【本編】Ep.13 ワタシ、キレイ
夜の街で出会った女性の怪異。
揺れる気配と優しい会話が、彼女の心をそっとほどいていきます。
Ep.13 ワタシ、キレイ
1. 夜の揺れ
空気さえ眠りについたような静かな夜。
街灯の輪郭が柔らかく滲み、路面に薄い金属のような光の帯を落としている。
座敷童子と呪いの人形は、足音をほとんど立てずに街を歩いていた。
光は街灯の間を滑るように移り、二人の影を長く伸ばす。
空気は冷たく澄み、息を吸うたびに胸の奥がひんやりする。
音は遠くで小さく溶け、車のエンジンや自販機のランプの微かな電子音だけが夜の静寂をそっと割る。
座敷童子:
「ずっと部屋に籠ってないで、気分転換しよう」
そう言って呪いの人形を外へ連れ出した。
幽霊は少し後ろをふわふわと浮かんでついてきている。
耳鳴りのような静寂が落ちると、街灯がひとつ、またひとつと瞬きをやめ、光の間にできた闇が深くなる。
光と闇の境目で、空気がわずかに震え、その震えが小さな音の波紋となって足元に広がった。
数本先の街灯の輪郭に、長いコートの影がふっと浮かんだ。
近づくと、赤い目をした女性が立っていた。
一定の間隔で靴音が近づくが、その音は路面に吸い込まれるように柔らかい。
目は赤く、口を大きく隠すマスクをつけていた。
3人の目前に来ると
???:
「……ワタシ、キレイ…?」
座敷童子:
「う~ん…あなたはあなただよ」
幽霊:
指♡!(いいね!)
呪いの人形:
「…何で普通に会話してるの…
…その人、多分口裂け女…」
赤い目元が怪しく光る。
マスクを取りながら、ゆっくりと、しかしはっきりと言った。
マスクを外す動作で夜風が彼女の髪をそっと撫で、光がその輪郭に薄い縁取りを作る。
その瞬間、空気が一瞬だけ温度を変えたように感じられ、周囲の音がさらに静まる。
口裂け女:
「これでも……
……ワタシ、キレ…くちゅん!
…あ、ごめんなさい。
…ワタ…くちゅん!」
くしゃみの音は小さく、しかし生々しく響いた。
その音が夜の静けさに小さな波紋を描き、近くの落ち葉がかすかに震える。
赤い目が瞬き、光がその瞳に小さな星を映した。
座敷童子:
「大丈夫~?」
幽霊:
指♡…(心配…)
呪いの人形:
「…まさか、花粉症…なの…?」
口裂け女:
「そうなの…目が痒いし…くちゅん!
ごめんね」
座敷童子:
「あやまる必要なんてないよ~。
何も悪いことしてないし」
口裂け女:
「ほら、マスク外して、”ワタシ、キレイ”って聞かないといけないでしょ。
それなのにちゃんとできないから…」
呪いの人形:
「…それは花粉のせい…
あなたのせいじゃないと思う…」
口裂け女:
「それに、マスク外したらくしゃみが止まらない…くちゅん!」
光は彼女の頬を淡く照らし、空気はくしゃみの余韻を運んでいく。
座敷童子の声が夜に溶けると、その声の輪郭が柔らかく残り、周囲の闇が少しだけ和らいだ。
座敷童子:
「それなら、マスクしたまま”わたしきれいですか”ってきけばいいね」
口裂け女:
「それだと、私、夜に出歩くただのお姉さんになっちゃう…」
呪いの人形:
「…あなたも存在意義に悩んでる…」
座敷童子:
「夜一人で出歩くとあぶないもんね~」
呪いの人形:
「…子どもが出歩く方が…」
座敷童子:
「それなら治る良くなるまで、
少しの間なぎのお家にいたらいいよ。
なぎのお家、あったかいし」
その言葉が落ちると、空気がふっと柔らかくなり、遠くの街灯がまた一つ灯るように感じられた。
光が連鎖していくように、夜の輪郭が少しずつ温度を取り戻す。
呪いの人形:
「…花粉は基本的に完治しない…」
座敷童子:
「もう真夜中だし、今日はなぎのお家帰ろ」
口裂け女:
「でも、いいのかな?」
幽霊:
指♡(いいね!)
座敷童子:
「幽霊さんもいいって」
呪いの人形:
「…また勝手に決めて…」
座敷童子:
「ほら、行こう。
”ワタシ、キレイ?”って聞かなくても、
お姉ちゃんはちゃんとここにいるよ」
その一言は、夜風がそっと頬を撫でるように吹き、光が彼女の表情を柔らかく映した。
口裂け女は胸の奥で、何かがほどけた気がした。
胸の中の固さが緩むと同時に、周囲の空気も軽く震え、遠くの音がふっと戻ってきた。
口裂け女は、そっとマスクの上から笑った。
胸の奥の固さがふっと緩み、彼女は言った。
「……ワタシ、キレイ、かも」
その言葉が夜に溶けると、止まっていた街灯がいつの間にか静かに灯っていた。灯りは柔らかく周囲を包み、空気は暖かさを含み、足元の音が安心して戻ってくる。
夜はまた、少しだけ優しくなった。
次話:■怪異相談室④ 上司が怖い
2026/4/10 20:00に更新します




