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第百十四章 女神

「お父様? 何をやっているの?」

 今は前回の続き、人間の結界内の居城だ。そこで俺とジンバが戯れている所だ。そこにレオニスがやってきた。明かに怒っているな。

「ただの戯れだ。何かあったのか?」

「あったのかじゃないでしょう? あれだけ派手に暴れて見に来たらどうしてジンバの噛み癖を助長しているの!?」

 ジンバの噛み癖は治らないだろう。俺がどうレオニスを説得すべきかと頭を巡らせようとすると、ジンバが俺の膝から立ち上がった。

「とと様。わたくしに話させてください。わたくしもレオニス様に向き合わなければなりません」

 ? またレオニスを様呼びに変わっているな。レオニスもそれに気づいて柳眉を逆立てる。

「・・・どういうことジンバ? 私を呼び捨てには出来ないって事?」

「その通りですレオニス様。わたくしはメイド。わが主の娘であるレオニス様にもお仕えしとう存じます」

「・・・それは、もう友達じゃないって事・・・?」

「これがわたくしなのです。わたくしはメイドとして生を受け、作られた。今のこのわたくしこそが真のわたくしなのです。それは誰かに仕えたい。支えになりたい。そして庇護される存在になりたい。これがわたくしです」

「・・・」

「わたくしはメイドとしてレオニス様に仕えたい。それは叶いませんか?」

「・・・無理、させてたの?」

「わたくしの望んだ関係ではありませんでした」

「その噛み癖もそうだというの?」

「はい。この衝動をわたくしは抑える事は出来ません。これがわたくしです」

 二人はしばし見つめ合うと、レオニスがそっと左手の人差し指をジンバの前に差し出す。

「ジンバ君? 私の指も噛みたい?」

 ジンバはレオニスに近づいて傅こうとするが、レオニスの腕は肩の位置まで上げられている。ジンバは恭しくレオニスの左手を両手で包むと、その人差し指を甘噛みする。レオニスの表情を見るに痛みは無い様だ。ただ歯で甘噛みをし、それ以上のことはない。

 恍惚の表情のままジンバが口を離す。そして手も離すと一歩下がって両の手を重ね、メイドの待機姿になる。

 レオニスはジンバの噛んだ左人差し指を自分の口に運ぶと、同じ所を自分の歯で甘噛みする。それが済むと自分の左人差し指を見つめ、ハンカチで拭う。

「・・・やっぱり私にはわからない。ジンバ君はそれでいいの?」

「はい。わたくしはレオニス様にお仕えし、庇護されるメイドでありたいのです。それはわたくしの望み。全てを失っても、心に残った物の一つなのです」

 レオニスはしばし熟考すると口を開いた。

「わかった。ジンバ君がそうありたいなら私もそれに応えるわ。それはそれとして受け止める。でもね、嫁入り前の主の娘の指に粗相するのは許せないわ! お父様!!! 再教育の時間よ!!!」

「任せろォォォ!!!」

 俺は愛娘の嘆願通りジンバを担ぎ上げる。

「お、お待ちくださいレオニス様!? わたくしの噛み癖を受け入れてくださったのではありませんか!?」

「私は噛んでも良いとは言ってないわ! その変態性をお父様に叩き直されてからいらっしゃい!」

「さあ、行くぞジンバ。お前の強化された性能を存分に引き出してやるぞ。身も心も鍛え上げてレオニスに相応しい戦闘メイドに仕立て上げてやるぞ!」

「クッ! ならばもう一度、もう一度だけでも噛ませてくださいレオニス様! これが最後と知っていればもっと堪能したいのですが!!!」

「ジンバクン♡ 私の従者になれる様に頑張ってね♡」

「あああ!!! わたくし一生の不覚!!! もっと甘えておくべきでしたァァァ!!!」


ーーー


 わたくしは王牙。

 いまはジンバとレオーネのリンクを使って繋がっています。そして今のわたくしは王牙。王牙がジンバの体を操っています。

 そして相対するのはオーガの王牙。どちらもわたくしの制御下。わたくしは弓を使って応戦中。ですが話になりません。わたくしが弓を引く、放つ、この動作の間に王牙の斬撃が五撃は入る。距離を詰められるととてもではありませんが引き離す事ができませんね。

