第百十五章 応える者達
「あの神の塔はもう使えねぇのか?」
今回も続き、人間の結界内の居城だ。久しぶりに会ったスコルピィと他世界の神について話していた。そこにはパルテも同席している。
「俺が神の代弁者であるリブラから預かったのは五塔。全て使ったからな。使うならどれかを戻す必要があるな。何か必要なのか?」
「いや、あれを人間に使えねぇかと思ってな。あれで人間の中央都市をぶっ飛ばせばそれで済むんじゃねぇか? 俺達も人間を全滅させるってわけじゃねぇんだ。頭を潰して神の加護を一極化させればそれで終わりだろう? 神の塔の持ち主もそれで大喜びじゃねぇのか?」
スコルピィの言葉にも一理ある。だが俺は慎重論を口にする。
「それだがな。確かに神の塔を人間に使う事はリブラも了承しているが、それは最終局面でだ。無駄に神の塔で人間を摺りつぶした場合、リブラが敵に回る可能性がある」
「は!? そのためにお前に神の塔を渡したんじゃねぇのか?」
驚くスコルピィにパルテが答える。
「はぁぁぁ。それは正しいよ王牙っち。アイツならやりかねない。リブラっちは口と行動が違うからねー。神の塔を人間に使うのは賛成でも、その使い方って事だよね?」
やはパルテの賛同は得られたか。俺が言葉を続ける。
「ああそうだ。俺とリブラの関係は信頼で成り立っている。神の代弁者であるリブラは人間をことのほか大切にしている。
この世界を救うための選択であれば、身を切るような思いでも人間の殲滅を選ぶことは確約を得た。
だが俺が無駄に神の意を得たりとばかりに神の塔で人間を摺りつぶせば、間違いなく奴は俺を殺しに来る。
仮に神を立てたとて、奴は魔物を皆殺しにするぞ」
「おい。どういうことだ。目的と手段は同じじゃねぇのか?」
「違うな。どう答えたものか。奴はシステムだと例えると分かり易いだろう。奴のルールに従っている間は奴はこの上もなく頼もしい味方だ。決して裏切る事は無い。
だが一度そのルールの外に出た途端、それまでの全てがご破算だ。
奴のルールとは人間を守り、この世界を存続させる事だ。どちらが上でもない。両立しなければ意味がない。俺への譲歩は世界を存続させるための人間の最低限の犠牲だけだ。
神の塔を人間に使う時はその最低限が必要な時だけだ。これを見誤れば神の代弁者は敵に回るだけではすまない。救世を捨て、俺を苦しめるためにだけ魔物を根絶やしにするだろうな」
流石にスコルピィも黙り込む。口を開いたのはパルテだった。
「いやびっくりさね。王牙っちって本当にリブラっちの事がわかってるんだね。伊達や酔狂で神の塔を任されたわけじゃないんだ?
多分王牙っちの言ってる事は正しいよスコピー。アイツは言ってることとやってることが乖離してて、あーしもブチ切れた事がある。だけど王牙っちの説明でようやくわかった。あーしが魔王やってた時はリブラっちのルールに抵触していた。だから首を縦に振らなかったんだ。
ハァ。そんなのわかるわけないじゃん。それこそ口で言えって話さね。
でも王牙っちって本当に何者なの? リブラっちと同類なの?」
「それはリブラにも言われたな。俺の前世は崩壊した世界のナビゲーターだったのではないかとな。だが違うぞ。俺はただの人間だ。転生を重ね。考え。人であることを諦めた一匹の鬼だ。ただ、考え続けていた。それだけだ」
「転生を重ねるって時点で異常だとは思うけどねー。その大本は天上の存在だったんじゃないのー?」
「そこまではわからんがな。もしそうであれば人間の時に成功していただろう。
俺は人間の高みを目指そうとしていた。それは人の身では不可能だ。それは俺自身も他者も。俺は人間の可能性を信じすぎていた。そこがリブラと共感したのかもしれんな」
「あー。王牙っちは人間教か。あーしは人間は駄目で、とっとと強化しなくちゃって感じだから魔王になって魔王種を作り上げた。
・・・結果はなんも変わらなかった。人間を改造して強化しても人間のまんま。
魔物に転生した今ならわかる。魔物があーしの答えだった。女神が魔物を生み出したのなら、やっぱり女神は人間に期待は出来なかったのかもねー」
こいつの言葉も相変わらず深いな。強化改造人間である魔王種を生み出し、その先を見ていた者の意見だ。それでも人は変わらなかった。
「魔物堕ちは人間に絶望した者達の魂なのかもしれんな」
それに異を唱えたのは黙り込んでいたスコルピィだった。
「それはねぇぞ赤鬼野郎。お前達みたいな特殊な奴らが魔物の総意を語るな。普通のヤツはごまんといるぜ。ただ生き残れてねぇだけだ。魂の維持すら出来てねぇ奴は更にいるからな。
