第百九章 二刀聖女
「こいつは本物の化け物かよ!?」
俺達、俺、ジンバ、マカツは聖女の強襲を受けていた。
場所は居城の南、南西辺りだ。こちら側は人間もおらず俺達は訓練に勤しんでいた。マカツも思う所があったのか魔物に交じって訓練だ。特にオーガ種は暇さえあれば剣戟を鳴らしている。
ここのオーガ種は強い。俺がオーガ種で抜きんでているのは魔素を燃やした一撃のお陰だ。自傷で攻撃力、速度、反応速度を上げているようなものだ。これが出来るものは少なく、卓越しているのは俺くらいだ。ただそれだけだ。それさえなければここのオーガは俺と互角か互角以上。訓練にはもってこいだ。
そして腕を磨いたマカツと外で模擬戦という運びだったのだが、そこに聖女が現れた。
二刀聖女。
武器は二本の直刀。そこから加護を噴出して超高速で突進してくる。
髪は短く刈り込み編み込んだドレッドヘアー。そして黒く日焼けした肌。それもそのはず、奴の突進は生身で音速を超える。逆手に持った二本の直刀が並んだ時に反対側の直刀から噴射。その体がソニックウェーブを纏って迫る。
逆手に持った直刀の芯を捉え突き返す。そこで止まった二刀聖女からソニックブームが俺に押し寄せる。
生身でそれを纏うな。
即座に重ねられた二刀から極小の噴射が起こり二刀聖女が俺から離れる。
そこからはインファイトだ。順手に持ち直した二刀聖女の直刀が迫る。俺は自分の剣の中腹を握り、短く持って対応する。
二刀聖女はあまりにも早く、そして浅い。とんでもない手数を俺の表面に切りつけてくる。魔素を着実に削りとる対魔物の戦い方だろう。二刀聖女を捉えられず、相打ちを狙えば逆に誘われる。これは切り替えが必要だ。
俺は世界の改変で俺の剣、相棒の現身を時限式で作り上げる。そして柄頭を合体させると両剣を作り出す。今までのような小さい動きではなく、両剣を体全体を使ったダイナミックな動きに変える。一見非効率に見えるが俺自体が動くことによって二刀聖女の直刀を寄せ付けない。そして深く突き入れようとすればそれをいなし、攻撃への転機に変えられる。
そして二刀聖女の体の影に隠れた直刀が逆さ持ちになる。その直刀が並ぶその瞬間に、俺は両剣を解除し元のバスタードソードの全力でその一閃に切りつける。勢いを完全に消された直刀のバックファイヤーが巻き起こる。加速するはずだった距離が一寸たりとも進めずその勢いが後方に流れ出す。
好機。俺は直刀をいなすと振りかぶり切りぬくが、二刀聖女の硬直は、手前の俺に向けられた直刀から噴出した加護によって打ち消された。
ノーモーションの間合い変更。これは相当に厄介だ。そして二刀聖女の加護をほぼ減らせていない。掠る事はおろか、二刀聖女自身の消費も少ない様だ。武器に纏うのではなく瞬間的な噴射。それが人間サイズの小柄さと相性が良すぎる。
一瞬で間合いを離れた二刀聖女はそのまま森へと逃げ込む。
これは明らかに誘いだ。直線的な動きに見せて二刀聖女は柔軟に剣を絡めて来た。そして早く浅い剣捌き。あの直線はブラフだ。森の中に入ったが最後、そこは二刀聖女のテリトリーだ。制限を受けるのはむしろこちら側だ。
「今のは何なんだ!? あれが聖女なのか!? 」
驚きの声を上げてマカツがこちらにやってくる。
「ああ。知らなかったのか? あれが聖女だ。アレを人間と数えるな。俺達が人間なら聖女は魔将軍どころか大魔王だと思え。ラスボスが闊歩しているようなものだ」
「なんだよそりゃ!? 魔物が圧倒的有利で人間は蹴散らされているんじゃねぇのか!?」
マカツは異世界転生者ではなかったか。そして人間と魔物の戦いには本当に関わっていないようだな。
「奇遇だな。俺も最初はそう思っていた。だが実態はこれだ。人間を侮るな。奴らのもつ施された武器は魔物を殺すためだけに殺意を込められて作られたものだ。そしてその極地が聖女。俺達を狩り殺すためだけに存在する化け物だ」
マカツが納得顔で頷く。そういえばこいつはもう二刀聖女に襲われていたな。
それを防いだ黒い分厚い盾は亀裂があるが形を保っている。この盾はこの前俺が切り裂いたものと同一のものだ。どうもこの盾は回復するらしい。あの魔王城跡のダンジョンはこういう摩訶不思議な物品で溢れているようだな。この一件が終わり、神が立った後の世界でも、あのダンジョンが残っていたら俺も挑戦したいものだな。
そんな中、森の合間から二刀聖女がチラついて見える。まだ終わってないな。
「マカツ! 俺達と居てもいいのか!?」
「もう遅ぇ! これでもう人類圏には帰れなくなっちまった!」
「なにか心残りがあるのか!」
「女だ! フラれちまってそのままだ! チクショー! 王牙! 今は協力するが人類圏の侵攻は手伝わねぇからな! 女にフラれて魔物堕ちのお礼参りだなんて、ダセェ真似はしたくねぇからな!」
ふっと笑う。こいつも随分と人間臭いな。元の勇者がこうなのかは知らんが。
しかし、二刀聖女はまだ森に居る。奴の突進力ならここは圏内だ。
まさかだが伏兵が居るのか? ジンバの方を見ると二刀聖女に集中している。他は居ない。単騎遊撃型か。この省エネ戦法もそれに合致している。
だが狙いはなんだ?