 わたくしはスカートの一部を翼に変えると大気の支配で風を操る。渦巻く風を更に巻き上げ空高く舞い上がる。王牙には腕で引いた弓の一撃では当てられない。黒武器の弓を足蹴にするとそのまま弦を引き、魔物矢をセットする。

 そして一射。落下する黒武器弓をもう一度足蹴にするともう一射。そして黒武器弓を手にして再度飛び上がり、三射目。

 音速を超えた三連射ですが、足を止めるのが精一杯。


 わたくしは魔物武器でもう一本魔物弓を作り出す。右足に黒武器弓、左足に魔物弓、それを同時に引き魔物矢をセットする。性能はほぼ同じ。それを王牙に同時発射。弓が足から離れる時に弦を足の甲で引っ掛け、それを掴み更に同時発射。計四本の連射。

 訓練ですので王牙は律儀にそれを弾く。ですが狙いは完全にハズレ。オーガサイズにさえ当てられない。人間に当てるのは無理でしょう。


 わたくしは魔物弓をもう一本作り上げると、弓と弦の間に魔物のつっかえ棒を作り出す。それを伸ばし弦を引く。それに沿うように魔物弓をセット。即席魔物ボウガンを先に作り出した魔物弓と合わせて二丁用意する。

 ですが、流石に体から離れた魔物武器の制御は難しい。スカートを伸ばして即席マニピュレーターに。流石にスカートが目減りして生足が見える。これではわたくしはいいですがジンバは使わなさそうですね。

 わたくしは黒武器弓を構え、魔物ボウガンを発射する。命中精度はそこそこ。威力はある。そして王牙がそれに対応する瞬間を狙って手に持った黒武器を射る。流石に対応できない王牙が魔素を燃やし加速する。

 これは・・・不意打ちでないと機能しませんね。

 全ての矢を落とされたわたくしは嘆息する。確かにこれは強い。ジンバはよくも王牙と戦って平気でいられたものです。わたくしが王牙と戦うとなれば臆していたでしょう。それ程に王牙の存在は恐ろしい。

 結局わたくしはあの力を持っているからこそ平然としていられる。アレと対峙できる存在には頭が上がりません。とはいえ手加減する気は毛頭ありませんが。


 この後もジンバの可能性を探り色々とやってみましたが、これはジンバが手を焼くわけです。ジンバで王牙を殺すのなら強化された魔物武器を解放する必要があります。それは世界の改変を含む。余程の不意を突かないと不可能でしょう。

 現状の良い点は魔物武器の強化によって施された武器による矢の破壊が難しくなった事。魔物武器で出来た矢は神の加護の貫通能力は高かったのですが、施された武器に弱かった。迎撃されれば砕けていた矢が、施された武器自体を弾くことも出来るようになるでしょう。


ーーー


「ジンバ君の様子はどう?」

 そう聞いてきたのはレオニスだ。今ジンバは疲れて俺の膝の上で眠っている。あの後に反省会をやっていたが、やはりジンバにスカートを使って生足が見える攻撃は無理なようだ。そして魔素のコントロールも難しいようだった。魔物の弓と矢と弦を引くつっかえ棒にその支え。それを二つ。その上で翼による滞空も行うのであれば、それはそうだろう。俺も使いこなせていたとは言い難い。

 だが、射撃の精度は圧倒的にジンバに譲る。俺ではデカ物に乱射するのが関の山だ。聖女との戦いは間違いなくジンバの方が向いているだろう。

 聖女を屠る一撃はジンバレオーネの精密な流れを読んだ一撃。俺のジンバ王牙では掠る事すら出来ないだろう。弓で戦うこと自体が間違えているな。

「ジンバの素晴らしさを再確認していただけだ。まだジンバは伸びるぞ。好きにさせては問題か?」

「ううん。私もジンバが本当のこと言ってくれて嬉しかった。本当の友達になりたかったのは本当。でも、その本当の友達がジンバの重荷にもなってた。私はジンバの事、何もわかってなかった。自分を押し付けてばかり。真の友達をジンバに強要してた。それが、ううん、それで少し落ち込んでたわ」

 レオニスが俺の膝に座る。ジンバの反対側、右側に陣取る。

「だが結果としては良かったな。魔物に堕ちた時の原動力。それがジンバは何か見えなかった。使命感だけのレオーネとしての願いがそれを覆い隠していた。今はただ純粋に自身を見つめ、自身の願いを模索している」

