第百十章 神を育む者達
「これより裁判を執り行います。被告人は前へ」
レオニス裁判長が裁判席から宣言する。
ここは居城。一室でもない野原に椅子と机を並べて裁判官ごっこが行われていた。
俺はある罪を問われここに来ている。
「罪状。被告人王牙はその地位をかさに着て被害者ジンバを私的な奴隷として使役している。認めますか?」
「お待ちください! わたくしは望んでとと様に仕える事をお願いしたのです!」
被害者ジンバの証言はしかしレオニス裁判長の声で遮られた。
「被害者であるあなたは被告人王牙の洗脳によって操られている形跡が見られます。よってその発言は無効です。被告人、罪を認めますか?」
レオニス裁判長の視線が俺に問う。
「その前に聞きたい事がある。発言の許可を」
「認めます王牙」
俺の視線は裁判長であるレオニスの下の段に座っている書記に向いた。
「その赤髪ウェーブの丸眼鏡の美少女は誰だ?」
何かを書きつけていた書記シノがこちらを向く。
「なんだ? 私の眼鏡に異論があるのか? これは魔法ではない女神の残り香を利用したものだ。人と魔物の意思の疎通を阻害するものを見極め透過する眼鏡だ。本件とは何も関係ないはずだが?」
「俺は初見だ。裁判長。今すぐ閉廷し、シノの丸眼鏡姿を堪能したい。許可を」
「却下します」
「この書記はその見目麗しさで俺の心を捉えている。重罪だ。今ここに彼女を起訴する。即座に確保し軟禁することを望む」
「あなたの望みは私的なものであり、書記シノの公的な脅威は認められません。よって却下。被告人王牙。罪を認めますか?」
「俺の罪も合法だ。公的になんの脅威も認められない」
そこに検察官として映像のみで参加したリンセスが異議を唱える。
「意義あり。被告人王牙はこれまでも私の夫リンキンに色目を使ってきました。被告人は同性との深すぎる繋がりを求める傾向があります。本件はその延長上。一歩にすぎません。ここで許せば罪もない男たちが毒牙に掛けられるでしょう」
さらに意義が弁護人アリエスから述べられる。
「意義あり。わが父は妻を愛しすぎるほど愛しています。その不義理は仮に同性との深い繋がりを求めていても行われることはありません」
ゴン!
裁判長レオニスのガベルが鳴らされる。
「本件は被告王牙による被害者ジンバの私的拘束です。被告の趣向は動機にすぎず、罪の内容とは関係ありません。検察官の意義を却下します」
検察官リンセスは食い下がる。
「裁判長。これは被告の罪に深く関わる問題です。被告がどの程度同性との繋がりを求めているかの調査が必要です。被告の人間関係を洗い出し、その詳細を知る義務が私にあります」
「検察官。越権行為を確認しました。しばらく発言を禁じます」
「クッ・・・! 絶対ダンナは余罪がある筈なのに・・・!!!」
リンセスは唇を噛む。最早罪の在り処よりも優先しているものがあるのは明白だ。
「では議題に戻ります。被告人王牙、あなたは被害者に私的な拘束を課してないというのですか? あくまで被害者ジンバの意思だと」
「その通りだ」
「ではそのメイド服は何なのです? 被告人の趣味ではありませんか? それを私的に強要していると捉えられます」
「バカな! ジンバは最初からメイド服だ! 俺の意思の介在は認められない!」
「その証拠は? 被告と被害者は常に行動を共にしそのチャンスは幾度もあった。当初は馬であった被害者が自我を得たのは被告人王牙によるものでは? 被害者ジンバの私的拘束は最初から仕組まれたものと判断せざるを得ません」
そこに異議を申し出たのは被害者であるジンバだった。
「それは認められません! わたくしのメイド姿はわたくしのアイデンティティ。この姿はわたくしが望んだ物。例え誰に言われようとも変えるつもりはありません。それがわが主であるレオニス様でも!」
まっ直ぐにレオニスを直視し発言するジンバ。ここは俺の手助けが必要か。
「ジンバよ。メイド服ならミニスカニーソの絶対領域で太ももを見せつけるのも良いとは思わないか?」
「いいえ。いくらとと様と言えど譲れません。メイドのスカートはロングスカート。この信条を曲げろと言われればわたくしは自刃して果てる所存でございます」
「素晴らしいぞジンバ。これが証拠だ裁判長。俺は被害者の根底を覆すような行為を強要してはいない。被害者は私的な拘束を甘んじて受けるほど弱い存在ではない」
「被告人王牙。あなたの私的趣向がロングスカートでないと証明できますか?」
「ならばそこの書記にお前と同じミニスカニーソの着用を進言する。丸眼鏡絶対領域シノをこの目で見たい。今すぐに執行を!」
「却下します。私の絶対領域では満足できませんか? この私の太ももを見て何も感じないのですか?」
裁判長レオニスは机に片足を乗せ、覗くふとももとミニスカのチラリズムで挑発してくる。
「それは中の存在に寄るのだ。それが誰であってもシノという至高の太ももを知る俺にとっては物足りぬものだ!」
ゴン! とガベルが鳴る。
「被告の異常性は明白です! 娘である私に恥をかかせ私のジンバを強奪した! よって有罪! 極刑を申し付けます!」
「横暴だ権力の権化よ! ジンバの意思を無視するのか!」
「お黙りなさい! 被告人に黙秘権を行使させます!」
ドゴッ!
