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第百十一章 他世界の神

 それは最初、水平線の異常かと思われた。

 だがそれは地平線。巨大な何かがこちらに近づいている。

 弱体化しスクリーン機能が下がった人間の結界越しにすら見えるほどだ。相当の大きさだろう。何か半球の物が地表を進んでくる。

 轟音と土煙上げ突き進む巨大な半円。それが遂に肉眼で確認できるほどの距離に迫っていた。

 

 そしてそれは人間の結界まで到達しようともがいている。

 地平線と見まごう程巨大な体を引きずるそれは・・・、

 一言で言えばチョウチンアンコウの提灯抜きだ。

 巨大な潰れた黒い半円。前面の巨大な口。ヒレや尾びれを動かし、体をくねらせ地表をもがくように前進してくる。申し分程度にドラゴンの羽がぬめった体表から生えているが、その小ささから機能しているようには見えない。

 取り合えずアンコウドラゴンとでも呼ぶべきか。

 俺達、俺とジンバとマカツは結界の塔の一つに陣取っている。ここは俺達が解体した塔の北西。この更に北の塔も落ちているため、この塔が破壊されると八角の内、繋がった三塔が落ちる事になる。ここが落ちれば人間の結界が大きく弱体化する事になるな。


 俺達もアンコウドラゴンがここまで来るまでに座視していたわけではない。

 色々と試してみたが何かが効くという感じがしない。世界の改変も試してみたがまるで通じる気配がない。世界の改変の禁止もそうだ。完全に防御に全振りで物理はおろか精神面でさえ隙が無い。この巨体で這いずっているのがその証拠だろう。全ての力を自分の存在に振っている。そしてその力の出力が桁違いだ。これまで戦って来たコア付きの比ではない。

 この巨体からみても他世界の神か、それに連なる者だろう。だが一度塔の崩壊に成功したという他世界の神と見るのが妥当だろう。そうでなければここまで派手に突っ込んでくることはないだろうからな。


 アンコウドラゴンは世界の改変を使って地面を海面のように潜れるように改変すると一度沈み込み真上にジャンプする。そして助走をつけて飛び上がり俺達の塔へ飛び込んでくる。

 その額に提灯の代わりにギザギザの巨大な棘が発生し、巨体を反転させてその棘を塔へと向ける。

 俺は迷わず神の塔×2を呼び出すとカウンター気味にアンコウドラゴンに食らわせる。二本の塔を地面から斜めに呼び出しその棘を避ける様に額にぶつける。俺の神の塔は一切の揺ぎ無くアンコウドラゴンを押し返し、中高く放り上げる。

 そして落下中。意識を取り戻したアンコウドラゴンが真下の地面に潜航する動きを見せた所で、俺は神の塔×3を呼び出す。アンコウドラゴンが潜航する動きに合わせ、真下から生えた神の塔×3は棘を避ける様にアンコウドラゴンの顔面に食らいつく。

 そして神の塔×3を地表まで降ろしてトドメに向かう俺達。

 だがそこに思わぬ援軍がやってきた。

 衛星攻撃のマーカーのような物が俺達に警告する。それは棘がハマり身動きの出来ないアンコウドラゴンのケツを狙う。

 そして落ちてくるのは黄金の巨大な塔サイズの槍。先端が円に沿った凹曲面三角錐。丁度トライアングルになった神の塔×3の中央部にハマる形だ。アンコウドラゴンの肉体をケツから抉ると回転し内蔵をかき回す。そして塔の隙間に入ると轟音を立てて嵌り、閉じて栓になる。

 そこには頭蓋をケツから貫かれて串刺しになったアンコウドラゴンだけが残った。

 ・・・リブラめ。やろうと思えば人類圏の崩壊など朝飯前ではないか。

 人間相手には弱腰だが、他世界の神となれば全力を出せるというのは本当の様だな。


 俺は虫の息のアンコウドラゴンに取り付く。

 そして戦いの場にインナースペースを引きずり出し、それを貫く。

 それはあっけない程一瞬で終わった。

 いくら深手を負っているとは言え、神と呼ばれた程の存在がこうも無抵抗にやられるとは思えない。それこそ神は世界とつながっている存在だ。世界が自身の崩壊に際して無反応という事はありえまい。


ーーー


「お見事です。とと様」

 その言葉はジンバだ。インナースペースを砕かれ絶命し、消え去ろうとするアンコウドラゴンを愛おしそうに撫でまわす。

「知り合いか?」

 俺の言葉にジンバは頷いた。

「これはわたくしの同志。本来なら願いを叶える存在でした」

「それは用済みという意味か?」

「はい。今のわたくしの望みはとと様が叶えてくれます。わたくしの真の願いは女神の復活。そして今は亡き勇者の復活を望むつもりでした」

「聞こう」

「とと様は魔素とはなにか。考えた事はありますか?」

 流石に無いな。俺はかぶりを振る。

「魔素とは女神の肉体です。加護とは女神の力です。そして女神の意思は魂に。魔物とは女神の肉体が望んだ物。時間の停止した永久の入れ物。魂を留め置く人型。とと様なら理解できるでしょう?」

