
その言葉は、
誰かに向けた祈りのようだった。
5. 九尾の胸中
九尾は、油揚げを食べ終えたあと、
小さく呟く。
「……次は……
触れるなとは……
言わぬ……」
まだ、
「触れていい」とも言えない。
でも、一歩だけ。
それが、
呪いの人形が残した、
静かな変化だった。
次話:
2026/2/29 20:00に更新します