机が破壊された音が響くと弁護人アリエスが叩きつけた拳を裁判官に向ける。
「裁判長レオニス。あなたの行為は鉄拳制裁アリエス・マリアの名の下に悪だと断定します。弁明はありますか?」
「あります。アリエス御姉様。ジンバは私に懐いていた。忠誠まで誓ってくれた。それがこうも簡単に手のひらを返すのは何かの裏があるのは間違いない! 裁判長としてそれを暴き立てます!」
「・・・わかりました拳を納めましょう」
「ククククク・・・」
拳を納めるアリエスを見て俺は笑いがこみ上げる。
「残念であったな裁判長。その様な物はない。男同士の絆と繋がりはそれほど強固なのだ! さあ、ジンバよこちらへ来い。いくらでも噛み蹴らせてやるぞ」
ジンバがふらふらとこちらに歩み寄り、俺の胸に歯を立てる・・・寸前でまたも机が破壊された音が響いた。勿論アリエスだ。
「わが父? それは?」
「ククク。そうとも元、馬であるジンバに噛み癖と蹴り癖をつけたのはこの俺よ! 勿論強要ではないぞ。ジンバの意思が前提だ。俺はその意思を引き出しただけに過ぎないのだ」
「ごめんなさいレオニス様。わたくしはとと様から離れられません・・・」
「クッハハハハ!!! 残念であったなぁレオニス裁判長! もはやジンバは俺のモノだ! そしてこれは罪などではない! ジンバの望みを俺が形にしただけだ! その望みに応える行動が罪であると!? そうであればこの世の善意は全て否定されるぞ! フハハハハ!!!」
悔しがるレオニス。そこで言葉を発したのはアリエスだった。
「裁判長。弁護人として被告を告訴します。罪状は明白。正すべき悪はここに存在します」
アリエスの行動に感激し、涙しながらも裁判長レオニスは冷静に言葉を選んだ。
「弁護人アリエス。罪状は?」
「私、魔物の王鉄拳制裁のアリエス・マリアの怒りを買った罪です。私は被告に有罪を申し付けます」
「受理します。検察官リンセス。あなたの判断は?」
「有罪。被告人王牙の魔の手をここで食い止めて! 私の亭主に近づけさせないで!」
酷い言われようだ。流石にそれは冤罪だろう。だが長引いても面倒だ、俺は黙る。
コンコン。ガベルが打ち鳴らされる。
「審議の結果、被告は魔物の王鉄拳制裁のアリエス・マリアの怒りを買った罪で有罪。刑罰は今後ジンバを臣下として受け入れる事とします。この期限は永遠である。そして被害者ジンバは私レオニスの臣下を解任。お父様に付き従う事を願います」
その場になんとも言えない空気が漂った。
「レオニス様。わたくしは解任ですか・・・?」
「そう。最後の命令です。私に様付けは禁止します」
「わ、わたくしは・・・」
「被告人王牙。刑罰は執行されました。異論はありますか?」
「ない。その刑罰を受け入れよう。俺は臣下としてジンバを迎え入れ、庇護することを誓う」
「これにて本件は終了。閉廷とする」
コンコン。ガベルが鳴る。
そしてレオニスは机を乗り越えるとジンバの前に立つ。
「ジンバ。これからは友達。臣下でも主でもない。レオニスとジンバ。一緒に噛み癖、治そっか♡」
ジンバに手を伸ばすレオニス。
その手を掴むジンバ。
「はい。レオニスと一緒ならきっと、多分、もしかしたら、治るかもしれません」
イマイチ頼りない返事をして俺を窺うジンバ。
「構わんぞ。ジンバが俺の臣下になったのなら噛み癖ももう必要あるまい。臣下に遊びに行くことを禁じる主も勿論いないぞ」
俺の返事で二人は駆けだす。その仲睦まじい姿をなら大丈夫か。
ふう、やれやれ。これでこのオママゴトは終わりか。
俺にアリエスが近づいてくる。
「わが父、お疲れさまです。しかし意外な結末になりました」
「レオニスは垣根のない友人に憧れていたからな。歳が近しいと言っていいのかはわからないが通じるものがあったのだろう」
そこに画面の向こうのリンセスが口を挟む。
「レオニスは本当にいい笑顔になったわね。ダンナが子育てとか絶対うまくいくわけないと思ってたのに」
そしてシノもやってくる。
「この男は子供と動物には好かれるからな。精神構造が似通っているのだろう。だが上手くやったものだ。お前の目論見通りか?」
それに俺が答える。
「そんな訳があるか。落としどころが見えなかったからな。俺が悪役になれば場が収まると思っただけだ。良いフォローだったアリエス」
俺はアリエスに話を振る。
「はい。それにしてもわが父、ジンバの噛み癖はあなたが?」