俺か? マカツか? ジンバか? どれも違うように見える。
たまたま遭遇しただけか?
ならば奴は何処へ行く?
二刀聖女は逃げないんじゃない。逃げられないと思っているのか?
弓で牽制しているジンバの動きを見ると逃げようとはしたが諦めた感じか。
「マカツ。重力制御は出来るか?」
「なんだそりゃ?」
「重さの支配だ。俺に使っていただろう」
「出来るぜ。奴を重くするのか?」
「逆だ。広範囲に軽くでいい。奴を軽くしてくれ。出来るか?」
「ああ。逆に簡単だ。あの二刀聖女限定で軽くなる重さの支配だな? 対象は少ない方が機能する。今か?」
「いや、俺が森に突っ込んだらだ。着いてきてもらえるか? 森に入る必要はない」
「ならあまり離れるなよ。効果は均一だが薄く延ばすと効果も減る。盾が保つならギリギリまで森に近づくぜ」
「たのむ! 行くぞ!」
俺は相棒をしまうと盾を取り出す。両手で構え森に突っ込む。今の視界は魔素のセンサー頼りだ。それが二刀聖女を捉える。俺に迫る二刀聖女。突き入れられたその一撃を盾で防ぐと俺は二刀聖女に張り付く。
盾の極意は間合いだ。大盾聖女の動きを思い出せ。
俺は木の幹、木の枝、大地の支配で飛び出した杭を足場にする。次々と足で飛び移り盾の正面を二刀聖女に向け続ける。二刀聖女が後ろに回り込もうとも追従し、盾の正面を向ける。そして足場を蹴り、間合いを詰め、盾の正面打突で二刀聖女の体力を削っていく。
二刀聖女の動きが鈍いのはマカツの重さの支配だ。一度飛び上がり過ぎてミスを誘えたが、その後はミスはない。だが確実に動きは鈍っている。直刀の噴射が使えないでいる。俺が追い付いているのがその証だ。
間合い。常に間合いだ。常に詰めすぎず、離れすぎず、この短い武器を両手で持って当てていく。両手を合わせた掌底を常に当て続けていく感じだ。
常に動くな。相手の呼吸を読み取れ。いつもの魔素を燃やした高速戦闘じゃない。緩急と間合いを、共に完璧に制御して見せろ。
聖女がミスを誘発する。足を滑らせた聖女を俺は飛び越してしまう。しまった。完璧なリズムに気を取られ相手のミスという要因を失念していた。
だがそこにジンバの矢が。
その矢は何物にも当たらない。ただ中空に放たれたただの矢だ。
だが、俺には、
最適の足場になる!
俺はジンバの矢を思い切り蹴りつけると、その反動で真下に居る足を滑らせた聖女に突撃する。二刀聖女の両手に揃えられた直刀が加護を噴射する。それは読めた。この場から離れる二刀聖女に合わせて俺は大地を踏みしめ魔素の燃焼。最大限の足の力で飛び上がった俺は盾の先端を向けシザーズ形態に・・・
まて。この期に及んで二刀聖女は加護を張っていない。
俺は本能的にシザーズ形態への変形は見送り、盾で俺の体を覆い隠す。案の定衝撃。施された直刀二本の連鎖爆発だ。とんでもない衝撃の上から二刀聖女が物凄いスピードで遠ざかっていくのが見える。
これは、流石にこれまでか。
加護爆発の直撃に耐えたこの体はボロボロだ。
「無事か王牙!」
マカツか。
「無事だが逃げられたな。しかしたった一人の聖女相手にこのザマだ。勝ち馬に乗るなら人間側かもしれんぞマカツ」
「やめろよ。アレと並んで俺の居場所があるのかよ。こりゃ人類圏に侵攻はしねぇが、魔物の防衛は必須だな。防衛なら俺もやぶさかじゃないぜ。役に立つかはわからねぇけどな」
「あれは30人分聖女だ。神官30人分の加護を纏った聖女は気を付けろ。別格に強い。撤退も視野に入れるべきだな。今回は居なかったが専用の配属部隊付きもいたからな」
「おいおいマジかよ。人間が優勢とか冗談だと思ってたぜ。よくここまで来られたな」
「こちらにも聖女に匹敵する存在が居るからな。さて奴はどうするか」
そこにジンバがやってきた。
「申し訳ありません。逃がしました」
残念そうに言うジンバを俺は抱きしめる。
「王牙様!?」
「最高の一撃だったぞジンバ! 聖女を屠る一撃だった! 流石は魔物の誇る、なんだ、弓兵だ! お前の一撃は全てを変えた。また助けられたなジンバ」
ジンバは身じろぎしながらも抵抗はしない。
「・・・ならば、俺の誇るジンバだと言ってくれませんか?」
ジンバの目が熱く濡れている。
「勿論だ。流石は俺が誇るジンバだ! もっと他にないのか? なんでもいいぞ」
「では、その、わたくしのとと様に・・・」