「なるほどな。魔物の発生は女神が魔物の王になった後だ。女神の力を全て勇者に託し、後は自身が討ち取られるのみ。その力なき女神の魂の入れ物が魔物の王という魔素の入れ物か」

「とと様・・・。その通りです。女神の魂は魔物の王が討ち取られた後、魔素となり溶け込みました。現状の神が加護を纏う人間の集合無意識な様に、現状の魔素を纏う魔物の集合無意識は女神の影響を受けています」

「・・・人間は人間の集合無意識だが、魔物は魔物の集合無意識が女神の魂であると?」

「その通りです、とと様。大なり小なり魔物であれば女神の影響を受けています。それは魔物の使う支配にも表れています。オーガであれば大地の支配が使える様に」

「それはつまり、女神は死んでいないという事か?」

「はい。今もわたくし達はその影響下。女神に支配され続けているのです」


 なるほどな。俺達魔物は魔素という女神の魂の入れ物を使っている。

 興味深い仮説だ。だがそうなるとこの世界の者全てが女神の意思に支配されていそうだな。それこそ女神の作ったであろう大気に女神の意思が宿っていると仮定すれば、それを吸う全ての生物は女神の支配化か? 暴論だな。


「だが、お前は違うのではないかレオーネ。お前が魔素を纏うのが初めてかどうかは知らないが」

 俺がジンバをレオーネ呼びしても、ジンバは驚いた様子もなくただ淡々と頷いた。

「わたくしも初めてです。だからこそ気付けた。わたくしが何なのか。とと様はわたくしがなんだと思っていますか?」

「勇者の魂。意志ではなく生霊のような物だと考えている。違うのか?」

「その様な物です。勇者ではない、と思っていました。ですが、わたくしは元からこうだったわけではありません。わたくしは、自分の事を女神が勇者にあてがった従者のような物だと考えていました。神の力を受けついだ勇者が狂わぬように補佐するのだと。そう思っておりました」

「それがなぜ勇者の生霊になる?」

「それは勇者の魂がこの世界から消えた時です。わたくしも意味を無くして消滅しかけたました。それを勇者が救ってくれた。自身の遺体から発する生霊と結び付けて、わたくしをこの世に結び付けてくれた。ただ漂うだけだったわたくしは制限はあっても自由に行動できるようになった」

 そこで一度ジンバは言葉を切った。ここからが本題か。

「わたくしは勇者に救われて今のわたくしになった。そう思っておりました。ですが、この魔物の体を経て気付きました。わたくしは女神から生まれていない。ではどこから生まれたのだと思いますか?」

「・・・生まれていない。もとから生霊だった、という事か?」

「とと様。わたくしは生れた時から勇者の生霊。勇者が生み出したもう一人の自分です。わたくしが会いたいと願った存在はわたくし自身。今の生霊のわたくしは意志を失い、漂っていたわたくしが元に戻っただけ。わたくしの行動に何の意味もなかった」


 絶望するジンバに俺は言葉を投げる。


「ならば今のジンバというお前はなんだ? 果てではなく、道に意味を見出したお前はここに居る。違うか?」


 俺の問いかけにジンバは応えなかった。


「とと様。わたくしは踊らされていました。居もしない思い人を思い続け、女神の復活を企てた。・・・これが偶然だと思いますか!?」


 そのジンバの顔は屈辱に塗れていた。


「わたくしは真実を知りました。この世界の神は死んでなどいない。力を加護に、体を魔素に、意志をレオニスに。その結果を知るために、わたくしは真に女神の玩具となった。

 わたくしはわたくしの意思で、勇者にもう一度会いたいと願っていました。それが、それが、わたくし自身の事だとは知らずに。

 わたくしは勇者レオーネ。女神に陥れられ次代の神に選ばれた者。ジンバというメイドはわたくしの分御霊。神の力に翻弄され、自身を保つために作ったわたくし自身。わたくしを観測するわたくしを作ったことでわたくしは自我を保ちました。

 わかりますかとと様? わたくしはわたくし自身を救うために翻弄していたのです。こんな滑稽で哀れな存在がこの世界の何処に存在しますか? わたくしは自分可愛さのために女神の計略に乗っていた。救いたいはずの勇者が自分自身。そのために翻弄した日々が女神のためだなどと。受け入れられるわけがないではありませんか」


 つまりレオーネの言葉を噛み砕くとこうか。

 レオーネは勇者を復活させるために二つの方法があった。

 ①他世界の神を神として立てる。そして勇者復活の嘆願。

 ②レオニスを神に仕立て上げ勇者復活の嘆願。

 これは同時進行し、レオニスを巻き込むと同時に俺という人間の結界を破壊できる存在を取り込んだ。

 俺の取り込みが成功すれば人間の結界を完全破壊して、他世界の神に加護持ちの人間を食わせる事で神として立てる。

 それが失敗した今、レオニス自身を神に立てる方向にシフトした。


 その最中で真実を知ったのだろう。

 自身が女神に作られたものではなく、勇者の一部であったこと。そして勇者に会いたいという思いが何を起因とするものか迷子になったのだろう。

 そしてこのハリボテ他世界の神。これが他世界の者ではなく女神の用意したものだとしたら?