「いや、あれは治らんぞ。言葉通り、ジンバの望みだ。下手に我慢させては戦闘に支障が出る。俺が解消するのが望ましいだろう。レオニスもそれに気づいて臣下からの解放を申し出たのではないか? 主の命令を守れないメイドを庇護下には入れられんだろう。友人であればフォローはできる」
それに答えたのは映像のリンセスだった。
「レオニスはそういう変な所で気を使うよね。そういう家庭だったのかな? やっぱり窮屈だったんでしょ。まっ、でもダンナやシノと居れば安心ね。じゃあ私は戻るから、久々に顔見れて楽しかった。それじゃ!」
リンセスの映像が切れる。相変わらず忙しそうだ。古城も長い事見ていないな。亜人種ゴブリンと魔物のいさかい等を懸念していたが、この様子なら安心だろう。
「ではわが父。私も退散しましょう。とても楽しい時間をいただきました」
そしてもう一人、忙しいであろう魔物の王アリエスも笑顔で踵を返す。
魔物の統括者スコルピィとも会っていないな。レオニスに聞くとあちこち飛び回っているらしいがな。
ーーー
「皆忙しい様だな」
「何を言っている。ここに居るのが私達の仕事だろう。忘れたのか? いつ聖女が徒党を組んで攻め来るのかわからんのだぞ」
俺は残ったシノと久しぶりに二人の時間を過ごしている。
「そうだったな。つい先日襲われたばかりだった。そのぐらい時間の流れが遅かった。俺達の目的が神への反逆から世界の救済に変わるぐらいの長い時間が過ぎた。その目的は変わっていないか?」
「私にとっては神が否定したこの世界の救済が、神への反逆になるのかもしれんがな」
「亡き神か。・・・俺はその神にこの世界を返そうかと思っている。今のレオニスであればそれも可能だろう」
「確定したのか?」
「いや、まだだ。だが疑いようがないと俺は感じている。この世界を棄てた神がこの世界を愛し、愛される。それはこの世界の神がまだ可能性を捨てていないからではないか? リブラという神ではないナビゲーターがこの世界を維持できている本当の理由は、神がまだ諦めていないからではないか? そして俺がレオニスと共に居るのは何故なのか? それは勇者がこの世界の神を救う者を探していたからではないかとな」
「レオニスが私の怨敵である神であったとしても、私は許した。そしてこの魂に燻る恨みを消し去ろうとした。だが、それは出来なかった。出来なかったのだ。だからこそ、私は古きものとして滅びようとした。だがそれもお前達に止められた。今の私は何なのだろうな」
そうか。シノを動かしていた憎しみの炎はくすぶり続け、燃え上がる事をシノ自身が否定していた。
それに俺は応える。
「俺達に最後に残るのはレオニスの親としての俺達だ。夫婦として子を育み慈しむ。俺にはそれが悪い事だとは思えないぞ。次代に命を繋ぐ。これは悪くない。寧ろこれはお前に教えられたような気がするがなシノ」
「私がか?」
「お前のいつもの台詞だ。私の好きなお前でいろ。私の愛したお前でいろ。それが今の俺だ。今の俺はどうだ? お前の愛した夫であるか?」
俺の言葉で思考に入るシノ。そして出て来た言葉は意外なものだった。
「・・・足りないな。何もかも足りない。何もかもが足りてないぞ王牙」
「なんだそれは。俺は理想の夫兼父だと自負しているが?」
「レオニスが神に立つとして、その神の両親として私達は相応しいか?」
「十分だと思うがな。これ以上何を求める」
「違うな。もう覚えてはいないが、この私の魂に傷をつけてくれたのだ。このままで済ますわけにはいかん。女神がこの世界を否定したのなら、次代の神になるレオニスは世界を否定できない様にしてやろう。私達の愛をレオニスに注ぎ込み、この世界を愛し愛され続ける。それこそが私の神への反逆だ。なればこそ私の愛が途切れる事は無い」
そこでシノは一息ついた。
「レオニスを私のモノにしたかった。私のモノにするために娘にしたのだった。順序が逆だ。王牙。私達は神を養子にし、育てた。それにふさわしい存在であるべきだとは思わないか?」
そのニヤけた顔を見ればわかる。
シノが久々にろくでもない事を企んでいるな。
だがそれもいい。その方が俺達らしい。
次代の神が立ったとして、それで俺達の物語が終わるわけではない。
子が一人旅立って満足していてはリンセスに笑われてしまうな。
何より俺という存在は未だただ一匹の鬼のままだからな。