だがそうか。神の塔は使えねぇか。だけどな。それが聞けて逆に安心だぜ。神の塔を魔物に使わせるなんて胡散臭くてしょうがなかったからな。王牙、お前じゃなくて上の奴だ。神が死んだ時もそうだが、今の神の代弁者の行動がマジでわからなかった。神を立てるって意味もな。正直お前が踊らされてる可能性も考えてたが、それも違ぇ。それがようやく見えて来た。俺もそいつに会えるのか?」
スコルピィの質問に俺は口を閉ざしてしまう。代わりに答えたのはパルテだった。
「わかる。わかるよ。王牙っち。あーしも同じ意見。絶対やめた方が良い」
パルテの言葉にスコルピィが目で俺に尋ねる。俺はしぶしぶ口を開く。
「・・・一言で言えば胡散臭いのだ。そして勘違いされやすい奴だ。スコルピィ、お前とリブラを合わせる事は可能だが、逆に不和と不信を招くだろう。その上奴は言動にも問題がある。自分以外はアリンコと見下しているからな。それは俺も例外ではない。あの態度を見れば、いらぬ誤解を生む。
そうだな。お前達二人が出会えばこの最終局面でお前とリブラが仲違いを起こし、問題が起こるだろう。そのぐらいには難しい奴だ。リブラの情報を知って尚、お前はリブラに不信を抱くだろう。それが払拭されるどころか増強される可能性がある。そこは俺に任せて遠慮してもらえるか?」
俺の言葉にパルテが噴き出す。
「アッハハハハ! ハァ、王牙っち。もうアンタ最高だよ。あーしでさえブチ切れて縁切りするような奴をここまで的確に理解できるなんてね。そうそうアイツは地上の全てがアリンコなんだよね。そこに区別なんてない。人間も魔物も等しくアリンコ、自分以下の存在。だってのにアリンコを救おうとしてるなんて信じられないじゃん? あーしも気付いたころにはもう信用も信頼も無くなってたさね。
スコピー。悪い事は言わないから会わない方が良いよ。あーしらでさえこれだもの」
「わかった。取り合えずは保留だ。問題が増えてもしょうがねぇ。そこはお前に任すぜ王牙」
俺達のやり取りを見てもまだ納得のいかない様子のスコルピィだ。
俺は空気を変えるためにも話題を変える。
「スコルピィは人間への恨みなどはないのか?」
「俺か? 俺はないぜ。今回の件にしたって調子くれた人間の頭を殴りつけるだけだ。全滅させようって腹は無いぜ。頭を潰して大人しくなるならそれで終いだ。アリエスがこの中央都市を占拠して人間を支配するってんなら願ったり叶ったりだ。本当に人間に恨みがあったら今頃結界の外は魔素ジェネレーターで死の土地だぜ?」
「そういえば不思議だった。何故それをやらないのだ?」
「あ? そんな不毛な土地で生きていきたいかよ。いくら魔物だからって木も草もない枯れただけの土地を見て過ごしたくはないだろ。俺達はこの世界が気に入っているんだ。それを破壊してまで生き延びらなけりゃならねぇって状況を作った今の人間を潰したいだけだ。それが終わったらまた結界の外を遊び場にしに行くぜ」
「何かあったか?」
「今はもう何も残ってないけどな。それこそ魔王城跡の線路の森や古城なんかは俺達が遊びで作った物だ」
ああ、あの意味不明な線路の森に生存空間の無い古城。あれは人間が作ったにしてはおかしいと思っていたが、魔物側の遊具だったのか。
「ならば古城をバラすのは問題だったか?」
「気にするな。古城を作った奴はもういねぇ。やられたんじゃなくて魂が逝っちまった。満足してな。俺達も最初は生きた証を残すなんて考えてたがな。時代も、自然も、建物も、魂さえも変わっていく。そうして変わっていくのが美しいって考え始めた。古城も今や一大都市だ。それに不満があるのならまた魔物として転生して来いって話だな。同じ魂として戻ってくるかは知らねぇけどな」
「それが魔物の総意か?」
「お前らよりは普通の魔物の意見だな。お前らはガチすぎるんだよな。特にパルテ。お前は本気で人間を殲滅するつもりだろ。ありがたいっちゃありがてぇが、人間が死に物狂いで抵抗してきたらどうすんだよ」
スコルピィがパルテに話を振る。
「あーしはそのつもりさね。その後は神を立てて魔物だけの世界。そういう想定だったんだけど。そうさね、戦後処理は考えてもいいかもね。戦後になるまでは手を抜かないけど」
「頼むぜ。ここが全て死の土地になるなんて見たくねぇからな。特に東側だ。あの辺は農作物も多い。食いモンが無くなったら悲惨だからな。兵糧攻めは無しだ。人間の尊厳を奪っちゃ神の代弁者も黙ってないだろ」
「甘いねスコピー」
「そうじゃねぇ。必要ねぇって言ってんだ。色々調べさせたがヤバい人間が居るのは中央都市だけだ。それ以外はそうでもない。
そもそも誰かさんのせいでもう人間側は攻勢に出られる余裕もねぇからな。もしも起死回生を狙うなら神の力の一極化だ。人間達はそれに賭けるしかないだろう。その動きも見える。
それをやらせるためにも俺達魔物は中央都市に集中した方が良い。無駄に暴れて人間を分散させるなよパルテ。その時なら神の塔も使えるんじゃねぇか王牙」