 全てが女神の思惑通り。女神のシナリオは進行中だという事だ。


 奴の言う事が全て本当であれば、だがな。

 全てが虚偽ではないが、全てが本当でもない。

 奴の狙いはなんだ?


「とと様。わたくしたちは本当に自分の意思で生きていると思いますか? わたくしたちは女神の操り人形。救世などとおだてられて、それは単なる女神のシナリオ。本当の世界の危機などではないのです。あの神の代弁者も、とと様を玩んでいるにすぎません」


 だがここでありえない妨害が入った。

 衛星兵器のマーカーが表示される。それがジンバを中心に神の塔全てを包むほどの広範囲。それは俺達でさえ範囲に含んでいる。

 リブラめ。何をする気だ? ここに居るもの全てを抹殺する気か? マカツも気付いているが、渦中のジンバは気付いていない。奴だけが見えていない?

 そこに照射される何かの光。逃げる等の行動は取りようもない。それほどに素早い一撃が一瞬だけ俺達を包んだ。


 だが俺には何も起こらない。マカツも無事だ。

 そこに悲鳴が上がった。

「ギャアアアア!!!」

 見るとジンバと他世界の神の遺体が燃えがっている。

 なるほど、そういう事か。この世界の者には効かぬ攻撃か。

 俺は即座に世界の改変の手をジンバに伸ばす。だがそれが弾かれるように進まない。これはこの世界の上位の存在。この世界の勇者である証明だ。

 クソ。一気にインナースペースを抉り出そうとしたが無理か。偽物ではないのか。

 本物のジンバレオーネに何かが憑いている形か。

 このまま世界の改変を続ければ突破は出来るだろう。しかし、それには勇者への介入という、この世界への明確なチート行為だ。これをこの世界がどう判断するか。

 相棒と出しゃばりは俺を止めに入っている。流石にこいつらでも勇者への介入は難しいか。難易度という観点ではなくな。

「それがお前の力ってわけか王牙」

 その声に振り替えるとマカツの姿が見える。

「お前にわかるのかマカツ」

「ああ。ビンビンに反応してやがるぜ。王牙、お前が確実に敵だって感覚がな。何をやっているのかわからねぇが、やめておけ。そいつはたぶんこの世界が敵に回る」

 勇者の遺骨を持つマカツの言葉だ。無視するには危険すぎるな。

「だがどうする。ジンバはどうも本物だ。それに他世界の神が憑りついている。なにか方法があるのか?」

「勿論だぜ。俺を誰だと思っていやがる。勇者の遺骨マカツ様だぜ。お前がジンバに世界の改変を使ったおかげで助け方が流れ込んできやがった。俺がジンバを取り込めば、それで解決だ。勇者の遺骨と勇者の生霊の融合だ。他に方法はあるか?」

「他世界の神を剥がせないのか?」

「そうじゃねぇ。他世界の神が本体だ。それにジンバが取り込まれていやがる。ジンバを抜き出して本体は破壊だ。出来るか?」

「出来はするだろう。だがその結果がどうなる。俺は二人の友人を失うのではないか?」

「王牙。お前恥ずかしい事を堂々と言うなよな。正直俺は生き過ぎた、ここらで潮時も悪くねぇ。・・・望まない結果になったら俺を恨め。そうでなかったら俺を忘れるなよ王牙。お前達を救ったのはこの勇者マカツ様だ」

「・・・覚悟を問うのは無粋か?」

「あったり前だろ! 俺の最後にダセェ事するな! 取り合えず削れ。それからだ」


 マカツの言葉で立ち上がるジンバレオーネの姿に目が移る。

 ここからが本番か。


ーーー


補足Tips

勇者の仕様が分かりにくいで振り返り。

勇者の魂  勇者の意思とも言うべきもの。現状行方不明。

勇者の生霊 精神体やアストラル体といった感じ。ジンバレオーネ。

勇者の遺骨 物理的な体。マカツ。


Tipsネタバレ

今回のジンバ(他世界浸食)の言葉には嘘が含まれています。王牙を騙すためのブラフが含まれています。

魔素は女神の体。は完全に嘘。

女神が生きている。はジンバが思い込んでいる状態。


勘違いが多いので明記しておきます。

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