「ジンバ君の願いはなんなの?」

「道だな。誰かと歩む道筋。目的などない。誰かと歩む道こそがジンバの居場所であり、望みなのだろう。だからこそ果てがない。ある意味この世で最も強欲な願いなのかもしれないな。真の勇者とはそういう物なのかもしれん」

 心を壊し、この世界を救う者を探しに出た勇者の魂。その真の願いがジンバレオーネの姿なのかもしれないな。


「私はどうなのかな。私はどうしてここに居るのかわからない。私の願いもジンバ君と同じものなのかもしれない。この歩む道が心地いい。このまま終わらない旅路を続けていたい。これは強欲かな?」

 レオニスの願いか。この地で生き、愛を得たいと願っていた。

 ただそれが女神の願いだったのだろうか? 女神から生み出された次代の神である勇者は神よりも道を選んだ。ならば元である女神は何を望んでいたのか。真に自身の消滅を望んでいたのなら、この世界は無くなっていたはずだ。それこそリブラがどれほどの手間を惜しんでもだ。

 この世界の存続こそが女神の願いであることは明白だ。

 ・・・俺はまた考え過ぎているのか? 神が全能ではなく未熟だとしたら?

 俺の疑念は渦巻くが、次の言葉は自然と出た。

「終わらぬ旅は無いが、また新たな旅を見つければいい。それを作り上げる存在に興味はあるか?」

「・・・それは神の座?」

「そうだな。次代の神の座。そこに相応しい人選で苦労している。目ぼしい存在はその願いが神の座と外れている。レオニス。お前が強欲であるのならば、この地で生き、愛を求めたお前の願いが一番神に相応しいのではないかとな」

「私が、この世界を思うがままに操れたら、私は自分の意に沿った世界にしてしまうかもしれないわ。全ての存在が私を愛する世界。それはとっても素敵だと思うけれど、私が望んだ世界ではないかもしれない」

「だろうな。先のジンバとのやり取りもそうだ。お前は自分の理想を押し付けるよりも、純粋に相手の事を知ろうとした。お前の望みが全ての存在がレオニスを愛する世界だとしても、決してお前の望まない方向には進まないだろう。今のお前は他者を愛し愛される存在だ。そこに孤独を感じるか?」

「いいえ。今の私は愛を知っている。そしてそれが全てでないことも知っている。私がこの世界に望むものは、いいえ、私はこの世界を愛している。もっと知りたい。もっと育みたい。今の私なら、きっと、この世界の道を作れるかもしれない」

 そのレオニスの顔を見て、俺は自分の考えが間違っていないことを確信できる。

「ああ。考えてみてくれ。色々な意味でお前が適任だと思っている。候補の上位に居る事は憶えておいてくれ」


「お父様? 一つ疑問が残っているのだけどいい?」

「なんだ?」

「私ってお父様の分御霊なの? 勇者とレオーネみたいにお父様から生み出されたの?」

 ? これをレオニスに話していたか? まあいい。不安は取り除いておこう。

「それはまるで勘違いだ。そもそもお前は人間として生まれて暮らしていたのだろう? そこに俺が押し込まれた。それこそレオーネによってな。そのせいでお前の魂は相当に不安定だった。そこに魔王の心臓と、神の手先を降ろされ施された肉体に変化した。人間の魂が耐えられる筈がない。レオーネと共に俺のインナースペースに格納されたとみていいだろう」

 そう。神の手先がレオの体に降りた時に、俺の中に逃げ込んだとレオーネが発言していた。俺は言葉を続ける。(第六十六章 姫騎士参照)

「お前の体の修復にはメンテナンスと同時にお前の魂が必要だった。だからこそ俺の中にあったお前という魂をこの体に合わせる必要があった。その作業で俺の魂と同化しているだけだ。分御霊ではなく、保護し、補強した魂というのが正しいだろうな」