「いいのか? お前の主はレオニス・・・、それで俺がとと様か。あいわかった。息子では粗が立つな。小姓はどうだ? 異世界の俺の国では男のメイドのような物だ。常に共にある存在として申し分ないがどうだ?」
「はい! わたくしはとと様と常に共に居る存在として小姓ジンバを名乗ります!」
「これからも頼りにするぞジンバ。ホレ、いくらでも嚙むが良い」
馬に戻り、噛みつき前足で蹴ってくるジンバ。愛い奴よ。
そこに呆れたマカツの声が響く。
「遊んでる場合かよ。とっとと乗っていけ。まずは魔素の補給だろうが」
そうしよう。俺はジンバに跨り魔素アンカーを繋ぐ。
短いが久々の失踪感を楽しむとするか。
ーーー
「見てたよ王牙っちー」
そんな俺を居城で出迎えたのはパルテだった。
「散々だったが策はあるか?」
「勿論。というかー。あの二刀聖女のせいであーしの罠が過剰反応しているんだよね。あれだけ削ってりゃどこかで野垂れ死ぬでしょ。あとの始末は任せておきなよ。聖女と言っても人間だしね。魔物の領域に逃げ込んだみたいだから処理は簡単。あの動きなら古城さね。たどり着けるかどうかは微妙だけど。それでも用心はするけどね」
「古城か。リンセス達は今あの辺か?」
「そう。あそこも一大拠点だからね。聖女一人で落とされることはないさね。最後の手段もあるしね。古城は吹っ飛ぶけど」
「それならば安心だな。・・・魔物は大丈夫なんだろうな?」
「多分ね。人間よりは大丈夫。古城は全部作り直しだけどー」
ヤレヤレ。取り敢えずは大丈夫か。
安堵する俺とは対照的にパルテの目がイキイキし始める。
「それよりもねぇ。アレは何なの? 凄く面白そうなんだけど」
そこに徒歩で遅れたマカツがやってくる。
「なんだ? 俺に興味がありそうなオネェちゃんがいるじゃねぇか」
「あーしはパルテ魔物の便利屋。あんたは?」
「俺は、ああ、そうだな。俺も魔物の便利屋見習いのマカツだ。ここに世話になろうかと思ってな」
「へー。マカチってなんなの? この腕とかさ」
スッと持ちあげられたマカツの左腕がパルテの指の動きで裂かれ、骨が剥き出しになる。
!? あの勇者の左腕だぞ!? それがこうも簡単に裂かれるだと!?
「おい! なにしやがる! 何もんだテメェ!!!」
マカツが距離を取って黒曜石の剣を抜く。それはそうだな。俺でもそうする。
「あーしはパルテ元魔王。技術屋さね。マカチの腕は芸術品。それを弄らせてくれるならあーしも弄らせてあげるけど?」
上目遣いにマカツを誘惑するパルテ。そしてマカツの目は俺に尋ねている。
「・・・パルテ、そいつはマカツ。勇者の遺骨だ。お前の大嫌いな物語の極致だ。そしてマカツ。こいつはパルテ技術屋だ。善意も悪意もない。あるのはただ好奇心。技術が神とのたまう奴だ。神に興味はないが仕組みには興味津々だ」
俺の紹介にパルテは気を良くし、マカツは微妙な顔をしている。
先に口を開いたのはパルテだった。
「ま、そういう事さね。マカチの体はさ、なんか物語の匂いがしないだよね。凄く精巧に作られた何か。あーしは何処かでこれを知ってた。だからさ。いつでもいいから気が向いたら会いに来なよ。いつでも待ってるからさ」
そう言ってパルテは去った。
「なんだったんだアイツは」
マカツは左腕を元に戻しながらぼやく。どうやら左腕は裂かれたのではなく開かれたとでも言うべきか。仕様通りの動き。勇者の体は世界の改変ではなく神自ら手ずから作られたとでもいうのか?
「奴はたまにとんでもないことを知っているからな。その技術力を買われて神の代弁者に人間の一極化を迫る魔王としてスカウトされたぐらいだ。今は一度転生を経て全盛期程ではないという話だがな」
「俺も嫌いなタイプじゃねぇけどよ。それでバラされちゃ世話がねぇ。だがどうにも行った方が良さそうな空気がしていやがるぜ。勘だけどな」
そういうマカツの顔はまんざらでもない。
そういえば創作で勇者と魔王は結ばれるものが多かったな。
この世界の勇者と魔王は全く関係ないが、それでも引き付け合うものはあったか。
・・・そういえばレオーネとパルテの組み合わせは、いや、あれは俺か。
そろそろこの物語で一番の部外者は俺のような気がしてきたな。
巻き込まれただけの魂か。だとすれば俺は何に巻き込まれたのだろうな。