俺とパルテは頷く。
それを見るとスコルピィは言葉を続ける。
「お前らもこれが終わった後の事を考えておけよ。何かないのか?」
先に答えたのはパルテだった。
「あーしはやっぱ宇宙の方が良さそうさね。この戦いが終わったら天を超えてその先に。人間の可能性よりもあーしの可能性を見てみたい。魔物であるからこその可能性さね。このままここで燻ってなんていられない」
俺の答えも決まっているな。
「俺は正常化したこの世界を見て回るつもりだ。まだ見ぬ敵が居るかもしれないからな」
俺達の答えを聞いてスコルピィは安堵したようだった。
「上の奴も含めて問題なさそうだな。人間を殲滅したいとか言い出したらどうしようかと思っていたが、杞憂みてぇだな。あと少しだ。気合い入れていくぜ」
ーーー
俺達は解散した後スコルピィと話していた。
「レオニスにあのことを話したのか」
レオニスに女神である可能性を話したことだ。
「ああ。成り行きでな。だが俺はやはりレオニスが適任だと思っている。元女神の可能性もあるが、この世界を愛することが出来るのなら、それを理解できるのなら彼女が適任だと考えている」
やはりというかスコルピィは難色を示している。
「・・・だがそいつはレオニスの過去を思い出させるんじゃねぇのか? 今のまっさらなレオニスが俺は好きだ。それを曇らせてまでやらせる事か?」
「俺はこの世界が維持されているのは女神の意思だと感じている。この世界の破壊ではなく自身の消滅。この世界に絶望したわけではない。今の自信に満ち溢れたレオニスであれば、過去とも呼べる前世とも向き合えるのではないか? 何よりも向き合う必要さえない。今のレオニスの敷く世界が悪いものになるとは思えない」
「・・・そいつはレオニスと話してからだな。だが何故俺に話す。そいつはレオニス自身が俺に言う言葉じゃねぇのか?」
確かにそうだ。だがそれでも保険が欲しい。かつて女神だった者が選別した人間であるスコルピィ。それが今でも魔物として現存し、レオニスと共に居る。それが意図されたものであるかはわからないが、過去がレオニスを襲ってきた時に助けになる存在がいるのなら、共に居て欲しいというのが本音だ。
勿論それだけではないがな。それを俺は言葉にする。
「さっきの話でな。この世界を楽しめるお前ならレオニスの隣に、もしくは神として立つのに相応しいのではないかと思ってな」
「・・・レオニスの支えなら俺が適任だってのはわかるぜ。だがお前の神の基準がおかしすぎやしねぇか?」
「これはレオニスとも話したが、神の定義は曖昧だ。完璧であれば神に相応しいのか? それであるならばこの世界を棄てた女神はどうなる。世界を運営し、回していく存在は未熟であってもいいのではないか、とな。この世界という旅を創造する存在は、この世界を愛し愉しめるお前達二人が適任ではないかと思っただけだ」
「・・・言いたい事は色々あるが、お前の考えはわかったぜ王牙。それでもあえて言わせてもらうなら。俺はそっちには立てねぇかもしれねぇぞ王牙。俺は神の側じゃねぇ。その時はレオニスを攫って逃げ出すかもしれねぇぜ?」
その発想は無かったな。
「それがレオニスの願いならば言う事は無いな。だがその時は覚悟してもらおう。代わりに神として立った俺は何処までもお前達を追いかけるぞ。俺を超え、神に成り代わるその日まで、安住の地は無いと知れ。レオニスに相応しくない存在であるならばその魂の欠片まで破壊し尽くす。そしてレオニスにも俺を超える存在であることを強いるだろうな。俺に応えられぬというのであれば、神となった俺はレオニスでさえ許す事が出来ないだろう」
「とんでもない毒親だな」
「だからこそ俺は神になれんのだ。託したい相手となると、俺を父として慕ってくれた三人の娘。その中でレオニスが一番の適任だ。元女神は寧ろマイナス点だ。お前の言う通り過去に囚われる危険性がある。今のレオニスの敷く世界。それの障害になる元女神が居るとしたらスコルピィ。お前はどちらにつく」
「食えねぇ奴だな赤鬼野郎。レオニスを守って欲しいんだろう? 最初からそう言えよ。俺はレオニスにつく。それが俺の出した答えだ。俺がレオニスと結ばれても泣くんじゃねぇぞお父様」
「その日が来るのが楽しみだ。レオニスの選択に関わらずな。これで最悪、俺が神になったとしても憂いが無くなったな」
「神の代わりか。それは俺の方でも探しておくぜ。まあ見つかりそうにはねぇが、レオニスの事は任せろ」
託せる相手、応える相手、それに俺の魂が満足しそうになるが、それを俺は押し留める。まだ何も終わっていない。何も始まってもいない。
この転生をまだ終わらせるわけにはいかない。俺の転生はまだまだ先だ。