「そう。お父様が自分の分身を使って神に成り上がろうという訳ではないのね?」

「それならば俺が自分で神になった方が早いだろう。・・・いや、確かにそうだな。このままお前が神になったら俺も巻き込まれるのか」

「ようやく気付いたわねお父様」

「いや、そこは勇者ですら分御霊ができるのだ。神になったお前なら何とかなるだろう。その時は持っていけ。お前が神になった世界ではこの力はもう必要ないだろう」

「いい加減すぎる。お父様。そこもちゃんとか考えておいて。・・・それで本題だけど、勇者が復活させようとした私ってなに?」

 グッ。そこも知っているのか。流石に観念するか。

「・・・女神本人の可能性がある。確証はない」

「じゃあお父様はこの世界を棄てた女神をまた君臨させようとしているの?」

「・・・そうなるな」

「お父様はそれを知っていて私を受け入れたの? その為に色々してくれていたの?」

「知ったのはお前を受け入れてからだ。神の代弁者であるリブラがお前はこの件に関わる要素が不自然なほど無いという話でな。それで色々と出てきたわけだ。(第八十四章 勇者参照)」

「・・・」

「確証はないがその可能性は高い。だからこそ、その備えだな。お前が女神だとして、戻るにしろ、戻らないにしろ、無関係ではいられんだろう。そのために動いてたというのは確かにある。本当ならもっとタイミングを見て話したかったのだがな。だが丁度良かったのかもしれん。先のお前の答えを聞いて俺はそう思えた」

「私は神に相応しいと思う?」

「今はな。最初は俺も何かの間違いだと思っていたが、そもそもの神とはなんだ? どのような存在が相応しいのか? 俺はそれを知らん。レオニス。お前にはわかるのか?」

「私には、わからない。確かに色々と辻褄は合うけど、私が神だったなんて信じられないわ。他の候補はいないのお父様?」

「最終的に絞ったのは俺を父と呼んでくれたお前達三人だ。

 だがアリエスはまだ人間を知りたいという状態だ。この戦いが終わっても人間を知らなければアリエスの願いのままの人形が如き人間の世界になる可能性がある。

 リンセスは愛情が深すぎる。息子贔屓で息子たちに編重した世界になるだろう。

 やはり三女であるお前だなレオニス。この世界に好奇心を持ち、この世界を愛しているというお前が適任だ。お前の望む世界を見てみたいというのもある」

「お父様とお母様は?」

「シノは駄目だ。どうなるかわからんぞ。この世界が実験場になるか、恨みの業火で焼き払われるか。これならまだパルテの方がマシだ。

 そして俺は、この世界の存在全てに俺に応えられるだけの資質を求めるぞ。俺に応えられぬ者など必要ない。強者のみの世界。弱者を許さぬ世界に先はある思うか?」

「お父様も神だったの?」

「違う。俺は常に人間だった。力を求め、強者のみの国を俺は作ろうとしたが、それは全て失敗に終わった。俺が頂点に立ち、全ての存在に俺と同じものを求める。それは他者の否定だ。だから俺は考えた。俺は頂点に立ってはならぬ、とな。それがこの一匹の鬼の正体だ。俺は神になってはならぬ。だからこそ託す存在を求めたのだ」

「それが私なの?」

「そうなる可能性は高い。タイムリミットが来て、俺が神に立つのは最悪のシナリオだという事は理解してもらえたか?」

「・・・でも私もお父様の作る世界を見てみたいけど? そんなに酷い事になるの?」

「買いかぶり過ぎだ。俺はつまらん世界に長居はしない。恒久の平和など糞喰らえだ。俺が今、在るのは託すべき存在がいるからだ。それが居なくなれば俺はこの世界を地獄に変えるぞ。俺に応えられぬ世界など存在する意味がない。俺が創作好きでゲーマーな理由がコレだ。現実であればどれほどの血を流していたかわからんぞ。幻滅したか?」

「ううん。お父様がどうして私を助けてくれたのか。ようやく理解できた気がする。お父様、なんだかんだ言ってこの世界が好きなんでしょ? きっとそんな事にはならないわ。でもお父様が応えてくれる人間を探しているのも本当。なら私がお父様に応える存在になるのも面白い。お父様? 救世よりもこっちで私を説得すべきだったわね」

「一人の存在のためにか?」

「そうよ。私はお父様の娘だもの。お父様はもっと自分に自信を持っていいと思う」

「ならば俺に応えてくれるか? 我が娘レオニス」

「勿論! 私は私のままでいいのよねお父様?」

「無論だ。気負って潰れては本末転倒だ。だが一度上に上がる必要はありそうだな。その時は供に来てくれるか?」

「・・・そっか、私が元居たかもしれない場所。でも、わかった。私は何も知らない女の子のままではいたくないから」

 少しだけ陰るレオニスの表情。

 やはりまだ早すぎたのか? もう少し整理する時間は必要そうだな。

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